【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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After Story  責任

 俺が横須賀鎮守府艦隊司令部に帰ってきてからの仕事の中には『海軍本部』掃討の最終作戦中に殉職した巡田の葬式に参列することも含まれていた。

ハガキの宛名は『横須賀鎮守府艦隊司令部』だったので、俺が出ていくこともないものでもある。軍規的には代行として武下が行くものはある。

だが、一応俺にもそのハガキは回ってきていたのだ。

 作戦が行われいていたことも、横須賀鎮守府がその作戦に途中から参加していたことも知っていたが、作戦中に部下が死んだことを聞かされたのは、帰ってきて落ち着いてからのことだった。

帰還祝賀会やら何やらがを企画していたみたいで、それを全て終えた次の日になってから秘書艦の長門に訊かれたことだった。

 

「紅提督……」

 

「なんだ?」

 

 だが俺は無神経を装う必要があった。

それは曖昧な立ち位置ではあるが、軍人であるならば必要な心だと云う。俺の知っていたことだ。

兵は上司や長にとっての自分が何なのかをかなり気にする。聞かれたら答えてしまいそうな『私は貴方にとって、どういう人間なのか』という質問の回答を素直に答えてはいけない。

だから俺は無神経を装う必要があった。だから長門にそのことを聞かれた時も、どれだけ悲しくても表情をピクリとも動かしてはいけないのだ。

 

「明日の夜から、横須賀で葬儀があるみたいだが、どうする?」

 

「無論参列させてもらう。事務棟を経由して先方に伝えておいてくれないか? まぁ、門前払いされるかもしれないけどな」

 

「……了解した」

 

 長門は何も聞かずに、そう言って書類を渡してきた。

俺はそれを片付け始める。長いことやっていたかったことではあるが、身体は覚えているものだ。書類を見ても間違えることなく、正しい記入を進めていく。

そんな風に時間が過ぎ去っていった。

 まだまだ鎮守府は熱気で溢れていた。それまでの鎮守府は氷で固く閉ざされたような様子だったと誰かが言っていたが、そんなものが幻だったかのように活気に溢れているように思える。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺の手元には今、例の作戦に参加していた各部隊の死傷者リストがある。

リストにはそれぞれの部隊に細かく分類され、どういう傷を負っているのか、生死はどうなっているのかが事細かに書かれている。

リストを受け取ったのは、今日の昼過ぎだ。

昼前に到着していたリストを、事務棟に用事があって立ち寄っていた陸奥が受け取り、持ってきてくれたのだ。

 

「じゃあ渡したからね」

 

「あぁ、受け取った」

 

「……その、また今度、お茶しない?」

 

「良いぞ。誘ってくれれば行く。それとも、俺からお誘いした方が良いか?」

 

 そう言うと、陸奥は耳を赤くしてバッと振り返って出て行ってしまった。

普段言わないことだし、面白い反応を見れただけ良いだろう。

 受け取ったリストを見ていき、俺は横須賀鎮守府から派遣された部隊の一覧を確認した。

やはり負傷者は少なからずいた。それでも『戦死』の言葉は1つも出てこない。そして見ていくと、その文字を見つけてしまうのだ。

 

「狙撃により、頭部に7.62mm徹甲弾が直撃。即死……」

 

 簡潔且つ詳しく書かれていたその言葉は、巡田の最期を想像するには十分すぎる言葉だった。

それはそのリストを閉じ、近くに居る長門に声を掛ける。

 

「明日、護衛は要らない」

 

「必要だ」

 

 護衛は要らない。その場所に行けば、少なからず何か面倒事が起きるに決まっている。そう俺は確信していた。理由なんてたくさんあるが、むしろ起こらない方が不思議でならない程に。

 だが、長門は了承してくれなかった。

それでも、鎮守府の外は危険があるかもしれないからだ。長門はそう考えたのだろう。『海軍本部』が完全に無くなったとはいえ、それ以外にも俺への否定的な意見を唱える人間は少なからずいるだろう。今までは『海軍本部』で見えていなかったものが、見えてくるかもしれないからだ。

 

「要らない」

 

「……ならばせめて門兵を連れて行ってくれ」

 

「……」

 

