Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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※現在の状況

・白夜達→イスカンダルの宝具で『龍洞』に向かって移動中
・アルトリア→冬木市市民会館にてモードレッドと戦闘中
・ディルムッド→冬木教会にてフィン・マックールと戦闘中
・切嗣(アサシン)→遠坂邸へ移動中
・ギルガメッシュ→傍観モード






ACT-22 「トロイメライ・ウォー」

 

 

 

 

 

 時は遡り、白夜達が1994年の冬木市にレイシフトする少し前。

 聖杯を回収し、人理定礎を確定させた第三特異点オケアノスにて一つの戦役が勃発した。

 

 否、カルデア側が舞台を整え、人的被害がなかったという点を鑑みれば、「戦役」と称するのは言語上では正しくないのかもしれない。

 しかし、その様子を見ていた者達は口を揃えて言った。

 「あれは間違いなく”戦役”だった」―――と。

 

 その戦役の結果として、オケアノスに無数に浮かぶ島々。その中の一つの島が更地となった。文字通り、木の一本も残らずに全てが薙ぎ払われ、残っていたのは抉り取られ、捲り上がった地面。一部は陥没し、不毛な大地を晒していた。

 それを齎したのは軍勢による衝突ではなく、たった二人の騎士。()()()の果し合いが三日三晩の間絶え間なく続き、三度目の朝日を拝んだその時、荒廃した大地の上で決着がついていた。

 

 赤雷の騎士の首筋に聖剣を突き付けた蒼輝の騎士王。互いに疲弊の極みに達し、手加減なしで打ち合った結果として、もはや己の鎧を構成するだけの魔力も使い果たした。

 下手をすれば消滅一歩手前にまで陥った二人は、しかし決着がついたその状況で、互いに笑みを零していた。

 

 嘲笑でも、憐憫からのそれでもない。ただ純粋に、互いの健闘を褒め称え合い、互いの在り方を認められた末の笑顔。

 決して許し合う事の出来ないあの丘での戦役とはまた違う形での決着。それは、双方が真に望んでいた事でもあった。

 

 剣を収め、並んで仰向けに倒れる無防備を晒しても、寝首は掻かないし、掻かれない。

 胸の内に蟠っていた感情も全て吐き出し尽くし、もはや伝えるべき言葉はない。それでもふとした瞬間に紡がれる言葉は、”騎士”同士で交わされるそれではなかった。

 

 

 すると、どこからか自分たちを呼ぶ声が聞こえる。

 

 こんな自己満足の果し合いに付き合う必要はないと何度も何度も言ったというのに、「俺は君たちのマスターだから」と言って同じ島に留まり続けた頑固者。

 守りに長けたサーヴァント達を同行させていたとは言え、ふとした瞬間に余波に巻き込まれて死ぬかもしれない戦場に留まり続けてくれたのは、彼の使命感の強さに依るものか、はたまた単に心配してくれていたのか。

 

 お人好しなマスターだこった、と。彼女は笑った。それに素直に同意する。

 サーヴァント一人一人に過剰なほど心を砕き、気を配っているというのに、その心情は一本筋が通っていて強固だ。一体どのような生まれであればあそこまで頑強な精神を持てるのかと疑問に思った回数は数知れず。だが、昨今はもはやそんな事はどうでも良くなっていた。

 

 人理救済を掲げる、果てしない旅路。騎士でも戦士でもない、ただの普通の家の生まれの彼が、めげずにくじけずに、時に非常な現実を突き付けられながらも歩みを止めずに進んでいる。自分たちサーヴァントの力を信じ、惜しげもなく頼ってくれている。

 であれば、騎士としての身を捧げる事に否はない。幸か不幸かその一点は、二人とも同じだったのだから。

 

 二度の聖杯戦争を経験し、あらゆる場所で戦い続けた孤高な騎士王を縛り付けていた心の枷。

 その一つが、砕け落ちた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 人工灯のない建物の中を、縦横無尽に動き回りながら放たれる灼光。

