「これがお前の忘れたものだ」
「確かに、始まりは憧れだった。でも、根底にあったのは”願い”なんだよ」
『
それは「人類の無意識化の集合体」「霊長という群体の誰もが持つ統一された意識」である、霊長の種を存続させるために存在する抑止力の一、『アラヤ』が行使する英霊の事を指す。
現代に於いて、無意識下の内に抑止力の力により世界を救っている者は数多く在れど、『守護者』という存在は一線を画する。
彼らに個人の意思は無い。―――否、個人の意思など”無いモノ”として扱われる。
『アラヤ』が望むのは常に霊長種の存続のみ。それをより効率の良い形で執行する傀儡が『守護者』であるのならば、それはまさしく霊長種にとっての正義の具現化だろう。
だが―――霊長の正義が、
種の存続を脅かすモノを、その元凶を一切合切殺し尽くす。人々の為にではない。ただ霊長種の為に、世界の存続の為に。
それは体の良い掃除屋。守護する者の名を騙った最悪の殺戮者に他ならない。混迷する世界の中で、屍山血河の只中で、彼らはただ、システムの歯車の一つとして殺し続ける。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――――永遠に永久に永劫に、己の手を血に染め続ける。
終わりのない殺戮に手を染め続けるうちに、彼らは皮肉にも、護るべきであるヒトの業の深さに絶望する。
互いに相争うからこそ自滅の危機に瀕する。種が、世界が絶滅しかける一歩手前だというのに、ヒトは狂ったように戦い続ける。
そう、
それを悟った時、守護者は物言わぬ歯車に成り下がる。ヒトを星を構成する部品と見做すようになり、躊躇いも葛藤も一切なく、また嘗て人であった頃の願いも全て焼却して―――主張も、意志も、存在意義も、何もかもを失くしてヒトならざるモノへと堕ちていく。
《顔のない正義》―――彼らは誰からも感謝されず、誰からも罵倒されず、ただ”力”としてそこに在る。
生前に己の無力さに絶望し、嘆き、己以上の力を求め―――そうして死後、己の魂を世界に売り渡す事でシステムに組み込まれた者達。人類の継続の為だけに使役される
だが、それでも―――。
それでも―――”正義の味方”で在ろうとした男がいた。
―――*―――*―――
「―――
『干将・莫邪』を両手に携え、赤衣のアサシンを視界に収めたエミヤがそう言うと、孔明は漏れ出そうになった舌打ちを呑み込んで返した。
「……完全に陣を組み上げるにはまだ時間がかかる。完成すれば奴を捕らえられるが―――時間稼ぎを提案している訳でもないだろう?」
「……あぁ。あのサーヴァントは私が相手をする。いや、私が倒さなくてはいけない相手だ」
語気が強くなるエミヤの様子を見て、孔明は眉を顰める。本来であればこのような時に指示を出すのはマスターである白夜の役目なのだが、今は倒れ伏してしまっている。まだしばらくは目を覚まさないだろう。
ただ、仮に彼が目を覚ましていたところで―――。
『ん、じゃあ宜しく頼むよ。事情とかその他諸々は後ででいいから―――勝って来て』
―――そう言うのは目に見えている。
一応参謀的な立ち位置にいる身としては軽はずみな行動を取る事も、指示する事も許されない。……だが。
今の自分は、ロードエルメロイ二世である前に
「勝つ見込みは?」
「無論」
「戻ったら事情を説明したまえ。それが条件だ」
「あぁ。……と言っても、事情などこの場で明らかになると思うがね」
損な仕事だよ、とボヤきながら、エミヤはアサシンへ視線を外さないままに二振りのナイフを構えていたジャックの頭に軽く手を置いた。
「そういう訳だ、ジャック。ここは私に譲ってくれないかね?」
「……エミヤ、ごはんくれたから言うこときいてあげる」
