【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年   作:バイル77

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Epilogue 断ち切られた因縁

竜殺しの魔剣【バルムンク】が確かに、【コーディネーター】を、シーゲルを切り裂いた。

驚愕の表情を浮かべたシーゲルごと、力を失った【コーディネーター】は落下していく。

 

撃墜されたシーゲルは、眼前に浮かぶ運命の名を冠するISを見上げていた。

真一文字に切り裂かれた胸部からはドクドクと赤い液体が流れ出ていく。

 

最後の激突の際、コーディネーターのシールドエネルギーはほぼ枯渇しかけていた。

その為絶対防御に回す分のエネルギーも足りずに、デスティニー渾身の一撃はほぼ生身を攻撃したのに等しかった。

エネルギー管理の杜撰さは、シーゲルが戦士ではなかったことに起因しており、現在彼が負った負傷は素人が見ても明らかな致命傷だった。

 

だがシーゲルの視線は、その機体の搭乗者である真から離れていなかった。

落下したシーゲルを見下ろすように、デスティニーは降下してくる。

 

 

「……素晴らしいっ、君はっ、人のっ、可能性をっ、体現していたっ……」

 

 

ごふっと吐血するシーゲル。

彼を襲っている痛みは想像を絶するものだろう、だが彼はそれでも笑っていた。

 

 

『……なんでだよっ、ラクスもアンタも、すごい力を持ってたっ、その力をもっと他の人に向けることだってっ、出来たんじゃないのかよっ、そうすれば世界だって……っ!』

 

「それでは駄目だと判断したからっ、私達は調停を目指した……だが、それを君は、君たちは否定しただろう?」

 

『……当然だっ。俺は人でいたい、人間でたくさんだっ!』

 

 

真からしてみれば、【S.E.E.D.】なんてあっても己はただ少しだけ戦闘ができるだけの人間だ。

多様性を否定し、全てを1つに回帰させるなど人間は人間として生きていけるわけがない。

 

加えて明確に否定するのは己の中の信念に従っているからだ。

 

 

【花達を吹き飛ばさせない為に戦う】

 

 

それが真が戦う理由。

 

自分の中にある因子を使って調停計画。

その過程で何人の命が失われるのかなど考えたくもない。

 

 

「ならば……君たちは先に進む権利と義務がある……。人の可能性を体現した……君達には未来を、作る義務がね……」

 

 

微笑みながら告げた後、彼の身体から力が抜けていく。

デスティニーのハイパーセンサーでも、彼の生体反応が弱まっていくのを捉えていた。

数十秒後、彼の瞳から光が消え、呼吸が止まった。

 

カランッと軽い音が響き、物言わなくなった彼の身体から何かが離れて転がっていた。

それは小さなペンダント。

 

彼が使用していた【コーディネーター】の待機形態の形状を、ギガフロートでの記憶を思い出す。

 

 

(……ISか)

 

 

シーゲルの亡骸の側に降り立ち、ペンダントを拾い上げる。

ここはL4宙域であり地球の国家でもそう易々とは来られないが、念のためだ。

これを自分達以外の誰かに渡すわけにはいかないと判断した。

 

そして開いたままのシーゲルの瞳をそっと閉じさせた。

 

 

『……』

 

 

数十秒してシーゲルから離れるように機体を上昇させる。

その瞬間、真は自分の身体から急激に力が抜け落ちていくのを感じた。

 

 

(っ、まずっ……っ!?)

 

 

すでに限界など超えている。

今まで身体を動かせたのが奇跡ともいえるレベルの負荷が真の身体にはかかっていたのだから。

 

だが、真はそのまま空中に投げだされはしなかった。

蒼い光の翼をもつ、機体がデスティニーを抱えていたからだ。

 

 

『大丈夫だよ、真』

 

 

それは飛燕、搭乗しているのは当然最も大切な女性である簪だ。

自身もそれなりに火傷を負っているはずだが、ぎゅっと離さずに真を支えていた。

 

 

『……簪』

 

『終わったんだよね?』

 

 

倒れたシーゲルを確認した彼女が尋ねてくる。

 

 

『あぁ。終わったんだ……やっ……と……』

 

 

彼女に支えられている安心からか、真の意識が一気に遠くなっていく。

視界が暗くなり、すでにS.E.E.D.の感覚など消えていた。

 

 

