Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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 どうも。アインツベルン城でアサシンエミヤと戦う時に流れてたBGMを聴いて「やべ、来る‼ 起源弾来る‼ 逃げてぐだお、超逃げて‼」と焦ったのは自分だけではない筈。十三です。

 気が向いたら投稿すると言っておきながらやっぱり手が止まらずに書き上げてしまいました。FGO最高‼ Fate最高‼





ACT-2 「この身は届かぬ正義を示すモノ ~エミヤ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ケリィはさ、どんな大人になりたいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――僕はね、正義の味方になりたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは―――いつの記憶であっただろうか。

 

 

 

『……子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』

 

 

 静謐な夜。望月の灯の下、ふと漏れ出たようなそんな言葉を、確かに耳朶で聞いてしまう。

 力のない声だった。まるで今すぐにでも、終わりかけの線香花火の如く儚く消えてしまいそうな声色であったが、それでもその言葉は虚構ではなかった。

 

 誰もが思うはずだ。その言葉が過去形であった事に、普通の、社会という荒波に呑まれてきた者達ならば、「それはそうだろう」と、苦笑交じりに思うはずだ。

 

 ”正義の味方”―――あぁ確かに、煌びやかな言葉ではある。未だ世の中の恐怖を知らず、厳しさを知らず、世界は自分の知らない未知と慈悲で溢れていると思っていた幼少の頃合いには、志した者も多かったはずだ。

 誰もが正しければ、間違えなければ。己が正しさの体現者となり、悪行を働く者達を粛正する事ができれば、世界はきっと素晴らしく美しいモノになるだろうと、そう思っていた時期があった筈だ。

 

 しかしそれは、時の経過と共に砂上の楼閣の如く崩れ去る。

 

 世界は綺麗事では成り立っていない。成長するにつれ蓄える知識の量が増え、理解できる事実も多くなった。教育機関で学べる程度の事ですら、蔓延る悪行の大きさを理解する事ができる。

 片や国境を越えて人命を救おうとする誇り高い人々がいる一方で、人を殺すための銃器や破壊兵器が流通し、絶え間ない戦火に包まれている国がある。命を賭して犯罪組織を摘発しようとする治安維持組織の人間がいる一方で、巨大犯罪シンジケートと癒着し、私腹を肥やす権力者がいる。

 そしてなんとも非情な事に、前者よりも後者の方が―――善意よりも悪事を働く者の方が多いのだ。国民が一日を生きる金を手に入れる事すら困窮するような国であれば、尚更。

 

 そういった事情を理解していく内に、いつしか子供の頃に抱いた理想(ユメ)は消えて行く。

 正義とは何なのか、”正しさ”とは何なのか。そういった袋小路に迷い込んだ挙句、それを追い求めるのを止めていく。確固たる正義ではなく、自分なりの正しさを貫いて行くようになる。―――それが俗に、「大人になる」という事だと、人々は否が応でも知っていく。

 

 だが、この男だけは―――平屋の縁側に腰掛け、月を見上げながら呟くようにそう言ったこの男だけは、違っていた。

 そう、違って()()のだ。

 

 

『なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ』

 

 

 男に憧憬を抱く少年は、そう言った否定の言葉を嫌う。

 その羨望は馬鹿げていると、少年をそう戒められる存在はいない。彼が語り掛けている養父とて、そう言い放つには己の人生が過酷すぎた。

 

 

『うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けばよかった』

 

 

 そう。気が付いていれば良かった。可能であれば、彼が父をその手で殺した瞬間に、気付いていれば良かった。

 お前が救うには、この世界は大きすぎる。馬鹿げた妄執に囚われるのは愚図のする事だと、そう気付いていれば良かった。

 

 そうすれば、彼は最期に家族と呼んだ女性を殺さずに済んだ。人並みの幸せを―――ヒトとしての生き方を、選んで行けたかもしれなかったのに。

 

 

『そっか……それじゃあしょうがないな』

 

『そうだね。本当に、しょうがない』

 

 

 しかし全ては後の祭り。失ってから後悔したところで、それは全く無意味だ。

 男の悔恨は此処で終わる。残り少ない命が尽きる事に後悔はない。男が抱き続けてしまった、ヒトが抱えるには重すぎる渇望も、ようやっと手放す事ができる。

 

 宿業の全てを秘めたまま、何も遺さずに逝く事ができる。そう思っていた。

 

 

 

『うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ』

 

 

 

 その一言。まさに、その一言が起因だった。

 男は気にも留めなかっただろう。自分が地獄で拾い上げた命。5年の歳月を経て不器用ながらも育んできた命が、さりげない口調で言ったその言葉が―――まさしく呪いの始まりであったことを。

 

 だから、間違いだった。

 生涯を通じて何を成し遂げる事もなく、何を勝ち取ることもなかった男が、最期に胸の内に抱いた安堵の感情は、決して安寧を示すものではなかったという事を。

 

 

 その呪いが、永劫に近い時を縛り付ける事になる事も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無関係な人間は巻き込みたくないと言ったな?』

 

『ならば諦めろ。一人も殺さないという方法では、結局誰も救えない』

 

 

 故に、”彼”はそこに至った。

 奇しくもそれは、彼を育てた養父が、絶望の人生を経た後に至った”答え”と同じモノだった。

 

 いつかの時―――そう、「英霊になればきっと全てを救えるはず」という浅薄な想いに身を委ねて世界そのものと契約を交わした瞬間から―――否、或いはもっと前から、彼の地獄は始まっていたのだろう。

 