 互いに譲れない意思の具現が鬩ぎ合う音が響くと同時に、鉄とコンクリートで固められた建物が悲鳴を上げていく。余波が撒き散らされただけで調度品の類は吹き飛び、強化ガラスは飴細工のように脆く弾けた。

 

 斬線は幾重にも折り重なり、圧殺せんと襲い掛かる。その速さと重さは、並の騎士が相手であれば初撃の一太刀で絶命しているであろう程。

 だがそれを、両者は弾き続ける。目で追えぬ速さで剣戟が繰り出されているのならば、それの対処もまた必定。

 それでも見知らぬ異邦の戦士が相手であったのならば、まだ戦い方を見定めるだけの余裕はあっただろう。彼女ら程になれば、数合剣を交わし合っただけで手の内は読めてくるのだから。

 

 しかし今は、初手から全力で打ち合っていた。僅かでも気を抜けば絶命させる一太刀が飛んでくる中で、それでもそれが異常だとは思わなかった。

 何故ならば、互いの実力は既に心得ている。憎悪と執念に塗れたあの戦場で、一体どれ程の死闘を繰り広げたのか。それを忘れるほど無情ではない。

 

「っ―――らぁッ‼」

 

 聖剣を振りぬいた瞬間を隙だと見たのか、上段より繰り出された重い一閃がアルトリアの肩口を割断しようと迫りくる。

 だが、それが読めないわけがない。床を擦るようにして上体を移動させ、逆に斬線の懐に潜り込んだ。

 

 返しに放ったのは、左方からの斬り上げ。斬り結びを開始してから初めて現れた致命的な隙だったが、天才的な勘を働かせたモードレッドは、振り下ろしかけた剣を引き戻し、寸でのところで競り合う事が出来た。

 

 直後、至近距離で鬩ぎ合っている状態で繰り出されたのは、白銀の鎧に包まれた脚から齎された蹴撃。

 清廉な騎士であれば一対一の場ではまず予想しないその攻撃を、しかしアルトリアは咄嗟に左腕を差し込んで防御する。

 しかし衝撃までは殺せずに背後に吹き飛び、柱の一つに背中を打ち付けた瞬間を狙い、再びモードレッドが『魔力放出』を使って飛び込んでくる。―――そこまで予想の範囲内だった。

 

「相変わらず、直線的な動きですね」

 

 振り下ろされた王剣(クラレント)の剣線を読み切って紙一重で躱す。余波で発生した風の刃がその頬を切り裂いたが、滴る鮮血には目もくれず、手甲に包まれた左手で突貫してきたモードレッドの顔を掴み、そのまま地面に引きずり落とす。

 

「ぐ……ッ‼」

 

 それでも、アルトリアと同ランクの『直感』スキルが為せる業か、追撃の一閃を上体を反らして躱してみせた。致命は避けてみせたが、それでも聖剣の剣鋩が擦過した頬からは、同じように血が滴り落ちていた。

 

 互いに距離をとってからの、仕切り直し。柄に再度指を這わせ、乱れていた構えを直し、正す。

 その間は僅か数秒ほどだった。壊れ果てたモノたちが崩れていく音の残響を耳にしながら、しかしモードレッドはそれに耐えきれないと言わんばかりに舌を打った。

 

「―――んでだよ」

 

「…………」

 

「なんで―――なんで()()、ンな事を言うんだよッ‼」

 

 赤い稲光が、施設の中を照らしていく。空気を裂いて伝わるその癇癪を、しかしアルトリアは真正面から受け止めた。

 

「オレ達はもう相容れない間柄の筈だ‼ 貴方がオレを王と認めず、それでもオレを赦し続けたからキャメロットは崩壊した‼ ―――もう何もかも遅いんだ、オレ達はこのまま永劫に、互いを憎みながら殺し合うしかねぇんだよッ‼」

 

 剣戟は、更に激しさを増した。心中に溜まり溜まったそれを全て吐き出しているかのような苛烈な猛攻だったが、アルトリアは決して避けずに全てを受け止めてみせる。

 躱せるはずの攻撃もあった。普段の、それこそ尋常な勝負に立っている時のアルトリアであれば、このような愚直な防戦はしなかっただろう。

 それでも彼女には、モードレッドの攻撃を躱さない理由があった。

 

