ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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やはり警戒せねばならんな

「土くれのフーケ。二つ名の由来は土系統の『錬金』によってどんな壁でも土クズに変えてしまう侵入方法から来ている。また、場合によっては巨大なゴーレムによっての力押しなども行うことから、最低でもトライアングルクラスのメイジであると思われる、か」

 

 ナザリック地下大墳墓9階層、絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンの自室で、部屋の主であるアインズはシャドウデーモンからの報告書を熟読していた。

 報告の概要とさわりだけ見て『この盗賊をひっ捕らえれば英雄としての箔付けになるな』と喜んでいたのだが、今は焦りと驚愕に思考を支配され、そして沈静化されることを繰り返していた。

 その理由は、土くれの能力を知ったためだ。より正確に言えば、土の系統魔法に『錬金』なる魔法が存在していることを知ったことか。

 

(まずいぞ。この錬金とやらに対抗するには固定化という魔法が必要らしいが、そんな魔法ユグドラシルにはない。そりゃ魔法のアイテムなんかは経年劣化することもないし、このナザリックだって時間経過でどうこうなるようなやわな作りじゃないけど、この錬金に対抗できるのかは未知数だ……)

 

 どんな物体でも土に変えてしまう魔法。それは、ナザリックを維持していくのが最重要課題であるアインズにとって恐怖そのものだ。

 何故なら、ユグドラシルにおいて究極の力であるワールドアイテムや、プレイヤーが製作できる中では最強の力を持つ神器級(ゴッズ)アイテム、そしてナザリックの心臓であるギルド武器。そう言った、ナザリックにとって絶対に失ってはならない切り札や戦力となるはずの品々がメイジの前では無力と化す恐れがあるからだ。

 いや、それでもギルド武器以外ならばまだいいかもしれない。仲間達と必死になって集めたワールドアイテムや、仲間達が残していった神器級(ゴッズ)アイテムを壊されれば烈火のごとくブチギレる自信があるが、まだ憤怒だけで済む。

 

 最大の問題は、ナザリックそのものの防衛システムが無力と化す恐れがあることだ。最悪地面でも掘り進んで最下層の壁を土くれにでも変えられれば、今もアルベド主導で進めているナザリック防衛ラインが全て無意味になってしまうだろう。

 当然、ナザリックは数々のマジックアイテムやギルドメンバーの総力をかけた課金アイテムなどで守られている。だから、本来ならばナザリックそのものへの攻撃なんていくらでも防げるはずなのだ。

 だが、それらの対策は、当然ユグドラシルのスキルや魔法を仮想敵として作られている。この未知の世界、ハルケギニア特有の土魔法を無効化できる保証などあるわけがないのだ。

 

(ユグドラシルでは、データ量の多い……高い魔力を秘めたアイテムにはデリート系の魔法は効果がなかった。俺も習得している〈上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)〉なんかでも、神器級(ゴッズ)アイテムを破壊したりは不可能だからな)

 

 当たり前だが、最強クラスの装備が魔法使いの魔法一発でお釈迦になることはない。

 もしそうなれば、ユグドラシルから戦士が消滅したことだろう。神器(ゴッズ)アイテムは一つ作ることすらできないレベル100もいたくらいの作成難易度だと言うのに、簡単に壊れてはやってられない。

 だがその常識は、この世界の魔法にも適応されるのか? 当然不明だ。だったら、解明しなければならない。それも、可能な限り早く。

 

「予定変更だ。土くれのフーケは名声を高める道具として使うと同時に、我々ナザリックの為に役立ってもらうことにする。その前段階として、まずは当初からの計画を実行に移そう。ルプスレギナ・ベータを玉座の間に呼べ。私も向かう」

「了解いたしました。アインズ様」

 

 部屋で控えていたセバスにそう命令し、アインズは一つの魔法を唱える。

 すると、アインズの体は頭まで覆い隠す漆黒のフルプレートに覆われ、今までの骸骨の魔法使いの印象は完全に消え、歴戦の戦士と言った風貌になった。

 唱えたのは、ただのクリエイト系魔法だ。アインズが戦士になったわけではなく、魔法職のアインズでも装備できる魔法で作った鎧と剣を用意したに過ぎない。

 

