Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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Q:一夜が長すぎねぇ?
A:エタらない予定でやってるから大目に見てくれるとありがたいです。

Q:もうやめて‼ 冬木市のライフはゼロよ‼
A:このSSは冬木市とトッキーが被害被る事になってるからね仕方ないね。







ACT-6 「裁定者の狂乱」

 

 

 

 

 

 

 未遠川下流の方向から運ばれてくるのは、倉庫街特有の錆びた鋼の臭いを含んだ海風の香り。

 それは、昼間であろうが夜間であろうが変わりない。強いて言うならば、昼間と比べて夜間は道路を行き来する乗用車から吐き出された排気ガスが余り漂っていない分、空気が透き通っているという事だろうか。

 

 この現代特有の異質な空気にも大分慣れてきた―――上下のダークスーツを着込んだセイバー、アルトリアは、冬木大橋近くの遊歩道から深夜の街並みを眺めながら、そう心の中で独りごちていた。

 

 

「あらセイバー、どうしたの? もしかしてホームシックかしら?」

 

 彼女の()()()()であるアイリスフィール・フォン・アインツベルンは、わざとおどけたような口調でセイバーに話しかける。すると当の本人もその気遣いを察したのか、口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 

「故郷に思いを馳せていた、という意味でならそうかもしれません。嘗てのブリテンではありえない光景がそこかしこに広がっているのですから」

 

「ふふ、それは私も思ったわ。アインツベルンの森で過ごしていた時では絶対にお目に掛かれなかった光景だもの。こんな時に言うのは不謹慎かもしれないけれど、目に見えるものや耳で聞くものの全てが新鮮で楽しいわ」

 

 無垢な笑みと共にそう言うアイリスフィールの姿は、まるで初めて家の外に自力で出た無垢な幼子のようであった。

 実際、ホムンクルスとして生を受けた彼女は、容姿こそ妙齢の女性のそれだが、実年齢は成人にも達していない。それに加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こういう反応を取るのも仕方のない事だろう。

 

「しかし、妙ですね。街中でサーヴァントが動いている気配がない」

 

「キャスターを仕留めるために方々に散らばっているからじゃないかしら? あんまり離れすぎていると、セイバーでも感知できないんでしょう?」

 

「えぇ……情けないですが、私は『気配感知』のスキルを有していないので」

 

 キャスター討伐の報酬は、令呪一画。それは確かに魅力的ではあったが、セイバーは個人的に罪もない子供たちを攫うという暴挙を繰り返すその存在がただ許せなかった。

 しかし、その姿を追おうにも、彼女らには手段がない。必然的に夜の街を歩いてしか情報を収集する術がなく、途方に暮れかけていたのもまた事実だ。

 

 

「―――もしかしたら、一昨日戦った人達なら、何か知ってるんじゃないかしら」

 

 不意に、アイリスフィールはそんな言葉を口にしていた。

 それ自体、セイバーも考えていなかったわけではない。一昨日、倉庫街の一角で戦った者達は、端的に言って普通の面々とは思えなかった。

 同じ自分を召喚しているという事もさることながら、現代風の衣装を着た―――恐らくはキャスターと思われる長躯の男が”まるで知っているかのように”振る舞っていたのがどうにも気に掛かる。

 

「ですがアイリスフィール、彼らは便宜上は敵となります。あの夜以来会っていないこの状況でもし出くわしたとして、素直に情報を開示してくれるとは思えません」

 

「んー。えぇ、まぁ確かにそうなんでしょうけれど、なんて言ったらいいのかしら。あの人たち、私たちと敵対する気はないって感じだったじゃない? とりあえず()()()()()()()()()()()()()()()()。でも()()()()()()()()()()()()()。それが、私たちが勝つか、あちらが勝つかの差異はこの際置いておいて、ね」

 

「…………」

 

 そしてその事についても、セイバーは既に予想がついていた。

 あの夜、斬り結んだ相手は確かに自分自身だった。その剣の軌道、間合いの取り方、フェイントの掛け方から足の動きまで、凡そ自身が生前積み重ねてきた騎士としての動きに間違いない。

 故にこそ、”ただ斬り結んだ”だけであった事に疑問を持ったのだ。あの場に居たのは自分自身であるセイバーだけではない。キャスターであろう男と、大盾を携えたクラス名が不明な少女のサーヴァント。そして、”不埒な傍観者”を仕留めたらしいサーヴァントが一人。

 合計で4体のサーヴァント。何とも大所帯であり、普通に考えれば有り得ない光景ではあったが、そこは一先ず頭に片隅に追いやる事にした。

 

 つまり、あの時やろうと思えば4体がかりで自分を仕留める事も出来たのだ。まっとうな聖杯戦争の参加者であれば、間違いなくそうするだろう。

 彼らのマスターである少年―――名を岸波白夜と名乗った彼が一対一での戦いを勧めてくれた、という仮定もできなくはないが、それよりかはアイリスフィールの仮定を信じる方が正しいと思うのが普通だ。

 

 ならば何故? という疑問が次に湧いてくるが、彼らが本気で自分達と敵対する意志がないという言葉には不承不承ながら同意するしかなかった。

 

 セイバーが思い出すのは、去り際に見た岸波白夜という少年の表情。

 自分の動きを見切られていたという段階で「普通ではない」と思っていたが、あの時彼が向けた視線に、敵対の感情は欠片も含まれていなかったのだから。

 

 

 

「―――ッ、セイバー」

 

「……えぇ、そうですね。これは―――」

 

 しかし、そんな思考の時間を遮る要因が現れた。

 サーヴァントでないアイリスフィールですら感じ取る事のできた、異常なほどの闘気の()()()