 『正義の味方』として、救った命は数え切れない。人々の危機に瀕して颯爽と現れ、救っていく彼を英雄と呼ぶ者は数多く居たが、その名声に対して彼が見返りを求めた事は終ぞただの一度もなかった。

 なぜなら彼は『正義の味方』。富も名声も必要ない。ただ、”人々が幸せであれ”という事実があれば、そこに彼の存在意義があったのだ。

 

 だが、そんな生き方は()()()()()()。結果的にその在り方を恐れ、阻まれ、在り方全てを罵倒と共に否定された後に護ってきた筈の存在に裏切られて処刑された後も、彼は誰一人として恨む事はなかった。

 最期まで彼は、養父が望み、そして果たす事ができずに諦めてしまった『正義の味方』で在り続けた。そこで運命の輪は、断ち切れるはずだった。

 

 

 しかし彼は、まだ”世界”を甘く見ていた。

 非情にして冷酷―――否、そんな感情すらも有りはしない。”ソレ”はただ、”世界”という存在が在り続けるために機能する装置。生者の内に魂を明け渡した彼は、そんな装置の歯車になる事を余儀なくされた。

 

 

『他者による救いは救いではない。お前はお前のものでない、借り物の理想を抱いて、恐らくは死ぬまで繰り返す』

 

 

 殺した。殺した。思考を巡らす事すら億劫になるほどに、殺して殺して殺し尽した。

 彼は『掃除屋』。”世界”が存続するために在り続ける機構の一部。人類の滅亡を回避するために、要因となった者を加害者、被害者もろともこの世から消し尽す殺戮者。

 

 何故、どうしてと、逡巡する事すら許されない。殺したくないと、拒絶する事も許されない。

 

 巡り巡った婉曲な”呪い”は、遂に死後に至るまで彼を苦しめ続けた。

 自分のものではない、借り物の理想を抱いて、それを死ぬまで繰り返した結果が―――このザマだったのだ。

 

 

『だから無意味なんだ お前の『理想』は―――』

 

 

 信じ続けた筈の理想は、悉く彼を裏切った。幼い頃からただ一心に信じていた筈のその想いは、果てなき殺戮の作業を繰り返す間に摩耗を続けた。

 世界の誰もが幸せであれと願った。自分こそが正義の体現者たれと、強迫観念に駆られるかのようにただひたすらにひた走った。

 

 故にこそ、その想いが音を立てて壊れるのは―――必然だったのだ。

 

 

『お前の想い、決して自ら生み出したものではない』

 

『醜悪な正義の体現者が、お前の成れの果てと知れ』

 

 

 姿を見るたびにうんざりする。

 自分がまだその理想に燃えていた頃の自分。養父が遺したたった一つの”呪い”に囚われ、自分であればそう在れると、何の根拠もなく信じていた自分自身。

 

 馬鹿な。いい加減にしろ。その先、己が信じたその道の先が、地獄に通じる下り坂だと―――どうして理解する事ができない。

 

 

『俺はどんなことになったって、後悔はしない』

 

 

 あぁ、そうだ。嘗ては自分もそう思っていた。己が信じた理想を抱えてひた走る事ができれば、後悔などまかり間違っても抱かないと、そう思っていた。

 

 

『おまえには負けない。誰かに負けるのはいい。 けど、自分には負けられない‼』

 

 

 そうだ、誰かを助けたいと思う気持ちが、綺麗だったから憧れた。

 地獄の底から救い上げられた命だからこそ、強迫観念に駆られて思ってきた。―――この身は誰かの為にならなければならない、と。

 しかしそれは所詮は”偽善”。”人のための善”であるが故に、それは自分自身を救えない。

 

 そのような生き方など間違っている。そんなモノは―――ヒトが辿るべき生き方ではない。

 

 だが―――そうだ。確かにコイツの言う通りだ。”人の為になりたいという想い”。それそのものは、決して間違ってなどいない。

 間違っていたのは常に自分。なのにいつしか、自分が唯一信じて来たはずの理想すら、彼は信じられなくなっていた。

 

 酷い話だ。古い鏡を見せられている。

 だが、その姿、その理想。自分が那由他の果てのどこかに置いてきてしまった”それ”を抱いたまま立ち向かうそれそのものを否定する事など、できそうにない。

 

 

『あぁ―――そうか』

 

 

 思い出すのは昔日の夜。養父が置いて行った肩身を後生大事に抱えたままに、理想に燃える男の姿。

 いつから自分は己を否定していたのだろう。いつから自分は、その理想を信じれなくなったのだろう。嘗ての己は―――こんなにも強く抱いていたというのに。

 

 

『こういう男が、いたんだったな』

 

 

 果てなき旅路はまだ続く。彼に止まる事は許されず、ただひたすらに歩き続ける。

 だが、答えは得た。まだ頑張れる。まだ歩き続けられる。己に負けずに、世界に負けずに、頑張っていく事ができる。

 

 そうして彼は、嘗て恋した一人の少女に屈託のない笑顔を向けて去って行った。

 

 昔日の理想を、その胸に抱いたままに―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 ―――それは、彼がカルデアにアーチャーのクラスのサーヴァントとして召喚されてから少し経った頃の話。

 

 

 

「マスター、一つ訊きたいことがあるのだが、いいかね?」

 

「ゲホッ、ゲホッ、うぉぇ……ちょ、ちょっと待って。ちょっと休ませて。今の俺、ちょっと洒落にならないレベルでグロッキーだから。口の中の水分がゼロだから」

 

「せ、先輩大丈夫ですか⁉ スポーツドリンクをどうぞ‼」

 

「あ、ありがと……マシュ……」

 

 