そう言ってナイフを構えた両腕を下ろしたジャックに対して薄い笑みを浮かべていると、相対した先から声が飛んでくる。
「お前は、何だ。僕に一体何の恨みがある」
「恨み? そんなものはない。ただ、”同業者”であり、”同輩”が相手とあらば私が出向かねば意味がないだろう?」
「…………」
「『
瞬間、アサシンが動いた。
高い敏捷ランクにものを言わせた高速移動でエミヤの命を刈り取りにかかる。だが、その程度で一々死んでいては今までの戦場で既に果てていただろう。
干将・莫邪と二振りのコンバットナイフが軋みの音を奏でる。鋭い一撃ではあったが、それに反するように、エミヤは皮肉気な笑みを口元に浮かべていた。
「アサシンらしくもなければ、『守護者』らしくもないな。諦観しているように見えて、腹の底が透けて見えるぞ」
「…………」
「だんまりかね? 言っただろう、
そうだろう? という問いかける声にも、赤衣のアサシンは応えない。皮肉気な微笑もいつの間にか消え失せ、鋼と鋼がこそぎ合う音の中でエミヤは―――ただ一人の男の名を告げる。
「『守護者』に堕ちたか、
―――時が加速する。
その様子は、まるでコマ送りだった。ヒトの限界を超えた身体の挙動―――ともまた違う。文字通り、
それは、確かに魔術の一端。”衛宮”の一族が探究に精を出したという、『小因果の時間操作』。本来であればそれは、小規模の固有結界の中で無限に時間を加速させ、宇宙の終焉を観測することで『根源』に至るというただ一つの目的の為に探求されて来たそれは―――衛宮家四代継承者、衛宮
否、途絶えたという表現は正しくはない。その技自体は、そのまま在るべき人間に継承された。全体の2割にも満たない残り滓のような魔術刻印ではあったが、それでも御業は確かに。
だが、
『魔術使い』―――神秘の探求から目を逸らし、我欲の為に魔術を使う者らを、魔術師は侮蔑の意味も込めてそう称する。
だが、そんな蔑称などどうでも良かった。戦い、戦い、戦い続ける中で研鑽を積み重ね、遂に
己の体内という、極々小規模の範囲に固有結界を展開し、体内の時間経過のみを操作する。その名は―――。
「
性懲りもなく再び近接戦を行うのかと思えば、一瞬で飛び退いて手にしていたナイフを超速で投擲する。その先にいたのは―――
「っ―――‼」
白夜の治癒の経過を見るために召喚サークルの近くにいたアイリスフィール。危機に気付いた
ナイフの軌道を変えたのは、予めエミヤが投影していた黒弓から放たれた一撃。弾け飛んだ瞬間、巻き起こった旋風が一帯を震わせ、そして男が目深に被っていたフードを押し上げた。
「……そうか、
絞り出したような声を出したのはエミヤではなく、孔明だった。その孔明の背後では、一瞬だけ驚愕した表情を浮かべたアルトリアが、しかし孔明と同じように”察した”。
「
「私も、先入観に囚われていましたね。仮のマスターとはいえ魔力の質や量などは、ちゃんと覚えていた筈だったのですが……」
「ど、どうされたのですか? お二人とも」
己の未熟さ、或いは洞察力の至らなさを悔やむ二人の態度に、マシュが怪訝な声を挙げる。
しかし、マシュが察する事ができなかったのは無理からぬ事だった。元よりこの真実は、正規の聖杯戦争に関わった者しか見抜けないモノであるが故に。
「抑止力の猟犬が遣わされる要因が大聖杯ではなく小聖杯―――つまり
孔明がウェイバー・ベルベットとして参戦していた世界線の第四次聖杯戦争では、『小聖杯の器』として創り上げられた『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』は完璧と称するには少々不完全さが残る存在であった。故にこそアインツベルン家当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは『小聖杯の器』から更に聖杯の護り手を生み出し、第五次聖杯戦争への基盤を盤石のものにしようとしたのである。
