ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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幾つか要望もあった、その後の世界のイベントを切り取った短編集です。
10巻発売記念と言う名のテンションブーストによって書き上げてしまったぜ……。
基本的に、後書きを読んでいること前提で書いてあります。

なお、このその後の世界は『いろんな意味で酷い』です。
これより先は、人道を投げ捨てて倫理を切り離して見てね!

※短編タイトルの横のアルファベットは作者が個人的に認定した『これは酷い度』です。結果ほとんどランクA以上だったよ……。


おまけ短編集

 6000年の伝統を持つトリステイン、ガリア、アルビオン、ロマリアを初めとする始祖の系譜によって収められる国々を擁する世界――ハルケギニア大陸。

 そこに突如現れた絶対者、アインズ・ウール・ゴウン。彼の名の下、小国トリステインはかの偉大なる存在によって統治される魔導王国となった。

 圧倒的な力“死の虚無”。死の神と呼ぶほかない絶対なる支配者によって、ハルケギニアは驚くほどに争いのない世界へと姿を変えつつあった――。

 

◆漆黒の英雄モモン C

 

「モモンさん、ありがとうございます」

「なに、これも私のすべき仕事だ。気にすることはない」

 

 元トリステイン、現魔導王国にある小さな村タルブ。そこで、一人の漆黒の鎧を身に纏った戦士がその武勇を振るっていた。

 

「名産だった葡萄畑もここまで荒らされてしまっては、この村も大変だろう。魔導王は援助を惜しまないと言っていたし、私も罪無き民が苦しむのを救うことに文句などあるわけもない」

「ありがとうございます。そして、ゴウン様にも深い感謝を……」

 

 このタルブ村は、かつてワインの名産地として他国にも知られる村であった。

 だが、トリステイン最後の戦争――神聖アルビオンによる侵略戦争の際に深い、本当に深い傷を受けたのだ。

 田畑は荒らされ、家屋は焼き払われた。辛うじて村としての原型は保たれたが、そのままでは村人全員で飢え死ぬしかないというほどの被害を受けたのだ。

 

 この村の不幸は、神聖アルビオンの戦略拠点に選ばれてしまったことだろう。船の着地場所として近くの平原が選ばれ、そのまま蹂躙されてしまったのだ。

 国の神輿であるアンリエッタ姫の不祥事から始まったとまで言われる侵略戦争。その最初の犠牲となったのがこのタルブなのである。

 

 ちなみに、神聖アルビオンがトリステイン王国へ行った宣戦布告の大義名分は『我々の同士、皇太子ウェールズと将来を誓う手紙まで送りながら他の男と婚姻を結ぼうとはこの上ない侮辱である』と言うものであった。

 何故王家に反旗を翻したレコンキスタが王族の一人であるウェールズを同士などと呼ぶのかと当時は騒がれたものだが、討ち死にしたとされていた皇太子が堂々と公の場に姿を現し、レコンキスタ首領クロムウェルを新たな指導者とすること。そして、自らを裏切ったアンリエッタへの報復を宣言してしまったのだから当時は大混乱になったものである。

 

 そんな大混乱の中、トリステインの兵達の動きは鈍かった。元々戦力で言えば圧倒的に劣っているトリステインであり、参戦するには命を賭ける事となる。しかも戦争の原因が王家の痴話喧嘩と言われては士気など上がるわけがない。

 結果、トリステインの動きは鈍く、そのしわ寄せがこのタルブに来る形となった。恐らく、何事もなければ避難することすらできずにタルブは完全に滅んでいたことだろう。

 目の前に立つ、漆黒の英雄が現れなければ。

 

「あの時村を救っていただいただけではなく、こうして復興のお手伝いまでしていただけるなんて……」

「なに、私も魔導王国に雇われた身だからな。その魔導王国がこの村を救うと決めたというだけのことだよ。礼ならナザリックとアインズ・ウール・ゴウンに言ってくれ」

 

 漆黒の英雄モモンは、突然現れてタルブの為に戦った。その理由こそが始祖より前にこの地を治めていた死の神、アインズ・ウール・ゴウンの依頼だったのだ。

 本人の口から聞かされたその言葉はトリステインの平民達の心に強く響いた。王族のせいで自分達が死ぬ目に合うなんて心境だったところに、民を守る為に一騎当千の英雄を齎したのだから。