『……ごめ……ちょっと……だけ』

 

『んっ、大丈夫っ、クサナギまで運んであげるから』

 

『……ありが……とう』

 

 

デスティニーの展開が解除され、待機形態であるドッグタグに戻る。

真はそのまま意識を手放して、簪に身体を預ける。

 

自身の胸元で寝息を立てている真を、簪は優しい表情で見つめていた。

彼の表情は先程までの戦士のものではなく、年相応の少年が見せる安らいだものであった。

 

 

『……お疲れ様、私のヒーロー』

 

 

マニピュレータを解除して、そっと彼の頭を撫でた彼女はそう告げた。

 

 


 

クサナギ パイロットルーム

 

 

「ぷはぁっ、生き返るわねぇっ!!」

 

「うん。身体に染み渡る……ふぅ」

 

「戦闘の緊張から自分で思っているよりも水分不足に陥っているはずだ、一夏、飲むといい」

 

「あぁ、サンキュ、ラウラ」

 

 

クサナギのパイロットルームでは、一時帰投した一夏達が適宜休息を取っていた。

鈴は身体に染み渡る水分に感激の涙を浮かべて身体を震わせ、シャルロットは鈴程ではないが水分補給して汗をぬぐい体力回復に努め、ラウラは一足先に水分補給を終えていたため一夏にドリンクを手渡す。

 

ラウラから受け取ったドリンクを呷り、喉から身体に染み込む水分が火照った身体を冷ましていく。

そこでようやく身体から流れていた汗に気づく。

 

その様子に気づいた箒が手に持っていたタオルを手渡す。

 

 

「一夏、汗が凄いから拭いたらどうだ?」

 

「あぁ、ありがとうな、箒……ふぅ」

 

 

箒に渡されたタオルで汗をぬぐう。

水分補給と汗を拭いたことで思考がまとまっていく。

そんな一夏は箒を見てある事に気づいた。

 

 

「箒、そういえば……赤月は?」

 

 

そう、赤月についてだ。

彼女は【紅藤】のコア人格であり、先の戦闘では意識を数度入れ替えていたはずだ。

帰還してから彼女はその様子を見せていなかった。

何か影響があるのか、と一夏は箒に尋ねるがその返答は意外なものであった。

 

 

「あぁ、赤月なんだが……ラクスサメル、だったか。帰還して彼女を拘束した直後なんだがな……」

 

「うん」

 

「疲れたからおやすみ、といって引っ込んでしまったんだ」

 

「……えぇ?」

 

「私も困惑しているんだ。何度か呼びかけているんだが、返事もなくて……」

 

 

箒も困惑した様子で【紅藤】の待機形態である【金と銀の鈴二つがついた赤い紐】を見つめる。

赤月の声は、箒にしか聞こえていないためか一夏もただただ困惑するしかない。

 

 

(赤月はもう一人の箒とかって束さんや真がいってたけど……なんていうか、ホントに【人間】みたいだよな)

 

 

そんなことを思いながらも汗をぬぐい終わった一夏は、パイロットルームに備え付けられたモニタに映る映像に目を向けた。

それはパイロットルームから直結している格納庫の映像。

 

そのハッチが開かれて、1機のISが飛び込んできていた。

蒼い光の翼を持つIS【飛燕】、その搭乗者は更識簪だ。

 

彼女の腕の中に見知った親友の姿があるのに気づいた。

どうやらISを展開しておらず、飛燕の保護機能によって守られているようであった。

 

 

「真っ!?」

 

 

その映像を見た一夏が走り出す。

 

 

「いっ、一夏っ!?どうした!?」

 

「真が戻ってきたんだっ!簪さん、飛燕が戻ってきてる!」

 

 

一夏が走り出してパイロットルームから格納庫への通路に入るのと、映像を確認したヒロインズも走り出した。

 

 

 

クサナギの格納庫に帰還した【飛燕】は、光の翼を格納した後、マニピュレータに抱く真に衝撃を伝えないようにゆっくりと着地した。

そしてメンデルから回収してきた【ラクスアウレフ】もトリモチ塗れのまま格納庫の床に寝かせる。

すでにハッチは閉じており、エアも充填されている格納庫を見渡すが、誰もいない。

 

ますは真を治療させてあげたいと考えている簪の元に、オープンチャンネルで通信が届く。

その通信先は赤髪に白衣を着た美女、クサナギの艦長を務めているジェーンであった。

 

