「織斑」
一夏と明人、セシリアがクラス代表の座を賭けて(一夏と明人はそんなものにはなりたくないのだが)模擬戦を行うことが決定した翌日。3時限目の授業が終った直後、一夏はよく知った声に呼ばれ、そちらを振り向く。
「何?千冬ね――――先生……」
危うくいつもの調子で反応しそうになった一夏だが、織斑先生の出席簿を持つ手がピクリと動いたのを見てなんとか踏みとどまることに成功した。
「お前のISだが、準備まで時間がかかる」
「へ?」
「予備機が無い。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」
織斑先生が何を言っているのかさっぱり分かっていない一夏。
それに対して教室の生徒たちはその言葉に驚き、ざわめきが起きる。
「せ、専用機!?1年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるって事で……」
「いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」
そのざわめきの中、皆が何を驚いているのかがやはり分からない一夏は例の如く明人に助けを求める。
「なぁ、明人……」
「ISのコアは世界に467個しかない。コアは篠ノ之束しか作ることが出来ず現在彼女は失踪中だ。つまり……」
「数に限りあるISのコアを使って専用機を与えられるって事は………実は結構凄いこと…?」
「そういうことだ」
そう。ISを作るのに必要なコアは世界に467個しか存在しない。
これはコアを作る技術が一切開示されておらず、その製作が開発者である篠ノ之束しかできないこと、そして彼女がコアを一定数以上作ることを拒否していることが原因である。
そのため世界の各国家、企業、機関ではそれぞれ割り振られたコアを使って研究、開発、訓練を行っているのだ。
そんな貴重なコアを使って作られる専用機が与えられるのは非常に珍しいことで、本来なら国家、或いは企業に所属する人間にしか与えられることはないが、今回の場合は少し事情が異なる。なぜなら、
「お前の場合は状況が状況なのでな、データ収集を目的として専用機が用意されることになった」
一夏が前例の無い男性IS操縦者だからだ。
だから貴重なコアを使ってでもデータ収集用の専用ISが一夏に提供されることになったのである。
「つまりモルモットってことか……?」
「そういうことになるな」
一夏の呟きにあっけらかんとして応える織斑先生。
それを聴いた一夏は弱冠凹んでいた。
「あれ?じゃあ天河君はどうなんですか?」
ふと、生徒の1人が呟いた。
一夏に専用ISが与えられるなら同じ境遇の明人はどうなのかと。
本来なら先程織斑先生が言ったように明人にもデータ収集用の専用ISが与えられるのはずであったのだが
「天河は既に専用ISを所持している」
織斑先生の一言に先程よりも大きなざわめきが起きる。
そのざわめきの殆どが何故つい先日にISを動かせることを発表された明人が専用機を所持しているのかと言うものだった。
「天河はここに来る前はあるIS研究機関に所属していて、ISを動かせることが分かったときにその機関から専用機を提供されている」
自分の事なのに何も語らない明人に変わって織斑先生が代わりに事情を説明する。
「ってことは…天河君ってISの整備とかも出来るんですか?」
「ああ。そうだな、天河?」
「簡単なものならな」
新たに明かされた明人の情報にクラスの女子が色めき立つ。
やれ「今度ISについて教えてー」や、やれ「個人レッスンして欲しい~」など一瞬にして教室は異様な空気に包まれてしまった。
「安心しましたわ。流石に私だけ専用機を使うのはフェアじゃありませんものね。まあ?貴方達が専用機を使ったところで勝負は見えていますけどね」
そんな空気の中発せられたのは、一夏、明人の2人と模擬戦をすることになっているセシリアだった。
相変わらず鼻につくその言い方に一夏は顔には出さないがうんざりした。明人は相変わらずの無表情。
「へー。オルコットさんって専用機持ってたんだ」
「当然ですわ。わたくしはイギリスの代表候補生でしてよ。そのエリートのわたくしに専用機が与えられていないはずがありませんわ」
「……さいですか」
得意げに、腰に手を当て言う彼女に一夏は心底どうでも良さそうに返す。
幸い彼女には聞こえてなかったのかそのことに対して責められることは無かった。
