授業終了のチャイムが鳴り、一夏は直ぐ様席を立ちある人物の元へと向かった。
「ちょっといいか、箒?」
彼の幼馴染であり6年振りに再開した篠ノ之箒である。
声を掛けられた箒は、たった今終ったばかりの授業の教科書を片付けていた手を止めた。
「一夏か。どうした?」
「ちょっと今時間いいか?話したいことがあるんだけど」
「次の授業もあるから手短に頼むぞ」
「わかった。ここじゃなんだから廊下で良いか?」
「ああ」
そうして2人は廊下へ出て行く。
途中そんな2人を見たクラスの少女達が妄想を爆発させて何やらひそひそと話していたが2人には聞こえなかったようだ。
廊下に出てから暫く歩き、人気がなくなったところで漸く先を歩いていた一夏はその足を止め箒へと向き直った。
「それで、話とはなんだ?」
先に口を開いたのは箒。
一夏が態々話の場に人気の無いところを選んだ事からどうやらそれなりの話なのだろうと当たりをつけた箒はやや真剣な面持ちで問いかける。
それに対し一夏もその表情を引き締め、口を開いた。
「箒は明人の事、どう思う?」
「………………は?」
一夏のその問いに、箒は直ぐに反応することが出来なかった。
一夏の口から出てきた話の内容が自分の予想の斜め上過ぎたからだ。
「いや、だから箒は明人の事をどう思うのかって…」
「ど、どうと言われてもだな……!そもそも私たちは3年振りに再会したばかりであって一緒に過ごした時間だって2年程度なわけでいやしかしだからと言って嫌いなわけじゃない明人には小さい頃に良くしてもらったし私にとって特別な存在であることは確かだだからそういったことでは明人に対して特別な感情が無いわけではないのだがその感情がその俗に言う恋愛感情云々に当てはまるかと言われればそれは断言できないというか確かに小さいときは明人に対して憧れが無かったといえば嘘になるがしかし先程も言ったが明人とは3年振りに再会したわけであって明人も私もあれから変わってしまっているわけでしかし明人の事がどうでもよくなったわけではなくて変わってしまった明人を見てもっと明人の事を知りたくなったというかなんと言うかだから今明人の事を好きかどうか聞かれてもまだ――――――――ッ!」
一夏の問いに対して、顔を赤くし、目線は定まらず、両手を胸の前で忙しなく動かし、一気にまくし立てる様に答える箒。
そんな箒に対して一夏はというと…
「何の話をしてるんだ、箒?」
何がなんだか分からない。といった表情をしている。
何故質問した彼が、彼女の答えを聞いて理解できないのか。
その理由の一つが、彼が色恋に壊滅的に鈍いという点。
そしてもう一つは、
「俺はさっきの教室での明人を見てどう思ったかを聞いたんだけど…」
彼女からの答えが、彼の質問の意図からかけ離れたものだったという点。
「……………は?」
一方、改めて一夏の問いを聞いた箒は、その表情を先程の一夏のようなものにさせている。
箒は先程の一夏の言葉を頭の中で反芻する。
「
つまり、一夏は『明人の
「……こ、の…」
そのことを理解した箒は俯き、肩を震わせる。
そしてその拳を硬く握り締め、
「紛らわしい言い方をするな!馬鹿一夏!!」
全力を以て一夏に向けて繰り出した。
「あべし!!?」
もちろんそんな突然の攻撃に一夏は反応できるはずも無く、箒の拳をモロに受け世紀末的な悲鳴を上げ地面に倒れ伏す。
「っつー…、いきなり何すんだよ、箒!」
「五月蝿い!紛らわしい言い方をした貴様が悪い!」
「なんだよ、紛らわしいって。一体何と間違えたんだよ?」
「そ、それは…。っえぇい!兎に角お前が悪いんだ!」
今一釈然としない箒の物言いに、一夏は「何なんだよ…」とぼやきながら立ち上がる。
「で、話を戻すけど箒はどう思う?さっきの明人を見て」
「どう、と言われてもな…。いつも通りだったと思うが?」
「あー…確かに明人はいつも通りだったかもな。じゃあ周りの人たちはどうだった?なんかいつもと違くなかったか?」
「む…、そう言われると…。いつもはもっとキャーキャーと騒がしかった気がするな」
顎に手を当て、思い出すように箒は言う。
そんな箒に一夏は
(いやいや、そう言われるとって…明らかに皆の反応が可笑しかっただろ。なのに気が付かないって…。そういえば箒って昔から周りの空気とか読めてなかったっけ…)
と、呆れている。
「…なんだ、その顔は?」
すると、一夏の表情から彼が何か失礼なことを考えているのではと訝しんだ箒は、彼を睨み問いかける。
そんな箒に一夏はさっと目を逸らし、
「いや、なんでもない…」
と、言葉を濁す。
実にヘタレである。
「えー…で、だな…。話を戻すけど、あの模擬戦から明人がクラスで孤立してると思わないか?」
「そうだな…。しかし何故だ?何故皆は急に明人を避けるようになったのだ?」
「多分…と言うかこれしかないと思うけど。原因はあの模擬戦で明人がオルコットさんを負かしたことだと思う」
