ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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友好関係を構築したいものだ

「アインズ・ウール・ゴウン様。この者たちはいかがいたしましょう?」

「……アインズでいいぞ、アルベド?」

 

 かつての仲間達が姿を現すその日まで、41人全員の象徴たる名、アインズ・ウール・ゴウンは自分を指し示す名としよう。

 そんな思いで、ギルドとナザリックを率いるものとしての名を名乗ったつもりだったのだが、流石に一々フルネームで呼ばれては長い。

 だから省略でいいとアルベドに伝えたのだが、何故か言葉では表せない奇怪な動きを見せた後アルベドは『至高の名を略すのは不敬ではないか』とか『私のご主人様たる御方がそう言うのなら』とかいろいろ言った後、結局アインズ様で名称は決定した。

 この奇怪な動きとリアクションは、多分モモンガ――アインズがアルベドの設定を書き換えたためだと思うのだが、完全に自分の責任なので、アインズは見なかったことにした。

 

「ゴホン。では改めてアインズ様、この者たちはいかがなさいますか?」

「そうだな。まず、人攫い共は全員ナザリックに送り、情報を吐かせる。死体も実験に使うから回収しろ。それと、あのデスナイトもナザリックに送れ。そのうち消えるとは思うがな」

「畏まりました。後、縛られている下等生物はいかがなさいましょうか?」

「かと……あー、攫われたと思われる娘達か。ふむ、できれば恩を売りたいところだが……」

 

 アインズは、そもそもこの娘達を助けに来たのだ。今更ながら、この世界の戦闘レベル調査と自分の魔法の実験は副次的なものだったのである。

 ならば、ここはお前達を助けてやったアインズ・ウール・ゴウンだとか言った方がいいのだろうか?

 しかし、ここでアインズの脳内に一つの不安が生まれるのだった。

 

(今更だけど、俺この人攫いが人攫いだって確認してないんだよなー。完全に不意打ち仕掛けちゃったし)

 

 勝てるかどうかわからないから、先手必勝で仕掛けた。その判断自体は間違ってないとは思うが、逆に対話の機会がなかったのも事実だ。

 

 恐らく人質として使うつもりだったのだろうが、縛られた娘達の半数ほどが馬車から出されている。

 そのことから考えても、まさか殺した連中と仲間であるとは考えにくいが、馬車の横転の為か全員気絶していた。

 はっきり言って、今のままではかなり印象が悪い。助けた瞬間を誰もみていないのでは、恩を売るどころか人攫いの代わりに邪悪なアンデッドがやって来たとしか思ってもらえそうにない。

 いや、この世界にはそもそもアンデッドがいないのだったか。

 

(やばい。情報がなさ過ぎてどう話をもっていけばいいのかわからない)

「あの、アインズ様……?」

「あ、ああ、アルベド。気にするな。私に考えがある」

 

 本当は何にもないけどさーと、素直に叫べればどれだけ楽だろう。

 だが、そんなことはできない。アインズ・ウール・ゴウンを名乗るものとして、そしてナザリックの支配者としてそんな情けないことが言える筈がない。

 だから、アインズは考える。とりあえず、この骸骨の魔法使いのままではまともに会話などできないことだけは間違いないはずだ。多分。

 

(確か、アレがあったはず……あった)

「あの、アインズ様? それはいったいなんでしょう?」

「これか? これは……ただの仮面だ」

「はぁ?」

 

 アルベドは不思議そうだが、アインズは何も語らずにこの泣いているようにも笑っているようにも見える仮面をつける。そして、むき出しの骨部分である腕を隠すべく、適当なガントレットを装備する。ついでに、ローブの胸元を締めて剥き出しの肋骨を隠す。

 ……アルベドの方から残念そうなため息が聞こえてきたのは、気のせいと言うことにする。

 

 これで、とりあえずアインズを一目見て骨のバケモノだと判断する要素はなくなったはずだ。この仮面――クリスマスイブの夜に一定時間インしていると強制的に入手してしまう、ある意味呪われているアイテム――の怪しさのせいで、邪悪なアンデッドの内の邪悪、の部分が消えていない気もするが、この際仕方がない。

 

「さて、まずは八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)に人攫い共を運ばせろ。その後で娘達に話を聞くとしよう」

「わかりました、アインズ様」

 