 

 間違える事などある筈がない。これ程の気のどよめきは、凡そこの世の埒外の者達がぶつかり合わなければ発生しないものだろう。

 であるならば、畢竟その正体は掴めてしまう。

 

「セイバー、位置は分かる⁉」

 

「どうやら、この川の下流のようです。行きましょう、アイリスフィール」

 

 互いに頷き合って、ここに剣の主従は騒ぎの下に駆けつける。

 その行為を嘲笑うかのように、未だに遊歩道には僅かに饐えた臭いの海風が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬木で行われる聖杯戦争に於いて、サーヴァントの脱落が即ちマスターの脱落という事ではない。また、その逆も然りである。

 

 前者の場合、自らのサーヴァントを失った段階でマスターに刻まれた令呪は消滅し、再び聖杯へと還る。7人のマスターに分配される21画の令呪は、使用して消費される事がない限り現世に留まり続けるのだ。

 そうした場合、聖杯は新たなマスター適性を持つ人物に回収した令呪を再分配する可能性がある。そしてそのマスターは、『マスターを失って契約を解消されたサーヴァント』と契約を交わす事で聖杯戦争への途中参加権を手に入れるのだ。

 

 無論、再契約が行われる可能性は限りなく低い。

 マスター適性を持つ人間などそもそもそこいらに存在するわけでもなく、加えて仮に令呪を入手したその人物がマスターを失って魔力供給が止まり、消滅するまでの僅かな時間しか残されていないサーヴァントと再契約するというのは傍から見てもかなり厳しい条件だ。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()上手くいく保証などない。

 

 

 だが、非常時に於いてそういった()()()()()()()()()()()()というのは馬鹿にならない。それは、白夜自身が良く知っていた。

 サーヴァントを失ったキャスターのマスターが、もし何らかの強運を引き当てて再び令呪を獲得してはぐれサーヴァントと再契約しようものなら、惨劇は繰り返されるだろう。

 恐らくあの男は、聖杯の存在自体を知ってはいても、それに辿り着こうなどとは欠片も思ってはいまい。ただの純粋な快楽殺人者。そんな人間が身に余る力を手に入れようものならば、悲しみの連鎖は際限なく続くに違いない。

 

 だからこそ、白夜達の第一の目標はキャスターのマスターを探し出す事だった。

 イレギュラーな事態を招かないために、不穏な可能性は残らず摘み取っておく。孔明の言葉に白夜も食い気味で同意して、捜索に乗り出そうとした。―――だが。

 

 

 

「こちらとしてはそちらに敵対するだけの理由がない。大人しく道を開けてくれるのならば立ち去るのみだが?」

 

 下水道口の一角に放置されていた、首から上が胴体とスッパリ別れていた死体。その背格好と髪色、顔には見覚えがあった。昨夜廃ビルの地下で白夜が吹き飛ばした、キャスターのマスターである。

 その姿に一瞬瞠目こそしたものの、しかしすぐにその死体の異様さに気付いた。

 首の断面は、素人目から見ても綺麗なものであり、極限まで研ぎ澄まされた刃物で、そして一撃で刈り落とされたものだろう。顔の表情は何故か笑顔を浮かべたままであり、これらの状況から鑑みれば、この人物を殺した犯人は背後から気付かれない方法で一撃で殺して見せたのだろう。まさにプロの仕業だ。

 

 群体アサシンの仕業か? などと思案していると、突如として白夜達の傍に現れたのが、フードを目深に被り、近代的な軽装鎧を身に着けたサーヴァントだった。

 そしてその直後、霊体化していたエミヤが白夜を背に守るような位置に実体化し、すぐさま『干将・莫耶』を両手に構えたのだ。

 

 しかし眼前の謎のサーヴァントは、特に武器を構えるでもなく、落ち着いた声色でそう言うばかり。

 その言葉に、エミヤが眉間に深く皺を刻んだ。―――否、言葉よりも、声そのものに反応したと言った方が正しいか。

 

「ほう? ならば君は私と戦った上でなお、敵対の意志を示さないのかね? アサシンにしても些か消極的に過ぎる。マスターはさぞ穴倉に潜っているのが好きなようだな」

 

 皮肉―――いや、分かりやすい挑発じみた言動でエミヤが誘おうとするも、そのサーヴァント―――アサシンは以降言葉を紡がないままに白夜達に背を向けた。

 それを見逃さなかったのが孔明だ。彼曰く、正史の第四次聖杯戦争にあのようなサーヴァントは確認されていなかったらしい。ともすれば、それこそが特異点化の原因、或いはその一端に関わっているというのが彼の推論であり、実際それには白夜もマシュも同意していた。

 

 しかし、それを知った上で尚、白夜は動こうとする孔明を手で制した。

 

「何故だ、マスター‼ あのアサシンは特異点化の鍵を握っている‼ それは君も―――」

 

「だからといって、ここで戦うのは悪手だよ、孔明。場所が悪すぎる」

 

 白夜にそう言われ、孔明は僅かに歯軋りをした。

 確かに、彼の言う通りではあった。ここはまともに光源もない下水道。高さこそそれなりにあるが、複雑に入り組んだ古い配線やパイプがさながら蔦のように絡んで幾つもの足場を作っている。

 

 確かにこちらは三対一という数的有利が確約されているが、光源が少なく、尚且つ足場の多い閉じられた場所でアサシンクラスのサーヴァントと戦うには危険すぎる。

 孔明はそれこそ大局的な戦術眼や交渉術には長けているが、こと局地的な戦術・観察眼に至れば白夜の方が一枚上手だ。嘗て探索したロンドンの地下のような不穏さを感じられるこの場所では、出来る限りの戦闘を避けたいというのが彼の本音だった。