だが、もし
聖杯の降臨が失敗した時の為に予備を創らなくても良いほどに、
―――これは、そういったifが実現した世界軸。だからこその、”特異点”なのだ。
アイリスフィールがより護り手として完璧で、最高傑作であったのならば、そもそも
故に、
「アイリスフィール、貴女は―――本当に
「え、えぇ。私は正真正銘、セイバーのマスターよ」
「……そうですか」
その言葉を聞いた瞬間、アルトリアは見えないところで穏やかに微笑んだ。
安堵しているところも確かにあったのだろう。この世界線の自分は、少なくとも嘗ての自分よりはマスターに恵まれている。その一点に於いては、羨ましくもあった。
だが、衛宮切嗣が参戦していないこの世界では、
「っ……」
記憶の一部にノイズが走り、アルトリアは側頭部を抑えたまま顔を上げた。
そこには、自分が知っている姿よりも僅かばかり若い様相の男がいた。
肌は黒く、髪も色素が抜け落ちてしまったかのように白くなり、そして記憶にあるよりも尚一層底冷えするような双眸を擁していたが、間違いなくそこにいたのは、衛宮切嗣だ。
この世全ての悪を背負う運命を自ら選択してもなお、この世から一切の流血を無くすために聖杯に一縷の望みを託した男。その為ならばどれ程の外道に手を染める事も躊躇わなかった男。
最後までサーヴァントと意思疎通をしようとはせず、令呪の強制力のみで聖杯を破壊する事を強要してきた男。
だがアルトリアは、不思議と怒りは沸いてこなかった。胸中に過ったのは、ただの疑問。貴方は何故、どうしてそこまでして―――という、嘗ては終ぞ訊く事が叶わなかった、ただそれだけの事。
「……何故邪魔をする。僕がそこの女を始末しようと、君達には関係のない事だろう」
「邪魔をする理由はある。元々私達というイレギュラーが介入した時点で、道は二つに分かたれた。アイリスフィール・フォン・アインツベルンを殺害する事で聖杯の降臨を妨げるか、大聖杯そのものを破壊するか。―――我々の目的が後者である以上、迎合するわけにはいかないのでね」
「……不確定要素は極力排除するのが僕のやり方だ。君達が大聖杯の破壊を目的に行動したとして、それが失敗したらどうする。世界は聖杯の泥に包まれ、人類という種は絶滅の危機に瀕する。最低限の犠牲を以て人類を救う事ができるのならば、僕は迷わない」
「その選択が、
よしんばここでアイリスフィールを殺し、第四次聖杯戦争の悲劇を防いだのだとしても、大聖杯は生き続ける。そうなればつまり―――聖杯戦争は終わらない。
アインツベルンは妄執に囚われたまま、次の『器』を創り出そうとするだろう。
第三魔法『
「希望的観測だ。君達が幾ら動いたところで、
「あぁ、それならば安心したまえ。―――聖杯は既に暴走を始めている。覚醒を果たすのも、そう遠くはないだろうな」
「っ―――‼」
赤衣のアサシン、衛宮切嗣は、エミヤが齎した情報に初めて目に見えて表情を崩すと、眉間に深い皺を作ったまま取り出した
「何の、つもりなんだ」
「先ほど言った通りだ。我々は『龍洞』の最奥に眠る大聖杯を破壊する。その為にも、セイバーのマスターには生きてもらわなくてはならん。嘗て御三家が《冬の聖女》ユスティーツァを炉心にくべる事で創り出した大聖杯―――その終焉を見届ける義務が、彼女にはある」
「巫山戯るな‼ そんな甘ったれた大博打は認められない。そこの女を始末する事でこの事態を収束できるのならば、僕はそれを選ぶ。たとえそれが先延ばしているだけであったとしても、延ばした先にまた僕が喚ばれればいい。
必要最低限の犠牲で確実に人類を護る。それが僕という存在がこの時代に喚ばれた使命だ」
「使命、か」