「言った筈です、モードレッド。私は、貴方を憎んだ事など一度もないと」

 

 それは今も同じですと、そんなアルトリアの言葉に、モードレッドは更に憤慨する。

 鍔迫り合った剣からは更に高密度の赤雷の魔力が漏れ出し、聖剣ごとアルトリアを圧し潰さんとしていた。

 

「ふざけるなッ‼ そんな筈はない、そんな筈があるか‼ 貴方はオレを拒絶したから、認めなかったからああいう最期を遂げる羽目になったんだ‼ 恨まねぇ理由なんざねぇだろうが‼」

 

「―――あぁ、勘違いをしないでください。恨みはしていませんが、悔しくはありますから」

 

「あァ⁉」

 

「あの時、貴方を”王”ではなく”親”として諫められなかった私が、です」

 

 吹き荒れた颶風が、赤雷諸共モードレッドを吹き飛ばす。それでも憎悪に染まった表情で睨みつけてくる彼女を眼前にそれでも再度口を開く。

 

「”王”であった私は、貴方を”子”として認めるわけにはいかず、新王としては更に認めるわけにはいかなかった。それは必ず、円卓の崩壊を招くと分かっていましたから。―――ですがそれは、ただの着せがましい言い訳でしかなかった」

 

「…………」

 

「たとえ魔女の奸計で生まれ落ちた身であっても、私の血を分けた子息だと言い張れるだけの度量の大きさが、私に備わっていれば良かった。貴方のその狂奔に特化した”率いる力”の使い方を示せる賢王であれば良かった。―――貴方を”騎士”ではなく、”子”として愛せるだけの覚悟があれば良かった」

 

 だがそれは、既に過ぎ去ってしまった事。歴史に綴られた過ちは、もう二度と覆す事はできない。よしんば”可能性”があったとしても、その悪魔の囁きに耳を傾けてはならない。

 人であることを諦めて、人の世の安寧の為だけの存在に成り下がった親と、人ならざる身でありながら人のように生き、人らしい最期を迎えた子。終わらぬ戦乱の時代に於いて、一度軋轢を生んだこの両者が和解する道など存在し得なかったのかもしれない。

 

 子というものは総じて、子自身が望んで生まれてくるわけではない。彼女の場合はそれが更に顕著だった。魔女(モルガン)が己の妄執を叶える為だけに生み出した仮初の命(ホムンクルス)。「いずれ王位を簒奪する」という呪いを出生時から背負わされた命は、それでも懸命に生きたのだ。

 

 輝かしき王への羨望、崇敬が転じて憎悪に成り代わった後も、彼女はただ彼女(モードレッド)であった。

 親は子の慟哭を知らず、子は親の苦悩を知らなかった。それも当然の事。そもそもアルトリア・ペンドラゴンは、モードレッドを自らの子として見ていなかったのだから。

 

 しかしその過ちを、今は繰り返さずに済む。

 

「私も貴方も、今はただのサーヴァント。互いにただの騎士でしかない。貴方を縛り付けていた呪いも、私を戒めていた地位も―――もう何も、残ってはいないのです」

 

 王であった事を後悔はしていない。民を導き、ブリテンという国を治めていた己の在り方。それは正しく、駆け抜けた事は間違いではなかった。

 だが、()()()()()()()()()のだ。”王”であることに固執し続け、最後には()()()()()()()()()。守るべき民も、付き従い忠誠を誓う騎士も―――無論の事、自分の子も。

 

 王は人の心が分からないと、そう戒めて円卓を去った騎士の言葉を、今でも反芻することがある。あの言葉は、どうしようもない程に正しかったのだと。

 選定の剣を引き抜き、不老になった身であれど、それでも王でありながら人らしく在れていれば、より良い未来を描くことができたのだろうか、と。

 故にこそ―――。

 

「だから―――えぇ。掛かって来なさい馬鹿息子」

 