 

 無論、孔明の言う通り戦って下し、情報を得る事ができればそれに越したことはないし、常識的に考えればそうするべきであろうと思っている。

 しかし、今この状況でも得られるべき情報はあった。白夜はこのわずかな時間で限られた思考回路を総動員してそれを理解したし、彼よりも遥かに頭の回転が早いであろう孔明がそれに気付いていないわけがない。

 

 

 まず一つ。『アサシンの狙いが自分達ではない』という事。

 これはアサシン当人がそう言っているだけで、勿論ただのまやかしである可能性が充分に存在する。だが、この場で躊躇いもなく自分達に背を向けた事、そして倉庫街での戦いの際に傍観をいていたという事から、その推論の信憑性が徐々に浮き彫りになってくる。

 一昨日の夜の事に関しては、エミヤから簡単な報告を受けていた。彼はエミヤが攻撃を仕掛けるまで、群体アサシンと同じく戦況をただ傍観していただけだったという。

 仮定として、もし彼が本当に”自分たちの敵”ではないとしよう。だとすれば、あの倉庫街で一体何を見ていたのか。

 

 否、そもそも第四次聖杯戦争に元々召喚されるはずだったアサシンが既に存在している以上、あのアサシンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マスターの指示による偵察任務ではない以上、両陣営の動きを見ていたというよりかは、()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのが適当ではないだろうか。

 そしてそれが自分達でないのなら、観察の対象になっていたのはセイバー陣営という事になる。―――あくまでも”仮定”の話であり、これを確たる情報として頭の中に留め置くのは得策ではないだろうが。

 

 

 そしてもう一つ。これは直接報告に聞いていたアサシンの姿を見て分かった事だ。

 『サブマシンガンにコンバットナイフといった近代以降の武器を装備』『戦法は古式的な”暗殺”というよりも、どちらかと言えば”ゲリラ戦”寄り』『宝具かスキルかは不明だが、移動速度を数倍にまで跳ね上げる能力を持つ』―――エミヤによって齎されたこれらの情報から、あのアサシンが近代以降、それも2015年という年代からそれ程離れていない時代の英霊である事は既に判明していた。

 

 通常、英霊というものは精霊にまで昇華した存在である以上、大前提として内包する”神秘”の度合いが高ければ高い程強力な存在となる。

 特に神代以前の英霊ともなれば、それは一線を画する。裏を返せば西暦以降、それも科学技術が台頭してきた時代の英霊は、素のステータス面でどうしても劣る傾向がある。

 だが、だからこそそうした時代の英霊たちは一風変わったスキルや戦法を取るというのもまた事実だ。それは、ロンドンで神威の権威をヒトの世に齎した英雄、ニコラ・テスラを相手にした時に存分に理解していた。

 

 故にこそ、白夜はそのアサシンの底力を過小評価などしなかった。もし仮に三対一の戦いになったとしても、彼らの攻撃を掻い潜ってマスターである自分を仕留める事ができる”何か”を持っているのではないか―――傍から見れば臆病な考えではあったが、それは単なる我が身可愛さから出た考えではなく、幾度となく戦火の渦に放り込まれ、その全てにおいて五体満足で帰還して来た岸波白夜という人物が本能的に発した警告信号(シグナル)だったのだ。

 

 

「堪えてくれ、孔明。俺たちはこの時代で動くにあたって不確定要素がまだ多すぎる。下手に色々な事に手を出して藪から蛇を誘い出したら目も当てられない」

 

「―――あぁ、そうだな。すまないマスター。少しばかり冷静さを見失っていたようだ」

 

 そう言って普段の様相を取り戻した孔明を見て安心した白夜は、次にエミヤに目をやった。

 彼は、アサシンが去った後もずっと視線を前方に固定したまま逸らさなかった。その表情は、いつものそれよりも数段険しいものであったが、白夜は物怖じもせずに話しかける。

 

「―――何か不可解な事でもあったのかい? アーチャー」

 

「……いや、他人の空似だろう。何でもない。心配をかけてすまなかったな、マスター」

 

 エミヤはわざとおどけた様子で、肩を竦めてそう言った。そして、彼自身がそう言うのならば、白夜としてもこれ以上深く訊くつもりはなかった。

 ともあれ、キャスターのマスターの死亡は確認した。早々にこの下水道口から立ち去ろうと白夜が声を掛けた瞬間、内部に局地的な地震のような振動が襲来し、それと同じくするように白夜の傍に実体化したサーヴァントが現れた。下水道口の入り口を霊体化しながら見張っていたアルトリアである。

 

「マスター、先程ライダーとそのマスターがこの下水道口に侵攻しました。まもなくここに辿り着くかと」

 

「あぁ、来たのか。―――ん? ”侵攻”? ”潜入”じゃなくて?」

 

 些か言葉違いかと訊き直してみたが、しかしアルトリアは呆れたような表情を浮かべて首を横に振るばかり。

 

「第四次聖杯戦争にてライダークラスのサーヴァントとして召喚されたのは、征服王イスカンダル。―――つまり、その、ライダー・アレキサンダーの未来の姿でして」

 

「おk把握。確かに彼の未来の姿ならみみっちいことしないで突入くらいするだろうね」

 

 今もカルデア内で面白そうな事を探し回っているであろう美少年のサーヴァントの姿を頭に浮かべ、白夜は苦笑した。

 彼の『対魔力』スキルは変動がなければDランク。つまり気休め程度でしかなく、本来ならばキャスターの工房に突撃するなど無謀でしかない。―――が、あの『後の事はとりあえずやってみてから考える』主義の具現化のようなサーヴァントならば、それでもとりあえず突撃の選択肢を選ぶだろう。