 しかも、自分は安全な場所に隠れるなんて事はせずに、堂々と戦地に立ってその奇跡の力を振るってくれた。その姿は、平民達が理想とする貴族そのものだったと今でも吟遊詩人によって歌われている。

 

 こうして、王家の醜聞と比較される形でアインズ・ウール・ゴウンの評判は鰻上りとなった。

 最終的に『我が地を返してもらうぞ』とトリステインに侵略戦争を仕掛けたというのに、平民一同はむしろ歓迎してしまったほどだ。

 

「漆黒の旦那、感謝しますぜ。おかげで復興が早く進みまさぁ」

「うむ、お前たちも頑張っているようだな」

 

 モモンがタルブ村民と話していると、一匹の異形が声をかけてきた。

 全身緑色の皮膚を持ったその異形の名はゴブリンという。このハルケギニアにも似たようなものはいるが全くの別種であり、彼らもまたモモンによって齎されたこの村の力なのだ。

 ちなみに、今は無料お試し期間の名目でスケルトン農夫も派遣されている。人件費――レンタル料こそナザリックに、国に納めなければならないが、人間よりも遥かに高い身体能力で24時間労働してくれるファンタジー世界の重機は大層役に立っている。

 まあ見た目的に最初は受け入れられなかったが、そもそもアンデッドに関する知識がなかったためか『便利ならいいか』と最近は少しずつ受け入れられていた。

 

「お借りしたゴーレムとスケルトンの皆さんのおかげで工事も進みまさぁ」

「ああ。……あの娘はどうした?」

「姉御ですかい? 最近は大分元気になってくれましたよ」

 

 モモンはアンデッドを使った元トリステイン領土大改造計画のモデルケースであるタルブ村が順調だと聞き、満足そうに頷いた。そして、そのついでにと一人の少女について尋ねたのだった。

 

 モモンがこの村を救いにきたとき、流石に手が回らないところがあった。モモンからすればちょっと突くだけで死んでしまう弱兵が相手であっても、村人からすれば脅威。モモンが一人しかいない以上、守りきれないところはどうしても出てきてしまったのだ。

 そこで、偶々近くにいたそばかすの村娘に“ゴブリン将軍の角笛”と言うアイテムを渡して村人の護衛につかせたのだ。

 その村娘――シエスタは当時偶々里帰りしており、運悪く戦争に巻き込まれたらしい。無事村人全員が生き延びた後で友人と想い人が戦地で命を落としたと聞かされてしばらく沈んでいたが、最近は元気になってきたようでなによりだとモモンも頷くのだった。

 

「では、私はこれで失礼するとしよう。ゴーレムたちは置いていくからこき使ってくれ」

「はい、ありがとうございました」

 

 村の復興の為に、アインズ・ウール・ゴウンは大層尽力してくれる。その噂は他の村々にも伝わり、困っている村には漆黒の英雄が助けに来てくれると評判だ。

 モモンは魔導王国から与えられた真紅のマントを翻し、村から立ち去る。その姿は、まさに慈悲深き英雄であったという――。

 

 

◆デミウルゴス牧場ののどかな一日 A

 

 ブリミル教総本山、光の国と呼ばれるロマリア連合皇国。そこに、最近作られ――そして秘匿されている建造物があった。

 それは、牧場だ。非常にのどかな高原に立てられた施設は、家畜を養育する健全な公共施設である。

 

 ただし、ロマリア連合皇国所属ではなく、魔導王国最高幹部の一人たる悪魔の所有物であるが――。

 

「……失敗ですね」

 

 スーツに身を包んだ悪魔、デミウルゴスは目の前の肉塊を見て一言呟いた。

 彼の配下である拷問の悪魔(トーチャー)たちは、その肉塊を素早く片付けていく。そんな光景に慈悲に満ちた笑顔を浮かべた後。デミウルゴスはその優秀な頭脳を回転させていくのだった。

 

「アインズ様のご命令は絶対……ならばこそ、この実験は必ず成功させなければいけませんが、少々家畜の数が心もとなくなってきましたかね?」

 