 いざと言うときのために先行させていたモンスターを動員し、手早く戦利品を回収していく。透明化能力を持つこのシモベは大して強くないが、斥候には便利なモンスターなのだ。

 

「さて、では――」

「モモ――アインズ様。ご報告が」

「ん? どうした」

 

 あらかた運び終えたエイトエッジアサシンの内の一体が、アインズに報告に来た。まだアインズ呼びに慣れていないようだ。

 

「こちらに接近してくる人間を発見しました」

「人間? どんな奴だ?」

「年のころは幼く、性別は女。空を飛んで向かってきているため、魔法詠唱者(マジックキャスター)かと思われます」

「ふむ、他に何か特徴は?」

「青い髪が特徴的です。それと、この度捕らえた女のものとは比べ物にならないくらい巨大な杖を持っています。他の装備は取り立てて魔法もかかっていないものですが、この賊共よりは仕立てのいいものかと」

 

 ……断片的な情報だが、とりあえず人攫いの仲間と言うことはなさそうだ。後ろ暗い連中の仲間が姿も消さずに空を飛んで合流するとは考えづらい。

 だが、そうなると何者なのか。この状況で考えるべきは、大きく分けて二つ。この人攫い事件に関係があるのか、ないのかだ。

 

「……ただの通りすがりならばよし。だが、そうではない場合が厄介だな」

 

 もしその少女が人攫いのことを知ってやってくるのならば、恐らく被害者の救出と人攫いの討伐が目的だろう。

 だが、その場合は一人で動いているのが引っかかる。自信過剰の馬鹿である場合を除き、犯罪者の集団を一人で何とかできると言う自信と力があると言うことになるのだから。

 

「もしアインズ様のご計画の邪魔になるようであれば、私が始末してきますが?」

「いや、それは止めておけアルベド」

 

 その『とりあえず殺しておけばいいや』思考には思うところがあるアインズだが、仲間達がそうあれと決めたのなら仕方がない。

 だが、ここは慎重に行動するべきだ。アインズは一人で人攫いたちを制圧したが、こっちに向かってくる少女も同じことができると考えて行動した方がいい。

 つまり、実はあの人攫い共が弱すぎただけで、強者はアインズ級かそれ以上と言う線がないわけではないのだ。

 

「その少女が何者なのかは不明だが、人攫いを狙いに来たのならば公的権力を有している可能性が高い。敵対関係になるのは避けろ。犯罪者と同様に考えるわけにはいかん」

「畏まりました、アインズ様」

 

 そんな、ちょっとビビッている本音は隠しつつ、もう一つの理由でアルベドを納得させる。

 できれば現地人とは友好関係を築きたいアインズとしては、これも嘘ではないわけだし。

 

「よし、アルベドを残して他は待機。いざと言うときに動けるように準備しつつ、姿を隠せ。私はここに残り、被害者を助けた者として対応する」

「はっ! 了解いたしました」

 

 隠密系のシモベを周囲に隠し、アインズは鎧姿のアルベドと二人でこちらに向かってくる少女を待ち構える。

 もし正規軍の斥候や実力者だった場合、何とか被害者を救った善意の第三者として認識してもらおうと……。

 

 

(どういうこと……? あの子からの視界が途絶えた……?)

 

 そのころ、トリステインが誇る魔法学院の留学生、タバサは自らの魔法で空を舞っていた。

 その目的は、自らの使い魔の救出だ。竜なのに人攫いに攫われた、つい先日召喚した風韻竜、イルククゥ――先住の名前だと目立ちすぎるので、後で別の名前をつける予定――を助けに来たのである。

 使い魔とメイジの絆、両者を繋いでいる魔法的な繋がりを頼りに、優秀な風メイジとしての全速力で人攫いの馬車を追いかけているのだ。

 

 だが、その感覚共有が突然途切れたのだ。とりあえず今は反応が途切れた場所を目指しているが、使い魔との感覚共有が使えなくなるなんて現象、博識なタバサでも聞いたことがない。

 唯一それがありえるとすれば、使い魔が死んだ場合だ。だが、そうではないと感覚で分かる。情報は全く入ってこないが、使い魔との繋がりは残っているのだ。

 

(何が起きてる……?)

