【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年 作:バイル77
PHASE1 降り注ぐ流星
【赤月事件】から5日が経ち、IS学園は通常運営を取り戻していた。
先の襲撃については情報規制が敷かれているが、襲撃の場面に居合わせた生徒は大勢いる。
当然先の襲撃について話題に上ることもあったが、人間の適応能力というものは偉大であった。
先の襲撃が何のために行われたのかという話題は最初の3日間くらいで話題としてのピークを過ぎていた。
後1週間もすれば生徒達も普段通りとなるだろう。
だがその中で事件翌日から、1-1の担任である織斑千冬は病欠となっていた。
また弟でもある一夏も病欠である。
一夏については未だ意識を取り戻してはおらず、保険室のベッドで眠り続けている。
外傷はなく、意識を失う直前に影響下にあった【ホワイトネス・エンプレス】の単一仕様能力が原因とみられている。
眠り続けている為に、衰えが見える筋肉には弱い電流を流すことで衰えを防いでいるが、根本的な解決につながるわけではない。
当然彼を愛する少女達や友人達も見舞いに訪れているが、一向に目覚める気配を見せなかった。
また赤月事件の舞台となったギガフロート及び研究施設だが、シーゲル達の撤退後に研究区画を徹底的に破壊した後、証拠隠滅の為に備え付けられていたとみられる自爆装置によって消滅していた。
得られる技術やデータは貴重なものであったがこの決定に異を唱える者はいなかった。
そして、とある日の昼休み。
「ねぇ、ナギ」
IS学園の解放された屋上。
季節は真冬であるが、今日は風もなく、まさに日本晴れと呼べる天気だ。
冬服とその下に数枚着込んでいるのならば、外で昼食を食べることも十分可能であった。
食堂が先の襲撃で破壊されたため、弁当を持参した清香は、包んでいた布巾をシートにして座りながら、友人であるナギに話しかけた。
「あれ、流れ星……だよね?」
「え、こんな真昼に?」
清香と同じく弁当を用意していたナギは、蓋にかけた手を止めて清香が指さした先を見つめる。
流れ星とはつまるところ隕石であり、大きさにもよるが、昼間でも視認することは可能だ。
曇りのない青空の中に、確かに光り輝く何かがあった。
「ホントだ……昼間なのに、珍しい」
ナギが物珍しそうに空に輝く光点を見て呟く。
だが直後、気付いた。
「……あれ、何か、増えてない?」
そう、ナギの言う通り空に輝く光点が1つから2つ、2つから4つ――と次第に増えていくのだ。
そしてその光点はどんどん大きくなってきている。
この時点で、ナギと清香は異常に気付いた。
彼女達だけではなく、同じように屋上で昼食を取ろうとしていた数名の生徒達もその異常に気付いていた。
瞬間、辺りにサイレンが響き渡る。
そして同時に校内放送が流れる。
『緊急事態発生っ。学園全域に飛来する謎の落下物体を検知しました。生徒の皆さんは所定のシェルターまで避難を開始してくださいっ。これは訓練ではありませんっ、これは訓練ではありませんっ!』
「ねっ、ねぇ、これってまさか……アレこっちに落ちてくるってことっ!?」
突如流れたサイレンと緊急校内放送に動揺しながら、清香は焦った声でナギに尋ねる。
ひざ元に置いてあった弁当が転がり落ちるがそんなことを気にしている場合ではなかった。
「ひっ、避難しなきゃっ!……っ!?」
ナギが冷や汗を流しながらそう清香に告げる間にも、光点は大きくなり肉眼でもはっきりと燃える隕石が見える距離まで落下して来ていた。
ほんの数秒後には、IS学園の屋上へと落下して清香とナギ、周囲の生徒たちの命を容易く奪い、周囲に甚大な被害をもたらすはずの隕石。
だがこの隕石が落下することは、結論から言えばなかったのだ。
『伏せろっ!』
――響き渡る少年の声と周囲を照らす紅い光。
落下してくる物体に【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】は超高速機動状態を維持しつつ、最大出力のテレスコピックバレル式ビーム砲塔を向け、トリガーを引いた。
発射された超高出力ビームは落下してくる物体をいっぺん残らず破砕し消滅させていく。
「あっ、飛鳥……君……!」
「たっ、助かった……?」
思わず腰が抜けてしまいぺたんと座り込んだナギと清香。
『2人とも無事だなっ!?』