 デミウルゴスは現在、自身の経営する牧場――スクロール工場を使い、至高の支配者であらせられるアインズより命じられた実験を行っていた。別にアインズがこの牧場を使えといったわけではないが、内容的にここが一番適しているとデミウルゴスが判断した為である。

 

「君達はどう思うかね?」

「ハ、デミウルゴス様。現在使用できる魔法羊の数は10体ほどです。このペースだとおよそ一週間ほどで使い切ってしまうかと……」

 

 現在、実験室として使っている牧場の一室にはデミウルゴスの他に、彼の配下である悪魔たちが数名詰めていた。

 その中の一人に現在の在庫状況を確認すると、デミウルゴスの記憶どおり少々心もとない数となっているとの返答であった。

 

「上位個体は貴重だからね……未だ蘇生実験のご許可をいただけない以上、大切に使っていくとしよう」

 

 そう言って、デミウルゴスは冷たい宝石の目で床に転がっている肉塊を見た。

 そこにいたのは、腹を掻っ捌かれて弄くられた哀れな犠牲者。この地では連合皇国魔法両脚羊と呼称される家畜である。

 

「今回の実験で、系統魔法に胃と肝臓と腎臓は不要だとわかったね。次は他の臓器で試してみるとしようか」

「畏まりました」

 

 アインズの願った成果が上がらないためか、デミウルゴスの表情は暗い。しかし『実験に失敗は付き物だ』と自分を慰め、すぐに次の作業を始める。

 落ち込む事は後でもできる。しかし、自分が落ち込んでいる間に至高の御方をお待たせすることなど許されないと自分を叱咤して。

 なお、アインズとしては元々成功するとは思っていなかった実験なので、後100年くらいかかっても気にしないだろう。元々、デミウルゴスがアインズのその場しのぎの世間話を命令と勘違いしただけなのだし。

 

「メイジと非メイジ、身体の中身に違いはないのだがね? この違いはいったいどこから来ているのか、アインズ様も非常に興味を持たれている」

 

 しかし勘違いとは言え、デミウルゴスの実験は確かにアインズの関心を引くことだろう。

 アインズの目下の関心事。それは、系統魔法がどんな仕組みで発動されるのか、と言う話なのだから。

 

 デミウルゴス自らの調査によれば、この世界の非メイジ――平民とメイジの間に肉体的な大差はない。実験するまでもなくメイジと非メイジの間に子ができることは証明されているほどに近い種族なのだ。

 だが、メイジと非メイジには魔法という決定的な差がある。しかも教育や鍛錬によって非メイジがメイジになることがない以上、系統魔法とは職業レベルによって得ているものではなく、種族レベルによって得ていると考えた方が自然なのだ。

 ならば、メイジの体内には非メイジには存在しない何かがあるのではないか? アインズはそう思いつき、ちょっとした話の種としてデミウルゴスに振った結果、本人は知らないところで着々と実験は進んでいたのだった。

 

「メイジの子はメイジになる法則から考えて、間違いなく遺伝的に何かが引き継がれているのだろうね。しかし、解剖してもその差は発見できない」

「もっと目に見えない何かがある、と結論されると思われます」

 

 アインズは、メイジの血脈に何か遺伝的な特性があるんだと考えた。そして、ではそれはどんな器官なのかと疑問に思ったのだ。

 もしその仕組みが分かれば、ナザリックのシモベに移植することで系統魔法を自分達の力にすることができるかもしれない。既に直接メイジを支配することで系統魔法をナザリック強化に利用している魔導王国だが、やはりいつ裏切るかも分からない者が持っているよりは絶対の信頼を置いているナザリックの者に習得させたいのだ。

 

 そんな思いをデミウルゴスに振った結果、彼の牧場に魔法羊達を集め、実験台にしているのである。

 具体的には、魔法羊の臓器を抉り出し、その状態で魔法が使えるのかを試しているのである。

 魔法を使うための臓器の類が発見できなかった以上、既存の臓器のどれかがどの役割を果たしているのかもしれない。そこで、回復魔法を駆使して『体の中から臓器を抜いたメイジ』を作り出し、系統魔法を使わせる。その状態で発動できたのなら更に一つ臓器をとって使わせる――という実験を死ぬまでやらせているのである。

 

「ああ、わかっていると思うけど、羊の肉を無駄にしては行けないよ?」

 