 数多の英霊のマスターとして振る舞っているこの少年は、何とも努力家な一面があった。不条理に巻き込まれて、ほぼ一般人の身の上だというのに唐突に世界の救済を押し付けられたのにも拘らず、それを健気に為そうとしている。

 その為に、恥も外聞も元からないと言わんばかりに英霊たちに教えを乞う事が日常茶飯事だ。”魔術師”として正しく在るキャスターのサーヴァントに拙いながらも魔術を教えてもらい、教授の才覚があるサーヴァントを捕まえては肉体強化に励んだりもしている。

 

 そうした努力が実を結んでか、特異点オケアノスでは様々なサポートがあったとはいえ、女神一人を抱えながら大英雄ヘラクレスから見事に逃げおおせるという快挙を成し遂げてみせたのだ。

 しかし少年には、決して”戦う者”としての才覚があるわけではない。

 

『ふむ、確かにあやつには戦士としての才はない。あぁ、いっそ清々しい程に、だ。魔術師としての成長の見込みも精々が三流を抜けて二流に留まれるかどうかといったところであろうな。良くも悪くも、凡庸の域を出ん』

 

 とは、彼を指導した一人である影の国の女王にしてランサーのサーヴァント、スカサハの言葉だ。

 彼女は決してマスターである少年を貶すつもりなどは毛頭ない。ただ真実を、ありのままに告げただけである。戦士としての素養はないのだと。

 しかしそれは、彼とて同意見であるところが多かった。そこそこ長く指導していたから分かるが、マスターはどう足掻いても前線で自ら命を張って戦う存在にはなれない。それは、少年自身も分かっていた。分かっていた上で、それでも今より少しはマシになりたいと、そう思って励んでいるのである。

 

 だからこそ、アーチャーは訊いておきたい事があった。

 

 

「マスター、君は正義の味方に憧れた事はあるかね?」

 

「へ? 正義の、味方? というと……日曜朝7時くらいからテレビでやってる戦隊モノみたいな感じの?」

 

「……些か価値観が偏り過ぎな部分は否めないが、まぁ、そういうものだ」

 

 

 ”世界を救う”という大役を唐突に担わされた彼は、しかしこれまでに数々の特異点の定礎を復元し、人類史を正常な在り方に戻してきた。

 

 聖女ジャンヌ・ダルクや華の王女マリー・アントワネットらと共に駆け抜けた戦後間もなくのオルレアン。

 自らの国を何よりも愛する皇帝ネロ・クラウディウスらと共に奔走した豪壮にして狂気の大地、セプテム。

 星の開拓者となった大海賊フランシス・ドレイクらと共に渡り続けた、永劫に続く未知の四海、オケアノス。

 反逆の騎士モードレットや異質の暗殺者ヘンリー・ジキルらと共に潜り抜けた霧まみれる魔都、ロンドン。

 

 いずれも、死に瀕した事は一度や二度ではない筈だ。時には自ら命を投げ捨てるような事をやってのけてまで、少年は人類史を救う旅路を歩んできた。

 

 それは―――何故なのか?

 本来であれば、泣きながら逃げ出したところで誰も責められはしない。生半可な責任感とやらで務まるほど、”世界最後のマスター”という任は甘くはないはずだ。

 だという筈なのに彼は、いつだって逡巡も躊躇いもなく渦中に飛び込んでいく。常に傍らに最も信頼している盾のサーヴァントと、彼を慕う英霊たちを引き連れて。

 

 その胸中にある思いが、ただの『正義の味方でありたいから』というモノであれば、それはとてつもなく危うい。嘗ての己がそうであったように。

 

 

「うーん、正義の味方かぁ。いやまぁ確かに子供の頃はなりたいと思ったよなぁ。ホラ、おもちゃの変身ベルトとか着けて? ヒーローごっこ遊びとかよくやったし、合体する巨大ロボの搭乗員とかなりたいと思っていたし。あ、後者の方は今も思ってたりするんだけど」

 

「む……ま、まぁその憧れは否定しないがね。私が言っているのは―――」

 

「でも、さ。俺はなれないよ。そんなものに」

 

 あまりにも自然な口調で言われたために、さしもの彼も一瞬言葉を失った。

 すると少年は、汗まみれになった顔を渡されたタオルで少々乱暴に拭いながら、困ったような笑みを浮かべた。

 

「いや、だって、そういうのになれる人は、本当に意志の強い人だけだよ。世界なんて煌びやかな事ばかりじゃないんだしさ。そんな中で”正義の味方”を張り続けられる人は、うん、やっぱり凄いと思う」

 

「なら―――」

 

「でもやっぱり、俺はなれないかなぁ。いや、正しく在ろうとはしてるよ? 間違いなく。でも俺は、何と言うか、馬鹿だからさ。理念とか理想とか、そういったモノを持ってたら動けないんだよね。

 大事なところでも結構ノリで動いてるところあるし、そんな人間が正義の味方なんて名乗っちゃいけないと思うよ」

 

 少年は決して卑屈になっているわけではない。

 彼は自身の事を冷静に客観視できる人間であるし、ともすれば英霊さえも凌ぐほどの長所も持っている。特異点の時代に赴いた際に英雄の如き活躍だと称賛を受けた事もある。

 だが彼はいつも決まって苦笑気味に笑いながら、謙遜でもなんでもなく本心からこう言うのだ。―――「そんなことはないですよ」と。

 

 興味がない、という表現は些か語弊がある。ただ彼は、それを名乗るつもりが毛頭ないというだけの事。

 

 

「俺が定礎復元の旅に出る事になったのもただの偶然だ。別に自分から志したわけじゃない。その程度の民間人が名乗れるほど、安いモノじゃない筈だ」

 