『真っ、また来るよっ!2時の方向300に落下物10、10時方向450に落下物が5っ!』
すでにS.E.E.D.を発動させており、真のみに聞こえるIS【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】の声。
その声が示す様に、ハイパーセンサーも同じ情報を提示し、真は思わず舌打ちする。
直近の落下物をビームで破壊したが次々と落下物をセンサーがとらえている。
『ちぃっ、数が多いっ!』
学園の敷地だけではなく、人工島全体に落下物は降り注いでいる。
いくら超高速機動を行えるデスティニーでも、1機ではどうにもならない。
――だが、真は1人ではない。
『
凛々しい声と共に光が降り注ぐ。
形容するなら光の雨、いや嵐だろう。
高出力レーザーの嵐が吹き抜け次々と落下物を破砕していく。
一度貫通したレーザーは意志を持っているかのように縦横無尽に空を駆け、ハイパーセンサー内の落下物全てを貫いていく。
【
『……ありがとう、セシリア。助かったよ、手が回らなかった』
『お気になさらず。真さん、落下物の周辺への影響は?』
『……大丈夫だ。地中に打ち込まれるより早く破壊できたから。別エリアもカナードやラキーナ、簪や鈴達、それにセシリアと同じくMAPWが使えるアイリス王女やジブリルさんも協力してくれてるからな』
真の返答にセシリアはほっと胸をなでおろした。
それと同時に、デスティニーとブルー・ティアーズにオープンチャネルが繋がる。
『真、セシリア。聞こえているか?』
ディスプレイに表示されたのは、ISスーツ姿の3人目の男性搭乗者であるカナードだ。
『あぁ、聞こえてる』
『聞こえていますわ、カナードさん』
2人の返事に頷いた彼が続ける。
『湾岸エリアに降り注いだ落下物は全て破砕した。別エリアも問題ないと更識楯無から連絡があった』
『そうか、よかった』
カナードの言葉に真は安堵の息を漏らす。
だが、その表情は曇る。それは通信相手であるカナードも同じであった。
『……真、この
『……あぁ』
セシリアのブルー・ティアーズが破砕した隕石の残骸が一部、地上に落下していた。
真がその残骸に視線を移すと、デスティニーがハイパーセンサーで補正を入れた映像を表示してくれる。
それはただの隕石ではなかった。
明らかに人工物であり、ドリルの様に地上を掘り進む機関が露出している。
真とカナードはこの物体が何か、理解していた。
『贈り物がニュートロンジャマ―……っ!まさかばら撒くだなんてどうかしてるぞ、シーゲル・クライン……っ!』
――時間は数分ほど前に遡る
IS学園 地下作戦室
「シーゲル・クラインからのメッセージがあったって本当ですかっ!?」
IS学園の地下作戦室のスライドドアが開くと同時に弾けるように飛び込んでくる少年、飛鳥真は作戦室の中にいた篠ノ之束に叫ぶように尋ねた。
彼に続いて水色の髪を持つ少女、更識簪も駆け足で飛び込んでくる。
作戦室の中には、束の他にカナード、クロエ、ラキーナ、アスラン、マドカの束陣営。
それ以外は教員である山田真耶、楯無やセシリア、鈴達各国代表候補生、事務員として協力しているミシェルに箒が集まっていた。
ここにはアイリス王女とジブリルのルクーゼンブルクの2人はいない、彼女達にはC.E.世界の事を伝えてはいないからだ。
現場への指示を出す責任者だが、今は真耶がその位置についている。
なぜならば、この場に千冬がいないからだ。
赤月事件で知らされた【織斑計画】という事実と、シーゲルとの邂逅で体調を崩してしまった。
彼女にとって一夏と自分は人工的に作られた存在という、隠し続けていたかった秘密が暴かれてしまったのだから無理もないだろう。
その場に居合わせた真達の他にも、この話は伝わっていた。
【織斑計画】と似通っている存在、【コーディネーター】であった真やカナード、ラキーナ達は比較的に容易に受け入れることができた。
しかし、遺伝子操作等が一般的に普及していないこの世界の人間はそうはいかず、箒を初めとして一夏に恋する少女達たちへのショックは大きかった。
「真、一夏はどうだった?」
鈴が静かに真に尋ねるが、首を横に振る。
鈴も判っていたのか沈痛な面持ちで頷いた。
「今から流すね。それとこのメッセージについては私とジェッちゃんがどこから送られてきたものか調査してるよ、ちょっと時間がかかっちゃってるけど……」