 

 そんな事を考えていると、地響きと共に重々しい車輪が水を盛大に掻き分けて進んで来る音が近づいてくる。そして暗闇の向こうから現れたのは―――アレキサンダー少年とは似ても似つかない筋骨隆々の大男だった。

 

「なんでさ」

 

「待ちたまえ、マスター。それは君のセリフじゃないぞ」

 

「あ、あのアレキサンダー君が……成長とは時に予想の斜め上を行くのですね」

 

 そんな一同の反応をよそに、二頭の神牛によって曳かれた戦車の御者台で手綱を取っていたライダー、征服王イスカンダルは、「ふむぅ」と低い声で唸って辺りを見渡した。

 

「この空気はどうやら、既にキャスターの奴めはいないみたいだのぅ。おい坊主、少しばかり遅かったようだぞ」

 

「あれ? おかしいな。絶対に一番乗りだと思ったんだけど……」

 

 そして、その後ろからひょっこりと顔を出したのは、学生風の服を着た背の低い少年だった。恐らく彼がライダーのマスターなのだろうが、サーヴァントの巨躯さと相俟って余計に小柄に見えてしまう。

 

「ふむ、そこに斃れているのがキャスターめのマスターか。貴様らがやったのか?」

 

「あ、えっと、俺たちは―――」

 

 とはいえ一先ず状況説明をしなければ始まらない。マスターとしての責務を果たそうと口を開けた途端、孔明が―――今までに見た事もないような表情を浮かべてその少年の前に立ちはだかった。

 

 

「何が……一番乗りだこのたわけぇ‼」

 

「う、うわぁっ‼ な、何だよアンタ‼」

 

「私の事はどうでもいい‼ あぁ、本当にどうでもいいから詮索するな‼ それよりも貴様、この場所を突き止めた方法が如何に稚拙で間が抜けた方法だったかは理解していただろうが‼ 『下策を用いて上策に至れば上々』だと? 甘ったれるな未熟者が‼」

 

「ちょ、ちょっと何でそれを―――」

 

「そもそもキャスターの工房に突入するのに貴様自身が何も準備を整えていないとはどういう了見だ‼ 下調べもせずに突入して返り討ちにでも遭えばどうなるかくらいは分かっていた筈だろうが‼ 幸い今回の聖杯戦争で召喚されたキャスターは真正面からゴリ押しが効く魔術師モドキであったから良かったようなものを‼」

 

「だから―――」

 

「あぁ情けない見苦しい‼ Fuck(クソッ)‼ あの程度で一流のマスター連中を出し抜けたと悦に入っていたのなら、貴様は本当の馬鹿者だ‼ 頭のネジを締め直して初等科の授業からやり直せ‼」

 

「だぁー‼ もうなんなんだよアンタ‼」

 

 冷静さを取り戻したという言葉は何だったのか。気付けば孔明は時計塔のロードの一人としてではなく、完全に一個人として罵声を捲し立てていた。英語圏、特に言葉に品位を求めるイングランドではまず使われないであろう卑俗語を声高に叫んでまで荒ぶるその姿は―――傍から見ていて少し面白かったのも確かだ。

 

「先輩先輩、孔明さんが荒ぶってます。バーサクしてます。どうしましょうコレ」

 

「もうちょっと見てようか。鬱憤溜まってたんだろうし」

 

「……私は私で既視感が凄いのだがね」

 

 完全に蚊帳の外に置かれてしまった面々は茫然と立ち尽くしながら成り行きを見守る事にした。断じて面白そうだからという事ではない。そう、断じて。

 オロオロとしているマシュと、何やら黒歴史を思い出してしまったらしく意気消沈したエミヤを両脇に、白夜は一切を孔明に任せる事にした。少なくとも、彼の相手は。

 

「いいか⁉ 貴様がこれまで生き延びてこられたのは偏に運が良かっただけだ‼ それは貴様も良く分かっているだろうが‼ ああん⁉」

 

「だ・か・ら‼ 何なんだってんだよ‼ 何で知らないヤツから説教受けなきゃいけないんだ‼ というか、子供攫って行ったキャスターってお前達じゃないのかよ‼」

 

「最低限の状況分析もできんのか貴様‼ 敵か味方かの区別くらい見分けろ‼ その程度野生のチンパンジーでも出来るぞ‼」

 

「んな⁉―――」

 

「あぁクソっ‼ 馬鹿‼ 馬鹿‼ 際限なしの大馬鹿が‼ いっぺん死んで生まれ直せ‼ 鰻玉丼食べ過ぎて死ね‼」

 

 立て板に水とはまさにこの事だろう。なまじ弁が立つだけにその罵詈雑言は途絶える事を知らない。

 白夜は思わず鰻玉丼って何なんだろうか? などという空気の読めない事を考えながら、とりあえずイスカンダルに向かって申し訳なさそうな表情を向けた。

 

「いや、あの、なんかスミマセン。ウチのキャスターが」

 

「それはいいんだがのぅ。……貴様がこ奴の―――いや、()()()のマスターか?」

 

 その誰何の言葉は形容し難い重みを纏っていた。今までも幾度か感じた事があるそれは、戦士としてよりも王としての側面が強い英雄が持つ固有の雰囲気。

 その”圧”に一瞬だけ気圧されかけたが、白夜はしかし憮然と応えてみせた。

 

「えぇ。岸波白夜です。―――宜しく、征服王イスカンダル」

 