「……では君は何故世界を救うために命を賭ける? 義務感かね?」

 

 自分でも意地の悪い質問であったとは思うが、それでも聞かなくてはならなかった。

 すると少年は、一瞬キョトンとした顔になり、そして顎に手を当てて少しばかり思考した後、最初は自信なさげにアーチャーにそれを伝える。

 

「義務感、か。まぁ、うん。それも確かにあるかな。サーヴァント(君達)を連れてレイシフトできるのが現状では俺だけだし。俺が死んだら結局世界はソロモンが思う通りになってしまう。それは嫌だ。見たくない。

 ―――だけど、それだけじゃあないよ。俺が諦めない理由は」

 

「ふむ」

 

「だって、俺が諦めたらサーヴァント()の願いが叶わないじゃないか」

 

 聖杯に託する願いを求めて”座”からの召喚に応じるサーヴァントたちは、しかし大前提として”世界”が存続していなければ叶わない願いを抱いている。

 世界中の子供たちの安寧を願う英霊もいれば、ただひたすらに強者との戦いを求める英霊もいる。だがそれは、生きていなければ叶わない。世界を救済しなければ、それを叶える術もない。

 

 少年はそれぞれのその願いを、生前には終ぞ敵わなかった祈りを成就させてあげる事こそがマスターたる自分ができる唯一の事だと、そう臆面もなく言えるのだ。

 

「だから、義務感よりも『自分がしたい事をしてる』という方が正しいかもしれない。……不謹慎だって分かってはいるけどさ、俺は”救世主”なんて器じゃないし、だったら自分の手が届く範囲のものを守って、叶えてあげて、それが巡り巡って世界を守る事に繋げるしかないんだよ。―――俺だって、世界がなくなるのはイヤだしね」

 

「先輩……」

 

 傍らで聞いていたマシュが、潤んだ目で少年を見つめている。かく言うアーチャーも、どもりながらも返ってきたその言葉に、思わず笑みを浮かべるしかなかった。

 

 あぁ、そうだ。英雄などと言う言葉は、己自身で口走るモノではない。きっと彼のような存在が、必死に駆け抜けた先に掴み取った結果とその轍に残った過程を第三者が憧憬の念を向ける事で初めてそうなれるのだ。

 『しなければならない』ではない。『したいから、する』。自己満足? 不謹慎? 大いに結構。彼にとっても世界にとっても、それはきっと正しい選択なのだから。

 

「あぁ成程、了解したよマスター。やはり君は、私が力を貸すに値する人物のようだ」

 

「え? あ、うん。ありがと」

 

 ならば自分は、『正義(マスター)味方(サーヴァント)』で在ればいい。

 そう、”答え”は得たのだ。自分が抱き続けた信念は、理想は、決して間違ってなどいなかったのだから。

 

 世界を救済する―――できる事ならば、亡き養父にも聞かせてやりたいと、そう思った。

 

 世の中にはまだ、それを叶えさせてやるに値する人物が、此処にいるのだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟の音が聞こえる―――という表現は決して比喩ではないだろう。海浜公園に隣接する港湾施設の倉庫街では、今も激しい戦いが続いている。

 

 現在アーチャー―――エミヤがいるのは、その倉庫街の一角に峻厳な山の如く屹立する無人のデリッククレーンの上、ではなく、そこより距離を取った、積み上げられた巨大なコンテナの上である。

 まばらに設置された街灯の光も届かない此処は、人目を気にせず全貌を俯瞰するにはうってつけの場所だった。マスターの命により造作もなく監視に徹していたアサシンを屠った彼は、新たに襲来する可能性があるアサシンに対しての警戒網を万全にすべく、冬木大橋より離れてこの場所にやってきたのだ。

 

 眼下、と称するには些か距離が離れすぎているが、アーチャークラスのサーヴァントの視力を以てすれば、今視界に収められている光景は、眼前で起きているのと変わりはしない。

 流石に古代ペルシャの大英雄やギリシャ神話に名を馳せる神域の女狩人に比べれば劣るだろうが、現状彼は役目を滞りなく進めていると言えるだろう。

 

 

 まさにそれは、大英雄と評するに相応しい者同士の激突であった。それも、同一人物の英霊同士が矛を交える展開など、正史の聖杯戦争においても有り得ない光景だろう。

 

 黄金に輝く剣が空を薙ぐ度に、大気は震え、地は軋みをあげる。一瞬たりとも息つく暇さえなく交わされる剣戟は、まさしくこの世の全ての騎士が羨望してやまない姿であるはずだ。

 だがそれは、決して幻想(ファンタズム)などではない。科学技術によって制圧され、神秘の要素が極限まで薄まったこの現代社会、日本という地で今、神話の再現にも比する戦いが現実として繰り広げられているのだ。

 

 それは、今は傍観者に徹しているだけの筈だったエミヤの心にも、微かに熱いものを灯してくれた。

 

「(そうだ、この光景だ。()が憧れ求めた戦士の姿は、これに間違いない)」

 

 剣の一振りに、騎士王たる彼女の矜持が込められている。その熱が、王気が、月下の世界を完全に支配している。

 あまりにも非現実的なその光景が、逆にエミヤの心に冷静さを取り戻させた。

 

「(しかし、戦局的には一進一退といったところか)」

 

 練度自体はこちら側のセイバーの方が上とはいえ、スペック値そのものは恐らくあちらのセイバーの方が上だろう。その差を如何とするか、それは紛れもないセイバー本人と、マスターの手腕にかかっている。

