【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年 作:バイル77
同日 午後13:30 ショッピングモールレゾナンス 業務スーパー
「……先についたか」
業務スーパーの前に私服のカナードが立っていた。
おそらく全く似合わない光景だろう。
服装は黒のジャケットにグレーのインナー、これまた黒のカーゴパンツ。
整った顔であり、男性には珍しい長髪であることと、歌姫の騎士団の騒動の後、IS学園で保護した3人目の男性搭乗者として報道されているためか、すれ違う人々からは好奇の視線で見られたりしているがすべて無視していた。
「おっ、お待たせしました、カナード様っ!」
所謂ゴシック風の私服を身につけたクロエが駆け寄る。
彼女の瞳は感情の高ぶりなどでヴォーダン・オージェ状態に変化してしまうため、特殊な眼鏡によって隠されている。
この眼鏡をかけていれば、もし変化した場合でも傍から見れば通常の朱色に見える束特製の代物である。
「すみません、準備に時間がかかってしまいました」
「いや、別にいいが……その服は?」
ゴシック風な私服などこれまで彼女と生活していて見ていなかったカナードが少々戸惑いながら問う。
「えっと……その、ラキーナ様と束様が、私にはこれが似合うとお勧めいただきましたので……私も可愛いなと思って……その……」
(……アイツや束のセンスは分からん……だが)
妹と天災の仕業かと少し頭を振った後に、彼女に答える。
「悪くない……と思うぞ」
「ほっ、本当ですかっ!?」
「ああ」
彼女のリアクションが予想以上であったため引き気味に答える。
だが実際に似合っているのだ、それは素直な感想であった。
「褒めてもらえました……やった……やりました……っ!」
カナードに聞こえない様ぶつぶつと呟くクロエを見ながらカナードはため息を付く。
「……買い出しをさっさと済ますぞ」
「あっ、はい、わかりました」
その声で正気に戻った彼女は業務スーパーに入っていくカナードの後を追う。
――――――――――――――――
その頃――
レゾナンス 上空500m
8枚の自由の翼を広げたIS、【ストライクフリーダムガンダム】がレゾナンスの上空を旋回していた。
ストライクフリーダムを纏ったラキーナは空間投影ディスプレイに映るカナードとクロエを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
束がストライクフリーダムのハイパーセンサーを調整して広範囲の検知が可能となっている為、地上の彼らの行動を逐一監視することができるのだ。
『どっきりゴシック服作戦は大成功ですね、束さん』
『だねー、カナ君が素直に褒めるとは思ってなかったよー、こりゃいけるんじゃない?』
ディスプレイが開かれ映るのは天災、篠ノ之束。
『ですね、いい加減見てるこっちがむず痒いですし……と言うか束さんはいいんですか?』
『何がー?』
『いや、このまま押せ押せで行って兄さんとクロエちゃんがそうなったらって事です』
ラキーナの質問にうーんと少し考えるような仕草をしてから答える。
『くーちゃんの事は娘って思ってるけど、カナ君なら安心して任せられるかなとも思ってるよ』
返ってきた答えは肯定。
それに笑みを浮かべてラキーナが返す。
『成程……あ、スーパーに入っちゃいました、しばらく待機して頃合いを見てクロエちゃんに通信入れますね、その時にモニタもそっちにつなぎます』
2人がスーパー内に入ったことを確認して、1度ハイマットモードの出力を落として滑空状態に切りかえる。
