IS 箒のセカンド幼馴染は…   作:TARO

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第6話

1年1組のクラス代表の座を駆けた模擬戦、その初戦セシリア・オルコット 対 天河明人は明人の圧勝と言う結果で幕を閉じた。

そして今、模擬戦を終えた明人は第3アリーナ内にある更衣室にいた。

全身を覆う黒く、身体にぴっちりと張り付くような薄い特殊なスーツの上からIS学園の制服を着込んでいく。

ズボンを履き、上着を羽織ったところでロッカールームの扉がプシュッと音をたてて開いた。

 

 

「オルコットだが、気絶しているだけで特に外傷はないようだ。ISの損傷も2日程で修理可能だそうだ」

 

 

そこから現れたのはIS学園1年1組の担任である織斑千冬であった。

彼女はロッカールームの中に入ると明人の元まで歩み寄り、彼が使っているロッカーの丁度反対側のロッカーに背を預けた。

 

 

「やり過ぎだ……と、言いたいが…あれでお前にしては加減した方なのだろうな」

 

「ISを極力破壊せず、搭乗者にも怪我をさせていない。何も問題はないだろう」

 

 

ため息混じりに言う千冬に、明人はいつものように淡白に答える。

その明人の返答に千冬はもう一つ、先程よりも大きなため息を吐く。

 

 

「確かに私と模擬戦をしたときよりは随分ましだがな」

 

 

そう。千冬は明人と、彼の入学式の1日前に1度模擬戦をしていた。

明人の実力を測るという理由で全力での模擬戦を。

その際、現在千冬は専用機を持っていないため、学園で使っている量産型IS『打鉄』を使用しての模擬戦となった。

結果は明人の圧勝―――とまではいかないが快勝といっていいほどのものだった。

千冬の使用した打鉄は大破し、実は現在も使用不可な状態だったりする。

対する明人はほぼ無傷。ほぼ、というのは最後の最後に千冬の決死の一撃によって装甲に傷をつけられたからだ。

と、模擬戦はそのような結果になったわけだがそもそも量産機である打鉄で明人のブラックサレナに挑むことが間違いなのであって、千冬の腕前が明人に劣っているというわけではない。寧ろそんな状況でブラックサレナに一撃を入れることが出来るのは恐らく千冬ぐらいのものだろう。もし彼女が昔使用していた専用機『暮桜』を使っていたら結果はどうなっていたかは分からない。

 

 

「それにお前がISにいい感情を持っていないことも理解しているつもりだ。それを踏まえると寧ろよく我慢してくれたと言うべきか」

 

「…………」

 

 

瞳を伏せ、少し声の調子を落として言う千冬の言葉に明人はなにも語らない。

彼女が言うように明人はISを嫌っている。いや、最早それは憎んでいると言ってもいい程のものだった。

一体彼に何があって、ISを憎むようになってしまったのか。千冬がそれを知ったのは入学式の2日前、彼と模擬戦をすることになる1日前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、千冬はある生徒に呼ばれてIS学園生徒会室へと向かっていた。

生徒が教師を呼びつけるなんて如何なものかと思うが、千冬を呼びつけた人物が何でも極秘の話があり、人目につかない所ということで指定した場所が現在千冬が向かっている生徒会室なのだ。

 

IS学園の廊下を歩いていくと、その前衛的な造りにはそぐわない木で創られた重厚な扉が。

その扉にはやけに達筆な文字で「生徒会室」と書かれている。

 

コンコン、と。

千冬はその扉を2度、規則正しくノックする。すると

 

 

「どうぞ」

 

 

と、部屋の中から少女のものと思われる声が返ってきた。

その声を聞き、千冬は扉を開ける。

その部屋の中はやはり、IS学園には似つかわしくない内装をしていた。

部屋の中にある机、椅子といった家具は全て木で創られており、中世ヨーロッパを思わせるようなシックな造りになっている。

その部屋の奥、一際豪奢なその机に彼女は着いていた。

流れる清水のような蒼い髪。意志の強そうな紅い瞳。10人の男とすれ違えばその10人が振り返るような美貌と抜群のプロポーション。

 

 

「ご足労頂き有難うございます。織斑先生」

 

「それは構わんのだがな。ただ用件は速めに済ませて欲しいものだな。入学式前で色々と忙しいのでな」

 

 