 今もカルデアで待っているであろう息子と同じように、此方の息子とも、徹底的に向かい合わなければならない。

 

「お互いに心を知りえなかった馬鹿者同士、力尽き果てるまで斬り結ぶとしましょう」

 

 それが、一度は”人の親”としての責務を放棄した己に課された、重大な使命なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 恨んだ事など、ただの一度もなかった。

 

 それがどのような死に様であっても構わなかった。主君の為に生き、主君の為に死ぬ。その最期がたとえ路傍に打ち捨てられようとも、死体が野に晒され続けようとも、大事なのは生き様であり、死に様ではないのだから。

 

 そう考えれば、ディルムッド・オディナという騎士は、生涯の中でただ一つの大きな瑕疵を残してしまったと自虐している。

 主を裏切り、遁走したこと。親友の言があったとは言え、主君への忠誠よりも守るべき誓いを重んじた事。

 

 だがディルムッドは、その選択と結末を決して後悔していない。後世に残された者達は誑かされたディルムッドこそ嘆かれるべきだと思うかもしれないが、それは大きな間違いだ。

 

 かのクランの猛犬、光の御子と同じような、華々しい英雄でありたいと常に思っていた。それは全く、揺るがない思いであった筈なのだ。

 だがそれでも、騎士ではなくただ一人の男として、自分を愛してくれた一人の姫を愛して生きたという選択は、誰に恥じるものでもなかったのだ。

 

 しかし、未練というものは残ってしまう。

 嘗て卓を囲んだ友たちと、そして忠誠を誓った主と、再び何の欺瞞も軋轢もなく共に戦い、杯を交わす事が出来なくなってしまったという事実。

 

 愛とはどれほど重きものか。忠とは如何ほどに栄えあるものか。

 

 葛藤に葛藤を重ね、それらを天秤に乗せたところで、終ぞディルムッドはどちらを無に帰すことはできなかった。

 だからこそディルムッドは天命を―――己の最期を何の疑いもなく受け入れることができたのだ。

 

 ―――もしも二度目の生があるのならば、その時こそ誉ある騎士の姿を。何にも惑わされぬ、真の忠義を貫く。

 それこそが、ディルムッド・オディナという英霊が聖杯戦争に参戦した理由であり、何を差し置いてでも果たすべき使命であった。

 たとえどれほど冷遇されようとも、どのような仕打ちを受けようとも。そう思っていたディルムッドの旅路は、とある邂逅によって変わったのだ。

 

 

 

 

 

 フィン・マックールという英雄の最盛期は、まさに華々しいものであった。

 武だけでなく魔法の才も有し、知恵の鮭を食したことで知識と予言の力も得た彼は、フィオナ騎士団を作り上げるにあたって神霊アレーンを打ち倒した。その後もエリンの守護者として魔猪や冥界の馬などといった数々の魔物を討伐し、遂には戦神ヌァザを戦いの果てに打ち負かした大英雄。

 

 そのような人物と矛を交えることができるというのは、まさしく騎士としては誉れだろう。

 だからこそディルムッドは、死力を尽くして戦うと決めていた。この状況で手を抜くような行為は、嘗ての主に対しての侮辱も同義。それだけは、許す事はできない。

 

 交わるのは三槍。赤槍と黄槍の二槍を振るうディルムッドに対して、フィンが振るうのは両手槍。

 単純に手数ではディルムッドが勝っていたが、しかし口火が切られて以降、両者に負い負わせた傷は一つもない。フィンは本気の中にまだ余裕味を感じさせる動きで、ディルムッドの双槍を捌いていた。

 

 双槍を扱う利点は、長柄武器特有の攻撃の隙を埋められる事にある。しかし、従来両手で扱う槍を左右の手に携えるというのは異色の戦い方であり、並の戦士であればまともに振るう事すら叶わないだろう。

 だが、名高きフィオナ騎士団最強の戦士が扱うとなれば、途端に話は変わる。その戦い方は初見で相対する戦士にとっては奇怪以外の何物でもなく、対策を講じる前に命を刈り取られる事になる。

