以前投稿していたが短かったので2話分をくっつけてみました。
学園の屋上に人影が2つ。
今はSHRが終わり、次の授業が始まるまでの僅かな休み時間。
2つの人影、少女と少年は向かい合っており、しかしお互いに口を開こうとはしない。
そんな状況のまま時間は過ぎ、只でさえ少ない休み時間も残り僅かになってしまう。
びゅう、と強い風が吹き少女―――篠ノ之箒の後で結った長い髪がはためく。
「明人……」
漸く箒の口が開かれてそこから出たのは、3年前に行方不明になって、そして今自分の目の前に居る幼馴染の名前だった。
箒は今にも泣きそうな表情で目の前の人物―――天河明人を見つめる。
対する明人の表情は黒いバイザーに覆われていて窺うことはできない。
「久し振り、だな…」
「ああ」
搾り出すような箒の声と、それに応える明人の淡白な声。
そのやり取りを見て、2人が幼馴染だったと連想できるものは少ないだろう。
それ程に2人のやり取りはぎこちないものだった。
「げ、元気にしていたか?」
「ああ」
3年振りに会った幼馴染に何を話したらいいのか分からず、箒の口から出るのは自然と当たり障りの言葉になってしまう。本当は話したいことは山ほどあるのに。
対する明人の声は相変わらず抑揚がない、何を考えているか分からないものだった。
「この3年間…一体何をしていたんだ…」
「…………」
それは彼女が一番知りたかったこと。
3年前に突然消えてしまい、遂には警察が捜索しても見つからず、それから連絡も付かなかった幼馴染がいったいどうしていたのか。
箒のその問いに明人は応えない。
「心配していたんだぞ…」
「…………」
無事ならばせめて連絡のひとつは欲しかった。毎日毎日、もしかしたらとポストを覗き、携帯の着信を見て彼からの便りを待った。
俯き、声を震わせながら言う箒に明人は応えることができない。
「3年前とはまるで別人じゃないか…!」
「…………」
そして現れた彼は、自分が知っている頃の彼ではなくなっていた。
箒は感情を抑えることができずに徐々にその声音が強くする。
「この3年に一体何があったんだ!明人!」
何時までも応えようとしない明人に遂に箒は声を荒げて明人に詰め寄る。その瞳に涙を溜めて。
そんな箒に、明人は漸くその固く閉じられた口を開いた。
そしてその口から出た言葉は、
「知らないほうが良い」
やはり抑揚の無い声で、彼女を冷たく突き放した。
「――――っ!!」
パンッ!と乾いた音をたてて明人の頬が叩かれる。
明人の頬を叩いた箒はその勢いのまま彼の胸倉を両手で掴む。
「知らないほうが良いだと!?お前が居なくなったあの時!私がどれ程心配したと思っているんだ!!」
そう叫ぶ彼女の瞳から大粒の涙が零れる。一度流れてしまった涙はもう止めることはできない。
「警察が探しても見つからないし!私は…もう、明人が……し、死んじゃったのかと………ぅっ!」
そこまで言って箒は彼の胸倉を掴んだまま俯いてしまう。
彼女は明人が無事だった喜びと、何があったのか自分に話してくれない怒りとがごちゃ混ぜになって上手く感情が制御できないでいた。
その肩を震わせ、足元に滴を降らせ小さな染みを作る。
叩かれて頬を僅かに赤くした明人は自分の制服を掴む彼女の手を両手でそっと引き剥がす。
相当強く握っていたのだろう。彼女の手が剥がされた場所にはくっきりと皺がついていた。
「この3年間に何があったのか、君に話すことはできない」
彼はそう言うと彼女の手を離し、屋上の出口へと向かって歩き出す。
再び彼の口から放たれた拒絶の言葉に箒は両の手で顔を覆い、肩を震わせて嗚咽を漏らす。
そんな彼女の横を通り過ぎるとき、明人が唐突に口を開いた。
「ごめん。箒ちゃんには知って欲しくないんだ」
「……え?」
箒は彼の言葉に思わず顔を上げ、振り返る。
しかし彼はそれ以上何も語ることなく屋上を後にした。
その言葉には一体どんな意味が含まれていたのだろうか。
先程の彼の声は今までのような抑揚の無い、無感情な声じゃあなかった。
その震えた声には深い悲しみとほんの少しの恐怖が含まれているように箒は感じた。
一体何が彼をあんな風に変えてしまったのだろうか。
「明人………」
その答えは分からなかったが最後の彼の言葉に彼女は昔の、あの優しかった頃の彼を感じたのだった。
現在時刻9時16分。
IS学園では2時限目の授業が開始されていた。
それはここ1年1組でも例外ではなく、山田真耶先生が教科書の内容を生徒達に読み聞かせていた。
生徒たちは真耶の話を真剣に聞き、重要だと思った箇所はノートに取っている。
そんな中、真耶の方を見てはいるがその目の焦点は合っておらず、さらに熱くも無いのに汗をだらだらと掻いている生徒が1人。
(ぜんっ―――ぜん分からん……!)