 周囲に警戒を張り巡らせながら、アーチャーの握り拳は知らず知らずの内に力が入り、熱が籠るようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、エミヤのその考えは確かに当たっていた。

 

 気概は充分、勝算も充分。しかしどこか攻めあぐねているのは、偏に孔明が提案してきた「敵を撤退させるだけに留める」という縛りがあるためだ。

 尾を引く黄金の影を残して、精霊が鍛えた神造兵装が交差する。モノを擦過せずとも周囲に振り撒かれたその余波だけで街灯はあらぬ方向に折れ曲がり、アスファルトの地面は吹き飛ばされ、積み上げられたコンテナは紙細工の如く容易く剪断される。

 翡翠色の双眸は、互いに互いを見据えたままに離れない。合わせ鏡を見ているかのような錯覚に陥るが、しかし”己”に向けて剣を振るう事に一片の躊躇も有りはしない。

 何故なら彼女らは英霊にして騎士。互いに守る者を背にしている状況で、退く道理などないのだから。

 

 剣の交わし合いが区切られ、互いに無傷。乱れたとすればそれは、風圧に煽られて僅かに崩れた髪くらいなもの。

 互いに飛び退いて斬撃の範囲外に陣取ったかと思いきや、しかし次の瞬間には風の魔力を纏って再び尋常ではない速さの剣戟の応酬が始まる。

 ステータス値そのものではあちらが有利。―――が、その不利を覚悟と実績で埋め合わせたアルトリアは、互角以上の戦闘を繰り広げる。

 

 

 交わされる攻撃の速さは、もはや常人の目には追い付けない。傍目から見た者がいたところで、黄金色の竜巻が局地的に吹き荒れているようにしか見えないだろう。まさかその中心で、剣と剣が鬩ぎ合うなどといった前時代的な戦闘が繰り広げられているとは思うまい。

 召喚されてまだ比較的日の浅い孔明は、その動き全てを目で追う事をとうの昔に諦めた。デミ・サーヴァントとしてマスターと共に数多の強敵と相対して来たマシュでさえ、目で追い続けるのが精一杯であり、あの渦中に踏み込んで戦闘を止めろなどと言われた際には、速攻で宝具を開帳する以外に防ぐ手段など見当たらなかった。

 

 だがそんな中で、唯一()()()()()()存在がいた。

 

 

『セイバー‼ フェイントが来るぞ‼ 相手の足元に注意して‼』

 

『っ―――‼』

 

 直後、至近距離で鬩ぎあっていた目の前の己が足を下げ、後方に退くと見せかけて剣身をずらし、胴を薙ぎに来た。

 至近距離での行動であった事と、聖剣から放たれる黄金光の影となって見えなくなっている箇所での動きであった為一瞬反応が遅れそうになったアルトリアの動きを、後方で見ていた少年が念話でサポートする。

 小癪な、とカウンターとして放たれた斬撃は遂に、胴鎧と草摺の合間にできた防御が脆い箇所を捉え、浅く斬りつけた。

 

「っ―――アイリスフィール‼」

 

「任せて‼」

 

 堪らず距離を取った瞬間、マスターによる治癒魔術の加護を受けた敵セイバーはものの数秒で出血を止めた。

 そしてアルトリアはと言えば、一撃を当てたくらいでは深追いはできず、治癒を許してしまう結果となった事を心の中で僅かに恥じた。

 

『すみませんマスター。折角いただいたチャンスを生かせませんでした』

 

『構わないよ。あのまま追撃してたところで、多分結果は変わらない。ここは仕切り直すべきだった』

 

 その言葉を聞き、アルトリアの口元に僅かに安堵の笑みが戻る。

 

 

 そう。これこそが常々自分が平凡な人間だと言ってやまないマスターであるこの少年が、歴戦の英雄達にすら称賛される特技。

 神域にすら至る英霊たちの動きを見切り、そして的確な指示を出す事ができる洞察力と戦術眼。高い軍略スキルを有しているサーヴァントにも匹敵するとも言われるそれは、まさしく彼自身が持っていた純粋な才覚であり、人理補正の為に数々の死線を潜り抜けて来た事で爆発的に開花したものである。

 

 にも関わらず彼に”戦士としての才”がないのは、単純な話その高い洞察力と戦術眼に体が着いて行かないだけの話であり、加えて武器を操る才が致命的に欠けている事に起因している。

 とはいえ、彼は戦いに関してはほぼ全てをサーヴァントの力量と判断に委ねている。頭脳労働系のサーヴァントであればこの限りではないが、武人のサーヴァントはそれぞれが一騎当千の力量を持つ者達だ。自分が指示を飛ばさずとも、培った経験と自力で大抵の逆境は乗り越えてみせる。

 だがそれでも、稀にその判断が間に合わなくなる事もある。先程の流れがその良い例だ。

 そんな時に、彼は念話で指示を飛ばす。それによって最悪の事態を回避するための穴埋め役であり、実際の声でなく念話で伝えるのはゼロコンマ数秒以下で交わされる彼らの攻撃の応酬に間に合わせるためだ。

 

 当の本人はこれを「お節介」だと思っている節がどこかにあるが、味方に在ってこれ程頼もしく、敵に在ってこれ程厄介な存在はそうはいない。

 何せ、戦いにおいて必ずと言っていいほど生じる”致命的な隙”を悉く埋めてくるのだ。このアドバンテージがある限り、敵は”隙をついて斃す”という戦術を9割方封じられることになる。後は単純に、地力で勝るしか方法はない。

 