『りょーかーい、この後、くーちゃんがちゃんとデートに誘えるか……楽しみだね……!』
『ふふ、頑張ってね、クロエちゃん……応援してるから』
――――――――――――――――
1時間後
ショッピングモール レゾナンス カフェ
「お待たせしましたー、カフェオレとカプチーノです」
「どうも」
店員から飲み物を受け取って、屋外の席に座るクロエの元に向かう。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」
彼女にカフェオレを渡して空いている席に座る。
買い出しは予想以上に早く終わっていた。
そもそもまだ十分な量の貯蓄がある為、購入に時間がかからなかったのだ。
購入した食料等はISの拡張領域に格納しており、2人とも身軽な状態だ。
「IS学園の生徒の方が多いですね」
辺りを見回すと確かに、何度か見た顔がいる。
向こうもこちらに気付いていたのか、「あ、カナード先生」と会釈をしたりひそひそと何か会話をしている。
『あー、あー、聞こえる、くーちゃん?』
『あっ、はい、大丈夫です、束様』
『よーし、我ながらうまくいったかな、私の声も聞こえてるよね?』
『はい、ラキーナ様』
左耳に付けているピアス――Xアストレイの待機形態――が一瞬だけ、煌めいた。
ラキーナのストライクフリーダムからコアネットワークを介した通信を行っているのだ。
また彼女のISを中継点にして、束にもチャンネルが開いている。
『よし、兄さんも結構リラックスしてるっぽいから……!』
『デートの申し込み、いってみよう!』
『はっ、はい!』
通信が届いていることなど知らず、カナードは店内を見渡しながらカプチーノに口をつけ、先程のクロエの疑問に答える。
「今日が土曜で、学園は半日で授業が終わるからな」
「……カナード様、この後、時間はあ――」
クロエが話を切り出そうとした時であった。
「あら、カナード?」
クロエの声を遮り、カナードを呼ぶ声が響く。
それに振り向くと特徴的な栗毛ツインテールの少女が立っていた。
歌姫の騎士団の迎撃の際に何度か顔を合わせている為、彼女は知っている。
中国の国家代表候補生であり、真の友人――
「凰鈴音か」
「フルネーム呼びかい」
突っ込み口調で少女は返す。
そう、鈴がいたのだ。
「何の用だ?」
「別に……用ってわけじゃないけど、顔見知りがいたら声かけるじゃない? アンタ達は?」
「……日用品の買い出しだ、もう終わったがな」
「そうデートね……えっ!?」
カナードの答えに鈴は驚いて声を上げた。
そしてすぐ近くの席に座っているクロエの手をつかむ。
「ちょっと……クロエ、こっちにっ!」
「えっ、あっ、ちょっ!?」
突然であったため、なすすべなく10m程離れた席まで引っ張られたクロエに鈴は振り向く。
「デートじゃないのっ!?」
小声で、しかし力強く尋ねる。
「えっと……これから誘うつもりでした」
クロエのその答えに、やっちまったとバツの悪い表情を浮かべた。
「……あー、ごめん、最悪のタイミングだったわね」
「いっ、いえ、その……大丈夫です、多分」
その言葉にさらにバツの悪そうな表情を浮かべた鈴であったが、閃いた様に自身の鞄を開く。
「……ほら、お詫びってわけじゃないけど」
彼女の手にはチケットの様なモノが握られていた。
「これは?」
「さっき近くのハンバーガーショップで昼を食べた時に配ってたのよ。 すぐ近くのゲーセンのUFOキャッチャー1回無料券。 こんなしょぼいもので悪いけど……よかったら使ってよ」
「……ありがとうございます、鈴様」
彼女から無料券を受け取ってクロエは笑みを浮かべる。
「そう、ありがとね。 んじゃ、頑張れ!」