このIS学園のトップにして『最強』。IS学園生徒会長『更識楯無(さらしきたてなし)』。

彼女がこの生徒会室に千冬を呼び出した張本人である。

 

 

「では単刀直入に。来年入学予定の織斑先生の弟さん、織斑一夏君に護衛をつけさせてもらいます」

 

「護衛?」

 

「はい。世界で只一人のISを操縦できる男。その立ち位置がどれ程危ういものか、織斑先生なら理解しておいででしょう?」

 

「ああ……。そうだな」

 

 

楯無の言葉に千冬は顔を曇らせる。

それは彼女も心配していたことだった。世界で只一人の男性IS操縦者。その存在を世界が放って置く訳がない。

法律上いかなる国家や組織の干渉が許されないこのIS学園に入学したとしても、何時何処かの国や組織が強行手段にでないとは限らない。

自分のたった一人の家族がそんな状況に立たされている。千冬はそれが堪らなく心配だった。

 

 

「なので私たち『更識家』から彼に護衛をつけることになりました」

 

「それは此方からしたら有難い話だが、一夏に護衛をつけることでお前達に何のメリットがあるのだ?」

 

 

裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部『更識家』。彼女―――更識楯無はその17代目当主なのだ。

その彼女が何のメリットも無しに己の組織を動かして男一人の護衛を行う訳がないと千冬は思ったのだ。

 

 

「日本政府から依頼があった……のはまぁどうでもいいことなので理由ではなく。ただ一人の男の子のため…ですかね」

 

 

と、その表情を少し曇らせ楯無はそう答えた。

千冬は彼女の回答に眉根を寄せ怪訝な顔をする。

 

 

「………その男というのは一夏のことか?」

 

「いえ、違います。それは後ほど説明しますので、話を進めましょう」

 

 

千冬の疑問をきっぱりと否定し、楯無は話を進める。

 

 

「さて、弟さんにつける護衛ですがその者にはこの学園に入学し弟さんと同じクラスになってもらう予定です。人選のほうは此方で済ませてあります。相談なく勝手に決めさせていただきましたが彼ならば安心でしょう。常に冷静沈着で、身体能力も高く白兵戦で敵う者はそうは居ないでしょう。少し他人とのコミュニケーションに難がありますが、その他の能力の高さから考えて彼以上に適任は居ないでしょう」

 

 

楯無が話す内容を千冬は黙って聞いていた。

相談するも何もそちらの組織の中から護衛を選ぶわけだから人選はそちらが行ってくれて一向に構わない。コミュニケーションに難があるというのが少し引っかかるが……。

何にせよそれほどの人物が一夏の傍に居てくれるというのだから少しは安心できるだろう。

千冬はそこまで考えてふと、先程の楯無の言葉の中に違和感を感じた。

 

 

「待て………。今『彼』と言ったか…?一夏の護衛を行う者は男なのか?」

 

 

そう。護衛の者はこのIS学園に入学すると言った。ならばソイツは女性でなければおかしいのだ。

なぜならばISは(一夏という例外を除いて)女性にしか動かすことが出来ないのだから。

 

千冬の言葉を受け楯無は笑みを浮かべると手元のコンソールを叩き、空中にウィンドウを出現させる。

それをくるりと回転させ、そこに映し出された情報を千冬へと見せる。

 

 

「『天河明人』それが弟さんにつける護衛の名前です」

 

 

千冬に向けられたウィンドウには全身を黒いマントで覆い、さらに顔の半分を黒いバイザーのようなもので覆った少年が映し出されていた。

 

千冬は画面に映し出された男の姿を見て言葉を発することが出来なかった。

全身を黒で包んだその姿は余りにも異常。その身に纏う雰囲気は明らかに堅気ではない。

千冬はこの男が一夏のクラスメイトになるのかと思うと少し不安になったが今はそのことは置いておくことにした。

それよりも今は、

 

 

「それで、この男がどうしてこの学園に入れるのか説明してもらおうか。まさかコイツもISを動かせるのか?」

 

 

なぜこの男がIS学園に入学できるのかという疑問を片付ける方が先決だった。

 

 

「いいえ。彼はISを動かすことは出来ません」

 

「ならばどうやってこの学園に、しかも一夏と同じクラスに入るというのだ?」

 

 