 

 しかし、目の前の人物は違う。

 その双槍を以て、エリンの害悪となる敵らを屠ってきたディルムッドの姿を見続けてきた。それも肉体が最盛期の姿で召喚されたとあらば、その戦い方を見切れない道理はない。

 

「しかし、奇天烈なものだな、ディルムッド」

 

 息を吸って吐くかのような自然な態度で、フィンは言葉を紡いでいく。

 

「こうして若々しい姿でお前と相対する日が来ようとは。―――それも、お前の縁の英霊として喚ばれるとは思わなかった」

 

「……何を仰られるのですか。貴方様は私が生前に忠を誓ったお方。裏切り者と謗られようとも、それだけは永劫変わりは致しませぬ」

 

 真っ直ぐな声色でそう言うと、フィンは一瞬だけ面を食らったような表情を見せ、その後に失笑する。

 

「はは、英霊の座に赴いても相変わらずか、ディルムッド。深慮に過ぎるお前の事だからもう少し思い込んでいると思ったのだが、うむ、なんだ、良いマスターと巡り合ったようじゃないか」

 

「……彼は、正しくは私のマスターというわけではありません。言うなれば盟友です。しかし―――」

 

 双槍の柄を握り直し、神妙な面持ちでディルムッドは告げる。

 

「我が槍を捧げるに値する方でした。私は今、不遜ではありますが主を止めるためにここにいるのです」

 

 

 元々は、マスターより命ぜられて一時期行動を共にするだけの筈だった。新たなマスターとして傅き、瑕疵のない忠義を誓う筈だった。

 だが彼はそれを拒み、言ってみせたのだ。貴方は「仕えるべき主」を探しているのではなく、「自分の”忠義”を受け入れてくれる器」を探しているのではないか、と。

 

 ディルムッドにとって、その言葉は頭を槌で殴られたかのような衝撃を与えた。

 生前に醜態を晒し、主を裏切る末路を歩んでしまったからこそ、二度目の生では必ずや主に尽くそうと思い―――それしか見えていなかった。

 そう。二度同じ過ちを犯しかねなかった未熟な己を指し示してくれたその青年は、あまりにも「正しい人間」であったのだ。

 

 悲惨な悪行を前にすれば犠牲者を悼み、そして”悪行”そのものを憎む。かと思えば、自身を正義の体現者だと言う様な事もない。

 ”世界を救う”という大業。ディルムッド自身はどういう経緯で彼がそのような重荷を背負う事になったのかは知り得ていないが、それでも彼は、それを成すためにただ前を向いていた。

 

 礼儀は弁えながらも、しかし嘗て国を治めた王たちにも忌憚なく立ち向かい、その心情は決して捻じ曲がらない。己の命が危機に瀕してもなお立ち向かい続けるその様は、まるで英雄譚に描かれた人物そのものだった。

 

 故にこそ、ディルムッドは岸波白夜という青年にサーヴァントとしての命を捧げる事に何の不満もありはしなかった。

 己自身の力が及ばずとも、仲間らを信じ、敵対していた筈の者達の心を絆して共に歩んでいく。それこそ、人を率いる事が出来る者の極致。騎士が己の命を捧げようと心に誓う者の姿に他ならない。

 

 その為に嘗ての主と矛を交えねばならない事に、欠片の迷いもなかったかと言えばそれは虚言だ。

 だがそれも、武を交える前にフィンが言い放った言葉で吹っ切れた。

 

 ―――これは、互いを憎しみ合う戦いに非ず。

 ―――退けず譲れぬものを抱えた、ただの騎士同士の相対である。

 

 

 するとフィンは、衒いのない笑みを零して呵々と笑った。絶世の美貌に上塗りされたそれは、心の底から満足しているといったような声色だった。

 

「あぁ、正直に言うとだな、ディルムッド。私は今、この上なく愉しいのだよ」

 

