※前回までのあらすじ
・赤剣(赤のセイバー的な意味)と誰イオスタッグが聖杯により召喚(傍迷惑タッグ)
・アインツベルン地獄絵図
・ジャックちゃんが助けに参☆上
・金ぴか王は愉悦傍観姿勢
・親子喧嘩(ガチ)
・白夜君はやっぱり逸般人だったんや(今更感)
・きりつぐ が なかま に なったぞ
・終盤戦、開幕
昏い、暗い闇の奥深くに、その騎士は沈んでいた。
それは、疎まれ、嘲られ、蔑まれた者が辿り着いた成れの果て。
主君が輝かしき伝説を紡ぐ中、その中に生じた”影”。或いは叛逆を行った赤雷の騎士よりも尚憎悪を向けられた紫紺の騎士が、その最期の瞬間に抱いたかもしれない怨嗟の具現化。
その者は清廉だった。その者は正義であった。その者は忠義の騎士であり、その者は未来永劫、騎士王の麾下の誉れある武人として語り継がれるはずであった。
”我が名は、称賛に値せず”
人は彼を、”不忠の騎士”と呼んだ。王の伴侶たる王妃と決して許されざる恋路に落ち、処刑される寸前だった彼女を救う為に、自らを敬愛する騎士すらも斬り捨てて逃亡した。
我欲の為ならば、共に王に忠義を誓った仲間すらも手にかけるその姿は―――清廉の騎士には程遠かったことだろう。
”我が身は羨望に値せず”
図らずも己に人望があった為、円卓の騎士の結託すらも瓦解した。それは祖国を破滅の運命へと堕とす悲劇の序章であり、その幕を上げたのは、他ならぬ己自身。
”我は英霊の輝きが生んだ影”
”眩き伝説の陰に生じた闇”
祖国は滅んだ。嘗て共に戦場を駆け、同じ釜の飯を食い、共に祖国の繁栄と安寧を語り合った騎士らも、皆死んだ。
王の最期を看取る事は叶わず、そも己にその資格があるとも思えなかった。正しき王への叛逆を許したのは誰か?
―――故にこそ、彼は狂戦士の
否、ともすれば自ら望んで堕ちたとも言えるだろう。
今もなお伝説として語り継がれる聖剣使いの騎士王が不朽の光を放っている。それは、陰で闇に沈んだ彼の醜さ、不義を一層助長していた。
憎い、憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――己の内側から醜悪にも漏れ出すそのドス黒い感情は、果たして『狂化』のスキルが齎すだけのものなのだろうか。或いは―――。
『違うな。それは貴様の業だ、不忠の騎士。不毀の忠義を誓っていた貴様だからこそ、己に対する裁定が憎かった』
―――声がした。
それは、己が良く知る声色に似ていて、しかし決定的に”温度”がなかった。
心の底まで冷え切ったかのような声。無様に地べたを這いずり回る虫けらに向けるかのような嘲り笑いは、知る限り一度も聞いたことはなく―――。
『無様だな。そら、今の貴様には誇りの一欠片も残ってはいまい。王妃との悲劇の逃避行を行い、
あぁ、そうだろうな。そのような無様を見せられては、いっそ憐れになるというもの。
折れ切ったはずの心が、再び軋みを挙げていた。
お前は何だと問いを投げる暇もなく、狂乱の檻に囚われた騎士は、遠吠えの如き怨嗟の声を撒き散らすしかできなかった。
『醜い狂犬だ。―――ならばいっそ堕ちるところまで堕ちてみせろ。そうすれば貴様の”望み”も叶う。
嘗ては羨望の限りを集めた湖の騎士が、蛇蝎の如く怨念を向けられ、醜悪さを吐き散らす。―――
さぁ、と。差し伸べられたのは白魚のような透き通ったか細い手。
しかし、その手は幾重にも幾重にも塗り重ねられた”悪”によって”ナニカ”に染まり切っていた。
その手を取った―――取ってしまった瞬間、彼は一片の間違いもなく兵器になった。
ただ憎悪を撒き散らし、身勝手な己の悲願を果たす為だけに存在する戦う傀儡。贄の存在すらもはや要らず、聖剣から魔剣へと変わり果てた己の剣の柄を掴む。
蹂躙するその先には何の救いもない事すらも知らずに、彼はただ、狂気の雄叫びを挙げていた。
―――*―――*―――
街に遊びに行きたいと、唐突にそう言ってきた桜の言葉に対して、間桐雁夜は僅かばかり唖然とした。
そういった事の許可を出せるのは間桐家の実質的な当主である臓硯で、そして次点で桜の養父となっている
だが臓硯は昨夜あたりから唐突に屋敷内から姿を消し、鶴夜は毎晩臓硯への恐怖とストレス、桜を蟲倉に放り込み続ける事しかできない罪悪感と無力感に苛まれて浴びるように酒を飲み続けた結果、身体を壊して今は限定的に新都の病院に入院しているという有様。