 デミウルゴスは肉塊と貸したモノを処分するトーチャーにそう釘を刺す。トーチャーもまた、当然ですと頷いた。

 この牧場の家畜は、全てナザリックの糧となる為に存在している。その皮はこのあとスクロールの材料として使われ、肉は家畜たちのエサに使い、臓器もまた実験に使われるのだ。

 

 今度は、死亡した魔法羊の臓器を普通の羊に移植するのだ。脳、肺、胃、心臓、肝臓、腎臓、すい臓その他あらゆる臓器で移植実験を行い、普通の羊が魔法羊にならないか実験するのである。

 ()()()()で大量の綺麗な死体が手に入った為、むしろ実験としてはこっちの方が進んでいるくらいかもしれない。

 なお、拒絶反応といった問題は回復魔法で強引に誤魔化している。と言っても埋め込んだ臓器の拒絶反応によって生じた肉体の綻びを回復魔法で元に戻し、また壊れるまでの時間を稼ぐ対症療法だが。

 

「メイジは血で魔法を受け継ぐと言われているのだし、今度は血を全部入れ替えてみるかね?」

 

 全ての臓器を試してもだめならば、また次のアプローチを考えなければならないだろう。

 希少個体である魔法羊の数を増やすべく、サキュバスたちにやらせている交配実験の方も気になるし、品種改良の為に捕まえてきたオーク鬼や翼人との異種交配も進めなければならない。

 それ以外にも彼には多数の仕事があり、まさにシモベとして幸せの絶頂にいるのであった。

 

「いいメロディーですね」

 

 すぐに新しい個体を使った実験がスタートされ、デミウルゴスの耳に心地のいい悲鳴(メロディー)が入ってくる。

 確かアインズ様はワットだがワードだがという、既に滅んだトリステイン所属の貴族を捕らえており、そのメイジの魔法を使えるようにならないかと零していた。

 方法がなければ超位魔法を試してみる――と言っていたが、それをさせてはシモベとしての面子が立たない。貴重な経験値を消費させるようなことがないよう、デミウルゴスは笑みを深めて実験に精を出すのだった。

 アインズのちょっとした思い付き『あの偏在とか言う魔法をデミウルゴスやアルベドが習得してくれれば作業効率跳ね上がるよなぁ。最悪俺が分身しても一人で考えるよりは楽になると思うし……』の実現を目指して。

 

 

◆大虐殺 A

 

「ほ、本当に大丈夫なのかね?」

「大丈夫よ、貴方は王になったんでしょう?」

 

 神聖アルビオン帝国の心臓部、王城にて国王クロムウェルが黒尽くめの女に情けない声で話をしていた。

 その金髪をカールにしたやせぎすの風貌と雰囲気を合わせてみれば、誰も彼が革命を成し遂げたレコンキスタの首魁などとは思わないだろう。

 だが、それも当然のことだ。本来の彼は平民出身の田舎司教。王や支配者なんて器ではないのだから。

 

「貴方は見事にこのアルビオンを手中に収め、そしてトリステインも半壊に追い込んだじゃない」

「そ、それはアナタ方のお力で……」

 

 では何故、そんな冴えない中年の田舎ものが今こうして王城に居座っているのか。

 それは、黒尽くめの女――シェフィールドの力があってこそだ。正確には、クロムウェルの秘書としてここにいるシェフィールドの主、無能王ことガリア王ジョゼフの力、というべきか。

 

「貴方には始祖の力、虚無があるでしょう?」

「そ、それは所詮紛い物で……」

 

 クロムウェルに授けられた力。それが今も彼の指で光る一つの指輪だ。

 名をアンドバリの指輪。水の精霊が所有していた秘宝であり、先住の力が込められた一品である。

 この指輪の力を使えば人を自由に操れるほか、死人すら使役することができる。クロムウェルはこの指輪の力で不死の軍勢を作りあげ、そしてアルビオンの要人たちを操ることで革命を成し遂げたのだった。

 

「そ、それに、敵も虚無というではないですか! それも我々の軍艦を消し飛ばし、山一つを消滅させてしまう“死の虚無”が!」

 

