【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話 作:しゅーがく
気絶した私はすぐに目を覚ましました。
あれ以来、正門前では膠着状態が続きました。来る日も来る日も動きは無く、ただ緊張だけが辺りを包みます。
結果を先に言ってしまえば、横須賀鎮守府側では無い方で、第46機械化歩兵師団は陣地を構築します。それに応じて、『猟犬』も陣地を構築して対抗します。正門前に土嚢を積み上げ、簡易的な塹壕やトーチカを作成。正門を挟んだ状態で、一触触発の状態になってしまったのです。
それから約1ヶ月が過ぎました。
陣地も補強を重ねて、より頑丈なモノに変わりました。
そして、偵察に出ていた『灰犬』が帰還したのです。偵察任務を終え、私たちのところへ報告書や消費資金等などの書類を持ってきたのです。
「報告書です。一応、口頭でもお話しましたが、詳細に書き出しました」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
私と赤城さん、武下さんで『灰犬』として偵察に出ていた4人に礼をいいつつも、提出された報告書に目を通します。
大まかな内容は口頭で聞いた通りでした。ですが、詳細な情報が書かれていて、今後の作戦の方針を決定する上で必要なものが多量に含まれていました。
「……これは」
「えぇ」
報告書を見て、赤城さんと武下さんはそう言い合いました。私はまだ報告書に書かれている内容の参照、裏付けが終わっていませんのでなんとも言えません。
ですが、何かあったんでしょう。良い方にしろ、悪い方にしろ。
数分掛けて終わり、私は赤城さんと武下さんの話を聴きました。
「不味いですよ、ましろさん」
そう言ったのは武下さんです。
「そうですね。まさか、そうするとは思っていませんでした」
『灰犬』の報告書にはこう書かれていたのです。
『横須賀周辺、緊急搬送が出来る軍病院を調査。同調査にて、各軍病院には天色 紅提督の姿の発見ならず。だが、それぞれには”VIP病棟”が存在している。当病棟への潜入及び調査を行うことは不可能と判断し、撤退を余儀なくされた』
これが全てを物語っています。
紅くんの居場所は掴めなかったのです。もしかしたら、”VIP病棟”に収容されているかもしれません。ですが、それの調査が出来なかった以上、紅くんがどうしているかなんて分からないんです。
これはいよいよ、動きを変えることも視野に入れなければなりません。
「『血猟犬』を使いたいところですが、状況が悪いです」
武下さんの言う通りです。
現在、『血猟犬』の情報収集部門は正門に集中しており、動きの監視などを行っている最中なんです。他の部門はというと、情報収集部門が本来になっていた仕事を肩代わりしている状態ですので、同様に動かすことが出来ません。
横須賀鎮守府の諜報系実働部隊は身動きが取れないんです。
それを人間で例えるのなら、五感の幾つかを奪われている状態です。手探り、暗闇の中で音も聞こえない状態といっても過言ではないでしょう。
「『灰犬』に再度偵察任務を課しますか?」
赤城さんは私に聞いてきました。決定権は私にありますからね。
赤城さんの提案はというと、鎮守府内で現状動かせる諜報系実働部隊を考えてのことでしょう。つい最近帰ってきたばかりの彼女たちに、前回よりも重い任務を課すのも気が引けるところですが、動かさないことには前に進めません。
「……数日間開けてから再度任務を出しましょう。それまでは正門前のことを優先します」
私はそう宣言しました。
流石に休みは出す必要がありましたからね。数日間、5日間くらいは休みを出してもいいでしょう。そう判断したんです。
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『紅葉狩り』は予定よりも長引いています。1ヶ月を準備期間としていましたが、もうその1ヶ月は過ぎてしまっているんです。
しかも、動き始めてからは状況が良くなったとは言えません。むしろ、悪くなっているでしょう。正門前の機械化歩兵師団が居るだけで、ここまで身動きが取れなくなるとは思いませんでした。
それに、第46機械化歩兵師団との交戦から、艦娘たちの動向も気になるところです。1回だけですが、あれだけの銃撃戦をしたんです。気にならない訳がありません。
現に、状況を確認するべく、多くの艦娘が確認のために外に出てきていました。
そして、正門前に築かれた土嚢の要塞を見上げて、溢したそうです。
『これは一体なに?』と。
状況説明をするにも、任務に関しては知らされていない『猟犬』たちは何も言う事が出来ず、武下さんのところへの現状確認が後を絶ちません。