 

 使い魔は健在なのに感覚共有が使えない。これは異常事態だ。それを認識してはいるが、だからこそタバサは全力で己の使い魔の下へ飛ぶ。

 いくら使い魔が既に伝説と化している韻竜であり、その割には幼く本代として渡した金銭を使い込んでしまうくらいに社会常識がないとは言え、イルククゥは自分の召喚に応えてくれた使い魔なのだから。

 何故感覚共有が使えないのかは不明だが、タバサはややイラつきながら飛び続ける。もっと、遠くを見渡せるマジックアイテムでも用意していた方がよかったと。

 

 タバサは、自分の幸運に気づかないまま全速力で飛び続ける。もしタバサが感覚共有だけではなく、遠距離を覗き見るような手段を持っていた場合、何の悪意もなく命を奪われていたなんて理不尽を知るわけもなく。

 

 

(確かこの辺り……)

 

 そうしてタバサは、襲撃に警戒しつつも感覚共有で最後に判明しているポイントにたどり着いた。

 後は周囲の情報を分析し、道筋を辿るしかない。今回の場合で言えば、人攫いは馬車を使っていたから(わだち)を見つけるなどが考えられる。

 ハルケギニアのメイジは貴族とほぼイコールである為にこういった作業が苦手だが、一国の騎士でもあり、汚れ仕事にも慣れているタバサからすれば大した問題ではない。

 もっとも、今回はその技術を披露する必要もなかったようだが。

 

「馬車が倒れてる?」

 

 まさに感覚共有が途絶えた地点。そこに、二台の馬車が倒れていたのだ。

 だが、奇妙なことに、馬車を引く馬がいない。普通に考えれば逃げ出したのだろうが、何故そうなったのだろう?

 その答えをタバサは無意識下で算出しつつ地上に降りるが、思考として纏める前にその元凶が姿を現したのだった。

 

「こんにちは、お嬢さん」

「ッ!?」

 

 罠である可能性を考え、慎重に馬車に近づいたタバサ。すると、全く敵意のない、逆にこの場にそぐわな過ぎて演技としか思えない穏やかな声がかけられたのだった。

 

「ああ、驚かせてすまない。私はアインズ・ウール・ゴウン。よかったら話を聞かせてもらえないだろうか?」

「……構わない」

 

 アインズと名乗った男は、ほとんど捨てているとは言っても貴族として培われたタバサの目をもってしてもその価値を判断できない、見事なんて言葉では表せない輝きを秘めた漆黒のローブを纏っていた。

 そして、手には自らが持っている、鈍器として使用することも考慮に入れた戦闘用の杖に匹敵する巨大さの杖を持っている。

 だが、その価値は自らの杖とは比較にならないだろう。亡くなった自分の父の形見である杖を卑下するつもりはないが、アインズの杖は全てが黄金で出来ているかのような輝きを宿しているのだ。あくまでも木製である自分の杖とは、金銭価値と言う点で勝負にもならないと認めざるを得ない。

 そんな杖を持っているからには、アインズはメイジで確定だろう。あまりにも見事すぎて、逆に観賞用の美術品と言う可能性がないわけではないが、杖からの物理的な力すら感じる濃厚な魔法の力がそれを否定する。

 ただ、そんな見事な身なりではあるが、同時に奇怪な仮面をつけている。タバサは美術品関連にあまり関心はないが、この泣いているような笑っているような仮面はあまり趣味がいいとは言えない。

 

 そして、一番重要なポイント。アインズは、貴族の証であるマントをつけていない。身なりこそ並の貴族が束になっても敵わないだろう立派なものだが、マントがないと言う一点がタバサの違和感を深める。

 これほどの服を纏う人物が、貴族ではない? だが、メイジであるのはほぼ確定なのに、そんなことありえるのか?

 ハルケギニアでは、メイジであることは、魔法が使えると言う技能としての意味だけではない。魔法とは、権力の象徴でもあるのだ。

 ハルケギニア絶対権力者である、貴族。それらは、ゲルマニアと言う国の例外を除き、全員メイジなのだ。

 この地に置いて、魔法とは高貴な血を引く者の証なのである。だからこそ、マントをつけないで貴族が外出することなど、まずありえない。

 

 つまりアインズは、ハルケギニアの人間として真っ当な価値観を持つタバサから見て、ちぐはぐな正体不明、としか言いようのない人物なのだった。

 