つまり、今の間桐家で桜の外出の許可が出せるのは雁夜だけなのだ。
雁夜の桜に対して過保護な側面は即座に「No」という答えを叩きつけてきたが、しかしながら桜の表情を見て、そんな強固な考えが少し緩む。
フリーのルポライターという職業の雁夜が、仕事先の海外から戻ってきたのが1年前。そこで彼は、桜が間桐家に養子に出されたことを知る。
既に間桐家とは絶縁関係にも等しかったが、それでも昔から面倒を見ていた、ある意味では娘のような子が間桐の外道な魔術の苗床になるという事が許せなくて実家に踏み込んだ時は―――既に遅かった。
足の爪先、髪の毛の一本に至るまで蟲に侵され抜かれた桜は、誰の目から見ても明らかなほどに、
母親の葵から譲り受けた緑がかった黒髪も、強引な魔術特性の変化と共に紫髪へと変色し、その瞳からは光が消え、以前のように控えめながらも無邪気に笑う事もなくなっていた。
否、それどころか喜怒哀楽の全てが抜け落ちていた。幼いながらに自分の無力さを悟ってしまい、抵抗を諦めて全てをなすがままに受け入れてしまった故の末路。
もし自分が間桐の魔術と縁を切らずに、屈辱に耐えながらも家に残り続けていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。そもそも、桜が間桐家に来るなどという所から覆せたかもしれない運命。
だからこそ、雁夜は臓硯に取り引きを持ち掛けた。
己に間桐の魔術の証である”刻印虫”を植え付け、聖杯戦争に参戦できる程度の魔術師にまで技量を底上げする事で聖杯を間桐に持ち帰る。―――その代わりとして、桜を間桐の呪縛から解放しろ、と。
寿命の大半を削り取られ、既に余命は1ヶ月を切っている身の上。その上更に七騎の内最も魔力消費の激しいバーサーカーのサーヴァントを携えての参戦は、雁夜にとってまさに地獄であった。
不整脈が起きるのは日常茶飯事。体の左半身は麻痺し、既に固形物は喉を通らない。最近ではまともに歩く事すらままならない時もあり、もはや半分死人と同義と言っても差支えはなかった。
それでも彼が戦い続けるのは、偏に桜を解放するため。―――初恋の相手である遠坂葵に対して疚しい感情が無いと言えば嘘になり、桜をよりにもよって間桐に養子に出した遠坂時臣に対しての憎悪が無いと言えばこれも嘘になる。
魔術師は外道の集まりだと、そう叫ぶ事には今でも躊躇いはない。ともすれば、桜を救うためとはいえ自ら再び”魔術師”となった自分を卑下する事となろうとも構わなかった。
だが―――あの少年。バーサーカーの暴走によって地下水路で意識を失っていた雁夜を助け、桜に対して魔術師ではなく、ただの人として接してくれていたあの少年。―――岸波白夜と言ったあの少年だけは、雁夜は憎悪の対象で見ることはできなかった。
職業柄、様々な世界で様々な人間を見てきた雁夜は、そういった事を察する術に長けていた。……今現在は常に冷静さを欠いている状態であるため、その観察眼が真価を発揮する事は稀ではあるが、しかしそんな状態でも、間桐雁夜は岸波白夜を「敵」と断ずることはできなかった。
聖杯戦争の参加者ではなく、しかし目的は聖杯―――であれば間桐雁夜にとっては「敵」であるはずだ。どれ程強大な存在であろうとも、バーサーカーを以て打ち倒すべき存在のはずだった。
だが彼らは、桜に懐かれていた。世の中の全てを諦めたかのような、自分の未来の何もかもを諦めてしまったかのような少女に懐かれていた。
嫉妬心が無かったと言えば嘘になる。嘘になるが、それよりも安堵の感情の方が大きかった。
こんなになってしまった彼女でも、まだ信じられるものが残っていたという事に。
闇の淵に追い込まれた彼女でも、まだ光を見出す事ができたという事に。
その証拠に、今の桜の表情は、どこか柔らかなものを残しているような気がした。
聖杯戦争の最中という事で、安全面を考慮すれば外出を許すべきではないのだろう。「間桐の娘」という肩書きに一定以上の価値観があるのは余程阿呆なマスターでなければすぐに気付く。最悪、人質に取られる可能性すらあった。
しかし雁夜は、そんな思考とは反していつの間にやら許可を出していた。直後少しだけ後悔したが、それを聞いた桜の口元に一瞬だけ笑みが浮かんだのを見て、その考えも吹き飛んだ。