幸いにも、私のところには誰も来ませんので問題はないです。ですけど、武下さん同様に、色々と鎮守府の運営に関することに携わっている赤城さんも艦娘たちの対応をしているみたいで、地下司令部には私と金剛さん、鈴谷さんしか残っていません。
何かが起きても、司令部にいる私たち3人と、待機している夕立さんと時雨さん、叢雲さんの計6人で対応するしかないんです。
こんな時に、面倒なことでも起きたら……。
「本部棟裏手で銃撃戦です!」
一瞬で地下司令部は慌ただしく動き始めました。
通信妖精たちによる情報収集、武下さんに変わって『柴壁』に指示を出す金剛さん。そして、私に現状報告が舞い込んできました。
「補給部隊に偽装した第46機械化歩兵師団1個歩兵小隊、約20名が発砲。その場にいた給糧艦 間宮と交戦」
「間宮さん?!」
どうして、間宮さんが。そう思いましたが、考えてみればその通りかもしれません。
現在午前6時。この時間帯は、軍の補給部隊が門を潜って、本部棟と艦娘寮に挟まれたところに位置する食堂裏手で、食料の荷降ろしをしている時間帯なんです。
それはそうとして、どうして間宮さんが交戦しているんでしょうか。というか、そもそも艤装を持っているんでしょうか。
「状況の詳細をお願いします!!」
私は通信妖精さんに訴えます。
「補給受領のために出ていた間宮を歩兵小隊が攻撃。即座に艤装を展開した間宮が、装備されていた13mm機銃で応戦しています」
「13mm?!」
私の脳裏に浮かぶのは、優しげな母のような包容力を滲み出している間宮さんが、とんでもなく大きな機銃を脇に抱えて撃ちまくっている様子でした。
「……あ、えっと、増援は?!」
「近くに居た高雄が加わり、同じく機銃掃射中です」
高雄さんを生で見たことはありませんが、はい。この後は言いません。
「今すぐ動ける『番犬』1個中隊は食堂裏手へお願いシマス! 他は小隊単位で警戒態勢デス! 小銃を携えて巡回!」
金剛さんの怒号のような張り上げた声が地下司令部に木霊します。
指示は的確かはさておき、次々と指示が溢れてきます。
受話器を肩で挟みながら、通信妖精にも声を掛けました。
「酒保を緊急閉鎖! 急いでクダサイ!」
酒保の緊急閉鎖を指示しました、意図は分かりませんが、するからには意味があるんでしょう。
通信妖精に指示を出した後、受話器の向こう側に指示を幾つか出すと、受話器を置いて独り言を言い始めます。今度は艦娘への指示でしょうか。
「金剛デス! 侵入者デス! 現在、間宮と高雄が交戦中! 全艦娘は臨時編成を行い、『柴壁』と合流して下サイ!」
「良いからさっさと行くデス! いつまでウジウジしている気デスカッ?!」
「ハァ?! 不幸不幸も大概にしろデス!」
「ツンツンしていたって、紅提督に気持ちは伝わりマセンヨ!」
「ローストチキンにされたくなったら、さっさと偵察機を出すデース!」
「『番犬艦隊』が率先して動かないでどうするデース! それでも『番犬』デスカ?!」
金剛さんの口調がドンドン悪くなっていきます。
私の予測ですが、艦娘たちが思ったほど外に出て、『柴壁』と合流しないからでしょうね。その様子はモニタに映されてますから、確認しながら怒鳴っているので内容にも頷けます。
それにしても、金剛さんが怒鳴っているところを始めてみました。
数十秒もすると金剛さんは落ち着きます。モニタにはこれまで顔も見てなかった艦娘たちが、緊張した面持ちでゾロゾロと艦娘寮のロビーから出てきます。早歩きよりも早く、駆け足よりも遅いです。
出てきた艦娘は蜘蛛の子を散らすように四散し、それぞれの相方であろう艦娘と合流し、『柴壁』とも合流します。
「……戻りました」
そんな時に、赤城さんが地下司令部に戻ってきました。
きっと、赤城さんのところに来ていた艦娘たちも、金剛さんの呼びかけに応じて『柴壁』と合流しに行ってしまったんでしょう。
程なくして、武下さんも戻ってきます。
「状況は聞き及んでいます。銃撃戦の状態はどうですか?」
赤城さんが通信妖精に現状報告を求めました。
「現在、間宮高雄両名が機銃掃射で応戦中。但し、当てはしてないようです」
少し鼻で笑った赤城さんは、次の指示を出すみたいです。
受話器を取り、指示を出しました。武下さんが戻ってきていますので、その役をやることはありません。ですが、タイムラグを考えてのことなんでしょう。
その時はそう思ったんです。ですが、私の思い過ごしでした。
「現場へ急行中の全『柴壁』へ」
「”包囲殲滅”をお願いします」
武下さんが立ち上がりました。
「待って下さい! “包囲殲滅”なんてしてしまえば?!」