そう言ってサムズアップしながら鈴はカフェから出ていく。
「……で、話は終わったか?」
「あ、はい、終わりました」
「ん、それは?」
「鈴様から頂いたゲームセンターでのゲームの無料券です、よろしければ……どうですか?」
無料券を彼に見せて尋ねる。
内心では、心臓は鼓動を速め緊張していた。
デートの誘い、彼が受けてくれるかは分からないからだ。
だがその思いもすぐに杞憂に変わった。
「……まあ、時間はあるからな、大丈夫だ」
少々疲れた様な表情を浮かべならがもカナードは了承の言葉を返す。
「っ! ありがとうございます、それでは参りましょう!」
「おっ、おい!」
喜びのあまり、テンションがハイになっている彼女に押されながら2人はカフェを出た。
『あらー、鈴さんの乱入でどうなるかと思いましたが、いい感じになりましたね』
『だねー、ラキちゃん追跡よろしくっ』
『了解ですっ』
上空のストライクフリーダムはその性能を無駄に発揮してクロエとカナードを追跡していく。
――――――――――――――――
レゾナンス内 ゲームセンター KAIBA
レゾナンスにあるゲームセンターにカナードとクロエの姿があった。
このゲームセンターは世界的なゲーム会社である、とある企業が運営するゲームセンターの1つであり、
各種最新のアーケードゲームはもちろんの事、マニア垂涎のレトロゲームも取り揃えられている。
そのためか全国に数多く展開されており、ゲームセンターと言えばKAIBAと言われるほどゲームセンター市場を席巻していた。
「凄い熱気ですね」
「そうだな」
互いに初めてゲームセンターに足を運んだ2人は店内女性スタッフに声をかける。
先程鈴からもらったチケットを見せ、女性スタッフの案内によって無料割引対象のUFOキャッチャーに案内された。
すでに専用のキーで1回分無料で遊べるようにセッティングされている。
「これがUFOキャッチャー……!」
「……ぬいぐるみか?」
2人の前の筐体につまれている景品は20cm程のぬいぐるみであった。
その隣の筐体にはプラモデル、その隣にはフィギュアなど多種多様な景品が用意されている。
「えっと……こちらを動かすんですよね?」
「みたいだな」
筐体の説明書きを読んでいた2人がレバーを確認する。
ソワソワとクロエはカナードを横目で見ている。
無料プレイは1回のみであるため、やってもいいかとその目は語っていた。
「……やればいいだろ?」
「あっ、はっ、はいっ!」
笑みを浮かべながらクロエはレバーを操作する。
だが、UFOキャッチャーとは偉い人曰く、貯金箱と言われるレベルで景品を入手するのが難しいゲームだ。
そしてクロエはUFOキャッチャーをはじめ、ゲームをプレイすること自体が初めてである。
クレーンがクマのぬいぐるみを掴む。
しかし、引っかかりが浅かったのか、クレーンからクマのぬいぐるみは転げ落ちてしまった。
「あっ……」
ポトっと景品の山の中にぬいぐるみは落ちてしまった。
景品口の上でクレーンが開くのがとても虚しいが、これがUFOキャッチャーである。
「……」
「……貸してみろ」
無料プレイ分を無駄にしてしまい、落ち込んだクロエに代わってカナードが懐から100円を出して投入する。
「……カナード様」
黙ったままレバーを操作して、先程クロエが取ろうとしたぬいぐるみの真上に正確に位置を合わせる。
(……こんなものか)
こんなゲームをプレイするのは初めてであったが、正確な位置を合わせれば景品など取る事は簡単、クロエのプレイを見てそうカナードは考えていた。
しかし、UFOキャッチャーはそこまで甘いゲームではなかった。
(なっ、アームが回転するだとっ!?)