「ところでお嬢さん、できれば名前と……ここへ何しに来たのか教えてくれるかね?」

「……タバサ。ここへは、その馬車で攫われた友人を助けに来た」

「ほう、友人を……。勇敢だな」

 

 アインズの質問に、タバサは言葉少なくとも一部を除いて正直に答える。アインズが何者なのかさっぱりわからない現状では、嘘をついても意味がないと判断したのだ。

 使い魔の正体を除き、タバサに後ろ暗いところはないのだから。友人を助けに、の部分に感心しているアインズをみると、若干罪悪感がわかないでもないが。

 

「では、君は、あー、国の人間というわけではなく、個人的に彼女らを助けに来たのかね?」

「そう。あなたは?」

 

 ここで、タバサはアインズに一手打ち込む。アインズとは、どういった身分の人間なのかと。

 

「私は……私も、君と同じだ。丁度この辺を通りがかったら、縛られた少女達を見かけたのでね。助けに来たものだよ。既に人攫いの一味は逃げ出した後で、その辺で倒れている……ああ、気絶しているだけだから安心してくれ。とにかく、彼女達は皆無事のはずだ。少々荒っぽい方法で馬車を止めたから、怪我くらいはしているかもしれないがね」

「それは仕方がない。では、アナタはこれからどうする?」

 

 アインズの回答は、通りすがりの善人と言うものだった。だとすれば、とりあえず肩の力を抜いてもいいだろう。

 恐らく護衛と思われる、これまた見事な漆黒の鎧を身に纏った戦士付きで偶々通りかかったと言う言葉を信じれば、だが。

 

「……そうだな。この娘達を近くの町まで届けるべきだと思うが、どうだろうか?」

「そうした方がいい。私も賛成する」

「それはよかった。ところで、君はこの近くの町に心当たりはないかね? 私はここからかなり離れたところ出身の旅人でね。あまり土地勘がないんだ」

「……ここからなら、王都に、トリスタニアが一番いい」

「王都……そんなものが近くにあるのか」

 

 旅人。この言葉は信じてもいいだろう。いくらなんでも、この辺りに住んでいるものでトリスタニアのことを知らないなんて事はありえない。

 となると、アインズの正体はお忍びの貴族と言ったところだろうか?

 この世界には『メイジではない貴族』はほとんどいないが、『貴族ではないメイジ』ならそこそこいる。服装的に貴族の位を失ったメイジだとは考えにくいアインズだったが、あえて身分を隠している、ちょっと世俗からずれている貴族と考えれば一応の辻褄は合うだろう。

 タバサは、とりあえずアインズをそんな人間なのだろうと仮定した。

 

「でも、ここから運ぶのが大変。空を飛べばともかく、体力のない少女が歩くには危険な距離」

「ふむ。空を飛ぶと言うのは、〈飛行(フライ)〉かね?」

「……? そう、フライの魔法」

 

 風のドットスペルとも、コモンマジックとも呼ばれる飛行の魔法。メイジならば九分九厘使える簡単に分類される魔法だ。速く飛ぼうと思えば、それなりに大変だが。

 他に空を飛ぼうと思えば、精々物体浮遊魔法であるレビテーションくらいだろうが、まず飛行には使われない。そんなこと常識なのに、何を疑問に思ったのだろうかとタバサは内心で首を捻った。

 

「では、移動手段を用意しよう。少し待ってくれ」

「……どうやって用意するの?」

「ん? ……君は、移動の足を用意する魔法などは知らないかね?」

「聞いたことがない」

 

 タバサは、同年代の少年少女はもちろん、メイジとして一流を気取っている大人にも負けない魔法の知識がある。

 そんなタバサの知識の本棚を全て漁ったところで、移動の足を用意する魔法、というものには心当たりがなかった。

 

「そうか……。では、マジックアイテムならどうだ?」

「マジックアイテム? それなら、わからなくもない」

 

 アインズは、続けてマジックアイテムを持ち出してきた。それならば、タバサとしてもありえなくはないと思う。

 と言うのも、ハルケギニアのマジックアイテムは多種多様なのだ。ぶっちゃけよくわからないものは全部マジックアイテム扱いだからかもしれないが、魔法ではできないこともマジックアイテムならばできることはよくあるし、世間一般に知られていない物も珍しくない。

 一番身近な例を挙げるなら、タバサが通っているトリステイン魔法学院の宝物庫にあるらしいマジックアイテムが有名だろう。王室から管理を任されたものから、学院長秘蔵のアイテムまで様々な希少アイテムが眠っていると言われているのだ。