その言葉に、エミヤは皮肉気に笑った。
自分も最初は何度、その言葉を言い訳にして殺戮に手を染めただろうか。種を護るためには必然の事なのだと、そう己を押し殺してただ与えられた人殺しを続けてきた。
それは、衛宮切嗣も同じであった。
なまじ、聖杯という存在の真実を知らなかったからこそ、中途半端に「人類を救う」という叶わぬ夢を持ち続けてしまったからこそ、彼は己の無力を嘆き、そうして誰にも認められる事なく、誰も救える事なく―――『守護者』に堕ちて行った。
『正義の味方』―――見果てぬ儚い夢のその先に、彼らは鎖に繋がれた。
護るべき人類をその手にかけ続ける。エミヤはその地獄の中で、一時はそれが愚かな夢であると冷めてしまった。
理想を抱いたままでは、何も為せずに溺死する。他者の役に立てるのならば、他者を救う事ができるのならば己の命など毛程も惜しくはないと、そんな壊れた人格の果てに辿り着いたのが”そこ”だったのだ。
赦せなかった。止まれなかった。あの時、剣の丘で
だが、この男は違う。
大切な者は全て見送った。たった一人で、この地獄を延々と繰り返した。だが、それでも―――それでも色褪せてはいないのだ。
どれだけ心の奥に押しやっても、どれだけ無常感に苛まれても、嘗てあの月下の夜に聞いた養父の夢は―――。
「甘ったれるなよ、衛宮切嗣」
「…………」
「何かを救うために奔走して、己の名すらも忘却しかけた先の貴様が
だが、此方には途方もないお人好しがいてな。破天荒な事を思いついたかと思えば、結局はそれを可能にしてしまう。たとえ誰からも不可能だと言われようとも、彼は実に諦め悪く、コンマ数パーセントの勝率を捥ぎ取るために一切の妥協をしない。
「そんな……そんなものは……」
「綺麗事と謗るか? 不可能だと
「黙れ‼」
しかしそれでも
「それでは誰も救えない‼ 身の程を知らずに全てを救おうとしたところで、残るのは手から零れ落ちた命だけだ。非情な世界で、そんなものは罷り通らない‼」
現実は非情だ。物語の主人公のように、都合良く奇跡など舞い降りては来ないし、多くの命を救い続けることもできない。
矮小な人間の身で、せめて手の届く範囲の命を守ろうと妥協した時もあった。全てを救うのは不可能でも、少しの命ならば必ず救えるだろう、と。
だが、それすらもままならなかった。
眼前で失われた命を、一体何度見てきたことだろう。何の罪もない、ただそこに居ただけ、巻き込まれただけの人達が物言わぬ屍になった瞬間を―――その地獄を一体何度。
綺麗事では何も救えない。非情であるしか救う事はできない。対価を差し出して何かを捨てる事でしか、何かを救い、変える事はできない。
それが、衛宮切嗣という男が生前に悟った、当然の摂理だった。
「……そうだな。確かに彼も、最初は未熟で多くの命が潰える瞬間を見てきた。それが摂理なのだと、否が応にも理解しただろうさ」
「なら―――」
「だが、彼はそこで足を止めなかった。次はもっと多く、もっと多くの人を救おうと奔走した。決して諦める事はなかった。たとえ全てが終わった後は誰も自分の事など覚えていなかったのだとしても、何も残らないのだとしても、彼はその摂理に真正面から立ち向かい続けている」
「自分がしたいからやったんだ」―――いつだって彼はそう言って何かを救い上げてきた。どれだけ無常な現実を叩きつけられても、どれだけ自身が傷ついても、岸波白夜という青年は絶対に歩みを止めてこなかった。
それが自分の限界だと達観する事はなかった。これ以上は何もできないと諦観する事もなかった。結局は何かを犠牲にし続けなければならないと悲観する事もなかった。
決して諦めず、立ち止まらず、無意識のままに前へ前へと歩み続け、そうして進み続けた先に、彼は救いたかったものを救い出す。それを笑顔で迎え入れ、そうしてまた―――次の戦いへ赴くのだ。