そう、ぬいぐるみまで下りていくところで、アームが回転してしまったのだ。
そのため、ぬいぐるみは中途半端な形でクレーンに挟まれる事となった。
そしてその後は先程の再現であった。
驚愕に見開いていた目をいったん閉じて深呼吸する。
「考えが甘かったか……ならばクレーンの軌道把握、レバー操作による誤差を計算、アームの強度から最適な角度を導き出せば……!」
無駄にクレーンのアームを凝視した後、ぶつぶつつぶやきながらカナードがレバーを操作していく。
慎重に小刻みにレバーを動かしつつ、別角度から景品とクレーンの角度を視認して目的の景品の頭上に正確にクレーンを配置する。
「ここだな……!」
薄く笑み浮かべて操作ボタンを押す。
クレーンが下がり、アームが開く。
ぬいぐるみをつかみあげ、先程の様にぶれもなく上がっていく。
しかし、クレーンが上がりきった衝撃でアームからぬいぐるみが外れてしまった。
「なっ!?」
アームから外れたぬいぐるみが重力に従って落下し、景品口の上で虚しくアームが開く。
当然何も出てくるわけがない。
「……やってくれるな」
静かに笑みを浮かべながら追加の100円を取り出して投入する。
今度はアーム上昇時の衝撃も加味する必要があるかと再び思考の海にカナードが沈んでいく。
「……」
彼のその姿にぽかんとしていたクロエであったが、目の前にぬいぐるみが差し出されると
同時に意識が再起動した。
ちらりと見えた時計の時刻からすでに30分程度が過ぎていた。
「取れたぞ」
「あっ、ありがとう……ございます」
確かに欲しいと思ったが、それよりもカナードがクレーンゲームに苦戦すると言う場面の方が彼女にとって絶大なインパクトがあったため、その返事もうわの空に近かった。
「中々の強敵だったが……まあ、取れたのならば負けじゃないな」
珍しく満足げな笑みを浮かべてカナードが財布をしまう。
かかった金額は5000円、数度の両替も実施済みなり。
ちなみにその様子をクロエを介して見ているラキーナと束は大笑いしていた。
『にっ、兄さん、大人げなっ……くくっ、駄目だ、必死すぎる……っ!』
『息っ、できっ、ないっ、カナ君、あのドヤ顔……っ!』
自身の兄の行動に悶絶しているラキーナのストライクフリーダムは一時的に制御を失って降下していく。
ブレイク号では束がデスクの上で突っ伏しながら笑い転げていた。
――――――――――――――――
1時間後――
ショッピングモールから少し離れた公園
買い出しも完了してブレイク号への帰路についたが、少々休憩するために近くの公園で休憩していた。
辺りはうっすらと暗くなっており、住宅地から離れている為か公園には他に人がいないようだ。
「そんなに気に入ったのか、それ」
「はい、私の部屋に大事に飾りますっ!」
公園のベンチに座りながら、ゲームセンターで手に入れたぬいぐるみを先程から抱きしめているクロエにカナードは苦笑を浮かべる。
「今日は本当にありがとうございました、カナード様」
「別にいい、俺もいい気分転換になったからな……っ!」
ぐっと身体を伸ばしてカナードが身体をほぐす。
IS学園での雑用と併せ、歌姫の騎士団の残党についての調査が重なった彼にとってはいいリフレッシュの機会であった。
その陰に隠れて、クロエには再び通信が届いていた。
もちろんその相手は野次馬のラキーナと束だ。
『兄さん、滅茶苦茶リラックスしてるっ! クロエちゃん、今しかないよ!』
『そうだよ、くーちゃん、この機会を逃したら駄目だよ、ガンガン行こうぜってやつだよ!』
『わっ、分かりました……クロエ・クロニクル行きますっ!』
『『頑張れっ!』』
2人の勢いに押されてクロエは決心する。
彼女自身、自分の気持ちをいつまでも抑え込んでいるのは無理だと感じている。
この機会を逃したら次はない――そう決心して伸びを続けていたカナードに顔を向ける。
「どうした?」
「……あの、その……!」