 もっとも、タバサが生徒として宝物庫を見学したときに見たのは、学院長オールド・オスマンの私物であるガラクタが大半だったが。

 

「ならば、話は早いな。私は馬の代わりになる存在を呼び出せるマジックアイテムを持っているのだ」

 

 そう言って、アインズは懐に手を入れた。

 そこから取り出されたのは、一枚の羊皮紙であった。タバサの目にはただの紙にしか見えないため、軽く首を傾げる。

 

「ん? これを……スクロールを知らないのか?」

「……知らない」

 

 アインズからは、かなり本気でビックリした様子が感じられる。ついでに、鎧の人物からは嘲笑うような雰囲気を感じる。

 そんな失礼な態度に顔には出さないもののムカッとするタバサだが、同時に未知のスクロールというマジックアイテムへの感心も強まる。

 その特殊な生い立ち上、とにかく強さを求めているタバサにとって、知らない力と言うのはそれだけで魅力的なのだ。

 

「やはり根本的に違うのか……。いや、なんでもない。では見せてやろう。〈上位人形創造(クリエイト・グレーター・ゴーレム)〉」

 

 アインズは羊皮紙を広げ、一言呟いた。すると、そのまま羊皮紙は火でもつけたように崩れ落ちてしまう。

 だが、それは決して失敗ではない。羊皮紙が燃え落ちると同時に、先ほどまでいなかった強大な獣が出現したのだから。

 

 その生物は、パッと見は馬のようだ。だが、決して馬ではありえない姿をしていた。

 全身は輝かしいが硬質な金属に覆われており、その体躯は軍馬でも決してかなわないほどに立派なものだ。もし遠目で見た場合、もしかしたら王族の馬車を引くために育てられた品種なのかもしれないと思うほどに。

 だが、同時に異形としての性質も持ち合わせている。なんと、足が八本もあるのだ。更に生物的な印象を全く感じないため、恐らくガーゴイルの類だと思われた。

 だが、こんなもの、魔法技術の最先端である大国、ガリアの人間であるタバサも見たことがない。こんな、既存のどんなガーゴイルよりも優れているだろう八本足のガーゴイルなど。

 総合して、素晴らしく力に満ち溢れた存在。タバサの知る限り、これに勝るガーゴイルはこの世に存在しないのではないかと思うほどにだ。

 

(何? この……馬?)

「これは八本足の馬人形(スレイプニール・ゴーレム)と言うものだ。まあ、逃げ出した馬の代わりくらいにはなるだろう」

 

 だが、タバサの知識にも存在しない、値段をつければこの一頭だけでゲルマニアの貴族に――それもかなり位の高い階級に――なれるのではないかとも思うガーゴイル馬を、アインズはただの代用品としかみなしていない。

 更に言えば、この馬を呼び出したマジックアイテムと言う羊皮紙――スクロールは、一度の使用で消滅してしまった。つまり、アインズは平民の被害者を安全な場所へ連れて行くためだけにこれほどの物を使い捨てにしたのだ。

 この事実に、タバサの警戒心は一気にマックスまで跳ね上がる。まず間違いなく、アインズ・ウール・ゴウンとは、王族に匹敵しうる力をもった貴族であろうと。

 

「これは召喚時間も無限の奴だし、問題はないだろう。……さて、こいつに馬車を引かせよう――っと、その前に馬車を戻さなくてはいけないな」

「……それなら、私がやる」

「そうかね? では、お願いしようか」

「わかった。でも、まずは中にいるかもしれない被害者の確認」

 

 現在、誘拐犯の馬車は横転している。まずはそれを正さなくてはならない。

 そして、それならタバサ一人で十分可能なことだ。レビテーションの魔法で十分だろう。

 もちろんアインズもそれくらいはできるのだろうが、八本足のガーゴイルを見た衝撃から立ち直るためにも、自分で作業をして心を落ち着けたいのだった。

 

(それに、まだあの子は馬車の中にいるはず)

 

 何故か感覚共有は使えないが、使い魔との絆がイルククゥの居場所を教えてくれる。

 あのおしゃべりで騒がしい使い魔がこの状況下でも黙っているとは考えにくいので、恐らく気絶しているのだろうなと思いつつも横転した馬車の中を覗き見るのだった。

 