(あの時は勢いで勝負するって言っちまったけど、このままじゃ何も出来ないで負けることは目に見えてるからな。よく分からんがなんか明人はISに詳しいみたいだし、明人に聴けばいいか)
セシリアを適当に相手をしながら、一夏は自分がこれから何をしなければいけないかを考える。
セシリアはイギリスの代表候補生だ。そんな相手につい先日にISを起動させただけの一夏が勝つなんてことははっきり言って無謀以外の何物でもなかった。
しかしだからといってこのまま何もしないで負けるのを一夏は良しとしない。
彼はこれまで姉に、織斑千冬に守られて育ってきた。しかし今、自分はISという誰かを守ることが出来る力を手に入れた。
だから、出来る限りのことをする。もう守られているだけじゃない。
(俺も、俺の家族を守るんだ)
人知れず一夏は決意をした。
「さて、授業を始めるぞ。席に着け、お前等」
その決意を知ってか知らずか。
彼のただ一人の家族はいつもの凛とした声を教室に響かせる。
その姿を見て一夏は、先ずは来週の模擬戦で千冬姉の弟として恥ずかしくないように勝たなきゃな。と強く思うのであった。
そして、その隣。
織斑先生を見る一夏の顔を、何か眩しいものを見るかのように明人は見ていた。
そのとき彼は何を思っていたのか。
それは彼以外には分からない。
ただ、その彼の横顔を見ていた箒は彼が泣いているように見えたという。
入学式から1週間後の月曜日。
IS学園第3アリーナのAピットには一夏、箒、織斑先生、山田先生の4人が集まっていた。
一夏と箒は時計をちらちらと何度も見て、山田先生は落ち着き無く辺りを動物園の白熊の如くうろうろとしている。
唯一落ち着いている織斑先生は目を閉じ腕を組み、壁に背を預けている。
その様子から皆が何かを待っていることが窺える。
「なぁ、千冬姉」
「織斑先生だ、馬鹿者。何だ?」
遂に我慢が出来なくなった一夏がついいつもの調子で織斑先生に尋ねるが、今回は出席簿の一撃は無いようだ。彼女も意外と焦れているのかもしれない。
「明人はまだなのか?そろそろ時間が…」
「ISスーツに着替えるだけだからもう来るとは思うが…。確かに時間が掛かり過ぎだな」
一夏たちが待っていたもの、それは明人だった。
彼らが明人を待っている理由。それは明人がこれからセシリアとの模擬戦を行うからだ。
そのための準備(と言ってもISスーツに着替えるだけなのだが)をするためロッカールームへと明人が向かったのが15分ほど前。その5分後には既に対戦相手のセシリアは準備が出来ており今はアリーナステージにて待機している。つまり明人はセシリアを10分待たせていることになる。先程一夏がモニターで彼女の様子を確認したところ、その顔は徐々に不機嫌になって来ていた。
そろそろ迎えに行ったほうがいいかと一夏が考え始めたときピットの入り口が開いた。
「やっと来た。遅いぞ、あき………と……」
入り口の方を振り返り声を掛けた一夏だがそこに居た明人の姿を見て思わず声を詰らせる。
箒や山田先生もその姿を見て言葉をなくしている。
唯一反応できたのは織斑先生だけであった。
「それがお前のISの待機状態…か?」
「そうだ」
専用ISには待機状態と言う形態が存在する。
これはISそのものを粒子化し、再構成することによってその形状を変化させ持ち運びを容易にするために用いられ、通常はアクセサリーのような形状にし、常に身につけられるようにするのが一般的である。
しかしピットに入ってきた明人の格好は首から足首までを覆うような漆黒のマントを羽織っているというものだった。
そしてそのマントが彼のISの待機状態だと言う。
彼が常につけている黒いバイザーとそのマント、全身に黒を纏ったその姿は異常と言う外無かった。
彼の持つ冷たい雰囲気と相俟ってその姿は亡霊を思わせる。
「…時間が無い。天河、早くISを起動させてステージへ行け」
「ああ」
明人の異常な雰囲気に呑まれ、声を上げることができない一夏たちを横目に織斑先生は明人をステージへ向かうよう急かす。
明人はそれに短く応えるとピットゲートに向けて歩き出す。
そしてゲートの前で足を止めた明人はソレを起動させた。
瞬間。
彼の纏うマントが膨れ上がり、『黒』が彼を呑み込む。
彼を呑み込んだ『黒』は瞬く間にその形を形成していく。
時間にして1秒にも満たない僅かな時間だがその余りにもおぞましい光景に皆声を無くす。
そして現れたのは全身を黒で覆われた機人。手足があることから辛うじてソレが人型であることが分かる。