 そんな、まるで神に選ばれたようにサクセスストーリーを歩んできた男がこうも怯えている理由。

 それは、降って沸いた栄光の道に陰りが生じたからだ。万事うまくいっていた所に突如現れた“死”。魔導王を名乗り“死の虚無”を操る怪物が彼に杖を向けたのだ。

 

「だから集めたでしょう? より多くの兵力をね」

「そ、それはそうですけど……」

 

 それを受けて、クロムウェルはビビリまくった。紛い物の虚無を武器に始祖の系譜である王家を屠ることまでやったにも拘らず、勝てないかもしれない相手が出現すると同時に彼の覚悟は木っ端微塵になったのである。

 そんな彼を勇気付ける為――という名目で、シェフィールドは指輪を使って大軍勢を作らせた。天空に浮かぶアルビオンにトリステインを吸収した魔導王国がそう簡単に攻め入ることなどできないはずなのだが、シェフィールドは制空権を取られると確信しているかのように陸戦の準備を進めさせたのである。

 

 その決断が正しかったか否かは、もうすぐ出るだろう。現在、魔導王国の兵がアルビオンに侵略戦争を仕掛けてきているのだから。

 

「だ、大丈夫だ。アルビオンの空戦力はハルケギニアで最強。そう簡単に破られる事は――」

「ほ、報告します!」

「ど、どうしたのだ!?」

 

 アルビオン軍は強いから大丈夫。クロムウェルは自分をそう慰めたのだが、伝令官が血相を変えて自分の執務室に飛び込んできたことでその希望もあっさりと砕かれることになるのだった。

 

「み、み……!」

「なんだね? もっと落ち着きたまえ!」

「港が、占拠されました!」

「な、なんだとぉ!?」

 

 軍艦を着陸させる港が占拠。それすなわち、制空権を完全に奪われたことを指していた。

 

「馬鹿な! いくらなんでも早すぎるぞ!」

 

 魔導王国の軍艦が攻めてきたと報告を受けてから、まだ一時間も経っていない。

 実は既に潜伏していて奇襲でもかけられたのか――などと考えるが、しかしその程度の認識では甘すぎると言えよう。

 敵は人間ではなく――神すら超える超越者なのだから。

 

「ど、ドラゴンです! ドラゴンの群れが港を――」

「ドラゴン? ……火竜か? まさか、我らが誇る竜騎士がそんなに簡単に破れたというのか?」

 

 ハルケギニアでは、竜を初めとした幻獣を使った騎兵はそう珍しくない。

 特に空中大陸であるアルビオンの乗り手は精錬されており、その錬度はハルケギニア最強と呼ばれるほどだ。

 もっとも、そんな最強戦力の多くを内乱で失った今のアルビオンにまで適用していい称号かは怪しいものだが。

 

 とにかく、クロムウェルが空戦では自分達に利があると思っていたのは間違いない。

 それが、こんなにあっさり敗北した。いったい魔導王国の竜騎士とはどんな奴なんだと戦慄するが……その発想は、残念ながら的外れであった。

 

「違います! 火竜ではありません! 確かに火は吹いていましたが、あれが火竜であるはずがありません!」

「ど、どう言うことかね?」

「あれは……本物の化け物です! 黄金の……一体一体が軍艦すら沈める黄金の竜の軍勢です!」

「……は?」

 

 魔導王国の軍勢は、黄金のドラゴンの群れ? 何なんだそれは?

 神聖アルビオンの盟主とは思えないマヌケ面を晒すクロムウェルだが、彼らにそんな時間は残っていない。ユグドラシルにおいてレベル80に位置する金貨を使った召喚モンスターが相手とは言え、戦争中に呆けていいわけがないのだ。

 

「フフフ……すぐに準備なさい。港が取られた以上、今後はこちらの土地での白兵戦になるでしょうからね」

「は、ハハッ!」

 

 シェフィールドに命令され、伝令兵はすっ飛んでいく。盟主を差し置いて秘書が命令を出すなど本来はありえないが、混乱しきった彼らの頭ではそこまで思い当たらないのであった。

 

「し、しかし……一体どこを戦場に? 街は沢山あるが……」

「決まっているでしょう? 指輪を駆使して集めた軍勢は全部で15万……一日たりとも長引かせる余裕なんてないんだから、今すぐ突撃をしかけるしかないわ」

 