「……チビスケ?」

 

 だが、予想に反して人に化けた使い魔ははっきりと意識を保っていた。他の誘拐された少女達は皆気絶しているようだが、流石は韻竜と言うべきか、馬車が倒れたくらいでは気絶しなかったらしい。

 どうやら怪我もないようだし、とりあえず救出作戦は無事に成功したと言っていいだろう。

 もっとも、あの陽気で騒がしくも賑やかな韻竜とは思えないほどに怯えている、と言う事実を無視すればの話だが。

 

「キュイー! 怖かったのねー!」

「え!?」

 

 ぶるぶる震える己の使い魔を解放してやろうと、軽く杖を振って縛っていた縄を解いた。

 すると、自由になった途端にイルククゥは――非常につつましいお山しかないタバサに喧嘩を売っているような――豊満な胸を押し当てながら、タバサにすがりつくように泣き出したのだった。

 

「怖いのね! 何か恐ろしいものが外にいたのね! 震えが止まらないのねー!!」

「……落ち着く」

 

 とりあえず、タバサは混乱状態の使い魔を鎮めるべく、手にした杖で軽く頭を叩いた。流石に人間形態である彼女への手加減は加えたが、それでも痛かったらしく目に涙を浮かべていた。

 

「な、何するのね!」

「落ち着いて、何があったの?」

「わかんないのね! 悪者に捕まったと思ったらいきなり倒れて何も見えなかったのね! 外からは人間の悲鳴が響き渡ったのね! イルククゥはとにかく震えてたのね!」

「……わかった」

 

 要するに、この使い魔は何も見ていないらしい。だが、韻竜としての鋭い感覚で何か凶悪な存在を感じ取ったと言うことだ。

 ならば、その、韻竜ですら怯えた何者かとは何なのだろうか? ……現状では、アインズ・ウール・ゴウンと名乗った男しかいない。

 外のガーゴイルと言い、こうなると身分はともかく力の強大さだけは規格外の存在だと判断するしかないだろう。アインズは今のところ理性的で善良な人間の振る舞いをしているため、このまま被害者達を救いに来た同士として対応するのが得策か。

 タバサはそう考え、とりあえず目の前の使い魔に言い聞かす。くれぐれも、外にいる人達に無礼な発言や態度は慎め、と言うかいっそこのまま寝ろと。

 

「うー、わかったのね。イルククゥはもう寝ちゃうのね! キュイキュイ!」

「……」

 

 この、外見年齢に反した幼さはどうにかならないのだろうか? タバサはそう思うが、同時にちょっと可哀想かなとも思う。

 だからなのか、キュイキュイ言っている己の使い魔の頭を、何となく撫でるのだった。

 

「キュイ? チビスケ?」

「そう言えば、あなたに名前を考えた」

「名前なのね?」

「……シルフィード。それが、私からあなたに送る使い魔としての名前」

 

 それは、風の精霊と言う意味の名前だ。イルククゥは先住の言葉であり、人間が使う言葉では無い為の処置である。

 だが、今はそれだけではないのかもしれない。怯える自らの使い魔へ、もう大丈夫だと、主人である自分が守って見せると言う誓いの言葉だったのかもしれない。

 

「……わかったのね! 今から私はシルフィなのね! ルールールー」

「……歌わない」

 

 さて、もうこれ以上外の二人を待たせるわけには行かないだろう。そう思い、タバサは被害者の少女達を魔法でどんどん外に運び出す。

 そして、最後に自分の使い魔であるシルフィードだ。もう騒ぐのは止めて、大人しくしていなさいと命じた。

 

「わかったのね。シルフィはお姉さまに従うのね!」

「……お姉さま?」

 

 そんな呼称で呼ばれたことなどない。今のシルフィードは恐怖から守ってくれ、助けに来たタバサへの感謝の気持ちが暴走している状態だろうが、それでもそんな使い魔からかけられた言葉にタバサは少しだけ頬を赤く染める。

 自分には兄弟も姉妹もいないが、不思議といやな感じはしないなと思いながら。

 

「じゃあ、大人しくしていて」

 

 だが、タバサはそんな内心を外に出すことなく、すぐにいつも通りの無表情を取り戻した。そして、シルフィードに寝た振りでもしておけと改めて命じた。

 