 優男じみた柔らかい笑みは一瞬で鳴りを潜め、そうして浮かび上がったのは戦士としての表情。

 騎士団に集った者ならば一度は必ず浮かべた、己が武の全てを晒しても後悔はないと言い張れるほどの強敵と相対した時のそれ。武人の笑みだ。

 

「黒く塗りつぶされた聖杯に呼ばれ、何の罪もない幼子を連れ去れと言いつけられ、命を懸けて立ちはだかった勇士を手にかけざるを得なかった。

 貧乏クジを引かされたものだと思っていたが……私の運も捨てたものではないらしい」

 

「主……」

 

「老憔した私は随分と嫉妬に駆られたが、今の私は少し違う。己が率いたエリン最高にして最強の騎士団、その最強の騎士との手合わせに、心が躍らぬ筈もなし‼」

 

 そしてフィンは、そこで初めて攻勢に転じた。

 携える槍は、嘗て神霊アレーンを討伐した際に、彼の命を貫いたそれ。伝説に昇華した槍の重さを、ディルムッドは否応なく感じてしまう。

 

 互いにヒトの極致に至るまで研鑽を積んだ武人同士。魑魅魍魎が跋扈するエリンを護り抜いてきた者同士の攻防は、周囲を抉り抜いていく。

 教会の外壁は圧し潰されるような悲鳴を挙げ、石畳は足を踏み込むだけで陥没する。その嵐の中心で、二者は邪気も無く武を競い合っていた。

 

 口を真一文字に閉じていたディルムッドも、段々と口角が吊り上がっていく。生前に忠を尽くした主の全盛期。伝聞でしか聞き及べなかったそれが、まさしく一騎当千に相応しいものだという確証を得て。

 そしてフィンも、笑みを抑えてはいない。フィオナ騎士団最強の騎士、同じ騎士団の人間からも羨望を集めたその武を、自身が味わえるなど僥倖以上の何物でもない。

 

 得物を振り抜いた刹那の時間が永遠に引き延ばされるような感覚。飛び散った火花が儚く消え落ちていく瞬間までもが、網膜に焼き付いて離れない。

 一瞬一瞬を噛み締めて、二人の騎士は宵月の静寂を剣戟の祭囃子で彩っていく。それはまさしく、吟遊詩人に語られるべき、新たな伝説の戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 遠坂邸の敷地内には、侵入者を想定した魔術式の罠が十重二十重に張り巡らされていた。

 

 それは、聖杯戦争に挑む魔術師、それも中心となる御三家の一角が構える拠点であれば当然の事。まっとうな魔術師から見れば、この屋敷は強固な要塞も同義の防衛システムが展開されている。

 だがそれも、A+というとりわけ高い『気配遮断』スキルを有した切嗣(アサシン)にしてみれば、紙の張りぼてのようなもの。

 警音結界も認識結界も、その全てをただ歩くだけで素通りし、物理的に霊的存在を排除する結界は、その要となっている宝石を狙撃で排除しながら進んでいく。

 

 結界が脆弱だと嗤う事はない。上出来だと褒め称えることもない。彼はただ、そこにあるものを機械的に処理していく。そこに感情などはない。

 

 全ての結界の排除を確認し、後顧の憂いを断ち切った後、切嗣(アサシン)は遠坂邸の内部へと侵入する。

 洒落た調度品などが立ち並ぶ瀟洒な廊下を通り抜け、隠す気も無く垂れ流しにされている邪悪な魔力を手繰り寄せるようにして進む。幾度道を折り曲がったか、どれ程歩を進めたか、逐一そういった情報を頭の片隅に置いておくのは、彼の性格が為せる業だろうか。ともあれ、切嗣(アサシン)はそれほど時間もかけずに、目的の場所まで辿り着いた。

 

 正確には、目的の場所であろう部屋の扉の前だ。

 霊体化して通り抜けるもよし。蹴り破るもよし。爆破物で吹き飛ばすもよし。どれを選んでも大して差がないというのに、彼は今、その部屋の中に入ることを一瞬ではあるが()()()()のだ。

 