「ほぅ、余の真名を存じているか。重畳重畳。―――おい、坊主」

 

「あぁ⁉ 何だよ‼ 生憎と今それどころじゃ―――」

 

 孔明と言い合っていた感じで自らのサーヴァントに制止を促そうとした少年は、しかし巨躯に見合う巨大なイスカンダルの指から放たれたデコピンで額を強打され、「うひゃあっ⁉」という声と共に吹き飛び、静まった。

 

「静かにせんか。キャスターのサーヴァントが二人も三人もいることに関しちゃあ、まぁ余も思うところがないわけではない。

 が、こ奴らは(わらべ)共を攫った者達ではないだろうよ。この坊主の目を見れば分かるわい」

 

 そう言ってライダーは白夜を見据えて呵々と笑った。

 ただ一度の言葉の交わし、一度の視線の交わしだけで、白夜が非人道的な行動に手を染めないという事を理解したのだろう。

 その豪胆すぎる性格は、程度の差こそあれアレキサンダーと瓜二つだった。

 

 ライダーにそう言われ、訝し気に白夜を見てくる少年。それに対して苦笑を返すしかできなかったが、ともあれ結果的に不毛な言い争いを止める事になってしまったようだ。

 

「―――狼藉を働いていたキャスターは、()()()で斃した。攫われた子たちは、供養しておいたよ」

 

「ふむ」

 

 イスカンダルは下水道の奥の方に目をやると、納得したように頷いた。

 

「是非もあるまい。坊主、余らはこ奴らに後れを取った。それは認めにゃならんだろうよ」

 

「う、ぐ……」

 

「だが、まぁ。未熟者であれなんであれ、余のマスターを愚弄するというのであれば、それは即ち余と一戦交えようというわけか?」

 

 そう言うイスカンダルは、言葉の内容とは異なり、憤怒の表情を浮かべているわけでも、雰囲気を出しているわけでもない。

 ただ、見極めようとしているのだ。白夜達が、自分たちの敵であるか否か。戦場を闊歩する上で真っ先に見極めておかなければならないそれを。

 

「余はな、売られた喧嘩をそのままにしておくほど狭量ではない。顰めっ面、貴様の言い分が正しかろうが間違っていようが、そんな事はどうでもいい。これは余の、性分の問題だ」

 

「っ―――いや、征服王。我々は貴方と対峙するつもりはない。私はただ、そこの未熟者に個人的な言い分があっただけの事。恨み辛みとはまた別の問題だ」

 

「ふん。マスターの坊主はどうだ?」

 

「生憎とウチの陣営は彼が作戦参謀でね。俺としても貴方と事を荒立てるつもりはない。―――もし戦わなければならないのだとしても、こんな陰気な場所ではお互い不満では?」

 

「ほほぅ、分かっておるではないか。うむ、確かにこんないかにも辛気臭い場所では戦のし甲斐もないわい」

 

「ちょ、ちょっと待てよライダー‼ この場所で戦えば、お前の独壇場の筈だろ⁉」

 

 実際、ライダーのマスターである少年の言い分は間違っていなかった。

 イスカンダルが所有する飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)の戦車、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』より繰り出される蹂躙走法たる宝具、『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』は、強制的な一本道であるこのような場所では最大限に効力を発揮する。つまるところ、戦術的な面で見れば確かにこの場でケリを付けておいた方が後々有利になるという観点は正しい。

 しかしイスカンダルは、そんなマスターの提案を「阿呆」と一蹴した。

 

「どういったカラクリかは知らんがな、このマスターである坊主は4騎ものサーヴァントを抱えておる。こ奴らと本気で相見えようというのならば、このようなチンケな場所では栄えが悪かろう」

 

「おま……っ、こんな時でもそんな事―――」

 

「少しはマスターとして見極めんか、坊主。余は、『本気で相見えようというのならば』と言った筈だぞ」

 

 その時点で、ハッとなる。

 相対しているのは、何もキャスターだけではない。ステータスを見るに、セイバーとアーチャー、そしてクラスがいまいち特定できないサーヴァントの4体がいる。

 それを考慮に入れれば、幾ら宝具と相性が良い場所であるとはいえ、徒に戦闘を仕掛けるのは愚策だ。しかしだからといって、このままこの目の前の連中が素直に自分達を逃すとも限らない。

 令呪を使っての撤退も視野に入れるべきか。そう思っていた時、相手のマスター―――岸波白夜と名乗った少年が、いつの間にか戦車の御者台の側方に回り込んでこちらを見上げていた。

 

「……何だよ」

 

「いや、ゴメン。俺は喧嘩売りに来たわけじゃないんだよ。割とマジで。まぁともあれ、俺たちが信用できないなら先に俺たちが行くから、後から着いてくればいいんじゃないかな」

 

 たとえその状況で背後から宝具を使われたとしても、マシュと孔明の宝具のダブルパンチからのエミヤの一射で対抗できる自信はある。そう言った意味で言ったのだが、どうにも違う意味―――それこそ同情や施しの意味に聞こえてしまったらしく、結局イスカンダルの戦車の後を白夜達が着いて行くという構図で出口を目指す事になった。

 

 

「ねぇ、孔明」

 

「……何だ、マスター」

 

 未だ不機嫌そうな表情を隠そうともしない孔明に向かって、白夜は声を掛ける。

 

「あれって若い時の姿なんでしょ? ”ウェイバー・ベルベット”だった頃の」

 

「……あぁ。業腹ながらな。我ながらよくあれだけ無知で無力ながら第四次聖杯戦争を五体満足で生き残ったものだよ」

 