(これで骸骨の顔が見られることはない。本当は魔法使いとしての方が名声を得やすいんだろうけど、ユグドラシルの魔法は迂闊に使えないしなぁ)

 

 アインズは、自らを戦士モモンと偽って行動し、いずれアインズ・ウール・ゴウンのものとなる名声を得るつもりだった。

 文化的に戦士が見下される以上、本当は魔法で英雄になった方が受け入れられやすいのだとはアインズも思っている。だが、下手に先住魔法だと思われて警戒されるよりは、信じられない力の戦士として英雄になる方が確実かなと思ったのだ。

 

(俺の肉体能力を戦士に換算すれば、約レベル30ってところだろう。もしユグドラシルプレイヤーに出会ったら魔法が使えなくなるペナルティーがかかる鎧姿じゃ勝ち目無いけど、この世界の一般人程度なら大丈夫なはず……)

 

 レベル100のアインズとは言え、純粋な魔法職である為に肉体的には弱い。だが、それでもこの世界の一般的な人間相手なら何とかなると判断していた。

 これはあの人攫いたちの能力を基準に考えたものだが、一般人が彼らよりも遥かに強いと言うことはないはずだ。どこかにいるだろう一部の強者相手にもこのままで勝てると思うほどアインズも自惚れてはいないが、とりあえず戦士としての格好はつくと思っていた。

 戦士でない為に直接戦闘系スキルを何一つ持っておらず、精々腕力で2トンの大岩を持ち上げ、放り投げるくらいのことしかできない自分であっても。

 

「……っと、マントは外しておくかな」

 

 この世界の貴族は皆身分の証としてマントを身に着ける。

 戦士モモンが貴族の証を装着しているのも無駄ないざこざを招く気がしたので、アインズは鎧にデフォルトでついてくる赤いマントを念のため外すのだった。

 そして――

 

 

 

 

 

「アイ――じゃなくて、モモン様。王都につきました」

「様、ではなく、さん、だルプー。何なら呼び捨てでも構わない。それと、もっと砕けた感じで話せ。これは命令だ」

 

 数時間後、アインズと戦闘メイドの一人、ルプスレギナ・ベータは王都トリスタニアへやって来ていた。

 ルプスレギナはバトル・クレリックなどを初めとする直接戦闘能力を持つ信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、その正体は人狼だ。だが、通常形態は他の戦闘メイドと同様に人間そのもの――ギルドメンバー渾身の作画により、尋常ではない美貌を誇るが――であり、英雄モモンの仲間ルプーとしてこの地にやって来ていた。

 何故ルプスレギナを選んだのかと言えば、まずナザリックに人間の町に溶け込める外見の者がほとんどいなかったからと言うのが一つ。そして、その一部の中でも自ら変身しない限り正体がばれないと言う理由も一つ。ついでに、比較的人間に友好的な態度をとれそうだったと言うのもある。

 同条件――人間への友好は微妙だが――にナーベラルもいたのだが、既に王都で事件を起こしているために今回は除外したのだった。

 

「えっと、それじゃあ……了解っす、モモンさん。……こんな感じでいかがでしょうか?」

「素晴らしいぞルプー。その調子で頼む。ああ、それと、ナザリックで散々言い聞かせた事は忘れていないな?」

「はい。この地の人間の前では、緊急事態を除き魔法の使用を禁ずる。強敵と遭遇した場合は、即座に撤退する。それと、信仰系としての側面は見せないことですね」

「その通りだ。この地の人間は一つの宗教を信仰しているらしいからな。もし他の神を信仰するものだと思われた場合、余計ないざこざが起こる恐れがある」

 

 話を聞く限り、信仰系と言ってもナザリックに神を狂信する者はいないらしい。その信仰と忠誠は、全て至高の四十一人に捧げられているのだから。

 だが、それでも問題は全く変わらない。特に、異端審問などと言って信仰の自由を認めない文化の人間を相手にする場合は。

 

「では、これより私達は旅人のモモンとルプーだ。それを踏まえ、将来英雄となる者として恥じない行動を心がけよ」

「了解っす!」

 

 ルプスレギナは、向日葵のような笑顔でそう答えた。何回練習させても言葉遣いが主人に対するものだったり、『さん』と言えないタイプのNPCとは違い、ルプスレギナは比較的融通が利く。