世界で初めてISを起動させた男、織斑一夏その人である。
(や…山田先生は何を言ってるんだ?アクティブなんちゃら?広域うんたら?なにそれおいしいの?いや、全然おいしくなさそうだけど……)
まさか分かってないのは自分1人だけではないのだろうか?
そんな不安に駆られた彼はふと隣の席に座るこの学校で唯一自分と同性の生徒をちらと見た。
織斑一夏に次いで、男性でISを起動させたと発表された天河明人である。
彼はノートを取ることなくただ前を見つめている。
授業の内容を理解しているのかいないのか、相変わらずその表情はバイザーによって隠されているため判断が付かない。
ただ一夏のように狼狽はしていないようでそんな様子から一夏は、きっと分かってるんだろうな~。なんて思っていた。
(そういえば…箒は天河のことを知ってるみたいだったな……)
もう授業の内容のことはどうでもいいのか、一夏はSHRの時の箒と明人の事を思い出していた。
(SHRの時、箒の天河を見たときの反応は普通じゃなかったよな。例えるなら…死に別れたはずの旦那に会ったみたいな?)
その時の2人の様子を見て、2人が徒ならない関係なのでは無いかと推理する一夏。……なんだか例えが妙に昼ドラっぽいのが気になるところだが…。
(それにSHRが終ったら直ぐに2人で何処かへ行ってたみたいだし…。)
先程の休み時間のこともバッチリ目撃していた一夏。
まぁ目撃するも何もSHRが終るなり箒が明人の手を引いて教室から出て行ったのだから目に付かないわけが無い。
勿論、他のクラスメートもその光景を目撃しており授業が始まるまで多くの女子が2人の関係について妄想を爆発させていた。
「――――ら君?」
(まぁ後で聞いてみれば分かるか)
「織斑君!」
「え?あ、はい!」
一夏が思考に浸っていると、何時の間にか自分の近くまで来ていた真耶が心配そうに自分を覗き込んでいた。
呼びかけても返事が無い一夏を心配して様子を見に来たようだ。
「大丈夫ですか?どこか具合が悪いんですか?」
「い、いえ…大丈夫です」
「そうですか…。なら授業でわからないところは無いですか?あったら遠慮なく聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
えっへん。と胸を張る真耶。
なもんだからただでさえ自己主張が激しい胸が大変なことになっている。
その光景を色々な感情が篭った瞳で見つめる生徒が数名。
人は得てして自分には無いものに憧れるものなのである。
何が、とは言わないが。
一方、一夏はそんな真耶を見て、「もしかしたら見た目と違って実は頼れる先生なのでは?」なんて結構失礼なことを考えていた。
そしてそんな真耶に一夏は自分の疑問を偽り無くぶつけてみることにした。
「はい!先生!」
「はい!織斑君!」
元気よく挙手する一夏に、元気よく指名する真耶。
「ほとんど全部分かりません」
「え……。ぜ、全部…ですか……」
次いで出た一夏の言葉に流石の山田先生もその勢いを削がれる。
流石に全部分からないとは思っていなかったようだ。その顔が見る見るうちに引きつっていく。
「え、えっと……織斑君以外で、今の段階で分からないって人はどれくらいいますか?」
真耶の問いに答えるものは誰も居ない。
彼女はきっと親切心でそう聞いたのだろう。しかし結果は現段階でわかっていないのは一夏ただ1人であるということを浮き彫りにしたのだった。
まぁ一夏の最初の発言でそんなことは皆分かりきっていたであろうが…。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
今まで教室の端で控えていた千冬が一夏に尋ねながら近付いていく。その手に出席簿を携えて。
因みに千冬が言った入学前の参考書とは入学者全員に渡されるISについての基礎的な事柄が書かれた参考書のことだ。基礎的といってもその内容は膨大で、そんな内容を1冊に纏めたそれは電話帳ほどの厚さになっている。
その参考書を読んでいれば現段階で授業の内容が全く分からないなんてある訳がないのだが、
「古い電話帳と間違えて捨てました」
本当に電話帳と間違えて捨てる馬鹿がいれば話は別である。
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」
パァンッ!