全身を覆う黒い装甲。全体的に丸みを帯びたその形状はその不気味さを引き立てる。
両肩の巨大な展開式スラスターのほかに脚部、腰部にも大型のスラスターを、そして廃部には悪魔の羽のようなバインダーユニット。
さらに尾部には悪魔の尻尾のようなテールバインダーを生やしている。
極み付けは全体に比べて小さなその頭部から覗く赤い瞳。
『悪魔』『亡霊』
それらの言葉がピタリと当てはまるその姿。
『ブラックサレナ』
ソレが彼に与えられた『
その姿を見た一夏たちは言葉を発することが出来ない。
彼らは皆一様に思う。
『あれは本当にISなのだろうか』と。
ISの形状はその機体によって様々であるが、基本的に腕や脚などの部分的な装甲から形成される。
だが、目の前のソレは全身が分厚い装甲によって覆われている。
あんなISは見た事が無い。しかし、ソレを言い表す言葉をISと言う他、彼らは持ち合わせていなかった。
「あき、と………?明人、だよな……」
箒はふと不安になって呼びかける。
明人がその姿になった途端、何か別のものに変わってしまったのではないか…と。
「ああ」
ソレから聞こえてきた声は、ややくぐもっていたが確かに明人のものだった。
その声を聴いて安心したのか箒の表情が少し柔らかくなった。
「え、と…。が…頑張って…!勝ってこい!」
「……っふ。ああ、行ってくる」
箒の声援を受けて明人はステージへと機体を疾らせた。
ソレが姿を現すと、アリーナは異様な静けさに包まれた。
皆がソレの異様な、不気味な姿に言葉を無くす。
それは、今ソレと対峙しているセシリア・オルコットも例外ではなかった。
彼女が纏うISは鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。
その背には特徴的なフィン・アーマーを4枚従えており、その姿は王国騎士のような気高さを感じさせる。
対するは天河明人が駆る漆黒の機体『ブラックサレナ』。
両者の距離はおよそ50m。
目の前の機体から感じる不気味な雰囲気を跳ね除けるように、セシリアは気丈に振舞う。
「…あら、逃げずに来ましたのね」
言いながら、ハイパーセンサーを使って相手の機体を注意深く観察すると同時に先程送られてきたデータを確認する。
――――ISネーム『ブラックサレナ』。操縦者天河明人。戦闘タイプ近距離格闘型。武装ハンドカノン2丁。以上――――
そのデータにセシリアは驚愕する。戦闘タイプが格闘型の癖に武装が両腕のハンドカノンのみだなんて、ふざけているとしか思えない。
もしかして自分はまたこの男に馬鹿にされているのか。
そう思ったセシリアはその顔を怒りに歪ませる。
しかし、ここは堪える。そして逆に相手を挑発するような言葉を投げかける。
「あまりに遅いので尻尾を巻いて逃げたのかと思いましたわ」
「……………」
セシリアの言葉に明人は何も言い返さない。
それに気をよくしたセシリアが言葉を続ける、が
「今ならここで謝れば、許してあげないことも無くってよ。このままではわたくしが一方的な――――――」
「オルコット」
明人に自分の名を呼ばれ中断させれる。
怪訝な顔をするセシリアに明人が続けた言葉は、
「言っただろう。あまり喚くな、と」
一度は消えた彼女の導火線に再び火をつけた。
そして、
「っ!?…そう。なら!お別れですわね!!」
その手に持つ、67口径特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』の銃口を明人に向けた。
こうして2人の戦いの火蓋は切って落とされた。
セシリアが駆るブルー・ティアーズの持つスターライトmkⅢから青白いレーザーが放たれる。
絶え間なく激しく放たれるそれら全てを、明人が駆るブラックサレナは躱す。
一見するとセシリアが一方的に攻撃をし、明人を圧倒しているように見える。実際にこの試合を見ている生徒の何人かはそう思っていた。
しかし実際はブルー・ティアーズの放つ砲撃にブラックサレナは掠りもしていない。
その事実にセシリアは表情を歪ませる。
(くっ…!速いですわね………)
彼女はブラックサレナの速さに舌を巻いていた。
あまりの速さにスターライトmkⅢの照準を合わせることが出来ず、無駄弾を撃たされエネルギーを消費させられる。
セシリアは恐らくそれこそが明人の狙いなのだと予測した。
武装の少ない明人はこちらの武器のエネルギーが切れるのを待ち、攻撃手段が無くなるのを待っているのだと。
(なら!そうなる前に墜とすまでですわ!)