気持ちばかりが先走り、言葉が続かない。
緊張と焦りの糸が絡まりさらに詰まっていく。
「きょっ、今日はカナード様にお伝えしたっ、伝えたいことがあるんです」
少しどもりながらも言葉をつなぐ。
「カナード様、私は……私は、貴方をお慕いしています」
それは純粋な好意を示す言葉。
『『言ったー!!』』
上空ではその言葉を聞いて、野次馬の2人がやいのやいのと騒いでいる。
少し驚いた表情になったカナードを見て続ける。
「貴方の事が好きです、カナード様……答えを教えてください」
「……俺の答えか」
クロエの告白に、カナードは呟く。
(……やはりそうなのか……だが……)
彼女の事は大切な存在だと思っている。
だが――
(……結局は戦う事しかできない俺が……他の人間を幸せにできるとは思えないんだ)
己の手は何人もの人間の血に染まっている。
自身で選んだ傭兵としての道に後悔はないし、これからもこの道を歩んでいくつもりだ。
だが結局は自分にできるのは誰かを傷つけ殺める事のみ。
(そんな人間が、誰かを……愛して良いわけがない)
彼がそのように考えてしまうのは元々の出生が特殊すぎるという事情もあった。
カナードは前世、C.E.では人類の夢とも言われる最高のコーディネーター【スーパーコーディネーター】の失敗作だ。
何を基準として失敗作と呼ばれたかは不明だが、本人の血の滲むような【努力】の結果、並のコーディネーターなど足元にも及ばない程の高い能力を発揮した。
C.E.での全ての戦乱が集結した後、スーパーコーディネーターの遺伝子を残してはいけないと、彼は生涯独身を貫いた。
何の因果かこの世界に生まれ変わって現在はナチュラルの身体ではある、かつての様な戒めはない。
しかし、結局は前世と変わらず自らの意志で戦う道を選んでしまった。
そんな人間が誰かを幸せにできるわけがないと、彼は思って、いや思ってしまっているのだ。
「……すまない、クロエ」
「……っ!!」
カナードの答えに、びくっとクロエが震える。
「正直、お前の言葉は俺にはもったいないくらいだ。だが俺は……戦う事しか、誰かを傷つける事しかできない人間だ。そんな人間がお前を幸せにすることなどでき……」
「そんな事はありませんっ!」
カナードの言葉をクロエの叫びが断ち切る。
既に人気のない公園だから周囲から好奇の目で見られることはないのが幸いであった。
「カナード様は私をあの闇の中から救ってくれましたっ!」
彼女の目には涙が浮かんでいる。
悲しいからではなく感情の高ぶりからか自然に涙が溢れてしまったのだ。
「私にあの綺麗な青空を見せてくれましたっ! 私に誰かを愛するという事を教えてくれましたっ! 貴方は優しい人です、私は……私は……っ!」
堰を切った感情が溢れ、言葉に詰まってしまう。
ぽろぽろと零れる涙はいくら拭ってもあふれてくる。
(……クロエ……)
誰かにここまで想われ、それを言葉で伝えられる。
カナードにとっては初めての経験であった。
正確にはメリオルと言う前例がいたのだが、ネオ・ザフト戦役後、彼は自分から彼女の元を離れた。
そのため前世を合わせると100年近い今までの人生では経験したことがないと言って良かった。
(……俺は……)
「……カナード様……っ」
嗚咽が混じりそうになった瞬間、クロエはカナードに抱きしめられていた。
体格差が大きいため、抱き上げられるような形になってしまっている。
「カッ、カナード様……っ!?」
「……温かいな、お前は」
彼の顔に今までにないくらいのさわやかな笑み。
しかもそれが自分に向いているとなると頬が紅潮してしまった。
「ひゃぅ……」
「……俺でいいのか?」
「……っ!?」
彼の返事に心臓が飛び上がる。
すでに限界まで鼓動していたはずなのに、さらに鼓動が高まっていくのを感じる。
「お前の事は大切に思っている……ただこれが男女の感情なのか、まだ俺にはよく分からないんだ。 だが俺はお前の涙を見たくないと、今、そう感じているんだ」