 やはり自分の人選に間違いはなかった。ナーベラル同様美貌から妙な厄介ごとを招くことも心配ではあるが、そこは鎧と剣で威圧する自分がカバーすればいいのだし。

 そう考え、アインズは漆黒の鎧を纏う戦士、モモンとしてこの世界の文明に足を踏み入れるのだった。

 

「それでモモンさん。これからどうするっすか?」

「そうだな。ターゲットである土くれだが、今シャドウデーモン達がその足取りを調べている。だが、未だにこの世界との接点が作れていない以上、地道な盗み聞きくらいしか情報源がないからな。恐らく次に土くれが行動を起こすまでは詳細は掴めないだろう」

 

 神出鬼没の怪盗の居場所など、そう簡単に分かるわけもない。

 せめて特徴や持ち物でもわかれば魔法で調べることもできたかもしれないが、市井の噂を中心に集めているシャドウデーモンによれば、性別すら不明の怪盗なのだ。これでは流石に調べようが無い。

 そこで、今のアインズは待ちの姿勢だった。今までの調べで判明している貴族屋敷などの場所にはほぼ全てシャドウデーモンを放っている為、土くれがその内のどこかで仕事をすれば追跡できるだろう。もちろん、シャドウデーモンを感知するような優れた盗賊系スキルは持っていないことを前提とした考え方だが。

 

(まあ大丈夫だろ。シャドウデーモン達によれば、この世界の宝物庫は魔法的な防御が一切かけられてないらしいからな。そんなザル警備を抜けるのに盗賊スキルが発達するとも思えない)

 

 スキルに該当する能力がこの世界には存在していない。これはまだ確定情報ではないが、現状集まった情報からはそう判断するしかなかった。

 そして、この世界の宝物庫は例の“固定化”の魔法で壁を固めているだけで、転移対策や不可知対策は一切施されていないのだ。流石に危険だから――プレイヤー関連の力がある恐れがあるから――調査対象から外している王家の宝物庫までそんな有様なのかは不明だが、そんなのが相手では固定化対策以外の技術は発展しないだろうと言うのがアインズの読みだった。

 

「じゃあ、その辺でお茶にでもするんすか?」

「まさか。せっかくだから、まず戦士モモンの顔を売る意味も含めてちょっと用事を済ませようと思う」

「用事?」

「ああ。まあ、当座の資金調達を兼ねたこの世界の武器調査だな」

 

 

 

「邪魔するぞ」

「ねえ、本当にそんなボロ剣でいいの?」

「いいってば。こいつ面白いし」

「……ん? 先客がいたか」

 

 アインズとルプスレギナが向かったのは、この王都の武器屋だ。地理は事前にシャドウデーモンに把握させていたのだが、どうしても酷い匂いの路地裏を通らなければならなかった為、結構精神的にダメージを受けていた。

 何で骸骨なのに嗅覚はあるのだろうと自分の五感を恨みつつ、しかし隣で種族的に鼻が利くルプスレギナがかなり辛そうだった為に、主人の意地で平静を保ってきたのだ。

 

 ここへは、何か掘り出し物があればいいなー程度の希望と、この世界における武器防具の調査。そして、手荷物を売却することでこの世界の硬貨を得る為にやってきた。

 そのために、何でこんなとこに店たてんだよと若干怒りつつも、アインズたちは何とかたどり着いたのだ。

 

 だが、そこには既に先客がいた。若い男女であり、一人はアインズとしても見慣れた黒髪の少年。そしてもう一人は、ここはゲームの中なんじゃないかと改めて迷わせてくれるピンク色の髪を持つ少女だ。

 両者の共通点としては、武器屋に全く縁がなさそうだと言うところか。少年の方は特に戦士っぽい体つきではない――アインズに戦士の力量を見抜く目など無いので、勝手なイメージだが――し、少女にいたっては箸よりも重いものを持ったことが無いお嬢様オーラが全開だ。

 後気になる点として、少年の服装が挙げられる。この世界の服は全て人間の手で編まれた物であり、機械化による大量生産には技術的に至っていないとアインズは判断していたが、少年の青を基調としたパーカーは、日本で見慣れた大量生産品の匂いがするのだ。まあ、アインズ――鈴木悟視点で評価すると、センスが100年以上古い気がするが。