(……束さんとジェーンさん2人でも時間が掛かってるってことは、少なくとも簡単に見つかるような場所にはいないってことか)
眼の下にはっきりとした隈を作っている束は少々疲れたような表情でそう言ってモニターを操作する。
すると壮年の男性、ギガフロートで邂逅したシーゲル・クラインの映像が映る。
『諸君、初めましてかな。私の名は【シーゲル・クライン】、ラクスの父親だ』
シーゲルの顔を見るのは、ギガフロートで邂逅した真達以外は初めてであった。
だが彼の口から出たラクスの父親というワードで、全員が顔を引き締めた。
去年から続く騒動や事件には必ずといっていいほど関わっていたからだ。
『さて、何故君たちに連絡を入れたのか、率直に言おう。【S.E.E.D.を持つ者】である飛鳥真、ラキーナ・パルス、アスラン・ザラ、【素体】候補であるカナード・パルス、篠ノ之束、織斑千冬、織斑一夏の7名を引き渡してほしい』
「人類を調停する計画に必要だから……か」
メッセージを見た真がそうつぶやくと、彼の左手をぎゅっと簪が握る。
まるで彼を繋ぎとめるかのように。
「……真」
それに薄く笑みを浮かべて真は彼女の手を包み込む。
「簪、大丈夫だから。こんなの呑むわけがないから」
「……ごめん、少しだけ心配になったの。ありがとう、真」
真の言葉を聞いた彼女はそう言って彼から手を離す。
「奴が言っていた計画か……そんなものに協力する気など毛頭ない。だから離れてくれクロエ、動き難い」
「すっ、すいません、つい……っ!」
同じく素体候補と呼ばれたカナードも背中から抱き着いているクロエに苦笑していた。
さてそんなこんなで一旦シーゲルのメッセージは止まっていたため、続きが再生されていく。
『この要求にはぜひ従ってほしい、なぜならば人類を真の意味で調停するために必要だからだ。回答期限は1週間。1週間後にこちらから連絡を入れよう』
「随分と時間を与えてくれるものだな。まるで対策を練ってくれとでも言っているようだ」
「……シーゲルさん、いや、シーゲルには何か狙いがあるんだろう、その狙いはまだわからないが」
カナードの呟きに、アスランは眉間にしわを作りながら回答する。
真達の中で、かつてはラクスの婚約者でもありシーゲルとも触れ合う時間が長かったアスランは、かつての記憶の中のシーゲルと今の彼との差に改めて驚愕していた。
『さて、今回の要求とは別に君たちに贈り物がある。楽しみにしていてくれ。それでは良い返事を期待している』
ぶつりと、シーゲルからのメッセージは終了しディスプレイが閉じた。
「……メッセージはこれで終わりですか?贈り物って?」
真が首をかしげながら束に尋ねる。
束は彼の質問に首を縦に振って答える。
「ただ今のところ何もないかな」
(……わざわざメッセージで贈り物なんて言葉を使って、何もないわけがない。嫌な……予感がするっ)
じとりと、嫌な汗が首筋を流れたのを真は確かに感じた。
それは真だけではなく、この場にいる全員が同じであった。
瞬間、空間投影ディスプレイが展開され、そこには紫髪の美女の姿が映し出された。
真と簪の所属企業であり、責任者でもある【応武優菜】であった。
いつもはある程度の余裕を持った雰囲気の彼女だが、今はそんな雰囲気は微塵も感じさせないほど焦っているようだ。
『皆っ、緊急の連絡だっ!』
「っ、どうかしたんですかっ!?」
『ついさっきアメノミハシラの管制室から連絡があったっ!アメノミハシラのレーダーが突如現れた地球に降下しようとしている物体を複数感知したとっ!映像はこれだっ!』
最大望遠で映し出された映像には確かに彼女の言う通り、複数の人工物が映し出されていた。
その数はざっと100基あまりだが、その人工物について真やカナード、アスラン、ラキーナ、そしてミシェルはよく知っていた。
なぜならばそれはC.E.世界の戦争が苛烈を極めるトリガーとなった要素である、2つの内の1つであるからだ。
「【ニュートロンジャマ―】っ!?」
目を驚愕に見開いた真は思わず叫んでしまった。
『アメノミハシラのレーダーにも突然現れたようにしか見えなかったが、すでに降下を始めているんだっ!降下予測はIS学園がある人口島周辺っ、今ならまだ撃墜できるっ!いや、なんとしても撃墜するんだっ!』
その言葉に弾かれるように、真達は作戦室を飛び出していく。
かつてC.E.世界を混迷に陥れた兵器を破壊するために。
――――――――――
時間は戻り――
???