 神聖アルビオンの軍勢は、15万。本来の備蓄を考えればその半分以下である7万程度が正しい数なのに、無理をしてそこまでかき集めたのだ。

 故に、神聖アルビオンに余裕などなかった。この超短期決戦になったのは、むしろ僥倖かもしれないのだ。

 防戦する側が攻め込んで何か意味があるのかはわからないが、クロムウェルにシェフィールドの言葉に逆らう気概も根性もあるわけがなかった。

 

 それどころか、きっと何か作戦があるのだろうと根拠も無く信じたくらいだ。

 そうなるとむしろ、こうなると分かっていたかのような、始めに聞いたときは無茶だと思った徴兵を実行させたシェフィールドの……その背後にいるガリア王の先見の明に感動してしまう有様である。

 そんな頼りない盟主様は、早速行動を開始したのだった。

 

「精々頑張りなさい。ジョゼフ様も、とても楽しみにしているんだから。十万以上の命が一瞬にして奪われる、この世の地獄をね」

 

 自分がもっとも頼りにしている女性が、小さくそんなことを呟いたなど知るわけもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、悲劇は起きた。

 

『知るがよい。神に逆らう愚を』

 

 魔法の拡声器のようなもので、アインズの言葉が戦場に響く。

 

 魔導王国の軍勢は、魔導王アインズ率いるナザリックのモンスター100体ほど。そして元トリステイン軍と、ゲルマニアからの援軍一万ほど。

 対して、神聖アルビオンの軍勢は人間と亜人の混合部隊15万ほど。数の上では神聖アルビオンが圧倒的優勢であり、総大将にはクロムウェル自らが出陣している。

 

 だが、その場にいる全ての生命がすべき事は闘争ではない。これより行われるのは戦争ではなく、演劇。絶対者アインズ・ウール・ゴウンの力を知らしめるための悲劇にして喜劇でしかない、

 集められた軍勢はただの観客であり、劇のエキストラだ。魔導王国軍の軍勢が観客としてこの場に立ち、神聖アルビオン軍は役者としてここに立つ。

 題目はそう――愚かなる生贄、とでも言うべきだろうか。

 

『見るがいい、我が力を――死の虚無を!』

 

 魔導王の虚無が発動する。魔導王を囲うように立体魔法陣が出現し、一瞬たりとも同じ形には留まらず変化し続ける。

 その姿は非常に幻想的であり、これこそが虚無の輝きと言われれば納得できるものだった。また、伝承によれば虚無の詠唱は膨大な時間を要求されたという。やはり、これこそが虚無の魔法なのだとこの場にいる全ての生命は魂に刻んだ。

 そして――

 

『――超位魔法<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>!』

 

 黒い風が神聖アルビオン軍の間を走り、蹂躙する。

 ただの一度、たったの一発の魔法によって神聖アルビオン軍の左翼――8万の命は一瞬にして奪われたのだった。

 

「な、なぁっ!?」

 

 大将として陣の最奥に座しているクロムウェルは、その光景を見て唖然とするしかない。

 狙ったように指輪を使った死人の軍勢ではなく、生者で構成された左翼が一瞬にして殺しつくされた。本当に、闘いにすらなりえないほど残酷に。

 

(む、無理だ! 無理に決まっている! あんなもの、人間が勝てるわけがないぃぃ!)

 

 クロムウェルは心の中で絶叫し、震えが止まらない身体を恐怖で動かして馬に飛び乗り、無様に逃げ出す。それは総大将が晒していい姿ではないが、しかしそれを咎める人間は一人もいなかった。

 何故ならば、自分の周りを意のままに動く人形で固めていた為に、咎めることが出来る意思を持った人間など既に一人も残ってはいないのだから。

 

『――さて、蹂躙せよ』

 

 絶対なる死の魔法の後に、今度は黒い化け物が複数現れた。死を恐れない死者の軍勢は果敢に立ち向かうも、相手にもならずにすり潰される。

 まさに地獄絵図。始祖の――始祖を超える死の神の怒りに触れたらどうなるかを、端的に分かりやすく示した光景であった。

 

「あ、あぁ……」

「こんな、こんなことって……!」

 