 

「い、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ。ちょっと武器を見せて欲しい。この店で最高の品を見たい」

「か、畏まりました!」

 

 アインズが店内の少年少女を観察し、そして少女らも入ってきたアインズとルプスレギナを凝視していたところ、この店の店長だと思われるでっぷりとした男が話しかけてきた。

 アインズは手短に用件を伝えると、店主はいそいそと店の奥に引っ込んで行った。恐らく、アインズの立派な鎧を見て上客だと判断したのだろう。

 アインズにも聞こえないほどに小さな声で「またまたカモがやってきたわい。あんな剣、二本も持っていたって重りにしかならんこともわからん道楽者ってところか。精々見栄えだけの剣を高く売りつけてやろう」と呟くくらいに。

 

「うわぁー。スッゲー剣と鎧だなー。それに、あっちの人は物凄い美人。やっぱ、あの人たちも貴族なのかな?」

「馬鹿ね。貴族が剣なんて持つわけ無いでしょ」

(……やはり、剣士は正当に評価されないか)

 

 少女の方は、アインズの格好を見ても貴族ではないと断言した。ただ、剣を持っているというだけで。

 アインズが背中に背負っている剣は、アインズの魔法で創造したものであり、確かにそこまでの品ではない。少なくとも、神器級(ゴッズ)アイテムなどとは比べ物にならない弱い武器だ。

 だが、外見だけはかなり立派なものであり、武器としての強さと美しさを兼ね備えたものであるはずだ。事実、少年の方はあっさりとその輝きに魅了された。

 それなのに、少女は一瞥しただけで酷評。そのことからアインズは今まで集めた情報が間違っていないことを再確認する。

 

「でもさ、あの剣ならギーシュのゴーレムくらい木っ端微塵になりそうだろ?」

「そんなこと……無いとは言わないけど。で、でも、あんな大きな剣じゃまともに振れないかもしれないわ」

「いやそれはないだろ。わざわざ二本も持ち歩いてるんだぞ?」

 

 少年少女の自分をネタにした雑談を聞きつつ、とりあえず戦士モモンの強そうな外見イメージは成功したようだと内心で安堵の息を吐く。

 とりあえず、そのギーシュと言うメイジならば外見だけで勝てると判断してもらえたようだ。そのメイジがどの程度の実力者なのかは不明だが、魔法絶対優位の価値観を持つ世界で剣をもったアインズが認められているのならば十分だろう。

 それにしても、そんなことは無関係に少女の方が不機嫌なのは気のせいだろうか?

 

「大体、せっかく剣を買ってあげたのに、いきなり他人の剣を褒めるとはどういう了見なのかしら?」

「いや、だってさ。やっぱあっちの方が強そうだし……」

(ははぁ。あの錆剣、女の子の方からのプレゼントなのか)

 

 何か青春の気配を感じ、そして何となく落ち込む。今ではもう喪失した感情とは言え、アインズはこの体になる前から魔法使い一歩手前だったのである。

 だが、そんな鎮静化もされない微妙な落ち込みは、次に聞こえてきた言葉でかき消されたのだった。

 

「おいおい相棒。いきなり浮気か?」

「いや、だってさ……」

「ん? 今のは誰の声だ?」

「私じゃないっすよ?」

 

 少年のアインズの剣への賞賛に対し、拗ねたような声が聞こえてきた。その声の主はどこにいるのかとアインズは店内を見渡すも、動きがあるのは店の奥でなにやら取り出している店主くらいしかいない。

 ルプスレギナはほぼ自動的に武器を取り出して警戒状態に移行していたが、アインズは片手を挙げてそれを制する。敵意は感じなかったし、こんな街中で暴れては後の予定がいろいろ狂うと。

 

「俺だよ俺、ごつい鎧の兄さん」

「……まさか、その剣か?」

「そうだぜ。俺様はデルフリンガーだ。よろしくな」

 

 なんと、喋っていたのは少年の手の中にあった錆びた剣であった。どんな原理かは知らないが、鍔の辺りをカチカチ鳴らして喋っているのだ。

 正直、アインズには武器の価値を見極める目など存在しない。ユグドラシルではデータとして性能を見ることができたが、そうじゃなければ極普通のサラリーマンに名刀と鈍らを見極める知識があるわけないのだ。魔法による鑑定もあるが、鎧を着ていては使えないし、人様の持ち物に魔法をかけるわけには行かないと言う事情もある。