「彼はいずれ、世界を救う。救ってみせるだけの”何か”がある。彼ならばきっと、私たちが為せなかった夢を果たしてくれるだろう」
手も足も動くならば、心が負けていなければ立ち向かえる。自分が為さねばならないという義務感。しかし何よりも彼は、その先にある
自分の家族を取り戻すために、世界の人々の明日を取り戻すために、自分に力を貸してくれる英霊達が願いを叶える事ができる未来を掴み取るために。
それを―――『正義』と呼ばずして何と呼ぶ。
「だからこそ私は、
魅せられたのだ。どれだけ絶望的な状況でも、挫けずに立ち上がるその姿に。心折れる事無く立ち向かう、その姿に。
このマスターの下ならば、いつの日か交わした最初で最後の約束を果たせそうだと、そう思ったから―――
「たとえその選択が愚かであったのだとしても、引き返しはしない。この姿が、この心が、所詮は
その姿に希望を見出す事は、その姿に正義を見出す事は決して―――
「間違いなどでは、ない‼」
「っ……‼」
その、これ以上ない程に力強く放たれた言葉に触発されてしまったかのように、
姿が消える。
認められなかった。直視できなかった。
嘗ては確かに、何処にでもいるような無垢な子供のように
だが、
これ以上被害を齎さない為に、実の父親をこの手で殺した。その後に世話を焼いてくれた師でもあり母親のような存在だった女性も、沢山の人を救う為に殺した。
いつだって彼は、他者を助けるために大切な存在を取り零し続けてきた。冷血に世を見渡し、無謬に命の天秤の計り手たるべく選別と淘汰を繰り返してきた。
世界から嘆きを取り払う為に、必要悪の慟哭を響かせ、老いも若きも、男も女も別なく殺し、救ってきた。一つでも多くの命が乗っている天秤を救済してきた。
だが彼は、いつしか己の無力感に苛まれるようになっていた。
救おうとしても、救えない。嘗て夢見た正義の味方などからはかけ離れ、計測機械の如く何度も何度も殺して殺して殺し続けたというのに、いつの日か願った、世界を救うという目的は異様なまでに遠かった。
果ての見えない道程を、彼は希望もなく進み続けていた。誰かを救う為に誰かを見捨て、しかしながらヒトとしての感情も殺す事もできずに地獄を彷徨い続け、その先に彼は”世界”と契約するに至った。
己の死後の魂を売り渡し、生きている間に人間の枠組みを超えた力を譲り受けた。その力があれば或いは、子供の時分に願い、許容しえない犠牲の果てにそれでも捨てきれなかった夢が果たせるかもしれないと、藁にも縋る思いで力を手に入れ―――しかし何も変わらなかった。
彼は死んだ。何の意味もなく、何の意義もなく死んだ。何も達せられず、何も救えずに死んだ。
何処で死んだかも定かではない。銃撃と砲撃、空爆の音が間断なく鳴り響き、人々の悲鳴と断末魔の叫びが日常的に飛ぶ、そんな変わり映えのない場所であった事くらいしか、今となっては思い出せない。
どだい不可能な事だったのだと、世界の傀儡になってから漸く悟った。
世界の全てを救う正義の味方になるなどという夢物語は、幼少の時分だからこそ思い描くことのできる幸せな夢。そこから一度覚めてしまえば、もう二度と思い起こす事はできない。
それを理解したからこそ、普遍的無意識の兵士となって殺戮し続ける日々も、さして苦痛にはならなかった。人類を存続させるために始末しなければいけない存在を、最短距離最速の方法を以て殺す。それを”使命”と括る事で、彼は存在し得ていた―――筈だった。
「(世界を救えるだと⁉ 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な―――)」