本日4発目の出席簿が炸裂。
「後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
頭を押さえて蹲る一夏に無常な宣告をする千冬。
あの分厚い参考書を一週間で覚えるなどかなり無茶な要求である。
一週間で読むだけでも大変な厚さなのにその上覚えるとなると…。一週間の睡眠時間が二桁を切ることは必至である。
「い、いや…一週間であの分厚さはちょっと……」
一夏もそれを分かってか控えめながらも抗議をする。が、
「やれと言っている」
「……はい。やります」
目の前の鬼には勝つことができず、首を縦に振ることしかできなかった。
IS学園での初めての授業を無事(?)終了した一夏は早速隣の席に座る明人へと声を掛けることにした。
「えっと、天河…だよな?俺、織斑一夏。この学園じゃ男は俺等2人だけみたいだし、これからよろしくな」
爽やかな笑顔で言い、握手を求める一夏。
対して明人は差し出された手を取るでもなくただ見つめる。
このとき彼の頭の中では織斑一夏との接し方によって起きるメリットとデメリットを考えていた。
自分の目的のためには出来るだけ彼の傍にいた方が何かと都合がいい。であれば、ここで彼に冷たく接し彼との間に不和が生じてしまうのは旨くない。ならばここは彼との関係が良好になるように努めることが得策である。
「ああ。よろしく頼む」
導き出した答えによって、彼の手をとる。
口調は淡白。表情はバイザーで隠れて見えないが、それでも一夏は明人が手を取ってくれたことが嬉しかった。
「俺のことは一夏って呼んでくれよ。その代わり俺も明人って呼ばせて貰うからさ」
「わかった、一夏」
握手を交わし、お互いの名前を交換する2人。
そんな2人を遠巻きに見ていた少女たちはその光景を見て黄色い声をあげる。
「キャー!あれが男の友情なのねー!」
「美少年二人の友情…。いいわ~!」
「絵になるよねー!」
「……どっちが攻めなのかしら…」
等々。
何やら最後の方に危ない呟きが聞こえたような気がしないでもないが、どうやら2人には聞こえていなかったようである。
「そうだ。明人って箒と知り合いだったのか?」
「ああ。小学5、6年の頃同じクラスだった」
「あぁ、それでか。何かSHRで明人のこと見た箒がなんか死に別れたはずの旦那に会った。みたいな感じだったからさ」
「…………」
一夏の例えにどんな例えだ、と思いながらも強ち間違いではないので明人は思わず黙り込んでしまう。
しかし一夏はそんな明人を気にした風もなく笑っている。
鋭いのか鋭くないのか。
そんな一夏を見て明人は「悪いやつではなさそうだ」と結論付けるとその口元を僅かに、ほんの僅かに綻ばせた。
「あ」
それに目敏く気付いた一夏が明人にそのことを追求しようとした、そのとき
「ちょっと、よろしくて?」
金髪碧眼の『いかにも』な少女が腰に手を当て高圧的な態度でそう問いかけてきた。
知り合ってまだほんの数分しか経ってない一夏と明人だが、この時お互いの気持ちは完全にシンクロしていた。
あぁ、面倒臭そうなやつが来た………。と