 だから、アインズは純粋な感性だけで判断し、少年の手の中にある剣をゴミとしか思っていなかった。刀身が完全にさび付いている剣など、ゴミ以外のなんと言えばいいのか。

 しかし、それがユグドラシルにも無かった喋る武器ともなると途端に興味がわいてくる。だからなのか、アインズはつい剣に対して初めての名乗りを上げるのだった。

 

「そうか。私はモモンと言う旅の者だ。こっちは相棒のルプー」

「よろしくっす!」

「あ、どうも。俺は平賀才人です。それで、こっちはルイズです」

「ご主人様を『こっち』呼ばわりするんじゃないわよ!」

 

 やはり、少女――ルイズは貴族で間違いない。そして、雰囲気や言葉遣いからして少年――平賀才人は、恐らく最近ルイズに仕えることになった平民なのだろう。まだ教育がなっていない召使い見習いと言ったところか。

 と、状況だけで見ればアインズもそう判断しただろう。だが、今のアインズは一つのことで頭がいっぱいなのだった。

 

(平賀才人? どう考えてもこの世界の人間の名前じゃないよな。明らかに日本人の名前……まさか、プレイヤー?)

 

 喋る剣も、貴族の少女もどうでもいい。目下、アインズがもっとも警戒しているユグドラシルプレイヤーかも知れない少年に、アインズは全神経を集中させるのだった。

 

「君は……あー、なんと言うべきか……うむ」

「あの、どうしたんですか?」

「いや、その……ワールドアイテム、について何か知らないかな?」

 

 アインズは単純に『お前ユグドラシルプレイヤー?』と聞こうとして、流石にそれはまずいと思い直した。もし面倒ごとを避ける為に正体を隠しているのであれば、正直に答えるわけがないからだ。

 仮にサイトが当たりであり、そしてアインズ・ウール・ゴウンに敵対するようなプレイヤーであった場合、そのミスは致命的となる恐れがあるのだから。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは悪のロールプレイングによって発展したギルドだ。

 本来は異形種狩りと言うPK(プレイヤーキル)に対抗する為に集まった集団だったのだが、異形種狩りに対してPKK(プレイヤーキラーキル)を繰り返した結果、いつの間にか悪のPKギルドと呼ばれるようになったのだ。

 そして、悪と呼ばれるのならばそれもいいじゃないかとあえて評価を受け入れ、そのまま敗北することなく巨大化したのが今のアインズ・ウール・ゴウンなのである。

 

 つまり、アインズ・ウール・ゴウンには敵が多い。かつてナザリックを攻め落とそうと徒党を組んできたプレイヤー連合然り、異形種を嫌うもの然り、アインズ・ウール・ゴウンであると言うだけで敵対する理由になるかもしれないギルドなのだ。

 少しでも正義の味方気取りに目を付けられないよう穏便に事を進めているつもりだとは言え、やはりプレイヤーは現状における最大の仮想敵なのである。

 

 だから、ユグドラシルのプレイヤー探しは細心の注意を払う必要がある。その調査の為にアインズが即興で考えたのが、ユグドラシルプレイヤーならば誰もが知っている単語を出す、だ。

 ワールドアイテムは公式から出された規格外アイテム。パワーバランス無視の、運営狂っていると掲示板が埋め尽くされること間違いなしの異常な力を持つ200のアイテムであり、一つでも所有していればユグドラシル内での知名度は跳ね上がること間違いなしの一品なのだ。

 ユグドラシルに関係がある者ならば、これを知らないわけが無い。つまり、不意に出したこの単語に僅かでも反応したり、誤魔化したりすればサイトは当たりと言うわけだ。

 だが――

 

「わーるどあいてむ? 俺は知らないです。ルイズは?」

「私も知らないわね。何なのそれ?」

「……いや、知らないならいい。つまらないことを聞いたな」

 

 結果は白。サイトが実は演技力に長けた人物で無い限り、彼は本当に何も知らないらしい。

 完全に安心する事はできないが、とりあえず日本人っぽい名前も異世界のどこかに日本みたいな名づけをする土地があるのかもな、くらいの感心まで落ち着いた。

 