 その代替案は認めよう。長門の妥協出来るラインなんだろう。

本来ならば、自分らで守るべきだと考えているんだろうが、門兵ならばと考えたのだろうな。

 俺はその代替案を了承する。

それならば、艦娘を連れて行くよりも波風立てずに帰ってこれるかもしれないからだ。

 

「4人だ」

 

「分かった」

 

「私の方で武下に伝えておこう」

 

「頼んだ」

 

 これだけ少な言葉でも話が成立するのも、長い間会ってなかったとはいえ凄いことだ。

 それはともかくとして、リストを机の上に置き、あることを考えた。

俺が葬儀に参列することを遺族はどう思うのか、ということだ。

そもそも、俺が葬儀に呼ばれているのだろうか。巡田を直接ではないが、死地へと追いやった張本人でもある俺を、遺族は恨んでいるのではないだろうか、と思ったのだ。

だが、横須賀鎮守府にハガキは来ている。ハガキがあるということは、恨みで何かされる心配はないだろうな。そう考え至ったのだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 横須賀市内に巡田の家があり、実家も市内にあるらしい。葬儀が行われるのは巡田の実家みたいだ。

 俺は礼服に身を包んでいる。とは言っても軍の指定服であることに変わりはないのだが、今日は色や装飾品が違っていた。第二種軍装ではなく第一種軍装をしていく。普段は腰から下げない軍刀(サーベル)を下げているのも相まって、より軍人であることが全身で分かる。ちなみに部隊章とかそういうものは何一つとしてないので、階級章と記念章は外せないらしい。武下からそう聞いた。

 護衛の4人はというと、こちらも一応正装ではあるが、士官なので服装も少し違う。

見れば誰が偉いかが分かる辺り、正直やめて欲しいところではあるんだけどな。

 

「本当にこれで良いんですか?」

 

「これが規則ですからね」

 

「そうなんですか……」

 

 俺は式場である巡田の実家の近くで、再度確認をした。

まぁそこまで言うのなら、そうなんだろうな。イマイチ分からないんだけども……。

 暗い空気が漂く式場に到着し、周囲に俺と同じような格好をしている人たちをちらほらと見かけた。軍人だ。それは見れば分かるほどに。そして皆、俺や護衛で付いてきた門兵と同じ格好だ。

それぞれは俺の顔を見て階級章を見ると敬礼をする。俺は答礼をしていく。まぁ、これもアレだ。礼儀なんだろうな。仕方ない。

 

「ハガキを」

 

「……」

 

 俺は黙って受付の人に渡した。

ゆっくりとハガキを受け取った受付の人は、バッと俺の顔を見た。きっと宛名を見たんだろう。

 

「お、お名前を伺っても?」

 

「天色 紅です」

 

 そう言うと、辺りは騒然となった。

桜がまだ舞う春の夜。少し肌寒い程度の気温であったので、少しの防寒具は身に着けていたが、それでも顔くらいは分かるだろうに。

周囲には海軍と思われる軍人で即席の防御陣が出来上がっていた。どうして出来たのかは分からないが、何か思うところでもあったのだろう。

 受付の人は静かに参列者名簿にチェックを入れると、俺に中に入るよう促した。

一足先に入れ、ということだろうか。他の参列者は受付を終わらせた後でも、道路を塞がないように待っているというのに。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 受付の人が別の人に声を掛け、俺を奥の部屋へと案内した。

連れてきた護衛も全員が来てしまうと迷惑になってしまうので、1人だけに付いてきてもらう。

 通されたのは、巡田の親族が集まっている部屋だった。

実際には通された訳ではないが、そのまま親族の部屋から60、70代くらいの老人が2人が呼び出されたのだ。

そしてそのまま別室へと連れて行かれ、4人にされてしまう。

 

「テレビにて拝見させていただいています。私は巡田海軍曹長の母にございます」

 

 深々とお辞儀をしたのは、どうやら巡田の母だったみたいだ。となると、もう1人は容易に想像が出来る。

 

「お初にお目にかかります。私は日本皇国海軍 横須賀鎮守府艦隊司令部の天色です」

 

「えぇえぇ、存じておりますよ」

 