「(……醜いな、俺は)」
玄関の方へと小走りで走っていく桜の背を目で追いながら、雁夜はそう自虐した。
間桐桜を助けたいと思う想いは本物だ。だがそれは当初、「遠坂葵に再び幸せになってもらいたく」て、そうして桜に対して余りにも惨い仕打ちをした「遠坂時臣に対しての憎悪」でしかなかった。
実際、先程まではそれに囚われ続けていたように思える。「桜を助ける」というのは目的を叶える為の「手段」でしかなかった。―――普段であればそれを頑なに否定していたかもしれないが、1年前から一度も見た事がなかった桜の笑顔を一瞬であれ見た事で、雁夜の心は大きく揺さぶられた。
我ながら単純にも程がある、と自虐を越えて罪悪感すら抱いてしまいそうになった。天に誓っても幼児愛などに目覚めたわけではないが、子供の笑顔というものは、擦り切れた大人の心を癒す効果もあるらしい。
「一応、大人、だしな……」
現在戸籍上は桜の父親となっている兄の鶴夜はアテにならない。臓硯は何があったのか、屋敷にはいない。
保護者面をするのは性に合わないし、その権利もないと分かっていながら、雁夜は間桐家の廊下を歩き始めた。
いつもより身体を襲う強い倦怠感と激痛が、その時ばかりは僅かに和らいでいたような、そんな感じがした。
―――*―――*―――
「おかあさん、おはよう」
はて、俺は男なんだが、という疑問を抱かなくなって久しいなと思いながら、白夜は目を覚ました。
1994年の冬木にレイシフトしてから6日目の朝。体調はお世辞にも絶好調とは言えない。とは言っても、身体の節々が僅かに傷んだりするだけであり、外傷はアイリスフィールが掛けてくれた治癒魔術の影響で既に完全に塞がっていた。腹が空く感覚がする辺り、絶好調とは言えずともいつも通りなのは変わりない。
「スパルタ式特訓法~Ver.初心者編(スパルタ基準)~」を受講しておいて良かったなぁなどと苦笑しつつ、拠点のテントの中で起き上がり、外に出た。
「起こしてくれてありがとな。ジャック」
「うん。あ、マシュ。おかあさん起きたよー」
「あ、先輩。おはようございます。体調の方は大丈夫ですか?」
「オケアノスでヘラクレスと命懸け鬼ごっこした翌日の筋肉痛に比べたら全然マシだよ」
それよりも、と。
白夜はいつもの無邪気な顔で自分の顔を覗き込んでくるジャックの頭を優しく撫でた。
「昨日は助けてくれてありがとう。ジャックが頑張ってくれたから、こうやって今日も生きていられるよ」
「わたしたち、がんばった? おかあさんうれしい?」
「うん。カルデアに帰ったらジャックのしたい事を聞いてあげよう。―――あ、解体以外ね」
「うーん。じゃあかくれんぼしよう‼ ナーサリーとネロおねえちゃんとハサンのおじちゃんと一緒に‼」
「うわぁ、
「わーい‼」
ピョンピョンとはしゃぐジャックの姿を、白夜とマシュは微笑ましく見る。
このまま一緒に戦ってくれれば頼もしい事この上ないのだが、それは道理が通らない。
―――自分の輪郭が金色の粒子に変わり始めているのを自覚して、ジャックは少しばかり残念そうな表情を見せた。
「あーあ……もうかえらなくちゃ」
元より、『
それは一時の別れの筈なのだが、運が悪ければ永遠の別れになる。
「俺もすぐに帰るからさ。それまでカルデアで良い子にしててくれ。な?」
それでも、白夜はそう断言する。根拠など何もないが、それでも幼子をあやすように言い聞かせて、もう一度頭を撫でる。
すると、ジャックは気持ち良さそうにはにかみながら、光粒となって消えていった。彼女の髪の毛の一房が消えるその瞬間まで見守りながら、白夜はふぅと軽く息を吐いた。
「―――
木々の間を抜ける冷たい朝風に乗って掛けられたその言葉に、無言で頷く。
アルトリアのそれは白夜を鼓舞するような声色ではない。あくまで自然体に、当たり前のように声をかける。
その言葉も、言ってしまえばただの状況確認だ。ただ、それを冷たいとは思わない。感傷的な感情が長引くことはこの場においてはお世辞にもよろしくはない。そういう意味でも、現実に引き返すその言葉はありがたかった。
「追っ手は来てない?」
「来ていたら貴方を起こしていていましたよ。―――実際、不自然なほどに静かです。嵐の前の静けさというにも不気味すぎますが」