楯無は千冬の疑問に答えず、手元のコンソールを操作する。すると今現れているウィンドウの隣にもう1つ別のウィンドウが現れた。

 

 

「……なんだ…コレは?」

 

 

そこに映し出されてるものを見て千冬はなんとかそう口にした。

ソレは全身を黒い装甲で覆われた、まるで悪魔のような外観をしたナニカ。

ISのように見えるがこれがISだと断言することが千冬には出来なかった。

 

 

「これがISの代わりに彼が………彼だけが扱うことの出来るモノです」

 

 

楯無の言い様からどうやらコレはISではないらしい。だが、だとしたコレは一体何だと言うのか。

その疑問を千冬は楯無にぶつけるてみることにした。

 

 

「コレがISではないと言うのなら、一体コレは何だと言うのだ?」

 

「そうですね……。言うならば、『ISに極めて近く、限りなく遠いナニカ』といったところですかね」

 

 

楯無のその返答に千冬はその顔を顰める。

 

 

「謎賭けは好きではないのだが」

 

「では、説明しましょう。彼と、この機体のことを」

 

 

少し話が長くなりますので、と言って楯無は千冬に椅子に座るように促す。

それを受け千冬は近くの椅子に腰掛けた。

それを確認した楯無は椅子に深く座りなおし、その口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楯無の口から語られたのは、天河明人の過去。

それは余りにも残酷で、理不尽で、救いの無い話だった。

この話を聞いていたのが千冬でなかったらその凄惨な内容に耐えられず胃の中の物を床に撒き散らしていただろう。

 

 

「これが彼、天河明人の過去。彼が作られた理由です」

 

「……………」

 

 

そこで一度話を区切った楯無に千冬は言葉を返すことが出来ない。

椅子に腰掛け項垂れるその姿は普段の彼女を知る者が見たらその目を疑うだろう。

1人の科学者の妄執によって作られた少年。日常を、家族を、夢を奪われ、未来を絶たれた少年。

楯無の口から語られたその話は―――――彼の人生を(・・・・・)狂わせた(・・・・)のがIS(・・・・)だとい(・・・)う事実(・・・)は彼女にそれほどの衝撃を与えたのだった。

 

 

「その研究は………、まだ行われているのか……?」

 

 

搾り出すように発せられた千冬の声。その震える声には悲しみと、同情と、怒りと……様々な感情が込められていた。

 

 

「いいえ。この研究は現在もう行われていません。彼が…彼自身の手でケリをつけました」

 

「そう……か」

 

 

楯無の返答に千冬は小さくそう返す。そこに込められていたのは安堵と、そして悲しみ。

未だに項垂れたままの千冬を一瞥し、楯無は手元のコンソールを操作する。

 

 

「さて、次は彼の機体『ブラックサレナ』についての説明です。織斑先生、コレを見てください」

 

 

彼女の言葉とともに千冬の前に新たなウィンドウが現れる。

漸くその顔を上げた千冬がそこに映し出されたものを読み進めていくと、徐々にその瞳が大きく見開かれていった。

 

 

「なんだこの出鱈目な機体は……!こんなモノに乗ることが出来る人間がいるわけが無いだろう!」

 

 

そこに映し出されていたのは先程楯無が言った、天河明人だけが扱うことができるという機体のスペック。

そこに記された数値は現在最新の第3世代ISが足元にも及ばないものばかりであった。

スラスターの出力、推進力に至ってはこんなものを使用し続けたら身体に掛かるGによって確実に搭乗者の身体を破壊する程のものであった。

そしてもう1つ。千冬を驚愕させたのがこの機体には通常ISに備わっている操縦者保護機能のそのほぼ全てが搭載されていないという事実だった。IS操縦者の最後の生命線である『絶対防御』すら搭載されていないのだ。

こんなモノに乗るなんてはっきり言って自殺行為としか思えない。そう千冬は考えたがそれは楯無によって否定された。

 

 

「心配には及びません。彼の身体はコレに乗った程度では壊れないように作られて(・・・・)いますから」

 

 

その楯無の言葉を聞いた千冬はその表情を険しくする。

 

 

「それは、つまり………」

 

「はい。彼の身体は肉体手術、薬品投与……あらゆる手段を用いて改造を施されています。通常の人間よりも強靭に、頑丈になるように………」

 

 

千冬が想像した通りの楯無の言葉に彼女はその表情がより一層険しくなる。

拳を強く握り締め、音がなるほど歯を噛み締める。

 