 すごく優しそうな話し方で、巡田の母は返答をした。

 そんな一見和みそうな雰囲気が漂う中、俺は全く違う空気を感じていた。

極度の緊張感だ。この状況に緊張しないのなら、それは人間を辞めている証だろう。"身内"ならば絶対に気付くべきなのだ。

 俺は首筋をすーっと汗が伝うのを感じた。

額には浮かび上がってきていないだろうから、大丈夫だろう。俺の後ろを見ている人はいない。

 

「……ご子息が皇国を守護する英霊となられたこと、誠に悔やまれてなりません」

 

 テンプレだと云う。武下が言っていた。とは言っても、士官学校時代に教官から教わったもので、実際に教官が使ったことはなかったそうだ。

 自分の発する言葉の重さに驚きつつも、俺は目の前に座る2人の反応を観察した。

母の方は顔を伏せたままだ。表情は少し変わっている。だが、もう1人のおそらく父の方はみるみるうちに表情が変わっていたのが分かる。

 

「息子は士官学校に入ってエリート軍人になり、政府や陛下に貢献できたことを誇りに思っていたよ。実家に帰ってきた時に、俺はそう本人から聞いていた」

 

 やはり父だったみたいだ。

 

「それでアンタに見込まれて転属したっていうことを聞いた時のことは、今でも鮮明に思い出せるよ。あの時の息子の表情がすぐにね」

 

 脚色をしたのだろう。

ところどころ話す内容に違和感を感じていたが、やはり正確なことはいくら両親でも軍のことは話すことが出来ないんだろうな。その事実が俺の心を締め付けた。

 

「なぁ提督さんよぉ」

 

「なんでしょうか?」

 

 スッと立ち上がった巡田の父は俺に近づき、肩を掴んだ。その力はとても強く、表情でそれをなんとか隠せるくらいの力強く掴んだのだ。

 

「大本営も海軍も息子が死んだ場所も、どういう風に死んだのかさえ教えてくれない。アンタなら知っているだろう? 息子の上司だったんだから」

 

 俺の目に刺さる、巡田の父の視線はとても鋭かった。

艦娘が過剰反応した時や、デモ隊の血走った目と同じそれだったのだ。

 見慣れていること自体おかしいことだが、その目を見慣れていた俺は動揺することもなく返答をする。だが、心は確実に揺さぶられていた。

 

「そうですね……軍が教えてくれないというのはいささかよく分かりませんね。機密扱いにはなっていませんでしたので、お教えしますよ」

 

 とても心が痛い。

最初は敵対して、しかも俺を殺そうとした相手である巡田ではあったが、それからはよくしてくれた。兄のような存在だった、と言ってもいいのかもしれない。

だが、そんなことは口が裂けても言えない。言ってはいけないのだ。

 

「瀬戸内海の倉橋島で戦死されました」

 

「っ?! 軍の反乱分子を潰した、というやつか?!」

 

 よく知っている。作戦開始前に陛下直々の放送もあったからだろう。むしろ知らない方がおかしいくらいだ。

 

「はい。作戦に参加していた巡田曹長は部隊を率いていました」

 

 横須賀鎮守府の特殊部隊だ。赤城が独断で投入した。

当時のことを考えると、横須賀鎮守府の指揮権は実質艦娘たちが握っていたといってもいいので、俺がどうこう言えるものでもない。

 

「作戦行動中、敵の狙撃が頭部に被弾。即死だったそうです」

 

 俺も作戦参加者から出た死傷者のリストを見ただけだから、そういう言い方しかできなかった。

 

「……そうか。息子は国を乱そうとする輩を討つために」

 

「はい。大本営側で参加していました」

 

 俺は静かに淡々と話していく。

そうしなければいけないのだ。

 

「そうか、そうか、そうか……」

 

 2人は静かに涙を流し始めた。

今日になって知らされた真実というのだ、どれだけの衝撃を2人に与えたのかは分からない。だが、辛く悲しいことは分かっていた。2人ほどでもないのかもしれないが、俺もその気持ちは十二分に分かっていたし、悲しく思っている。

今でも巡田が『提督!』と言って現れるような気がしてならない。近くの物陰からひょっこり出てくるかもしれない。そんなことばかり考えていた。

 少し涙を流した巡田の父は、おもむろに顔を上げて聞いてきた。

それは俺にとって、一番答えづらいものだった。

 