モードレッドにダレイオス三世。聖杯のバックアップを受けている彼らならば孔明の結界があると言えど補足される可能性があると思っていたのだが、どうやら杞憂であったらしい。
だが、それで安堵できる程簡単な状況ではない。聖杯にとっては白夜たちは排除すべき敵である以上、極論1秒たりとも生かしておく意味はないのだ。
であれば、ここで追撃をしてこなかった事には何か意味があったのだろう。もはや一刻の猶予もない事は誰の目から見ても明らかだ。
「今夜、かな」
「……そうですね。決着を着けるとしたら今夜でしょう。―――現実に近い時代では人間の価値観が貴方方と近い分話が通じやすい面がありますが、それと反比例するように周囲の住民への配慮は充分にしなくてはいけませんが」
戦略的な面で鑑みれば、今すぐにでも大聖杯の下に乗り込んで決着を着けるべきなのだろうが、人々が活動している時間帯に騒ぎを起こせば、公的機関などが動く可能性が高く、行動が制限される。
特異点が修正されれば関係が無くなるとはいえ、現実に生きている人々、生活している人々には極力迷惑を掛けたくはない。そういった懸念をできる限り取り除くために―――。
「陽が昇っている内に君がすべき事は聖堂教会へと話を通す事だ」
アルトリアの背後から歩いてきた孔明があくまでも厳しい声色でそう言い放つ。
「アインツベルンの異常事態を教会側が関知していないとは思えない。体面上聖堂教会はこの事件の解決を遠坂家に依頼するしかないが、そこで我々が割り込む形を取ればその矛先を此方に向ける事も可能だ」
「それでは、あくまで私たち側が一方的に要求を叩きつけるという事ですか?」
「その通りだマシュ。責任問題が頭の上にあるのならば、横からかっさらってしまえばいい。それでも「話を通す」という過程を辿る事は重要だ。世の中は世知辛いものなのだよ」
特に日本はそれが顕著だと言う孔明に対して白夜は苦笑を返す事しかできなかった。
そこで白夜はおや、と初めて疑問を浮かべた。
「セイバー陣営とライダー陣営と……エミヤとアサシンは何処に?」
「
「それじゃあ残ってるのは俺とマシュとアルトリアと孔明だけか」
「わ、私は何があっても先輩を護りますから、大丈夫です‼」
「だ、大丈夫大丈夫‼ 別に人数が少なくなった事を不満になんて思ってないから‼」
いつも通り心配性なマシュを安心させるためにジャックにしたのと同じように頭を撫でる。―――普段はあまり、直接的なスキンシップはしないのにも関わらず、だ。
結果、マシュは自分が「頭を撫でられた」のだと気づくまでに数秒を要し、一瞬で顔を真紅に染め、体温が急激に上がった事で蒸気が頭の上から噴出する。
チャールズ・バベッジもかくやというその一連の流れにツッコむ暇もなく、マシュの頭に手を乗せていた白夜は「熱っちぃ‼‼‼」と声を挙げ、一時拠点の周辺は喧騒に包まれてしまった。
―――*―――*―――
その後、冬木教会に向かう為に山を下り、冬木大橋を渡って新都に向かった。
思い返せば、幸いにも新都の中心部で大きな戦闘は起きていない。地下街は中々に騒がしくはあったが、その影響で聖杯戦争の最中であるとは思えない程に新都中心部は穏やかな空気に包まれていた。
だが、今日を過ぎればこの賑やかな街を見る事ができなくなるかもしれないと思うと少しばかり感傷的になってしまうのも確か。
滞在期間は1週間もなく、穏やかに過ごせた時期も少なかったが、それでも現代日本で過ごせたというのは白夜にとっては大きかった。
2015年という時間軸は既に焼却されてしまっている以上、カルデアから外に出る事はままならない。
自分が生まれた時よりも少し前の年とはいえ、この「日本」を強く感じさせる雰囲気はかけがえのないものだ。
「アルトリアは、第四次聖杯戦争に喚ばれた時にゆっくり時間を使った事はなかったの?」
「そう……ですね。冬木に降り立った初日にアイリスフィールが街を見たいと言ったので、エスコートをしたくらいでしょうか。その後は、そんな余裕もありませんでしたね」
そう言ったところで、私服を着て現界しているアルトリアが、一瞬だけ眩暈を覚えて蟀谷の部分に触れた。
―――否、違う。
―――第四次聖杯戦争の時は確かに冬木を深く知る事は出来なかった。他ならぬ戦況と、
―――だが、自分が未だに思い出せていない第五次聖杯戦争ではどうだったのか?