「たったそれだけのことでか?」
「その勝ち方が問題だったんだよ。明人はオルコットさんをただ負かした訳じゃない。圧倒的に、一方的に負かしたんだ。それがクラスの皆には信じられなかったんだよ。女が男にこんな負け方をするなんて…ってね」
「なるほどな。それで明人に恐怖心を抱いた訳か…。ふん、軟弱な考えだな」
一夏の考えに箒は鼻を鳴らし掃き捨てるように言う。
箒の発言を聞き、一夏は相変わらずな幼馴染に対して苦笑する。
「軟弱って…」
「勝負の世界に絶対など無い。そんなことも分からず、ただ女だからと勝利を疑わないなど軟弱以外の何物でもない」
言ってることは分かるのだが年頃の女子高生の台詞ではないよなぁ。
などと思う一夏であったが、口に出すと墓穴を掘りそうなので黙っておくことにしたようだ。
「で、そういう訳でクラスで孤立しちゃった明人をどうにか出来ないかと箒に相談したんだけど…」
「なるほど。しかし私にどうしろと言うのだ?私だってこのクラスにまだ間もないんだ。それに、その…私はあまり人付き合いが得意な方では……」
そうなのだ。
この篠ノ之箒という少女。少し…いや、かなり人付き合いが苦手である。
そんな箒に相談相手に選んだのは、はっきり言って人選ミスである。
「あー、うん。そうだな」
そのことに一夏も気付いたのか、納得したように頷いている。
「そこで納得されるのも腹立たしいな…」
言い出したのは自分だというのにそれで怒るのは理不尽ではないだろうか。
そう思いつつも口に出すことは出来ない一夏。
実にヘタレである。
「…まぁ、暫くは様子を見るしかない…かな」
「つまり何も進展はしないということだな」
「それは言わない方向で…」
こうして何の進展も無いまま『第1回 天河明人。みんなと仲良し大作戦』(一夏命名)は幕を閉じたのだった。
一夏と箒が実りのない話し合いをしているとき。
1年1組の教室内は異様な空気に包まれていた。
なぜこんな空気になってしまったのか…。
一夏と箒が教室を出て行ってしまった直後、教室内では明人を中心として大きな空洞ができていた。
生徒たち全員が明人から距離をとり、遠巻きにその様子を伺っている。
先日のセシリアとの模擬戦以降、クラスの女子たちは明人を恐怖の対象として認識してしまっていた。
そして今、その明人の唯一の押さえ役(と彼女たちは思っている)である一夏が居なくなってしまった今、明人が何をするのか分からない。
そんな考えがある彼女たちは出来るだけ明人から距離をとり、遠くからその動向を伺っているのである。
そんな空気が一夏が帰って来るまで続くのかと思われたそのとき、
「ねえねえ、あっきー」
いつの間にか明人の席の前に現れた髪を頭の両端で結った少女が、机にそのあごをちょこんと載せて明人を見つめている。
クラスメイトたちがその少女の行動に驚愕する中、少女と対峙している明人の表情は相変わらずその顔を覆っているバイザーで周りからは窺えないが、その奥ではその眉を訝しげに歪めていた。
「ねぇ~、あっきーってばー」
反応のない明人に再度少女は呼びかける。と、言うか…
「それは俺のことか?」
「そだよー、明人だから、あっきー」
先程からこちらに呼び掛けている『あっきー』とはやはり明人のことを指していてようだ。
少女はほにゃっと笑って、「かわいいでしょー?」などと言っている。
それにしても、今やクラスの女子たちの恐怖の対象となっている明人にかわいさを求めるとは…この少女、どこか他人とはずれているようである。
「…それで、俺に何か用か?」
「んー…、特に用はないけど…」
少女の答えに明人が、ならば何故?と問おうとしたその時、
「なんか、あっきーが寂しそうだったから」
少女の言葉が明人の心を貫いた。
明人は表情に出そうになった驚愕を押し殺し、少女の言葉を否定する。
「俺は寂しくなど、ない」
それはまるで、そんな訳はないと自分に言い聞かせている様であった。
そんな明人の心中を知ってか知らずか、少女は「そっかぁ」と呟くとにっこりと微笑んだ。
それが明人にはまるで心中を見通されているようで居心地が悪く、少女との会話を早く切り上げたかった。
「それで、用件はそれだけか?」
「用件って言うか、たっちゃんがあっきーのことをよろしくって言ってたから…。あ、たっちゃんてのは2年生でー、生徒会長のー…」
「更識だと?」
少女の言葉の中に意外な人物が出てきたことに驚いた明人は、少女の言葉を切ってその人物の名を口にする。
対する少女はそれを特に不快に思った風も無く、「そだよー」と相変わらずのほにゃっとした微笑を浮かべている。
少女の口から出てきた意外な人物に明人は少女への警戒心を高める。
「あ、まだ自己紹介してなかったねー」
それを察したのかそうでないのか、少女はその長すぎてダボついている袖に隠れた手を明人へと差し出し、
「私、
見る者を安心させるような、穢れのない満面の笑みを浮かべた。