「息子が死んだ意味は、何だったんだ? 理由は分かった。教えてくれてありがとう。だけどな、死んだ意味は? どうして息子が死ななければいけなかった?」

 

「っ!!」

 

 言葉に詰まった。

どうして死んだのかは分かったみたいだが、その死の意味を聞いてきたのだ。

それは幾万という命が同じ場所に灯っていた中、たった1人巡田の死の意味なんて言えるのだろうか。

それぞれの戦死者にそれぞれ死んだ意味があって、理由があって、死に選ばれたのか……。そんなものが事前に決まっていて、個々にそれがあったのだとしたら、闘争は起きないのではないだろうか。

何かを手に入れるには、少なからず犠牲はつきものだ。そう云うように、その"少なからずの犠牲"に入った巡田を対価に、"何を手に入れた"のか。

そんなもの……1つしかない。

 

「……わ、私を背後から刺す者を残らず始末するため。もっと言ってしまえば、私たちがより安全に、快適に暮らしていく地盤を作っている時に死んでしまった、としか言えません」

 

 意味なんてそれ以外思いつかない。もっと綺麗なものではなく、泥臭い何かはあったかもしれない。だが、これが彼ら作戦参加部隊・参加者たち全員が等しく持つものだったのではないだろうか。

 

「なるほどな。アンタのため。ひいては、俺たちのためだったのか」

 

 理解が速い。これだけの言葉で伝えたかったことが理解してもらえた。

俺は静かに頷いた。

 だが今のは建前に過ぎない。

作戦の大局からしてみても、死ぬことで得られたことなど無いと言ってしまってもいいだろう。そもそも作戦目標が『海軍本部』の完全な抹消だったからだ。何かを獲得した、とは到底言い難いものだった。

それに直接的な貢献はしていただろう。だが、死んだ意味なんてない。言ってしまえば、不幸にも狙撃の目標にされて撃たれて即死だった、というだけだったのだ。

何かを守って死んだ、だとかいうそういう理由はないのだ。

 

「……もうすぐ始まる。アンタも参列者なんだから、最後まで見送ってやれよ」

 

「無論、そのつもりです」

 

 立ち上がった巡田の父は、俺にそう声を掛けた。それに呼応するかのように、母の方も立ち上がる。

そして静かに部屋から出て行ったのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 粛々と参列者たちは涙を流し、式を進行させていく。そしてその式も終わり、遺族から酒や食事が振る舞われる中、俺はその中で静かに座っていた。

式の最中は巡田のことしか考えてられなかった。ずっと考えたいたのだ。そして今もそうだ。

そんな俺に声を掛けてきた人物が1人。

 

「おじちゃんも軍人さん?」

 

 巡田の娘だ。歳は4~6歳というところだろうか。

 

「そうだよ。おじちゃんも軍人だ」

 

 20代になったばかりだが、訂正させても仕方ないと思いそのまま答える。

 

「パパもね、軍人さんなんだよ~!」

 

「そうなのかぁ!! おじちゃんはパパと一緒のところなんだよ」

 

 心が痛い。キューっと痛む。

こんなに幼い子を遺していったなんて、俺はやり切れない気持ちでいっぱいだった。

 

「……ママがね、パパが遠くにいっちゃったって言ってたの。パパと一緒のところにいたおじちゃんは知ってる?」

 

 すぐに答えられないのが嫌で、辛くて、行き場がなくなっていた。

 

「お、おじちゃんは知らないなぁ」

 

 こう答えることしかできなかった。

小さな子に現実を教えたって、いいことなんてない。微塵もこれっぽっちもないのだ。

 そんな風に、俺に話しかけてくる巡田の娘に気付いてか、もう1人近づいてきた人がいた。

 

「こらっ!! 大人しくしてなさいって言ったでしょう?」

 

「だって、つまらないんだもん」

 

「もう少しで終わるから、我慢してて欲しいかな?」

 

「本当に、ママ?」

 

 俺は考えていることを表面に出さないようにお辞儀をした。

娘を諭して部屋から出て行かせた人は、娘が言っていたように『ママ』。つまり巡田の奥さんなんだろう。

 