 絶対者の力を目の当たりにした魔導王国軍の元トリステインおよびゲルマニア軍は、震えた。軍人としての誇りも矜持も投げ捨てて、ただ恐怖した。

 このお方こそが絶対者。力ある存在。真なる魔法の担い手。始祖ブリミルですら超える“神”なのだ。

 魔法を絶対とする文化で育った弊害かそんな認識が広がって行き、貴族達も今まで自分達が誇ってきた魔法とは一体なんだったのかと呆然となる中、魔導王国の支配は着実に進んでいったのだった。

 

 

 

 

 なお、逃げ出したクロムウェルは、この後近くで待機していた不可視の悪魔に襲われて美味しく頂かれた。そして――

 

「ふーん。精神操作と死体操作ができる指輪か……。大したものじゃないけど、一応貰っておくかな」

 

 切り札だった指輪は、死の神のコレクター魂の餌食となったとさ。

 

◆ガリア王の愉快な一時 A

「ハハハッ! 素晴らしい、素晴らしかったぞデミウルゴス殿!」

 

 ガリア王ジョゼフの執務室。そこで、ジョゼフの品のない笑い声が響き渡った。

 話の種は、先日の戦争――いや、大虐殺。その光景は、もはや人間としての精神を壊し、精神的異形種とでも言うべき怪物と化しているジョゼフの心にも響いた。

 本来の目的である“悲しみと後悔”を得るという方向性ではなく、ただただ愉快だったという意味で。

 

「全てはアインズ様のご計画です。流石はアインズ様というべきでしょう。あれ以来、とてもスムーズに領地の支配は進んでおりますよ」

「この地の民は優れた魔法に従うことを是とするからな。代わりにまともに魔法を使えない余のような王は軽んじられるわけだがっと、キャスリングだ」

 

 ジョゼフとデミウルゴスは、先の戦争の話を種にチェスを指していた。

 この二人の頭脳はともに人間を遥かに超越しており、その盤面を見ても常人ではさっぱり理解できないだろう。デミウルゴスは自分の頭脳と互角に張り合える人間に対して、ジョゼフは二度と現れないと思っていた同格の指し手との対局を、それぞれ意外に楽しんでいるらしい。

 

「フフフ……あれだけの見世物を披露してくれた礼だ。余は協力を惜しまんぞ?」

「感謝しますよ。少々アナタにやってもらいたいことがあるのでね」

「ああ。エルフの件だったか? もういらないから、今度くれてやるさ」

 

 ジョゼフはハルケギニアの人間とは思えないほど柔軟――悪く言えば常識がない行動をとる男だ。

 その行動は人類にとっての最大の禁忌、エルフとの交流をもつにまで至っている。そのエルフとの取引によって数々の欲を満たしてきたわけだが、ナザリックという更におもしろい取引相手を得た今となってはあまり価値を見出していないのだろう。

 ナザリックとしても、この地でもっとも恐れられる種族を知る事は急務といえた。どんな能力を持っているのか、どんな思想を持っているのか、どんな技術を持っているのか――興味は尽きないところだ。

 

「では、エルフの件はお任せします。それと、もう一つよろしいですか? チェック」

「ん? なんだ? ナイトをE-6だ」

「牧場の羊が足りなくなってきたので、少々補給をお願いしたい。普通種は光の国でいくらでも手にはいるのですが、魔法種が少々減っていましてね。C-5にルークを」

「ああ、適当な貴族家を適当な罪で裁けばよかろう。クイーンでチェックだ」

 

 お互いにチェスを楽しみつつ、非常に物騒なことを会話する狂気の天才たち。

 デミウルゴス牧場の大半の家畜はロマリア産であるが、魔法羊はガリアからも輸入しているのだった。

 その後も和やかに残虐な会談は進み、ゲームも終盤に差し掛かる。そして――

 

「……うむ、余の勝ちだな」

「ふむ、一手間に合いませんでしたか」

 

 そんな物騒な話し合いの中、二人の勝負も決着がついた。今回はジョゼフが勝利したようだ。

 二人の総合戦績はほぼ五分五分。まさに互角の戦いをしていると言える。人間を遥かに超える、文字通り悪魔的頭脳をもったデミウルゴスと同格の頭脳を持つ王……狂いさえしなければ、そして臣下達が魔法ではなく頭脳で王を見ていれば、恐らく無能王ジョゼフの名はハルケギニア史に刻まれる賢王として未来永劫刻まれただろうに。