 これこそが彼が自ら召喚したサーヴァントたちに慕われる一因でもあるのだが、彼は良くも悪くもこの長所を「まぁ頑張れば誰でもできる事」としか思っていない。

 故に過信も慢心も意味を為さず、彼はただ純粋に自らのサーヴァントを勝利に導くための”本当の意味での”最善手を描くために思考を奔走させるのだ。

 

 

「(宝具は―――いや、ダメだ。勝利条件が「相手を撤退させる事」である以上、必殺の宝具は使えない。そうでなくても位置的にダメだ)」

 

 アルトリアの宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、まさに”対城宝具”の種別に恥じない超高威力の必殺技だ。開帳すればまず間違いなく相手を仕留められるか否かの二択しか残されないし、周囲に甚大な被害を齎す。

 少年は先程孔明から貰い、頭の中に叩き込んだ冬木市周辺の地図をもう一度頭の中で広げて思考する。

 

 東側―――否、冬木大橋を直撃する位置に入る。却下。

 西側―――否、コンテナ区画の隣には確か化石燃料を管理する大型施設があった筈。言うまでもなく却下。

 北側―――否、冬木市の繁華街が丸ごと射程圏内に入る。却下。

 南側―――否、未遠川というクッションはあれど、まず間違いなく乗り越えて対岸の深山町に甚大な被害を齎す。却下。

 

 以上の観点から考えて、宝具の使用はできない。しかし、先程孔明の表情を一瞥したところ、普段よりも尚眉間の皺を深くしていた。あれは焦っている証拠だ。

 聖杯戦争に介入する以上、サーヴァントは倒して状況を有利に進めるのが常だ。それくらいは少年も割り切っている。だがその大前提を捻じ曲げてまで撤退させるに留めてくれという判断を無意味なものだと一蹴する程馬鹿ではない。

 考えがあっての事なのだろう。更に焦っているともなれば、タイムリミットも縛りの範疇であるのかもしれない。しかしこのまま行けば、夜明けまで時間を費やしても勝敗が着くかどうかは怪しいし、そうでなくとも他のサーヴァントを呼び寄せてしまう危険性がある。

 

 ならば―――と、少年は勝利に至るプロセスを再構築した。

 

 

『セイバー。悪いけどそろそろ時間だよ。後10分、時間を稼いで欲しい』

 

『―――承知しました。できれば決着を着けたかったのですが、致し方ありませんね』

 

『ごめん』

 

『いえ。私の力量が足りなかっただけの事。気にしないでください』

 

 禍根の一切も残さず、アルトリアは再び足を踏み込んでいく。

 できる事ならば、彼女には思う存分戦ってほしかったが、こうなってしまっては是非もない。一芝居を打つためにエミヤに指示を出そうとして―――その直後、そんな当の本人から念話が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()を、エミヤが察する事ができたのは偶然などではなかった。

 

 無意識に手に汗を握って勝負の趨勢を見守っていた彼であったが、ふと、戦場の近くに異質な気配がしたのを感じ取ったのである。

 性懲りもなくアサシンがやって来たかと視線を巡らすも、一周見渡した限りでは姿を確認する事はできない。

 

 それも当然だ。第四次聖杯戦争にて召喚されたアサシンは、中東に起源を持つ伝説的暗殺集団「山の老翁」二ザール派の党首の一人、通称《百の貌》と呼ばれたハサン・サッバーハの19代目。アサシンの代名詞であり、固有スキルである『気配遮断』のランクは最高級のA+。同ランクの『気配察知』スキルを持つサーヴァントでもない限り、潜伏中の彼らをノーヒントで見出す事は困難を極める。しかし―――

 

「(何だ? この形容し難い雰囲気は……)」

 

 エミヤが嗅ぎ取ったそれは、”同族”の臭い。スキルの垣根すらも凌駕して感じ取るに至ったそれは、彼に言い知れぬ不信感を抱かせた。

 普段現実主義である彼は、あまり勘というものを当てにはしない。しかし今回ばかりは違った。”必ずいる”という己の曖昧な感覚のみを当てにして周囲にくまなく視線を巡らせ続け―――遂に()()を発見した。

 

「(あれは……何だ?)」

 

 くすんだ赤色のフードを被り、身に纏うのは何処か近代的な装いを感じさせる軽装鎧。腰に装着している複数のホルスターには、いくつもの武装を押し込んでいるように見えた。

 体格から鑑みて、男性だろう。そんな正体不明の人物が、エミヤの方からは死角気味のコンテナの上で同じように戦況を伺っていた。

 

「(アサシン? ……いや、アレはあんな十把一絡げの連中とは違うな)」

 

 霊体化をしていないのにも拘らず気付かれていない事を鑑みるとクラスそのものはアサシンであるのだろうが、遠目から見ても()()は先程仕留めた筈のアサシンと同じような個体であるとは思えなかった。

 有無を言わさず仕留めるべき―――エミヤは咄嗟にそう思い至り、マスターへと念話を送る。

 

『マスター、緊急事態だ』

 

『アーチャー? 何があったの?』

 

『その倉庫区画の近くに新たなサーヴァントが潜んでいる。あの完璧に近い『気配遮断』を鑑みるにクラスはアサシンだろうが……先程までのような奴らとは訳が違う。早急に排除するべきだと提言させてもらう』

 

 マスターである少年の思考分割の手間をかけさせないように、なるべく簡潔に許可を求めたが、一拍だけ間を置いてから再び念話が送信されてくる。

 

『……危険そう?』

 

『あぁ』

 

『根拠は?』

 

『情けない話だが、私の勘だ』

 

『よしオッケー。信じよう。でもなるべくなら―――』

 