 エミヤやメディア、後はカーミラなどが良く言っているが、彼らにしてみれば”若い頃の自分”そのものが黒歴史案件らしい。まだ世界の残酷さを知っていないが故の積極性・無計画性が眩しく、そして同時に見るに堪えないのだという。

 だがそれは、己を一番知る己だからこそ抱く思いなのだろう。自己嫌悪、同族嫌悪。幾らでも言い換える事ができるが、結局のところ心の底から憎んでいるわけではないのだ。

 

「俺もいずれはそんな気持ちになるのかなぁ……あ、ダメだ。そう思うと憂鬱になってきた」

 

「先輩なら大丈夫だと思いますけれど」

 

 マシュのフォローに癒されながら、一同は数時間ぶりとなる外の空気を吸った。潮風が耳鼻に張り付くようではあったが、それでも饐えた臭いよりかは断然マシだ。

 

「今夜も、色々あり過ぎたなぁ……」

 

「そう、ですね。人の死を見るというのは、いつまで経っても慣れるものではありません」

 

「な、なぁ、アンタ達」

 

 マシュと僅かに気落ちしながら先程までの事を話していると、御者台から少年―――ウェイバーが顔を覗かせた。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや……ホントに誘拐された子供は誰も助からなかったのか、って思ってさ」

 

 気まずそうにそう言う姿を見て、白夜の心の中にどこか安堵した感情が去来した。

 先程で言えば、ケイネスは子供を贄にするという非人道的な行為を「下種」と罵ってはいたが、犠牲になった子供らを悼む感情はなかったように見受けられた。そしてそれが、”一般人”と”魔術師”の価値観の違いなのだと、改めて理解させられたのだ。

 だが彼は、実際に関わりがなかったのに犠牲を「納得がいかない」という体で不満に思っているように思えた。成程、彼と言う存在が基点となって”ロード・エルメロイⅡ世”という人格が形作られたのならば、変に面倒見が良いところなども頷けるかもしれない。

 

 

「えぇ、残念ながら。私たちが駆け付けた時には、もう―――」

 

「――――――ッ、マシュ‼」

 

「⁉」

 

 マシュが申し訳なさそうな表情で事のあらましを伝えようとした瞬間、白夜の危機察知能力の一端に引っかかったとてつもない殺気が、反射的に行動を起こさせた。

 それに、マシュは疑問を感じることなく動く。白夜が視線を動かした方向に盾を構えると、直後、遠方から飛来した黄金の物体が大盾に途轍もない衝撃と轟音を齎した。

 

「っ―――ぁっ」

 

 それでも、マシュは何とかその正体不明の攻撃を受け止める事に成功した。

 吹き飛んだのは、剣先から柄尻の全てに至るまでが黄金に彩られた一振りの剣。柄にも剣身にも豪奢な装飾が施されたそれは、数回宙を回った後に黄金の粒子となって消えた。

 

「な、ななな何だよコレ‼」

 

「これ坊主、落ち着かんか。んなモン襲撃に決まっておろうが。一々取り乱すでないわ」

 

「いや落ち着けって無理だろ‼ これ僕達だって危ないかもしれないんだぞ‼」

 

 しかしそんなウェイバーの狼狽とは裏腹に、白夜は冷静に戦況を見極めようとしていた。

 飛来して来たのは黄金の剣。恐らくはそれ自体が宝具としての力を持つ存在だったのだろう。でなければ、マシュが受け止めるのに押し込まれるような事もない。

 そして、そんな存在をまるで躊躇いなく投擲してくるサーヴァントなど、白夜は隣で干将・莫耶を構えるサーヴァントを除けば、一人しか心当たりがない。

 

 

「ほう。虫けら風情に(オレ)の財を使うまでもないと思っていたが、存外小賢しい雑種であったか」

 

 天上天下唯我独尊。思わずその言葉が脳裏を過るほどに、傲岸な言葉は耳朶に取り付いて離れない。

 川岸近くの電柱の上に実体化したそのサーヴァントは、一面の夜空の中に黄金の輝きを映えさせる。思わず目を覆ってしまいたくなるほどに輝かしく、さりとて胸中に抱くのは羨望ではなく、畏怖の念だ。

 

「本来であれば貴様らは(オレ)に拝謁する事すら許されぬ匹夫共だが、その芸事に免じて許そう。雑種共、よもや(オレ)の面貌を見知らぬとは言わせんぞ」

 

 それはまさしく、王の裁定であった。言葉一つを間違えば、情け容赦なく先程のような攻撃が雨霰と襲ってくるだろう。

 一歩間違えれば待つのは死。仲間たちの助力が間に合うとは限らない。このサーヴァントを、この英霊を相手にする時は、いつだってそう思う。

 

「―――バビロニアの英雄王。神代の時代を終わらせた始祖の王、ギルガメッシュ」

 

  彼こそは、人類最古の叙事詩『ギルガメッシュ叙事詩』に語られる半神半人の英雄。神と人間の両方の視点を持った王にして、神が人の世に打ち込んだ”楔”。

 神々の代弁者であったのと同時に、神々の旧時代を終わらせた存在。英霊としての頑強さは、成程、大抵の英霊には劣るまい。

 

「遠坂時臣が貴方を―――いや、そうじゃない、か。貴方がマスターの意に滔々と沿うとは思えない」

 

「囀るではないか、雑種。解を許そう。その根拠はどこにある」

 

「貴方が”王”だからだよ。英雄王」

 

 巨大帝国、ローマを治めた王であるロムルス、カエサル、カリギュラ、ネロ。ルーマニアを治めた王、ヴラドⅢ世。―――白夜が見知る中では、彼らが同じ側面を持っていた。

 彼らを示すのは、ただ国を治めた”王”であるという事。そこには何ものの概念も立ち入る事を許されず、その生き方を否定する事は何人たりとも許しはしない。

 