 

「しかし、アインズ・ウール・ゴウン魔導王……お前ですら及ばない頭脳の持ち主か。是非一度手合わせ願いたいものだな」

「私に圧勝できない程度の実力では、時間の無駄に終わると思いますよ?」

「フフフ。余にそんなことを言える者など今までいなかったな。これは是非ともデミウルゴス殿から圧勝を取り、魔導王殿に手合わせ願わねばなるまい」

「では、主にお手数をかけないよう、ここで止めさせてもらいましょう」

 

 人間と悪魔。しかしその中身は悪魔と悪魔。そんな二人の知恵者は、楽しみながら人間を絶望に導く相談をしていく。

 なお、その中でとばっちりを受けるかのようにハルケギニア全土で神と恐れられる男――チェス? えっと……駒をひっくり返すんだっけ? レベルの、ユグドラシル以外の娯楽には興味ありませんな小卒社畜にもまた、ある意味絶体絶命の危機が訪れそうになっていたのだった。

 

◆胸囲の戦力 S

「あ、ありえない……」

「負けたわ……」

「あ、あたしもいつかあんなふうになるのかな……」

 

 ナザリック地下大墳墓。至高の存在の居城にして、人類では決して勝てない怪物たちの住処。

 そんな場所において更に最強――階層守護者シャルティアとアウラ、そして守護者統括であるアルベドが揃ってあまりの戦力差に驚愕していた。

 

「あ、あの……きょ、今日からここでお世話になりますティファニアと申します!」

 

 目の前に立つのは、ハーフエルフの少女だ。

 ナザリック転移最初期からナザリックに尽くしている土くれのフーケことマチルダの功績に報いる為の願いにより、今日からナザリックが彼女が保護している少女一人と子供達数人を保護することになったのである。

 

 だが、その少女は普通ではなかった。耳が尖っているから――とか、そんなどうでもいい話ではない。そのあまりにも大きすぎる戦力によって、転移して未だ敵なしである守護者三人を同時にノックアウトしてしまったのだ。

 

「なに? 何なのそれ? メロンでも詰めてるの? それでアインズ様を篭絡するつもり!?」

 

 ティファニアの脅威の胸囲――とある平行世界の少年曰く、乳革命(バスト・レボリューション)の破壊力は絶大だ。

 その大きさは三人の中で最高戦力を誇るアルベドを遥かに凌ぎ、最強の防御力を誇る彼女に敗北感を与えるほどの力を有していた。

 

「ね、ねえあなた。ヴァンパイアになってみない? 大丈夫、痛くしないから、むしろ全力で愛でるから!」

 

 そして、変態的嗜好を変態紳士によって植え付けられた真祖の少女は、飢えた野獣のような目でティファニアの胸部を見つめながら、涎を垂らしつつそう詰め寄った。

 彼女は両刀にして巨乳好きのネクロフィリア。その可愛らしい顔立ちと華奢な体つきには似合わないはずなのに違和感なくマッチしたその爆乳――そのあまりの完成度に、先に会ったアインズなど『え? これ絶対どっかのNPCだよね? こんなのが自然発生するとか……異世界だなぁ』なんて光りまくったくらいである――に興味を示さないはずもなく、より自分の趣味に近づけると共に永遠に寵愛してやろうとかなり本気で思っていた。

 

「あ、あたしもいつか……毎日、頑張って食べよう!」

 

 そして、エルフの近親種である闇妖精(ダークエルフ)の――ユグドラシル由来の闇妖精(ダークエルフ)とハルケギニアのエルフが同一である保証はないが――アウラは、将来の自分に希望を持って固い決意をした。

 いつか、自分もああなるかもしれないのだと。だからアインズ様にも言われたとおり、魔法のアイテムで飲食不要にしたりせずにしっかり栄養を摂ろうと。

 

 ナザリック最強戦力階層守護者。それを初めて完膚なきまでに負かしたのは、無垢な少女なのであった――。

 

 

 

 なお、その女性守護者達の狂乱を聞いて心配になったアインズは、最終的に外交で使う予定で外に建築しているアインズ城のメイドとしてセバスに預けたのであったとさ。




いやー、デミウルゴスの汎用性は凄いなー。

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