 できるだけ派手に、人命や取り返しのつかない事を防げる範囲で戦ってほしい―――そう言って来た少年の真意は測りかねたが、直後エミヤはふっと笑い、それを了承した。

 であるならば、出し惜しみはなしである。派手にしろと言うのなら、精々その命令(オーダー)に応えるのみ。

 

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 その短い詠唱と共に黒弓を携えた手とは反対の手に、投影された武器が握られる。

 それを番えて、ただ放つ。しかしそれだけでも音速の壁を破ったそれは、弧を描く事すらなく一直線に狼藉者が佇んていた場所を直撃した。

 

 轟音と共に、倒壊するコンテナ。しかしエミヤは街灯の上から飛び降り、積まれたコンテナの上を疾駆する。

 あれで仕留められたとは思わない。もし仕留められていたのだとしても、消滅した膨大な魔力の残滓を確認するまでは気を抜かないのが彼の信条だ。

 そうして目的地を目指して走っていると、不意に脇のコンテナの後ろから影が飛び出し、月を背にする形で上空から攻撃を仕掛けてきた。

 

「む―――」

 

 目にしたのは懐かしいマズルフラッシュの閃光。耳朶に届いたのは銃口から漏れだす銃声音。

 その攻撃は違わずコンテナの表面を蜂の巣に変えてみせたが、エミヤの体にはただの一つも掠らない。

 だがエミヤは今自分を襲った攻撃が剣や槍、矢などといった普通の英霊が使用する前時代的なものではない事くらいはすぐに看破していた。―――恐らくはサブマシンガンの類。言うまでもなくそれは、近代の武器であった。

 

 しかし息つく暇もなく、その影は弾丸の掃射を躱したエミヤに対して今度は二振りのコンバットナイフを引き抜いて接近戦を仕掛けてくる。

 その素早い一連の行動に、しかし動揺する気などはさらさらなかった。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 新たに両手に投影したのは、黒と白という対照的な色に彩られた双剣。

 名を『干将・莫耶』というそれは、彼が接近戦で最も使用する投影武器であり、象徴とも言えた。

 

 直後、鋼と鋼がぶつかり合う特有の音が鳴り響いた。飛び散る火花が虚空に消えるその僅かな間に、アサシンは左の手に携えたナイフを逆手に持ち替えて首を、右に携えたナイフはそのまま霊核のある心臓を貫きにかかってきた。

 

「ほぅ」

 

 しかしそれは、彼にとって実に懐かしく、また見慣れた手つきだった。迫る必殺の攻撃を難なく防いでみせると、僅かに距離を取って瞬間的に相手を見据えた。

 

 派手さもなければ無骨とも違う。武技の冴えと鋭さという観点から見れば嘗ての聖杯戦争で見えたクランの猛犬や虚像の侍の方が数段階上だろう。過小評価でもなく、ハッキリとそう言える。

 だがこのアサシンの動きは、それこそ”敵をただ純粋に殺す為”だけに特化した手管だ。淡々と、淡々と、殺人に誇りなど微塵も持たず、ただの義務として殺戮を繰り返す機構の一部。

 そんな戦い方に見覚えがあるのだとすれば―――あぁ、間違いなく()()()()だろう。

 

 何者だ、などとは問わない。ただやはり、こいつは今ここで殺すべきだと理解した。

 

 絶え間なく続く必殺の攻撃を傍目からでは防戦一方であるかのように凌ぎながら、下から斬り上げた干将・莫耶の斬撃で僅かな時間を作り出す。

 その合間に全力で後方に飛び退き、再び黒弓を手元に出現させると、詠唱を唱えた。

 

体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)―――」

 

 投影されたのは、かの大英雄ベイオウルフが携えた剣。無論の事贋作ではあるが、それは剣から矢の形へと軋り捻れ、切っ先が飢えた猟犬の牙の如く殺意の光を迸らせていた。

 

「さて、嗅いは覚えたか?」

 

 瞬間、その”矢”の脅威を悟ったか、アサシンはコンテナの上から身を投げだして射線から外れた。

 しかしそれも無駄な事。この攻撃からは、何人たりとも逃れられはしない。

 

「喰らいつけ―――『赤原猟犬(フルンティング)』‼」

 

 漆黒の牙が、標的を過たず仕留めるために放たれる。

 矢は直線状しか射程範囲ではないという原則に基づき不規則な動きで翻弄しにかかるアサシンであったが、しかしながらこの猟犬の矢のまえではそれは無意味だ。

 射手が健在な限り、この矢はどこまでも標的を追い詰める。相手が相手なだけに、魔力を込めた時間はそれ程多くはなかったが、それでもあのアサシンを仕留めるには充分だろう。―――そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

Time alter(固有時制御)―――triple accel(三倍速)

 

 

 

 

 

 

 常人よりも強化されたサーヴァントとしての聴覚が、ふと、そんな詠唱を聞き取った。

 直後、アサシンは街灯やコンテナの上を先程までとは比べ物にならない速さで移動し、それは遂に『赤原猟犬(フルンティング)』の射速を上回る。

 

「なに……っ⁉」

 

 さしものエミヤも、これには瞠目せざるを得なかった。

 体感での判断で、このアサシンの敏捷値は恐らくAランクは下るまいとの見解はあったが、まさかそこから数倍の加速が可能だとは思いもしなかった。

 『赤原猟犬(フルンティング)』の射速は最低でも音速の6倍は下らない。大抵の獲物は即座に仕留められる速さだが、それが未だに捉えきれていないのだ。

 

 しかも回避を続けながら、アサシンが放つ大口径のサブマシンガンの弾丸が的確に矢を射貫いて行く。数発程度ならものともしない筈のそれであったが、毎分700発は下らないであろう”数の暴力”に晒され続けては、耐久力が限界を超えるのは時間の問題だ。