 傲岸不屈、飛揚跋扈、傍若無人―――それが何だというのか。彼らはただ、”そのように”生きていただけであり、それが彼ら一人一人、何者にも真似をする事ができない”王”としての在り方だった。

 だからこそ白夜は、彼らがカルデアでやり過ぎた行動に走った時は、窘める事はあれど決してその行動を否定する事はなかった。それが彼らの生き方なのだから。

 

 

(オレ)を知る、か。雑種にしては見所がある。―――が、我が財を弾き消したその罪は、貴様の命で以て贖うが必定。せめてもの褒美だ。(オレ)を見上げながら逝く事を許そう」

 

 スッ、と片腕を挙げると、ギルガメッシュの背後に黄金の波紋が幾つも浮かび上がる。そこから姿を覗かせたのは、剣・槍・矛・斧・刀・槌など、その数32に昇る煌びやかな武具の数々。

 それは全て、この世に存在する宝具の原点だ。ギルガメッシュ亡き後、バビロンの宝物庫から散財したそれらが時を経るごとに形と概念を変え、数々の英雄達の手に渡り、英雄譚を彩ってきた。

 その宝物庫こそ彼の宝具。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』とは、成程、原理上如何なる英雄にも優位に立てる最強の宝具だろう。―――()()()()

 

 放たれる黄金の武具らは、まるで流星の如き軌跡を描いて殺到する。四方八方から迫りくるそれは、マシュの宝具であろうとも全てを受け止めきるのは不可能だ。

 だが、こちらには”彼”がいる。解析を得手とし、それに対抗しうる武具を創り出す英霊が。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 展開するのは贋作の武具の数々。煌びやかなそれらとは違い、無骨という言葉しか持たないこれらは一見劣っているように見える。

 だが、製作者は常に口癖のように言う。―――贋作が真作に必ずしも劣る道理などない、と。

 

 ここに、膨大な熱量と魔力を撒き散らして、真と偽が拮抗する。川辺の砂利を巻き上げ、水飛沫が視界を覆い尽くす。堤防のコンクリートも、この鬩ぎ合いの前では泥で作ったタイルも同義。

 全射相討ち―――否。全射ではない。

 

「マシュ‼ 2時と11時の方向‼」

 

「はい‼」

 

 打ち漏らしたか、はたまた追加で迫ったものか。砂利と水飛沫を切り裂いて飛来してくる宝具の音を聞き分けて防御の方向を支持する白夜の言葉に、再びマシュが応えた。

 そして響く最後の防御音。十数秒が経過して視界が晴れてくると、そこには予想通り、口角を獰猛に歪めた英雄王の姿があった。

 

贋作者(フェイカー)か。見るに堪えぬ狼藉者だが、道化の術としては一先ず見るには値する。―――だが、貴様の贋作が(オレ)の財と同格であるなどと、よもや思い上がってはいるまいな?」

 

 そうして次に虚空より現れたのは、先程まで投擲された武具とはあからさまに雰囲気が違う一振りの剣。その剣身は色合いと形状こそ差異が異なるものの、本質的に酷似した宝具を白夜はカルデアで幾度となく目にしてきた。

 

「そこの雑種の大盾も目障りだ。跪いて咽び泣くが良い。貴様らには余る財をくれてやる」

 

 嘗ての封鎖終局四海(オケアノス)にて敵対し、そして今はカルデアにて頼もしい味方となってくれている、神すら欺いたトロイアの大英雄が”槍”として使用していたそれは、後に『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』という名からシャルルマーニュ十二勇士の一人の騎士の手に渡った事で絶世剣と称された。

 『不毀の天剣(デュランダル)』―――決して毀れる事のなかった伝説の剣の原点ともなれば、成程、”防御を貫く”という一点に於いて相応しい宝具だろう。しかし―――

 

「キャスター‼ マシュ‼ セイバー‼」

 

 白夜は、その一撃を防ぐために必要なサーヴァントの名を呼ぶ。

 それと同時に放たれた剣は、しかし孔明が発動させた八門遁甲の効果により僅かに移動速度を削り取られた。時間に換算すればコンマ秒以下の足掻きだが、しかしその時間で後の二人の準備は整っていた。

 

「行きますよ、マシュ‼」

 

「はい‼」

 

 まず、マシュが大盾を使ってデュランダルを受け止める。だが、真正面から受け止めるのではない。盾の表面の半円状の突起を利用して、可能な限り威力を殺す角度で受け止める。

 最も効率が良いのは、盾を背負うようにして構えて、剣の射出角度と会わせる事だ。しかしそのままでは、とても防御したとは言えない。

 そこでアルトリアは、盾の表面に沿うようにして聖剣の刃を振るう。浅い角度でデュランダルの剣身を捉えた聖剣は、そのまま飛行場のカタパルトのような役目を齎し、()()()()()()()()()()()地面に着弾せずにそのまま地面と平行の角度を保ったままに彼方へと消えて行った。

 局地的な衝撃波(ソニックブーム)が巻き起こる中、白夜はデュランダルが消え去った方向を注視していた。

 

 あれだけ出鱈目な軌道を描けるのならば、反転して戻ってくる可能性も有り得たからだ。

 しかしその気配はなく、それどころか高らかな哄笑が響き渡った。

 

「ククッ、フハハハハハ‼ 魅せるではないか雑種‼ 良いぞ、(オレ)も興が乗ってきた‼」

 