 

『まずはお疲れ、簪ちゃん。真君は?』

 

『今は眠っています。まずは真を休ませて上げたいんですけど……っ!』

 

『分かってるよ。おっと、戦況を伝えておくね』

 

 

ジェーンから簡単に戦況の説明が入った。

現在戦っているのはラキーナ、アスラン、楯無、千冬の四機だけであるが、何でも敵側の戦意が極端に落ちているらしい。

無人機は機能を停止し始めるものも見受けられ、それを統括しているカーボンヒューマン:ラクスの戦意も下がってきているとラキーナとアスランから報告されている。

 

 

『束ちゃんからさっき連絡があったけど、勝ててよかった……多分、向こう側にもシーゲルが倒されたことが伝わり始めているんだと思う、戦意が下がってるのはその影響かな』

 

 

戦況も大事だが、そのほとんどは今の彼女の頭の中には入ってきていない。

その理由は当然一つしかない。

 

 

『……分かりました、あの……っ!』

 

『あ、ごめんっ、真君だよねっ!?医務室に運んで寝かせてあげてっ。束ちゃんほどじゃないけど、私も医学の心得はあるから安心して』

 

 

ジェーンが一息入れて続ける。

 

 

『イズモで今カナード君の腕の手術を束ちゃんがやってるみたいだから、それまでは応急処置って感じになっちゃうけど……』

 

『分かりましたっ、すぐに医務室にっ!』

 

『んっ、了解っ、この通信の後、艦をオートコントロールに切り替えたらすぐ向かうからっ!』

 

『分かりましたっ、あっ、でも、一人だと真を抱えられ……っ』

 

『大丈夫っ、すぐ応援がいくよんっ!んじゃ、後でっ』

 

 

ジェーンからの通信はそこで切れる。

その意味を計りかねていると、すぐに答えが分かった。

 

格納庫に直結しているパイロットルームからの扉が開くと、一夏達が駆けつけてくれていたのだ。

 

 

「簪さんっ、おかえりっ!」

 

『織斑君っ、ありがとうっ、真を医務室に運びたいのっ、手を貸してっ!』

 

 

ジェーンの意図を理解した簪の言葉に一夏達が頷く。

そして数分程度で、格納庫に備え付けられていた担架を用意してくれた。

 

 

「よし、運ぶぜっ!」

 

「任せろ」

 

 

担架の上にそっと真を寝かせ、ベルトで固定した後、一夏と箒が担架を持って真を運び出していく。

その様子を鈴は少しだけ笑みを浮かべて眺めており、それにシャルロットが気づいた。

 

 

「どうかしたの?」

 

「ん、あー、なんと言うかね」

 

 

まさか気づかれるとは思っても見なかった鈴は少しだけ恥ずかしそうに、頭を掻きながら言う。

 

 

「やり遂げたって顔で寝てたのよ、真」

 

「成程ね」

 

 

シャルロットは鈴のその言葉で優しい笑みを浮かべた。

 

 


 

 

――意識が浮かんでくる。

 

まず最初に意識に浮かんだのは、動かすのが億劫なほどに重い身体。

そしてすぐに全身に奔る激痛。

 

それが意識を完全に覚醒させた。

 

重い瞼を開くと、ぼやけてぶれる視界に映りこむのは白い天井。

身体に感じる重力の感覚が地上よりも弱く感じるため、宇宙であることを真は理解できた。

 

 

「っいっつ……ここは?」

 

「っ、真っ、起きたのっ!?」

 

 

ぶれる視界だったが、すぐに駆け寄ってくれた簪にピントが合う。

 

 

「ここは、【アメノミハシラ】の医務室だよ」

 

「ミハシラにいるってことは……」

 

「うん。真が意識を失ってる間に、全部終わったの。メンデルについても説明するから」

 

「あぁ、頼む」

 

 

ベッドにもたれ掛りながらも簪が説明してくれた内容を頭に叩き込んでいく。

 

真がシーゲルを倒してクサナギに帰還した後だが、コロニーメンデルと周辺の宙域を【大量広域先制攻撃兵器(Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon)】を持つラキーナとアスランを中心にした数機で制圧していた。

シーゲルの遺体については内部でアスランが始末したらしく、束がそれについては確認済みと報告されていた。

 