 

「ならば―――囲い込みと行かせて貰おう」

 

 するとエミヤは、『赤原猟犬(フルンティング)』による攻撃に早々に見切りをつけ、再び両手に干将・莫耶を投影する。

 そして待つこと凡そ数秒。超高速機動を行うアサシンの動きをある程度先読みし、徐に双剣を投げつけた。

 

 

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 

 それは、干将・莫耶という剣が有する”夫婦剣”の特性を利用した攻撃。

 互いを引き寄せ、自在に軌道を操れるという性質は、この技において特に効果を発揮する。

 

 

「―――心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

 

 左右に放られた双剣は、まるで大きな円を描くかのように進み、アサシンの進む先の空間に躍り出る。

 既に『赤原猟犬(フルンティング)』の破壊に成功していたアサシンは、僅かに速度を落としながらも、それを迎撃しようとする。―――が、二段目の追撃がそれを許さない。

 

 

「―――心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)

 

 

 飛び交う夫婦剣は、まるでアサシンという猛獣を囲む檻のように作用する。

 厄介なのは、この攻撃そのものはエミヤに対して魔力的負荷をそれほどかけていないという事。干将・莫耶はそれ自体がランクC-レベルの宝具だが、使用頻度が非常に高いという事もあって、投影に消費される魔力は微々たるものだ。

 

 

「―――唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)

 

 

 そして本来この技は、夫婦剣の乱舞で敵を囲い込み、わざと隙を作らせた状況で連撃を叩き込むというもの。実際、現在アサシンの囲い込みには成功しているため、そういう意味では8割方成功していると言えるだろう。

 ―――だが、今回の狙いは”そこ”ではない。

 

 

「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)

 

 

 派手にやってくれと―――マスターからはそう指示を受けた。

 ならば重畳。精々派手な花火を挙げようと、双剣の檻に閉じ込められたアサシンを一瞥してから、エミヤは投影した双剣に込められた魔力を爆散させた。

 

 先程の矢の着弾とは比べ物にならない程の爆発音。静寂な筈の夜の冬木市に似つかわしくない轟音が再び再来する。

 それは、自らの得物に愛着を持つ誇り高い英霊が見れば激情されるのは必至の暴挙にも似た攻撃。しかし彼にとって、自らが投影した武器は所詮ただの贋作。使い捨てにする事に感傷などは一切抱かない。

 

 称して―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 宝具を単一の爆弾と見なし、内包された膨大な魔力を一気に解放し、高威力の爆発を起こさせる技である。

 宝具そのものを投影魔術という過程を介して己で作り上げる彼だからこそ容易く行う事ができるそれは、近距離で喰らえば如何に耐久値が高いサーヴァントでも―――例外を除けば致命傷は免れない。

 

 

「む……」

 

 しかしエミヤには、仕留めたという感触がなかった。爆音の余波も消え、爆炎と煙の隙間から覗かれた中心地点には、アサシンの姿はなかった。

 消滅した―――のではない。サーヴァントが消滅した際に残る特徴的な魔力の残滓は確認されておらず、その時点で彼はあのアサシンに”逃げられた”のだと理解した。

 

 なんてことはない。爆発の寸前に双剣による囲い込みが唯一及んでいなかった足元―――即ちコンテナの表面を銃撃で以て穴を開け、そこから脱出に成功したのだろう。

 一歩間違えれば爆発の余波をモロに受けてやはり致命傷は免れなかっただろうが、その様子が垣間見れないという事は、上手くやってのけたのだろう。それでも、手傷程度は負わせられただろうが。

 

「全く、厄介な相手が潜り込んでくれたものだ」

 

 あれだけ大口を叩いておいて撃退させるのが精一杯だったことに自虐の笑みが零れそうになるが、マスターからは「必ず排除するように」との命は受けていない。

 派手にやるようにとの命は一応完遂した事になるのだろうが、それでも彼の心情は不完全燃焼もいいところだった。

 

 だが、確証は得た。実際に戦ってみて分かったが、”アレ”は特定のマスターの命で動いている存在ではない。

 己を一個の機械と化し、個々の利益を度外視して世界の存続のために戦う存在。―――よもやこの聖杯戦争に”同僚”が紛れ込んでいるとは思いもしなかった。

 

 

霊長の守護者(カウンター・ガーディアン)―――全く、下らない因果に巻き込まれてしまったか?」

 

 とはいえ、重畳と思う自分もいる。

 ”アレ”と本当の意味で渡り合えるのは自分だけだという自負心。冬木での聖杯戦争に向かうと聞いて着いて来ただけだったのだが、思わぬ当たりクジを引かされてしまった気分だった。

 

 

 

 だが、彼はまだ知らない。

 

 

 

 その守護者の正体が、永き時を超えて邂逅する己の『理想』の体現者であるという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 書いてる途中で色々考えてみたんですが、英霊になっちゃったケリィの肉体で固有時制御したらどうなるんですかね? 肉体そのものは人間辞めてるわけですし、フィードバックはちゃんと機能するのだろうか。

 とか言っておきながら結局ストーリー自体は全く進まなかった。申し訳ないです;つД`)

 ぐだおの正体について。Fateシリーズをやり込んでる人なら今回の話で何か分かった方もいるでしょうが、ご本人ではないです。ハイ。


 それではまた。ご感想などはどしどしいただけると嬉しいです。全てに返信させていただきます。


PS:日間ランキングに入ってたよ……ありがとうございます‼<(_ _)>


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