受話器を置いた赤城さんが武下さんの方を向きました。武下さんは私の近くで座っていましたので、私のところからも赤城さんの表情は見て取れます。
赤城さんの目は正常ではありません。それに、血走っている訳でもないんです。
その眼から滲み出る赤城さんの思考は、私や武下さんには到底理解できないものでした。それに、きっと何かを感じたんでしょう。それは私も感じていて、それを否定しています。ですけど、赤城さんはきっと分かってしまったんです。それは金剛さんや鈴谷さんも同じようでした。
「分かっていますよ、武下さん」
ゆっくりとその場から移動を始めた赤城さんに、少ない照明の光がその姿を照らします。
より、表情が鮮明に見えるようになり、その眼が何を語ったのかが分かるようになりました。
「米特殊部隊のような状況でもありません。それに、相手は私たちの背中の後ろにいる日本皇国の陸軍。彼らはここのことを知っています」
あぁ、もうダメだ。私はそう心の中でつぶやきました。
「そして陸軍が守るのは、日本皇国の土地と民です。そんな彼ら、もとより私たちが守る必要がどこにあるでしょうか?」
不気味に嗤う赤城さんは、異様に口角を釣り上げます。
「そのような”モノ”が、この横須賀鎮守府に土足で上がり込み、空気を汚い吐息と硝煙で汚したですって?」
地下に居るにも関わらず、突風が吹き付けたような衝撃を受けた直後、体感温度は断崖から落ちるような勢いで低下します。
身の毛が逆立ち、鳥肌が立ちます。そして、それに伴い、冷や汗が背中を伝い始めました。
「『血猟犬』を現時刻を持って任務を放棄。横須賀鎮守府周辺の軍病院へ強行偵察して下さい」
「これより、正門前の”敵”を掃討します」
赤城さんは独り言を始めました。
「現在屋外へ出ている全航空母艦へ。これより、全艦載機発艦。別命あるまで待機です」
否応無しに一方的に艦娘間のコミュニケーションを済ませると、現状を半ば信じられていない私に、赤城さんは話しかけてきたんです。
「ましろさん」
「……はい」
消え入りそうな声で私は返事をしました。
その時、赤城さんが私に向けていた表情は、いつもと同じでした。温かい、優しい笑顔。
「なんとなく、分かっていたことなんです。貴女が説いてくださったから、紅提督のことを信じてましたから、私は小さな希望にすがることにしたんです」
赤城さんは人差し指を立て、左胸、太もも、足の甲を順に指を指しました。
「5分です。”あの時”、衛生部隊が現場に到着したのは」
私は記憶を掘り起こします。
「あの廃工場から一番近くの軍病院までは、確か飛ばして片道8分です」
同時に、私が居た世界でのことを思い出しました。
心肺停止・呼吸停止・多量出血の経過時間による死亡率です。目安ではありますが、心肺停止だと5分。呼吸停止だと15分。多量出血だと1時間で100%死亡します。
当時の紅くんの症状は心肺停止と多量出血。経過時間は約13分。それよりも前に、足の甲と腿を撃たれて血を失っていますので……。
「……静かに私たちは嘆いていました。そんな時に、希望を見せてくださったましろさんに付いていこうと、こうして艦娘が集まったんです」
「……実は分かっていたんですよね、金剛さん」
赤城さんは金剛さんに言いました。
金剛さんは首を縦に振ります。
「一般的で目安ではありますが、”奇跡”を信じてみたかったんデスヨ。私はその場に居合わせては居ませんガ、紅提督の着任も”奇跡”だったんデス」
「ふふふっ。流石、金剛さん」
既に思考が麻痺しかけていた私に、赤城さんは声を掛け続けます。
「……武下さんはどうしますか?」
主語のない会話が目の前で繰り広げられます。
「……赤城さんたちは」
「えぇ。”行きます”」
含みのある言葉が交わされます。
「私たちは付いていくことが出来ません。これ以上、厄介にはなれません。ですからっ!!」
映る武下さんは、握りこぶしを作りました。ミチミチと音を立て、静かに呟きます。
「私は、私たちはっ……」
プツンと私の中で何かが切れました。
麻痺していた思考は回復し、揺れていた視界も元通り、鮮明に映ります。
そして、私は自分が自分で無いような感覚に囚われたんです。
今回から明らかになります、初回のルートです。
言ってしまえば早いものですが、云うのを渋ろうと思います。次回のあとがきにでも言います。
今回から、『仮題』であった章の名前も予定していたものに変えます。
あれ、一応『仮題』なんですよ。あの章の名前。
多分、投稿された後に編集します。
ご意見ご感想お待ちしています。ちなみに、今回から苦情は一切受け付けません。そして、作品に関する否定的な言動は全て無視します。今まではそれにも返答はしていましたがねw