それならば躱せ無いほどの砲撃を浴びせるまでだ。
そう思い切った彼女は様子見をやめて全力で敵を墜としにかかる。
ブルー・ティアーズの背に従えている特長的な4枚のフィン・アーマーが機体から分離し、それぞれが意思を持ったような独立したビットとなってブラックサレナに襲い掛かる。
その4つのビットはブラックサレナを上下左右と3次元的に取り囲んだ。
『ブルー・ティアーズ』
それがそのビット兵器の名前だ。
操縦者の意思によって自在に動かすことが出来る自立型の小型機動兵器であり、これによって相手の死角からの全方位オールレンジ攻撃を可能としている。
そしてその兵器と同じ名を持つセシリアのIS『ブルー・ティアーズ』はその特殊兵器「BT兵器」のデータをサンプリングするために開発された実験・試作機なのだ。
彼女の命令にによって4機のビットが砲撃を開始する。
ビットから放たれるレーザーが雨霰とブラックサレナを襲う。
4機のビットはブラックサレナから一定の距離を保ちながら、しかし同じ所に留まることなく絶え間なく砲撃を放ち続ける。
それはまるでブラックサレナが光の檻に閉じ込められているような光景だった。
その光景を見た生徒たちは誰もが皆セシリアの勝利を確信した。
が、
(なん…でっ!当たりませんの……!!)
セシリアの表情は、先程よりも険しい。
それもそのはずである。相手を墜とすべく繰り出した攻撃が
「凄い…………」
その光景を見ていた山田真耶は思わずそう呟いた。
同じくその場にいる一夏と箒はただ呆然と言葉も無くその光景を見つめる。
ただ1人、織斑千冬だけがその光景を冷静に見つめる。
四方から放たれるレーザーを、その全てを躱し続けるブラックサレナ。
その動きは第1回IS世界大会、モンド・グロッソ総合優勝である彼女からしても舌を巻くような動きだった。
そして同時にこれと同じ動きをやってみろと言われても恐らく出来ないだろうと彼女は理解した。
それは彼女の操作技術が明人より劣っているとかそういう問題ではない。
単純に通常のISの構造上の問題で明人の駆るブラックサレナと同じ動きをするのが難しいというだけである。
ISは基本的に腕や脚などの部分的な装甲から形成される。
ISはもともと宇宙空間での作業活動を想定し作られたマルチフォーム・スーツである。
宇宙空間で活動するために、従来の宇宙服のような全身を覆ってしまう様なものではどうしても動きが鈍くなってしまう。そのためISは身体を覆う装甲部分を最小限に抑えて動きを阻害しないような造りになっている。
そのため、機体の推進力を発生させるスラスターを取り付ける位置が脚部、もしくは肩部と限られてしまうのだ。
しかし、明人のブラックサレナにはそれが当てはまらない。
正しく兵器として造られたその機体は全身を装甲で包まれ、至る所にスラスターや各部姿勢用制御ノズルが多数配置されている。
それが今目の前で行っているようなアクロバティックな動きを可能にしているのだ。
しかし、その動きが出来る機体を使ったからといって勿論、皆が明人と同じ動きが出来るわけではない。
寧ろブラックサレナを使ったとして同じ動きが出来るのはこの学園では千冬とあともう1人くらいのものだろう。
しかし、千冬にはブラックサレナを動かすことは出来ない。
いや、千冬だけではない。ブラックサレナは
それを、なぜブラックサレナが明人にしか動かせないのかを知っている千冬は、今尚ブルー・ティアーズ猛攻を危なげなく躱し続けるブラックサレナを見て僅かに表情を曇らせるのだった。
セシリアの猛攻を躱し続けながら明人は落胆する。
こんなものか、と。
最初から今まで、反撃もせずにただセシリアの攻撃を躱し続けていたのは相手の――――いや、ISの実力が知りたかったからだ。今対峙しているのはイギリスの第3世代型、つまり今の最先端を行くISだ。その実力を明人は知りたかった。
この
その超えるべき相手がどれ程のものか、明人は知りたかったのだ。
しかし結果は見ての通り。
その相手は
その事実に明人は落胆すると同時に、激しい怒りを感じていた。
(こんなモノのために皆は犠牲になったというのか…!)