―――なにか、随分と楽しい経験をした気がする。マスターは殺伐としているどころか楽天家で、サーヴァントでしかない筈の自分を「女の子」扱いしてくれていたような。
―――名前は、名前は確か■■■………………シ■ウ―――
「わぷっ」
「えっ?」
一人混濁した記憶の渦に溺れそうになっていると、アルトリアの背中に誰かが追突してきた。
闘気も殺意もなかったため襲撃という線はなかったが、ひとまず振り向いてみると、そこには鼻頭を抑えた一人の男の子がいた。
「イテテ……」
「あー、もう何してるの。スミマセン、この子がぶつかってしまって」
「あぁ、いえ。お気になさらず」
少年の後から小走りで来た母親らしき人物の謝罪にアルトリアはそう返し、そして少年も、バツの悪そうな表情を浮かべて口を開いた。
「えっと、その……オレよそ見したまま走ってて……ゴメンナサイ」
「大丈夫ですよ。でも、前を見ないと危ないですから、気を付けてくださいね」
「うん」
安堵したのか、少年は無邪気な笑みを見せる。その笑顔は、何処かの誰かに似ている気がした。
「(……あれ?)」
いや、
歳を重ね、大人になれば笑顔も笑い方も変わってくる。それは当たり前で、事実酷く靄がかかりながらも思い出せる人物が見せていた笑顔は、もう少し大人びていたが―――それでも似ていると、そう思った。
記憶の中の人物と、先程の
―――少しばかり長く硬直していたのか、アルトリアが振り返った時、その少年は既に母親と共に立ち去っていた。
都心を行き交う人々の喧騒が交錯する中、しかし彼女の心は囚われた。
自分が忘却していた、忘れてはならない記憶の全てを必死に思い出そうとして―――だが、再び靄に包まれてしまう。
まるで世界がそれを赦していないかのような感覚に、心中で歯軋りをして、しかしそこで我に返った。
セイバー、アルトリア・ペンドラゴンは今、岸波白夜のサーヴァントだ。
彼をマスターと仰ぎ、果てぬ特異点を駆け、聖剣を振るう事で世界を救うという望みを叶える為に在る存在だ。
救えなかったものを救い、辿る筈のなかった道を辿り、塗れる筈のなかった血に塗れ、在る筈のなかった試練を乗り越える。
その道中に、「過去の自分」が在る事で剣が鈍りでもしたら目も当てられない。
カルデアでは随分と「人」らしく生活させてくれているが、それでも本質は
であれば、己の心を乱すような不安材料は極力抑え込まなくてはならない。―――頭ではそう分かってはいる、が。
「アルトリア? 大丈夫?」
長く立ち止まっていた彼女を心配してか、白夜がそう声をかけ、マシュも表情を窺ってくる。
「……えぇ、問題ありません」
「そう? まぁ、俺に何ができるかは知らないけど、何か悩んでるようなことがあったら聞くよ?」
「……そんなに私は悩んでいる風に見えたでしょうか?」
「そりゃあ、そんなに深く眉間に皺が寄っていたらね」
嫌でも気付くよ、と彼はいつも通りの表情を浮かべながらあっけらかんとそう言ったが、真剣に心配してくれている事は伝わってくる。
それ自体はとてもありがたいと思いながらも、アルトリアは微笑を浮かべたままゆっくりと首を横に振った。
「ありがとうございます、マスター。ですが、これは私自身が解決しなくてはならない事なので」
「……そう。当の本人が言うならこれ以上はもう何も言わないよ。だけど、まぁ」
「?」
「俺も人の事は言えないけど、出した答えでアルトリア自身が後悔したら意味がないからね。”サーヴァント”としての損得じゃなくて、”アルトリア・ペンドラゴン”としての答えが出せるように祈ってるよ」
そんな、心情を的確に当ててくる事を真顔でやってのけるからこそ、彼は今まで一癖も二癖もある英霊達と共に居られたのだろうと、アルトリアは今更ながらに実感せざるを得なかった。