メンデルについては、ラキーナとアスランの機体がメインシャフトを破壊した事で自壊しており、念のためイズモとクサナギに備え付けられた高エネルギー収束火線砲【ゴットフリート】によって、残骸を可能な限り破壊していた。

 

また、ラクスアウレフを筆頭にしたラクスタイプのカーボン・ヒューマンについてだが――

 

 

「全員死んだっ!?」

 

「……うん」

 

 

表情を暗くした簪が続ける。

 

メンデルの破壊に前後して、捕虜としてイズモやクサナギで拘束していたカーボン・ヒューマン達は全員が生命活動を停止していた。

束がクサナギに移って調べたところ、彼女達は身体にナノマシンを投与されており一種の【アポトーシス】プログラムが設定されていたのだ。

 

その発動条件はおそらく――シーゲルの死。

 

亡くなったラクスの身体は、C.E.の負の技術の集合体とも言っていい。

そのため、彼女達の遺体については日出工業と束陣営が共同で処分する事となっていた。

 

 

「……俺の寝てる間にそんなことが、あったんだな」

 

「うん。今は地上への帰還用シャトルの用意を待ってる状況……ふぅ」

 

 

簪が説明を終えた一息つくと、医務室のスライドドアが開かれる。

医務室に入ってきたのは、簪の姉、刀奈だった。

 

 

「全身の筋疲労に内臓へのダメージ、腕橈骨筋の筋肉断裂が両腕で2箇所、筋膜断裂が両腕8箇所、右腕は不完全骨折、左脚筋膜断裂が4箇所、鎖骨骨折、肋骨は全部で7箇所の不完全骨折で、おまけに2箇所は完全骨折……よくもまぁ、身体を苛め抜いたものね、真君?」

 

 

ため息をついて、手に持っていたカルテを机に置く刀奈。

それに苦笑しながら真も返答する。

 

 

「お陰で滅茶苦茶痛いんですけどね……てか何でナース服姿なんですか、刀奈さん?」

 

「何事もまずは形から入るのが大事でしょ?」

 

「……お姉ちゃん」

 

 

満面の笑みでナース服姿でくるりと、スカートがめくれるぎりぎりの速度で回転した刀奈に、真と簪はジト目で抗議を送る。

すると少し恥ずかしかったのか、頬を染めて咳払いした後続ける。

 

 

「こほん、さてアメノミハシラでの治療なんだけど、本格的な治療は地上でやったほうがいいって話になってるのよ。それまでの間はどうするのかなんだけど、医療用ナノマシンを注射することになったの。これなら私、何度も使ったことあるのよ。だから経験のある私なら任せられるってジェーンさんからね」

 

「あっ、ジェーンさんに真が目を覚ましたこと報告しなきゃっ」

 

 

刀奈のジェーンという名前で思い出した簪は、医務室に備え付けられているモニターを使うため席をはずす。

 

 

「真君が早めに目を覚ましてくれてよかったわ」

 

「え、俺どれくらい寝てたんですか?」

 

「L4宙域から戻ってきて2日ね。簪ちゃん、あなたが目を覚ますまでほとんど付きっ切りだったんだから」

 

「……そうですか」

 

 

モニターを使う為に医務室の奥に消えていった簪を見つめつつ、真は苦笑していた。

 

そんな彼を尻目に刀奈は、長さ30cm、直径10cmはありそうな巨大な注射器を、指を添わせながら取り出した。

注射針も一般的な注射器のそれと比べると格段に太く、3mmはあるように見える。

身体の痛みに耐えながら、真はどうにか上半身の筋肉を使ってベッドの上で後ずさる。

 

 

「……あのー、もしかしてそれ、刺す気ですか?」

 

「あったりまえの前田さん。安心して、医療用ナノマシン100%よ」

 

 

注射針が医務室のライトできらりと光ると、冷や汗があふれ出す。

 

 

「ふっざけないでくださいよっ!?クルーゼ事件の時にも使ったと思うんですけど、そんなでかくなかったですよねっ!?」

 

「今回は真君の負傷がだいぶ重傷だから、その分たぁっぷりとぶち込む必要があるのよ、さぁ、男の子なら覚悟してっ!」

 

 

なぜか嬉々としている刀奈に薄ら寒い感覚を覚えた真は、無理やり両腕を動かして迫る注射器を掴んでとめる。

無理やり身体を動かしているからか激痛が奔り、顔が歪むが気にしていられる状況ではない。

 