 声高に叫ぶと共に、槍の一本が早々に射出された。

 タイミングが悪く、マシュとアルトリアと孔明が体勢を立て直しきれておらず、エミヤも投影を完了させるには至らない。恐らく初動が遅いイスカンダルの加勢は望めない。

 しくじったと、そう思った時には遅かった。「興が乗った」彼は”遊ぶ”よりも確実に仕留めに掛かる事が多くなる。本来であれば、そうなる前に早々に彼を戦闘不能にするべきだったのだが、それも難しいのが事実だ。

 

 ”避けられるか?” そう一か八かの行動を起こそうとしたとき、鎧が地面を踏み抜く音が聞こえた。

 

 

風王鉄槌(ストライク・エア)ッ‼」

 

 視界外から放たれたのは、高密度の魔力の風で練られた、方向性のある局地的な竜巻そのものだった。

 元々剣身を覆い隠すために纏われていた風の魔力が、Aランクの『魔力放出』スキルを以て攻撃に転じさせれば轟風の破砕槌となって敵を脅かす。

 

 それを、自分達を援護するように放ったのは、見間違えようもないもう一人の騎士王であった。

 

「―――雑種、(オレ)の誅戮を阻む事が万死に値する事を理解しているか?」

 

「そのような壮語など、私には関係がないぞアーチャー。そこの者達は私が再戦を誓った好敵手。貴様に譲る筋合いはない」

 

 確かな足取りで白夜達の前に進み、ギルガメッシュに向き直るセイバー・アルトリア。そこには、英雄王の気迫に物怖じする気配など欠片もなかった。

 

「……何故来たのですか、騎士王()

 

「愚問ですね騎士王()。貴女との決着を着ける権利を有しているのは私だけです。部外者に弄ばれては、騎士の名が泣くというもの」

 

「しかし、キリツグがこのような事を許すはずが―――」

 

「? ―――ともあれ、今この時だけ、私は貴方方に加勢します。良いですね? ハクヤ」

 

 ギルガメッシュから目を逸らさないままに言われたその言葉に、白夜は「あぁ、頼む」とだけ返した。

 しかし、ここに来て決定的に英雄王の機嫌を損ねてしまった事は、言うまでもない事であった。

 

 

(オレ)の裁きを愚弄する痴れ者めが。せめて無様な散り際で(オレ)を興じさせよ。それを贖いとさせてやる」

 

 世界の全ての財を手に入れたと豪語する宝物庫は、果たして”有限”という概念すらあるのかどうか怪しくなるほどに黄金色を輝かせる。

 その控えめに言って絶望的な状況を、尚も笑い飛ばしたのはイスカンダルだ。

 

「ガッハハハッ‼ 見よ坊主‼ よもやこれほど早く益荒男共と相見える事ができるとは思わなんだ‼」

 

「お前ホントに馬鹿じゃないのか⁉ ヤバい状況だって見て分かんないのかよぉ‼」

 

 バチバチと、戦車(チャリオット)から迸るのは青白い雷光。ゴルディアス王が至高神ゼウスに捧げた供物である二頭の神牛は、かの至高神が身に宿していた雷光を放出し、臨戦態勢に入っていた。

 白夜は思わず眉を顰めた。イスカンダルがどのような位置づけで参戦するのかは分かったものじゃないが、もし第三勢力として牙を剝くというような事があれば、限界以上の戦力を以て迎え撃たなくてはならない。

 右手に宿った三画の令呪―――それを一画使うか否か。そう逡巡するに至った直後、再び新たな勢力がこの場所に参戦してきた。

 

 

ur()……ar()―――ur()……ッ‼」

 

「ッ―――来ましたか」

 

「ちょっと、もう……勘弁してくれないかなぁ。この状況でバーサーカーを相手にするのだって洒落になってないのに、よりによって貴方なんてさぁ」

 

 思わず白夜ですらも愚痴を溢してしまう状況。

 それもその筈。『狂化』のスキルを施されたバーサーカーは、マスターが未熟であれば最低限の命令遂行しか為さずに、戦場を荒らしに荒らし回るのが常だ。

 加えて言えば、第四次聖杯戦争のバーサーカーのマスターは、どう言い繕っても”一流”とは言い難かったらしい。そしてよりによって、召喚していたのはアルトリアにとっては鬼門とも言えるサーヴァントだった。

 

 

「大人しく帰ってはくれないよねぇ。―――湖の騎士(サー・ランスロット)‼」

 

「■■■■■■■―――ッ‼」

 

 混迷を極める夜更けの大戦闘は、未だ終わる気配を見せず、新たな局面へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 どうも。この間300日記念に貰った呼符でオルタニキ出るかなーって思って回したら、文明絶対破壊ウーマンことアルテラさんがご降臨なさってくれた十三です。
 勿論嬉しいのですが、ウチのセイバー枠が結構とんでもない事になってて草。そして再臨させようにもいつの間にか隕蹄鉄が足りなくなってて絶望。ケンタウロスさんこっちです。

さて、今回のQ&Aは……

Q:白夜君ってどんな格好で街歩いてるの?
A:白夜君は怪しまれないように普段は『アニバーサリ・ブロンド』っぽい服を着ています。夜間は認識阻害の魔術をかけつつ『魔術礼装・カルデア』を着ています。

Q:エミヤは声でアサシンの正体に気付かなかったのかな?
A:彼が知る”正体”の声は多分若干年寄り気味の声だったから、物凄い違和感を感じた程度です。今のところは。

Q:AUOがメッチャ楽しそうなんだが
A:テンション高めのAUOを書くのって難しい。口調とかこれで合ってるのかな?


 というわけで次回に続く。
 

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