「お父様、ニュートロンジャマ―第一陣の投下が完了しました。ですが、すべて破壊されたようです。地上に打ち込まれたものは確認できていません」
「流石、というべきだね」
「お父様、何故わざわざ彼らに時間を与えるのですか?」
耐圧ガラスの向こう側に煌く水の星、地球。
それを眺めつつ、純白のドレスを身に纏った美女、ラクスは椅子に深々と座っているシーゲルに問う。
彼女はオリジナルのラクスに最も近い存在であり、所謂カーボンヒューマン【タイプ:ラクス・クライン】としては最高の能力と指揮権限を与えられている。
それゆえ、シーゲルは彼女を側近としているが、オリジナルにあった野心は持たないように調整されており、従順な駒の1つであった。
「人類の歴史は闘争の歴史だと思わないか、ラクス?」
原始的な狩猟民族であった時の詳細な記録は現在でも明確な記録は残ってはいない。
だが農耕をはじめ、領地という概念が生まれたのが人間の種としての転機であった。
土地や領土に始まり、数万、数千年という長い時間を経て、国益や権利等をめぐって人は戦い続けている。
それは何も血なまぐさい戦闘だけではない。
人々が熱狂するスポーツやゲーム。
それも人が持つ闘争本能を納得させる1つの手段でしかない。
「人は理性と闘争本能という二律背反で縛られている。勝者と敗者がはっきりと分かれているゲームやスポーツに熱狂するのは当然の事なんだよ」
所詮は人は戦わずには生きられない種族、シーゲルはこう言っているのだ。
くだらない権利や、女尊男卑などという思想で争っているのが今の世界だ。
オリジナルの記憶を受け継いでいる彼女はC.E.世界の事も当然知っている。
通婚が可能で、子孫も残せると言うのに人種が異なるというだけで、憎しみをエスカレートさせ最終的には絶滅戦争まで至るのが人間という種だ。
つくづく人間というのは醜い存在だと、ラクスは思う。
「だからこそ闘争を望むのだよ。その先にこそ真なる調和の可能性がある。さらなるS.E.E.D.の開花という可能性がね」
ディスプレイの映像が変わり、数名の男女の顔写真へと変わる。
飛鳥真、ラキーナ・パルス、アスラン・ザラ、カナード・パルス、織斑千冬、篠ノ之束、織斑一夏。
「飛鳥真だけではなくまだ成長途中のラキーナ・パルスやアスランのS.E.E.D.も、飛鳥真のS.E.E.D.と並ぶ可能性を十分秘めている。素体の候補も多ければ多いほどいい。なんなら
「承知しましたわ」
深く頭を垂れたラクスにシーゲルは続けて尋ねる。
「ラクス、そういえばW.E.部隊はどうだね?」
「妹達は全員W.E.へ十全な適性を示しておりますわ。すでにいつでも出撃が可能の状態です」
頭を上げたラクスが空間投影ディスプレイをシーゲルの眼前に表示させる。
そこに映っているのは非透明バイザーで顔を覆った少女達。
バイザーから垂れる髪の毛はラクスと同じ鮮やかな桃色で、全員がIS【ホワイトネス・エンプレス】に搭乗していた。
「そうか。ならばそのまま待機しておいてくれ。彼らはきっとここまできてくれるからね……この
シーゲルはガラス越しに見える地球を呟いて笑みを浮かべた。
彼らがいるのは――宇宙だ。
次回予告
「PHASE2 人の証」
「歯ぁ食いしばれ、一夏っ!」