そして同時に彼は強く思う。
負けられない、と。
ISに自分が負けてしまったら――――自分とこの機体がISに劣ってしまったら、何のために皆が犠牲になったのかが分からなくなってしまう。
故に彼は負けられない。己の前にISが立ち塞がるならば、全力を持ってこれを粉砕する。例えそれがコレの製作者たちの思惑通りだったとしても。
だから先ずは今対峙しているISを完膚無きまでに叩きのめす。
その為だけに彼は、この機体に乗っているのだから。
セシリアがブルー・ティアーズによる攻撃を開始してから10分ほど経過したが、彼女は未だにブラックサレナを捕らえることが出来ないでいた。
彼女の顔は険しく、焦りを隠すことが出来ない。
なんとかしてこの状況を打破しなければ。彼女がそう思ったとき、長らく膠着状態が続いていた戦況が動き出す。
突如、明人はブラックサレナを急降下させる。
そのあまりの加速にセシリアは反応することが出来ず、ブラックサレナがビットの包囲網から抜け出すことを許してしまう。
「くっ……!」
セシリアはブラックサレナを追う様に4機のビットに命令を下す。
しかし、それがいけなかった。
ビットを抜き去った明人は直ぐに機体をくるりと反転させる。
そしてブラックサレナは背中から降下していきながら4機のビットを正面に捕らえる。
「しまっ……!」
仕舞った。とセシリアが思うがもう遅い。
明人は両腕のハンドカノンを正面の4期のビットに向けて放つ。
威力は弱いが連射性能に優れたハンドカノン2丁からばら撒かれた銃弾によって4機のビットは呆気なく撃墜される。
4機のビットの撃墜を確認した明人は、直ぐ様機体の体勢を立て直しブルー・ティアーズへと突進する。
恐ろしいまでの速度で迫ってくるブラックサレナを前にして、しかしセシリアは、にやりと笑みを浮かべた。
「かかりましたわね」
ガコンッ――――、と。
ブルー・ティアーズの腰部に広がるスカート状のアーマーの突起が分離する。
それは先程明人が撃墜したものと同じ、ビット兵器『ブルー・ティアーズ』だった。
そう、この機体には『ブルー・ティアーズ』が6機搭載されていたのだった。
2機のビットから放たれるのは先程のようなレーザーではなくミサイルだった。
充分に引き付けてから打ち出されたそれは、ブラックサレナに吸い込まれるように進んで行き、着弾した。
閃光。続いて轟音。
辺りは一瞬で爆煙に包まれる。
セシリアは煙に包まれるのを嫌って距離をとり、自分の策が上手くいったことにほくそ笑む。
ミサイルは確実に着弾した。あれをまともに喰らって無事なわけは無いだろう。しかしあの外観からして普通のISよりも頑丈に出来ているかもしれないし、シールドエネルギーが0になっていない可能性もある。
そう推測し、彼女は煙が晴れたときにブラックサレナへと追撃を行うためスターライトmkⅢを構えようとした。
その瞬間。煙を突き破り、黒く大きな物体が現れた。
その物体は驚異的なスピードでブルーティアーズへと突き進む。
それは何か黒く薄い膜のようなものを纏ったブラックサレナであった。
そして驚くべきことにその機体は、先程ミサイルの直撃を受けたというのに全くの無傷であった。
セシリアがそのことを確認したとき既にブラックサレナは彼女の目の前まで迫っていた。
そして、
ガッギィィィィン!!!
その驚異的な速度を保ったままブルー・ティアーズを跳ね飛ばした。
「キャアァァアアアァァァァアアッ!!?」
そのあまりの衝撃にセシリアは思わず悲鳴を上げてしまう。
強烈な一撃を喰らったブルー・ティアーズはまるで風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされる。
機体の制御も出来ないままくるくると不様に回転しながら吹き飛ばされる。
絶対防御が発動し、たった一撃であるにも関わらずシールドエネルギーが半分以上も減らされる。
しかし明人は攻撃の手を緩めない。
機体を一度急上昇させ、未だ機体の制御もままならないブルー・ティアーズへ狙いを定めると
「墜ちろ」
機体を急降下させ再びブルー・ティアーズへと突進する。
ブラックサレナの驚異的な推進力と重力とが合わさって先程の一撃を超える一撃を繰り出す。
セシリアにそれを止める術は無い。
遥か上空から恐るべき速度で己に突っ込んでくる巨大な黒い悪魔を見ていることしか出来なかった。
「ひっ…!」
その光景にセシリアは思わず小さく悲鳴を漏らす。
そしてその直後、身体を襲った凄まじい衝撃に彼女は意識を手放した。
誰もが声を発することが出来ない。
まるで目の前に広がる光景を受け入れることを拒否しているように。
そこに広がるのは、綺麗に均されていたアリーナの地面に出来た、まるで爆撃でも受けたのではないかという程に巨大なクレーター。
中心には、イギリスの代表候補生にして今年のIS学園入試主席のセシリア・オルコットがその専用IS、ブルー・ティアーズを纏って倒れ伏している。
そして上空には、世界で2番目にISを起動させたと発表された天河明人がその機体ブラックサレナを纏い、それを見下ろしていた。