 

「何してるのっ、腕動かしたらダメよっ?」

 

「こんなもん刺したらそれこそ死にますってっ!せめてもっと小さい注射器でお願いしますっ!」

 

「一回で済むほうが気が楽でしょっ!?」

 

「回数とかそう言う問題じゃないですよっ、薬は用法用量を守ってこその薬ですよねっ!?」

 

 

純粋な腕力では怪我を負っていても、真の方が圧倒的に上であるため刀奈が持っている注射器はびくともしない。

そのまま体力切れを狙うのが真の思惑だったが、それでも刀奈には秘策が合った。

 

 

「そこまで抵抗するのなら……簪ちゃんっ!」

 

「え、何、お姉ちゃん、呼んだ……何してるの?」

 

 

医務室のモニターでジェーンとやり取りしていた簪を、刀奈が呼ぶ。

ジェーンとやりとりしていたためか、コレまでの経緯はまったく分からない簪は純粋に疑問を浮かべていた。

真に注射針を刺そうとしている刀奈が息を切らしながら、彼女に向かって叫ぶ。

 

 

「真君にっ、医療用ナノマシンを注射するのっ、手伝って!」

 

「えっ、うん……注射器がだいぶ大きいけど、大丈夫なの?」

 

「大丈夫っ、お姉ちゃんを信じてっ!!」

 

「あーっ!あーっ!くっそーっ!!刀奈さんっ、アンタって人はーっ!!」

 

 

刀奈の秘策、それは簪を味方に付けること。

真にとってはまさに特攻ともいえる効果を生む、惚れた弱みに付け込む(外道)策。

 

刀奈に文句の1つや2つ、3つくらい投げても罰は当たらないだろうと声を荒げる真の元に、簪が歩み寄る。

 

 

「私は、真に怪我なんてしていてほしくないから……注射受けて、ね?」

 

「……かっ、簪」

 

 

そして簪がそっと真の腕を取ると真の腕から力が抜けた。

その瞬間を、刀奈が見逃すはずがない。

 

 

「隙ありっ!」

 

「あっ」

 

 

直後、彼の上腕部にブスリと注射針が突き刺さった。

アメノミハシラ全体に響くほどの声量で絶叫が響いたのは言うまでもないだろう。

 

 

「……部屋を変えてくれ」

 

 

そんな声を上げたのは右腕をギブスで固定され、ベッドに横になっているカナードであった。

彼のベッドのさらに隣では偏向射撃の過剰使用によって倒れたセシリアが寝ており、彼女はまだ目覚めてはいなかった。

 

 

「……せめて耳栓をくれ」

 

 

先程までのやり取りをカナードは耳を塞いで防ごうとしたが、右腕がギブスで固定されてしまっていて動かせないためかげんなりした表情で天井を見ながら愚痴をつぶやいていた。

 

 

 

――意識が浮かんでくる。

 

 

「……気を失ってたのかよ、俺」

 

 

医療用ナノマシンを巡ったやりとりから数時間。

痛みで気を失っていた真が目を覚ます。

 

 

「起きたか」

 

 

そんな真に気づいたのか、ベッドを起き上がらせて無事な左手で読んでいた本を置く。

 

 

「カナード……いってぇ……っ!」

 

「ふっ、ボロボロだな、お互いに」

 

 

同じようにベッドを起き上がらせた真が、身体から奔る痛みに顔を歪ませる様子に苦笑している。

ベッドを起き上がらせた真は、ふぅとため息をついてから口を開いた。

 

 

「……しばらく、ISには乗りたくないな」

 

「全く同感だ」

 

「てか、腕切られたって聞いたんだけど、大丈夫なのか?」

 

「あぁ、指もちゃんと動く。しばらく依頼は受けられないがな」

 

 

カナードの右腕の接合手術は問題なく完了しており、ギブスから出ている指もちゃんと神経がつながっており動かせている。

 

余談だが、真が目覚める直前まではカナードにもクロエが見舞いに来ておりほぼ同じような出来事が起こっていたのだ。

クロエも医療用ナノマシンを注射しようとしていたが、カナードはそれを拒否しており、彼女が離席した後に自身で注射を行っていた。

 

 

「……終わったな」

 