(考えすぎか……。確かにあんな装備品はユグドラシルには無かったし、異世界特有の文化と日本に共通する点があったと考えた方が妥当だな)

 

 サイトの大量生産品っぽいパーカーなんて、ユグドラシルには恐らく存在していない。外装を自由に弄れる自由度が売りなだけに絶対ではないが、わざわざ100年以上前の大量生産品をモデルにする物好きもいないだろう。

 まあ、アインズが知らないだけで所謂おしゃれアイテムとか冗談グッズでそんな感じの世界観を壊すものがあったかもしれないが、あったとしてもそんな物を着る意味はないだろう。

 魔法のかかった装備特有の力を全く感じないし、ハルケギニアでも見かけない以上正体の隠蔽にもならないのだから。

 

 そこまで考えて一旦サイトの考察を終えたアインズは、何となく今度はルイズの服に目をやった。別に意味があったわけはないが、直前までサイトの服について考えていたからだろう。

 そして、それをよく見たところ、何故か心に引っかかるものがあった。何かこう、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。

 

(……ああ。あのタバサって女の子と同じ服なんだ。サイズは微妙に違うみたいだから、量産品……あるいは制服ってところか。確かシャドウデーモンの報告の中に魔法学院とか言うのもあったはずだから、そこのかな?)

 

 別に興味はないのだが、主人が戻ってくるまで暇なのだ。そこで、何となく今朝方に読んだ報告書についてアインズは思い出そうとした。

 

「君たちは……魔法学院の生徒、かな?」

「ええ、そうよ。達、じゃなくて私だけだけどね。私は伝統あるトリステイン魔法学院に所属しているルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。こっちは私の使い魔のサイト。光栄に思いなさい。貴族に名乗ってもらえるなんてね」

「あ、ああ。ご丁寧にどうも……」

 

 さっき自己紹介したよね? とアインズは思うが、先ほどの名乗りにルイズは満足していなかった。だから、やり直したのかもしれない。

 しかし、そんなことよりもアインズは痛烈に一つの思いに駆られていた。お願い、名刺頂戴、と。

 

(えっと? ルイズ・フランソワーズ……何とかヴァリエール? ダメだ。覚えられん)

 

 貴族特有の名前の長さ。それは、サラリーマンとして名刺による名前の記憶を前提としていたアインズに衝撃を与えた。

 いやいや、こんな長い名前、この世界の人どうやって覚えているの? と。

 ルイズの発言を聞いて、アインズの後ろで笑顔を深めたルプスレギナに気づくことも無く。

 

「では、こんなところにいるのは学院の課題か何かなのかな? えっと……ミス・ヴァリエール?」

「違うわ。ただ、この犬にご主人様として剣を与えに来ただけよ」

「犬って……」

(……ペロロンチーノと同類か? 同い年の異性を犬扱いとは、シャルティアと気が合うかもしれん……)

 

 何とかこの世界の貴族に対する呼び方を思い出し、おっかなびっくりルイズの名を呼んだアインズ。だが、返って来た言葉に思わず絶句してしまった。

 ルイズは小柄な少女だ。顔立ちも整っているし、ちょっと気が強そうな点を除けば理想的な淑女に見える……黙っていれば。

 そんな少女が、同年代の男子を犬呼ばわり。貴族としての威厳を出そうと背伸びした結果空回りしているのかもしれないが、エロゲーイズマイライフを公言する友人と、その友人のエロゲー愛を詰め込んだ守護者の一人、真祖(トゥルーヴァンパイア)シャルティア・ブラッドフォールンを知る者としては、どうしてもそっちの方向に思考が進んでしまう。

 

「お待たせしましたお客さん。こちらなんかいかがでしょう?」

「モモンさん。店主がいろいろ見繕ってくれたっすよ!」

「そうか、見せてもらおう。では、失礼する」

 

 なにやら微妙な空気になったところで、丁度席を離れる言訳ができた。それを幸いと、アインズはサイト、ルイズ両名に別れを告げた。

 だが、ルイズはともかくサイトは興味深げにアインズを――いや、モモンとして背負っている二本のグレートソードを見つめている。

 やはり、この男の子には堪らないデザインは成功だったなと、アインズはその視線を好意的に受け止めるのだった。


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