 

「何故……、何故ここまでする必要があるのだ……?」

 

 

先程、楯無の口から語られた天河明人が過去に受けた研究、実験。そして今語られた肉体手術に薬品投与。人一人が受けるにしては余りにも非常で残酷な仕打ちに千冬は思わずそう呟いた。

 

 

「何故彼の身体を改造してまでこれ程までのスペックにしなければならなかったのか……。その答えはISとこの機体の違いにあります。織斑先生もご存知の通りISには最適化処理(フィッティング)形態移行(フォーム・シフト)といったISが操縦者に合わせて機体を最適化、進化させる機能が備わっています。しかし彼の機体にはその機能が搭載されていない…いや、この機体の開発者の技術力では搭載することが出来なかったのでしょう。だから……」

 

 

楯無はそこで一呼吸入れる。

その長い長い足を組み替えて、その美しい顔を更に険しくさせて、その口を重く開く。

 

 

「その開発者は、自分が作りえる最高の機体を作り出し、操縦者を(・・・・)機体に合(・・・・)わせる(・・・)ことにしたのです」

 

 

機体に合わせて操縦者の肉体を改造する。

機体のスペックが高過ぎて、普通の人間では扱えないモノを作ってしまったときこの方法を考えた科学者は何人もいるだろう。実際に似たようなことは行われているし、千冬もその瞳にナノマシンを移植された少女を知っている。

それでもそれは決して命に関わるようなモノではなかった。どんな科学者達もその一線だけは超えることはしなかったのだ。

しかし彼に行われたソレはその一線を易々と超えたモノだった。下手をすれば…いや、普通ならば死んでいても可笑しくないほどの処置を彼はされていたのだ。

その話を聞いて千冬はその表情を怒りに歪める。

ギリッ、と音が鳴るほど歯を食いしばり怒りに震える声で呟く。

 

 

「人の命をなんだと思ってるんだ……!」

 

「……機体に合わせた肉体改造、そして体内のナノマシンを用いた機体の制御。操縦者を機体の1つの部品として組み込むというISとは真逆の方法で人と機体の一体化を行った……。これが最初に私がこの機体を『ISに極めて近く、限りなく遠いナニカ』と形容した理由です」

 

 

そう話を締めた楯無は酷く哀しそうな顔をしていた。

それを見ていた千冬は未だ湧き上がる怒りをなんとか抑えて楯無に問いかける。

 

 

「天河とこの機体のことは分かった。しかしこんな経験をしている者が学園で上手くやっていけるとは思えないのだが……」

 

「大丈夫です。彼は本来優しく、面倒見のいい子だった様ですから。きっと上手くやっていけるでしょう。それに」

 

 

千冬の疑問になんでもないように楯無は答えると、その表情を軟らかくしてこう付け足した。

 

 

「学園での生活、人とのふれあい……。そういったものを通して彼の心が少しでも癒されてくれれば良いと私は思います。そして彼は幸せになるべきです。誰よりも……誰よりも幸せに…」

 

 

そう願うように呟く楯無。

それを聞いて千冬も同じく思う。

こんなに辛い目に遭ってきた彼が幸せにならないなんてのは嘘だ。これから自分の生徒となるこの少年は誰よりも幸せになるべきだ。

そのために自分も出来る限り手を貸そう。

それが、ISを世界に知らしめる一翼を担ってしまった自分に出来る数少ない彼への償いなのだから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プシュッ。というロッカールームの扉が開く音によって思い耽っていた千冬の意識は引き戻された。

開いた扉を見るとそこには制服に着替え終えた明人が正にロッカールームから出て行くところだった。

千冬は思わず声を掛けようとしたが、明人はさっさと部屋から出て行ってしまい扉は閉じられてしまう。

閉じられた扉を見つめ千冬は1つ、ため息を吐いた。

 

 

「束…。世界を変えるとお前は言ったな。確かに世界は変わった。それが良かったのか悪かったのかは分からないがな。…ただ、その変化の影で不幸になった少年少女たちがいる。無論全てがISの所為だとは思わんが、それでも私たちは…重い罪を犯してしまったようだ…」

 

 

誰に向けられるでもなく呟かれたその千冬の言葉に応える者は居らず、その言葉は宙へと溶けていった。

 

 


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