「……あぁ。ようやくな」

 

 

互いにやりきったという表情でベッドに身体を預けた。

 

それからさらに1日後、【遠征組】と【防衛組】全員を乗せるための帰還用シャトルの用意が完了した。

地上に帰還した真達はすぐに最新の医療設備を完備した病院に入院することとなった。

 

真については医療用ナノマシンを注射した影響もあり、2週間程度の入院で済むこととなった。

地上に帰還して2日経ってIS学園が正常運営を取り戻した後、授業が終わるとすぐに見舞いに行く簪の姿が目撃されていた。

 

カナードについては、真よりも長く2ヶ月ほどの入院が必要と診断された。

だが医療用ナノマシンを適宜注射していた影響か、本人の回復力か不明だが1ヶ月後には退院してしている。

こちらもほぼ常時クロエが彼をサポートしている姿が目撃されている。

 

セシリアについては、シャトル搭乗時には意識を取り戻し後遺症もないことが判明していた。

そのため軽い診察を受ける為に1週間ほど通院し、完治と診断されている。

 

 

事件の顛末についてだが、16代目楯無である更識蔵人によって、協力を仰いだ英国を含めた各国へは無事テロリストは殲滅されたと報告されている。

 

L4宙域で自壊させたメンデルについては、アメノミハシラから定期的にイズモ、もしくはクサナギによる巡回を行うこととなっている。

これについてはメンデルを中心としたC.E.の技術を流出させないよう優菜と蔵人が細心の注意を持って行うよう心がけていた。

 

回収されたカーボン・ヒューマン達の遺体の最終的な処分は、蔵人が束とカナード立会いの下行い全員を火葬して共同墓地に埋葬していた。

またカーボン・ヒューマンになる前の素性について、彼女達のISやシーゲルのISに残されていた情報を元に調査を行った結果、大半はルクーゼンブルク公国の関係者であった。

以前アイリス王女を誘拐しようとした一派とも推測されるため、この情報についてはC.E.関連の事柄だけを隠蔽してルクーゼンブルクに報告している。

アイリス王女を除いた王族関係者達には寝耳に水の事態となっていると報告されているが、この件については内政干渉にもなりかねないためルクーゼンブルクに一任していた。

 

こうして関係者間で【クライン事件】と呼称された一連の騒動は幕を閉じたのだった。

 

 


 

 

クライン事件から、時間は過ぎて――

 

 

3月 IS学園 一年一組

 

 

夕焼けが学園を包み、綺麗な赤の光が教室を照らしている。

本日の授業は終了し、クラスに残っているのは3名だけ。

 

 

「本当にいいのか、飛鳥……いや、真」

 

「はい、俺が選んだことなんです」

 

 

千冬の質問に真はまっすぐな視線をもって頷いて返す。

 

 

「飛鳥君なら引く手数多だとは思うんだけど……本当に?」

 

「はい、山田先生。正直なところ滅茶苦茶悩みました。でもこれでいいんです」

 

 

真耶も千冬に続いて真に尋ねるが彼は微笑んでから返す。

その様子を確認した千冬と真耶は、互いに頷きあってから続ける。

 

 

「……分かった。お前がちゃんと考えて決めたというのなら、私達は何も言わない」

 

「そうですね。分かりました、これが飛鳥君の【進路】という事で受理します」

 

 

この時間に担任、副担任である二人が真と共に教室に残っていた理由は、【進路】についてだ。

一夏を含めた他の生徒分の進路についてはすでに受理されているが、真が出してきた進路について千冬と真耶は、本人の口から確認したかったのだ。

 

 

「わざわざ時間を作ってもらって、ありがとうございました」

 

 

真が立ち上がって頭を下げる。

それに微笑んで返す千冬と真耶。

 

失礼しますと、真が教室を出るとスライドドアの横で待っている少女がいた。

 

 

「簪、待っててくれたのか」

 

「うん。進路希望、だよね。どうだった?」

 

「あぁ。ちゃんと受理してもらったよ」

 

 

よかった、と簪が胸を撫でる。

もちろん自身の進路については簪にもすでに伝えている。

 

 

「これで……【整備科(・・・)】にいける」

 

 

真の言葉に簪は微笑んで頷いた。

 

 

 




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次章予告

「Epilogue 運命VS白き王」


「頼む真、俺と……戦ってくれっ!」

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