昔の自分の事をとやかく言えるような立場ではなかったかと、僅かばかりに罪悪感を覚えたが、それとこれとは話は別だ。
思い出せない記憶を取り戻すにしても、まずはこの特異点でマスターを護り、そして大聖杯を破壊するという目的を達成しなければならない。深くはその後だ。
そう割り切ったアルトリアは再び足を進め、マシュと共に白夜を護る意味合いでも周囲に警戒しながら街を歩いて行った。
片や小動物のような雰囲気を醸し出す後輩系美少女。片や金髪碧眼の絶世の中性的な美少女。そんな二人の間に挟まれるようにして歩いている白夜には、行き交う人々、特に男性陣から羨望と嫉妬の入り混じった視線を向けられ続けているのだが、最早それも慣れた。
どんな場所、どんな時代でも、美女を引き連れる男には相応の価値が求められるものだ。カルデアに召喚された男のサーヴァント、その中でも武功や治世の中で名を刻んだ英雄たちは皆、それに足る資格を兼ね備えている。
だが白夜は、第三者の何も知らない側の人間から見れば、ごく普通の日本人だ。顔立ちはそこそこ整っているものの、それだけではマシュとアルトリアという美少女二人と共に歩くだけのステータスにはなり得ない。
とはいえ、劣等感を抱くのにも飽きた。開き直って見せびらかす、という行動に出れるほど命知らずではないし、かと言って視線に怯えるような事では折角ついて来てくれている二人に申し訳ない。
だからもう面倒臭いから堂々としていようと、四方八方から突き刺さる視線には敢えて気付かないフリをする。
だが、気不味い事には変わりない。終戦も近いと言いうのに、まさかこんな事で胃がキリキリしかけるとは思わなかったと内心で不運を呪う。
しかしそれも冬木教会までの道中。市街地を抜けるまでの我慢だと言い聞かせながら歩いていると、ふと、通りがかった少女と目が合ってしまう。
「あ……」
「あっ」
そこで、白夜は足を止めてしまった。
なるべく早く市街地を駆け抜けたいと思っていた白夜ではあったが、彼女を無視して行く事などはできなかった。
僅かばかりに小走りで駆け寄ってきたその子に視線を合わせる為、白夜は軽くしゃがみ込む。
「ハクヤおにいさん……マシュおねえちゃんに、セイバーおねえちゃんも……」
「一昨日ぶりだね。桜ちゃん」
最初に会った時よりかは心を許してくれているのかなと思いながら、白夜は教会へと向けていた足先を一時だけ翻す事にした。
22日だ。22日にソロモンフルボッコにしに行くぞ。皆の者‼ 鯖強化、絆強化の準備は充分か⁉ 私は充分じゃあない‼ スキル強化してたら鎖使い切ってゴルゴーンの再臨ができなくなった‼ もうキャメロット周回は嫌だぁ‼
因みにエルキドゥ引きました。2枚。ゴルゴーンも引きました。ケツァルお姉さん?無理だったよ……。さて、マーリンはどうすっぺ。十三です。
先週から今週にかけて内定先の研修旅行に行って色々詰め込まれ、帰ってきたら普段使わないところの脳味噌使ったせいか知恵熱的なのを出しました。インフルじゃないよ。
そんなこんなで投稿が遅れましたこと、申し訳ありません。ついでに投稿できたとは言え、つなぎみたいな話になってしまいました。
年末……年末はぁ……(白目)。実家の手伝いと修羅ってるバイト先と卒論とサークル先の作品提出の〆切ィ……。
まぁ、そんなんでもソロモンフルボッコ戦争には参加しますがね。
除夜の鐘と共に初代様ピックアップ来るのってマジですか? もし出たら出るまで回すんですけど。課金は家賃までならOKなんだよ(大久保脳)。
次回、『Fate/Turn ZeroOrder』第20話。
終章開幕。―――その犠牲は、意味あるモノか、否か。