「海軍の軍人さんですよね?」

 

「……えぇ」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「どうも他の軍人の方とは容貌が違いましたし、お義父さんが貴方にはどうのと言ってましたから……。失礼ながら、巡田の教官をしていただいていた方でしょうか?」

 

 階級章をチラッと見た奥さんは、それが他の軍人とは違う階級であることを見抜いたみたいだ。それに士官以上しか携帯しない軍刀も携帯しているからな。今は腰から外して隣に置いているが。

 

「いいえ」

 

 俺は全く進んでいなかった箸を置き、奥さんの方を向く。

そしてはっきりと言ったのだ。

 

「私は日本皇国海軍 横須賀鎮守府艦隊司令部 天色 紅です」

 

「天、色……」

 

「はい」

 

 みるみるうちにオーラが変わっていったのが分かりました。そしてそれが良いものでないことも。

さっきの予感は当たっていたのだ。

奥さんは少し顔を赤らめながら、涙を目に貯めて訴えたのだ。

 

「貴方があの天色ッ?! 夫が貴方のために死んだ、身代わりになってッ!!」

 

 そう怒鳴ってきたのだ。

近くに控えていた護衛が止めに入ろうとしてきたのを、俺は手で御してこのままにさせておく。

 俺は遺族に何をされても仕方がないと考えていた。

軍隊というものがどういうものなのか分かっているのなら、普通に考えれば『俺の命令で死んだ』と考えるのが一般的なのかもしれない。突撃命令を出して、従って突撃して死んだ。偵察命令を出して、斥候として潜り込んでいた時に死んだ。哨戒中に敵の斥候に殺されたのなら、哨戒を命令した俺のせいで死んだ。

もっと複雑ではあるが、そう考える人もいるだろう。いてもおかしくないのだ。

この場合、巡田の奥さんがそれだったのだ。

 

「今のご時世、軍人が死ぬことなんてないのが普通でしょう?! なのに夫は死んだ!! 理由を調べてみれば、貴方のために死んだそうじゃない!!」

 

「……」

 

「どうして?! ねぇ、どうして!!」

 

「……」

 

 俺は何も返さない。返したところで、聞きはしないのだ。

 

「どうして夫が死ぬ必要があったの?! 答えてよ!!」

 

「……」

 

「上司なんでしょ?!」

 

「……」

 

「どうして夫が貴方の身代わりになって死んだの?!」

 

「……」

 

 段々とその声が大きくなっていき、話し声がずっと聞こえていた室内が静まりかえったのが分かる。

奥さんの剣幕に押されて、止めに入ろうとした他の海軍軍人も動きを止めている。

 

「夫が死ぬ必要なんてなかった!!」

 

「……」

 

「なんで黙ったままなの?! 答えてよ!!」

 

「……」

 

 答えない。奥さんのぶつけてきた言葉、全てをはっきりと答えれる内容がなかったのだ。

それは式が始まる前に巡田の両親に話した時と同じだ。父に聞かれた『息子が死んだ意味』。これには正確がなかったのだ。

否。正解はある。あるにはあるが、それを言ってしまうことを、俺はよしとできなかったのだ。

 

「夫じゃなくて、貴方が死ねば良かったのよ……」

 

 俺が答えられずにいると、奥さんがそう切り出した。

凄い形相で。まるで般若の仮面を被ったように。

 

「艦娘の指揮なんて貴方でなくたって出来るのでしょう?」

 

「いいえ」

 

「国内のあちこちに鎮守府はあるんでしょう? 外洋の攻略は何も貴方のところだけが背負う必要なんてないのでしょう?」

 

「いいえ」

 

 目から視線を外さず、鬼のような顔をしている奥さんに向かって俺は否定し続けた。

俺が指揮しなければ戦闘力は完全に失われるし、鎮守府は確かに各地に点在しているが、外洋の攻略はウチでしなければならないのだ。

だが、そのようなことを幾ら下士官のお嫁さんであったとしても、知っているはずがない。知っていたらおかしいことなのだ。

 

「夫は駒じゃないわ……。軍上層部の使い勝手のいい駒なんかじゃ……」

 

「……」

 

「……それで」

 