「カナード様……」
「……俺の手は血に塗れている、そんな男でもいいのか?」
「……私は貴方でなければだめなんです、カナード様」
「……そうか、分かった」
その顔にはとても柔らかな笑み。
「なら、一緒に歩いてくれ……それが俺の答えだ」
「……っ、はいっ!」
力強くクロエは頷く。
その時、彼女の左耳につけているピアスが目に入った。
それだけならば問題ない、だが一瞬ピアスが煌めいたのだ。
それを見てしまった彼の眉間に皺が寄る。
そして左腕に身につけている翡翠色の腕輪が一瞬だけ煌めき、彼の表情が凍った。
抱きしめていたクロエをそっと離した後、一度深呼吸して上空を見上げる。
『……それはそれとしてだ、野次馬は蹴飛ばされても文句は言えないだろうな?』
ドレッドノートHのイータユニットを砲門だけ部分展開。
イータユニットはバスターモードで展開し、上空に狙いをつけトリガーを引く。
『げぇっ、ばれたぁっ!?』
咄嗟にハイマットモードの出力を高めてスラスターを噴かせる。
一瞬前にストライクフリーダムがいた空間をビームの柱が薙いだ。
間一髪回避に成功したラキーナが冷や汗を流しながら叫ぶ。
『やっ、やっば、兄さん完全にキレてるっ!』
『ひぇ、ラキちゃん、後は任せたっ! 束さんはしばらくの間、放浪の旅に出ますっ! さらばっ!』
『えっ、ちょっ、束さんっ!?』
開いていた回線を無情にも切断されたラキーナの叫びが木霊する。
おそらくブレイク号から個人用ロケットで束は逃走しているだろう。
そしてハイパーセンサーには背後に見知った機体の反応。
振り返ると臨戦態勢のドレッドノートH、当然搭乗者はカナードだ。
『……いい度胸だなラキ、野次馬か?』
『にっ、兄さん、ちょっ、落ち着いて、ね?』
『俺は落ち着いている、落ち着いているとも……ああ、束も後で捕まえないとなぁ、そうだろう? あの馬鹿も同じように見ていたんだろう?』
凄まじい怒気が声から滲んでいるのに彼はさわやかな笑みを浮かべている。
『わっ、私はストライクフリーダムのスラスターの最終調整の為の試験飛行をしてただけだから知らないよ? そっ、そうだ、束さんが悪いなら、私が見つけてくるよっ!』
冷や汗をだらだらと垂らしながらラキーナがそれらしい理由を告げて、ハイマットモードの出力を最大限まで高めて離脱を図る。
離脱した後は兄の怒りが収まるまで身を隠すしかない。
しかしそれを許すカナードではなかった。
『逃がすかぁ、ラキィッ!』
バスターモードからソードモードに切り替えたイータユニットのビームサーベルが、離脱を図ったストライクフリーダムに襲い掛かる。
『うっ、うあああああああっ!?』
間一髪、紙一重でストライクフリーダムは回避に成功した。
『よく避けたな、ラキ……だが次は外さない』
ストライクフリーダムの機動性、運動性を考慮に入れ、確実に落とすために狙いを修正する。
退路を塞ぐために、展開したビームサブマシンガン【ザスタバ・スティグマト】によって弾丸をばら撒く用意もすでにできている。
もちろん住宅地に被害が出ない様、軌道は逸らすが。
『ごっ、ごめんなさあああいっ!?』
再び襲い掛かるビームサーベルをシールドで何とか受け止めながらラキーナが全力で叫んだ。
「……ふふ、カナード様、楽しそう」
兄妹喧嘩の様子を地上で眺めていたクロエは笑みを浮かべていた。
この後仲の良い兄妹喧嘩は1時間以上続いた。
途中ラキーナがS.E.E.D.を発動させるが、その直後にISのエネルギーが切れ、生身の格闘戦に移行した。
近接格闘戦では技術、体力差で劣るラキーナにとっては非常に不利であり、彼女は必死に抵抗したがついに力尽き制裁を受けている。
またこの数日後国外に逃亡した束を発見・捕縛し、ラキーナと同様の制裁を加えている。
次章予告
EXTRA PHASEⅡ エクスカリバー篇
「PHASE1 波乱再び」
『何が……起こっているんですの……っ!?』