 全身を邪悪なものが這いずり回るような感覚。それが悪寒であるとすぐには気付けない程度には、切嗣(アサシン)は世俗の感情から離れ過ぎていた。

 しかし、その正体を知ろうともせず、右手に構えた銃で扉の蝶番(ちょうつがい)を撃ち抜いていた。支えを失った扉は、重々しい音を立てて倒れていく。その中には、二人の人物がいた。

 

 ……否、この言い方は語弊がある。正しく言えば、《立っている人間》が一人、《床に倒れ伏している人間》が一人。

 絨毯の上に倒れていたのは、真紅の背広を纏った壮年の男。仰向けに倒れたその男は、何が起きたか分からないと言わんばかりの表情のまま、心臓に当たる部分を()()()()()()絶命していた。

 その外見的特徴を見るに、事前に訊いていた「遠坂時臣」の情報と一致する。見る限り、魔術による幻覚などではなく、間違いなく本人だろう。

 

 そして、その傍らで佇む僧衣姿の男。

 その男は、右手に持った遠坂時臣の心臓を一瞥すると、何の感慨もないと言わんばかりに()()()()()。心房に溜まっていた血液が周囲に飛び散る中、ゆっくりとその顔を上げる。

 

 虚無という概念を、そのまま形にしたような男であった。体の右半身は、まるで光の存在そのものを忘れてしまったかのように漆黒に塗り潰され、右目は血脈のように真紅に輝き、脈動している。

 辛うじてヒトの形を残している左半身も、そこから何かを読み取るのは不可能だった。生気を失ったそれは、もはや屍人も同然。”何かに生かされている”という表現が、最もよく似合う。

 

 口が言葉を発する前に、切嗣(アサシン)は男に銃口を向け、引き金を引いていた。

 射出された弾丸は吸い込まれるように男の眉間に着弾し―――しかし甲高い音を立てて跳弾する。命が削れた様子は、欠片も見えなかった。

 

「……お前は、サーヴァントか」

 

 男の口が、言葉を紡いだ。

 何の変哲もないただの問いかけだ。無論切嗣(アサシン)には、それに応える義務はない。

 だが何故か、その声が耳朶に張り付いて離れない。得も言われぬ不快感が再び全身を駆け巡ったその直後、切嗣(アサシン)が半ば無意識に口を開いて、問いかけていた。

 

「貴様は―――()()()

 

 その問いが何の琴線に触れたのかは切嗣(アサシン)には理解できなかったが、直前まで無表情を貫いていた男が、不意に口角を吊り上げる。

 その様は、切嗣(アサシン)とはまた違った意味で狂気に塗れたそれであった。血と闇に彩られた”ソレ”は、再び口を開く。

 

「私の名はコトミネキレイ。―――ヒトではなく、それ以下に堕ちる事も叶わなかった半端者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





Q:モーさんは何でこんなに荒れてるの?
A:Apoの時のモーさんは大体こんな感じだったような気がする。FGOはサモさんとかいうイレギュラー中のイレギュラーが居過ぎて良く分かんなくなってる。サモさん可愛いよサモさん。

Q:フィンさんが寒いギャグ言わないってマジかよ。
A:汚染された聖杯から召喚されたから多少はね。

Q:カルデアにはモーさんが既にいるってことでOK?
A:OK。モーさんはロンドンの攻略後に来てくれた。その後は冒頭にもある大喧嘩(島一つ壊滅)を経て和解。現在は「父上ー」とかいって懐いてる。

Q:そのカルデアのモーさんが冬木のモーさん見たらヤバくね?
A:現在モニターは白夜君たち一行しか映せてないからセーフ。



 はい。ってなワケで続きです。何だかこの三人の戦いはアッサリ終わらせたくないと思ったらこのザマよ。特にアルトリアvsモードレッドは、ね。

 後、筆者のカルデアにもプロトアーサーさんお迎えできたんですが、モーさんが更に混乱する事態を招いてんじゃないですかねコレ。とりあえずプロトアーサーさんのエクスカリバー、音声機能付きで商品化してくれませんかね。買いますよ僕。

 それではまた。


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