 スッと立ち上がった奥さんは、俺を見下ろして言い放った。

 

「それで、どう責任を取るつもりなの? 私の夫を身代わりに使った責任を」

 

 本来ならばここで応じるのはいけないことだ。だが目の前で狂乱する女性はそんなことを口で言ったところで納得するとも思えない。

周囲の参列者も軍人以外は傍観しており、その軍人も手を出せずにいるみたいだった。もし俺の立ち位置に他の士官が居たならば、きっと命令を無視して割って入ってたかもしれない。

だが、ここにいるのは俺だ。海軍の中でも特異的な立ち位置にいる俺に対して、強引に命令違反をして割って入るなんてことはバカでなければ出来ない。

 俺は考えついた。

この手の問題は刑務所にぶち込まれたとしても、いくらお金を積んだとしても解決する問題ではないのだ。相手の認識がそれを超えているからだ。

ならばすることはただ一つ。実際に目の前でやって見せればいいだけのこと。

 

「ならばその責任、庭にて取りましょう」

 

 考えた結果、俺は部屋から出て行き、外でその"責任"を見せることにした。

俺の覚悟は出来ている。ならばそれを実行するのみ。

 庭に出てきた俺と巡田の奥さん、護衛や参列者たちは俺と奥さんを固唾を飲んで見守っている。

俺は玄関からわざわざ靴を履いてここに来ており、それは奥さんとて同じことだった。

 

「巡田曹長が死を賭してまで成し得たこと、それは例の作戦の概要を知っているのならば分かるはずです」

 

「……知っているわ。新聞やテレビの報道番組でも取り上げられていたし、大本営発表の方も聞いているもの」

 

「それでも尚、私に"責任"を乞いますか?」

 

「もちろん」

 

 言質は取った。俺の覚悟は揺るがない。

腰には軍刀の他にも下げているものがあった。それは……

刹那、炸裂音。そして左足に激痛が走り、地面を赤くする。

 

「ッ!!」

 

「私はもう動けません。逃げることもできません」

 

 俺は自分の腿を拳銃で撃ち抜いたのだ。骨と動脈は外しているので、それで死ぬことはないだろうが、その代わりに信じられないほどの激痛に見舞われる。

周りで見ていた参列者たちは顔を真っ青にし、軍人たちは携帯していた拳銃を抜いていた。目標は何か分からない。

 意識が少し朦朧とし始めた中、俺は目の前で立ち尽くしている奥さんに声を掛ける。

 

「さぁ、どうしますか? 貴女が言うのなら私は自らの額を撃ち抜いても、軍刀で切腹でもしましょう。貴女が直接手を下したいのならば、拳銃も軍刀も貸します」

 

 一部始終だけを見ていたのなら、それは頭がおかしくなった軍人が自分の足を撃ち抜いたようにしか見えないだろう。

だが、見ていたこの場にいる全員は分かっていることだろう。彼女が何を俺に要求し、俺がそれに答えたのかを。

 

「最愛の夫を殺した張本人が……目の前にいるんですよ? どうしますか?」

 

 意識が遠のき始め、もう左足を支えるのもやっとな状況。

痛みももう感じなくなっており、身体を支えている左手にも力が入らない。

こんな状況の中、声を出した人が1人いた。巡田の父だ。奥からのそのそと出てきて、靴下のままで庭に降り、俺の目の前に膝を付いた。

そして持っていたタオルで俺の左腿を抑えるのだ。

 

「……次がトドメになるように、骨と動脈を外したんだな」

 

「え、えぇ……」

 

「痛いかい?」

 

「痛い……です。腿も、心も……」

 

 俺の腿を力いっぱい押さえつけている巡田の父は、奥さんに向かって言い放った。

 

「提督を討つというのなら、俺も撃つなり斬るなりしろ」

 

「……お、お義父さん。で、ですが……」

 

 食い下がってくる奥さんに、巡田の父は言葉を静かに発していった。

それはきっと、俺が今までしてきたことへの評価なのかもしれない。表面上の"提督"としてのものかもしれないが、それでも俺はこの耳で初めて聴くことになる。

 

(せがれ)は自分の腿を撃ち抜て逃げれないようにするこの提督に、自分の命と引き換えにするほどの価値を見出したんだ。嫁に来てもらって悪いんだが、そんなことも分からないような娘っ子に息子を任せるんじゃなかった」