 全ての作業を終え、タバサ自身も馬車の外に戻り、そしてアインズの興味津々と言う視線を何とか無視し――自分の魔法の実力を疑っているのだろうかなどと思いつつ――馬車にレビテーションをかける。

 かなり大きな物体だが、まあタバサなら問題はない。丁寧に浮かし、車輪をしっかりと地面につける。これで、後は馬を繋げば動くだろう。……壊れていなければだが。

 

「ふむ……見事だな」

「別に普通」

「そうか、普通か……。では、スレイプニール・ゴーレムよ、馬車を引け」

 

 アインズがそう命じると、非常識にも馬が自分で馬車に体を繋ぎだした。どうやら、普通のものとは比べ物にならない知性を持つようだ。

 だが、そこでアインズは止まった。馬車に乗り込むのではなく、さてどうするかと悩み始めたのだ。

 

「どうしたの?」

「ああ、いや、このまま王都に行っていいのかと……どう思う? アルベド」

「全てはアインズ様のご命令のままに」

「ああ、そう……」

 

 どうやら、鎧の中身は女だったらしい。そして、アインズに忠誠を誓っているようだ。

 斧を持っている点から見ても、多分メイジではなく戦士だと思う。だからと言って、実戦の世界にいるタバサが侮るなどありえないが。

 

「ふむ、すまないがタバサよ。スレイプニール・ゴーレムには君に従うように命じておくから、ここから先は任せてもいいか?」

「……構わないけど、何故?」

「うむ、それは……個人的な事情だ」

「そう、わかった」

 

 アインズがお忍びの貴族であると言う予想が正しいとすれば、国の中心である王都には近づきたくないのだろうか?

 タバサはとりあえずそう納得するが、どこか釈然としない。だが、藪を突いて竜を出すような結果になってほしくはないので、何も言わずに馬車へと乗り込んだ。

 

「ああ、そう言えば、友人は無事だったかね?」

「大丈夫、無事」

「そうか……よかったな」

「……? ありがとう」

 

 どこか哀愁漂うアインズに首をかしげるが、関係ないかとタバサは判断した。

 それを別れの言葉として、タバサは強力なオーラを放つガーゴイルが引く馬車に乗り込んだ。話している間に被害者たちも馬車に乗せ終えたので、後は王都の警備隊にでも引き渡せばいいだろう。

 そして、タバサはトリスタニアを目指して進む。馬車二台を引き連れていると言うのに微塵も重さを感じさせない力強い馬によって、信じられない速度での移動を始めるのだった。

 

 

「行ったか」

「よろしかったのですか? あの下等生物をそのまま行かせてしまっても」

「構わないともアルベド。私の名を、アインズ・ウール・ゴウンの名をあの少女に伝えたからな。恐らく王都の公権力に事情聴取されるだろうし、そのとき誘拐された哀れな被害者を助け出した勇敢な者として、私の名は伝わるだろう」

「……ああ、なるほど。そういうことですか。さすがはアインズ様」

「ん? うむ」

 

 アルベドは、アインズの言葉にイマイチ納得がいっていない様子だった。だが、主人の言葉を聞いたあと、なにかに気がついたようで、それ以上何も言うことはない。

 しかし、そんな様子にアインズは内心でびびる。今でこそナザリックの支配者として振舞っているが、本当はただの一般人なのだ。守護者統括として優れた頭脳を持っているアルベドに頭脳で自分が勝てるなんて思っていないし、何かまずいことをしたんじゃないかと言う不安は常に無い筈の胃と心臓を痛めつけている。

 だが、必死に取り繕っている支配者としてのカリスマを壊さないためにも、アインズは全ては計画通りと言う態度を崩さないままに〈転移門(ゲート)〉を起動するのだった。

 

「さて、ではナザリックへと戻ろう。あの人攫いたちから、この世界の情報を吐かせ、整理せねばならんからな」

「はい、全ては至高の御方の意のままに」

 

 こうして、アインズたちナザリック勢力も本拠地へと戻っていく。

 自らの主人の狙いを薄々予測しつつも、全てを理解することはできていないと自らの無知を恥じるアルベドと共に。

 例えば、この地にはっきりと残っている、アルベドからすれば心地よい人の肉の焼けた匂いや、濃厚な血の香りを嗅ぎ取っているだろうあの少女へ見張りすらつけない理由などを……。


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