 

「なっ!?」

 

「嫁さん、アンタ誰に向かって『死ね』だの『息子を身代わりにした』だの言ったのか分かっているのか? そんな暴言を吐いた相手は、俺たちが生きていくために必要なものの全てを用意してくれているんだぞ。しかもあれだけ報道機関、テレビ、大本営発表って言ったのなら知っていて当然だよな?」

 

 そう言った巡田の父は俺の腿を抑えているタオルに力を入れた。止血には最適なのかもしれないが、それ以上に痛い。指、爪が食い込んでいる。それほどに力を入れているのだ。

 

「お前さんは伴侶を失った"だけ"だ。……考えられるのか? それまで持っていたものを何にも持たずに本当ならば大学生でサークルやったり恋したりしているような年齢で戦争をするなんて。しかも、自分の国の戦争だったのならば自分の国のためや家族のためと言って戦えるが、自分とは全く無縁の国のために戦争をしているんだぞ」

 

「そ、それは……」

 

「……まぁ、言っても分からないだろうな。のうのうと生きていた俺と同じだ」

 

 そう言って俺は立たされた。

周りで拳銃を抜いていた護衛も駆け寄ってくる。

 

「時折、日本皇国の置かれている状況を知らされている。そこまで重く、深く考える者は少ないだろう。だがこれだけは事実だ。……本来俺たちがやるべきことを、何も関係のない学生にやらせているんだ」

 

 初めて艦娘や新瑞以外から、このようなことを聞いた気がする。

確かに、俺の置かれている環境はそういうもので、日本皇国の現状も今巡田の父が言った通りだ。そして、そのことをよく考えていない人たちが居るのもまた事実。だから反戦運動なんかが起きる。

巡田の奥さんは、よく情報収集はするが、それで満足していたタイプなんだろう。何かを考えることもせず、疑問に思うこともない。そういう人種だったのだ。

 

「今まで黙りこくっていたが、あれだけのことを言ったんだ。自らが発した言葉の"責任"は取るべきだ」

 

「……お義父さん」

 

 こうして俺は庭から移動させられ、腿の応急処置をされた。どうやら拳銃の弾丸は貫通していたために、傷口を塞ぐだけで済んだみたいだ。

血も止まっていて、大事にはならなかった。そりゃそうだろうな。大事にならないところを撃ったんだからな。

 近隣住民には来ていた海軍軍人たちが『弔砲ようの小銃の誤射』ということを言って回ってくれた。

そして、今俺の目の前に再び巡田の奥さんが来ていた。治療も騒ぎも落ち着いた1時間ほど経った後だった。

 

「……」

 

「……謝ることはありません。私は自らの意思で足を撃ったんです」

 

「ですが」

 

「すみませんね。私の血で庭を汚してしまって」

 

「いいえ、そんな……」

 

 俺はそんな巡田の奥さんの態度が気に入らなかった。

今座らされているんだが、その前で巡田の奥さんは正座をしている。そして腿と顔を視線が往復しているのだ。何をしたいのかも、何を言いたいのかも分かる。それが気に入らなかった。

 

「あ、あのっ……」

 

「なんですか?」

 

「申し訳ありませんでした」

 

 ただ、その気に入らないことも黙っていたのだが、それも我慢が限界に来ていたのだ。

さっきの態度の変わり様。そして、今の態度も。

 俺にそう訴えるのは間違っていなかった。『どうして巡田が死んだのか』『どうして死ぬ必要があったのか』と俺に問いただすことは間違っていない。むしろ正しいことだし、俺もそのことは覚悟して来ていたのだ。恨まれてそれで良いと思っていた。そういう態度を取るつもりだった。

だがそれでも物の言い方には限度がある。『巡田は貴方の身代わりになって死んだ』『貴方が死ねば良かった』その言葉は違う。恨むこととは似て異なるのだ。率直に言ってしまえば、暴言に分類されるその言葉は、確かに聞こえは恨みの言葉だろう。それでも、本質は違っていたのだ。

 

「こちらこそ、申し訳ありませんでした」

 

「……」

 

「本当ならば、艦娘たちも葬儀に来たがっていたんですよ」

 

「……え?」

 

 話を逸らすため、俺の精神衛生を保つために話題を変えて振った。

 

「巡田曹長は艦娘たちとよく接していましたから。彼女ら、人間不信でしたからね」

 

「それは、あの……『海軍本部』の」

 

「そうです。……彼女たちには"兵器"としか見られてきませんでしたかね。ですけど巡田曹長を始めとする、一部の兵士たちは人間を相手するかのように接していたんです」

 

「そう、ですか……」

 

「よく彼女たちも巡田曹長を頼ってました。ですから、この葬儀にも来たがっていたんです」

 

 これは紛れもない真実だ。長門や赤城といった大型艦の艦娘たちは、口には出すことはなかった。他の小型艦の艦娘たちは、執務室に顔を出しては俺に言っていたのだ。『巡田さんの葬儀はいつ?』と。

 

「斯く云う私も、大変お世話になりました。公私共に……」

 

「……」

 

 俺は痛む足を我慢しながら立ち上がり、巡田の奥さんに言ったのだ。

 

「私はそろそろ帰らせていただきます。では」

 

「え、えぇ……」

 

 足を引きずりながら、俺は玄関へと向かい、鎮守府に帰ったのだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 足の治療は、艦娘たちに悟られないようにするために、鎮守府に着く前に本格的な治療を受けた。その後に鎮守府に帰ったのだ。

 次の日。俺が鎮守府に帰ってからというもの、テレビで報道される話題は同じだった。

俺が鎮守府から居なくなった顛末、その間に起きた出来事、大本営が起こしていた反乱分子への攻撃、陛下のお言葉……。コーナにされて、キャスターとコメンテーター、専門家たちが話をしているものだ。

 

『それでは帰還に際し、どのようなことが起きていくのでしょうか。……深海棲艦が広げた戦線の押し返し。……資源補給ルートの整備。……各海域の再攻略が予想されていますが、どうでしょうか?』

 

『そうですね。大きく見てその3点が最優先で進められると思います。ですが、水面下では別のことも進められているのではないでしょうか?』

 

『別のこととは?』

 

『横須賀鎮守府以外にも、深海棲艦と表立って戦う部隊が現れるのではないでしょうか? 現在、九州にある端島鎮守府も態勢を立て直しつつあり、着々と横須賀鎮守府と歩調を合わせた攻撃準備を行っているみたいです。それに海軍は莫大な資源と予算を投じて、新たな戦闘艦の建造を行っています。既に3隻が極秘裏に進水と艤装を終わらせています』

 

『なるほど。これまでと同じように前衛的な姿勢を取る、ということですね』

 

『そういうことになりますね。ですが、今回を節目に軍自体が"何かしら"の変化をしていくと思いますよ』

 

 今はたまたま集中して見ていたが、このコーナ結構長い時間やっている。

 俺は溜息を吐いて、テレビの電源を消した。

私室のテレビで見ていたが、もうここずっとこんな状況だというのだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺は今の取り巻く環境が変わりつつあることを少しではあるが、感じ取っていた。

『海軍本部』の消滅を中心に、軍の体制の変化、国民の意識の変化。大まかに言えばこの3つだが、大きな変化だと言っても過言ではないだろう。

その変化が凶と出るか吉と出るか、そんなものは後になってからでなければ分からない。

 ゆっくりと立ち上がり、俺は執務室へと出て行った。

もう変わってしまったこの世界を直視するために。




 延べ12000字の投稿申し訳ありません。

 ということを先に言っておいてですね、今回の投稿はハッピーエンドのアフターストーリ-になります。予告はしていませんでしたが、元々投稿する予定だったものを投稿しました。
 今回の話は、ハッピーエンドで唯一死んだ巡田の葬儀と、環境の変革を伝えるものです。
ハッピーエンドとは一体なんなのか、ハッピーエンドなのにどうして死人が出ているのか。そんなことを考えさせるための話となっています。
『死んだ意味』などを問う内容ではありましたが、紅は何も答えませんでしたね。紅の考える『死んだ意味』と、物語全体としての『死んだ意味』を考えてみてください。
答え合わせはまたいつか。では。


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