自身が生涯をかけて追い求め、世界と契約して魂を売り渡してもなお届かなかったその願いを叶える事ができるという。あの地下水路で初めて顔を合わせ、そして今は倒れ込んでしまっている凡庸そうな青年が。
それがどうして認められるという。そんなものは綺麗事でまやかしだと叫び倒したかったが、自分の眼前に立つこのサーヴァントの言葉には、有無を言わせない説得力があった。
まるで鏡を見ているようだった。共に途方もない道をひた歩き、その先に一度は絶望を経験したかのようなその姿。そして―――
ならば、意地を通すしかなかった。そうする事でしか、
「食らえ―――」
時は流れ、今日には微笑む花も明日には枯れ果てる。
ヒトではなく、英霊となり、更に抑止力からのバックアップも受けている今であれば、固有時制御の代償である”世界の揺り戻し”も起き得ない。
「『
残像による分身が生み出されるほどに超加速した後に、一斉に致死の斬撃を叩きこむ。だがやはりその直前に、エミヤは己の周囲に真紅の花弁を現出させていた。
「『
本来であれば投擲武器に対して本領を発揮する防御用装備であり、尚且つ七枚を重ねる事で真価となるそれを一枚一枚に分断して自身の周囲全てを護らせているため、本来の防御力には及ばない。
だが、『
「ただ速いだけならば、此方も対処のしようがある」
カルデアには、武術の粋を極めたが故にただの速さとは一線を画した動きを取るサーヴァントも居る。新撰組一番隊組長・
武術に於ける歩法の奥義の一である”縮地”という技は、単なる速さではなく、相対する者の無意識下の死角に滑り込むことで感覚的に瞬間移動をしたかのような感覚を与えるという意味合いもある。
これは中々に厄介であり、カルデア内で戦闘訓練を行う際はできる限りそういった技を持つ武人系のサーヴァントに相手をしてもらっているくらいだ。
対して此方は、速さそのものは目を見張るものがあるが、裏を返せば
一挙手一投足にまで目を配り、初動を見切る事ができれば対処そのものは可能なのだ。
「なら、コイツはどうだ」
ナイフを投げ捨て、
だが、この状況で取り出したという事は、その銃から放たれる弾丸が『
『エミヤ‼ 受け止めるな、避けろッ‼』
「なっ⁉」
突然念話で入り込んできたその声にエミヤは流石に一瞬動揺し、しかしその声が良く知っているそれだと分かると、『
その瞬間に苦虫を噛み潰したような表情を見せた
銃が吹き飛ばされた直後に動きを止めた
「どうやら今の一撃が《魔術師殺し》の真価という訳か。安直に受け止めていたならばただでは済まなかったか」
エミヤのその考察は正しかった。
『
「切断」と「結合」。その『起源』から生み出される結果は、字の如く神秘そのものの破壊。生前の彼が強敵と称した魔術師相手に使用して悉く命を奪っていた『起源弾』と呼ばれる魔術礼装が英霊化するにあたって昇華したそれは、サーヴァントのような神秘の存在に対して強力な効果を発揮する。
もしあの時、エミヤが『
『目が覚めたのかね、マスター』
『近くで発砲音が聞こえりゃあね。戦闘音の中寝続けられるほど神経図太くないよ、俺は』
『良く言う』
召喚サークルの方を一瞥すると、マシュに肩を貸してもらいながらではあるが立ち上がっている白夜の姿が見えた。
思ったよりも早く目が覚めた事に内心で安堵しながらも、エミヤは疑問を投げかける。
『マスター、何故あの弾丸が危険だと分かった? 何故受け止めずに躱せという指示が出せたのだ?』
『実は半分以上直感。……でもまぁ、エミヤが盾を集めた時に一瞬笑ってたのが見えたからさ、つまりはそういう事でしょ?』
アーチャーである自分ですら見落としていた事実を、さも当たり前であるかのように告げたその豪胆さと観察眼に思わず変な息が漏れそうになったが、辛うじて我慢する。
伊達にスカサハを筆頭とした名立たる武人系サーヴァント達から観察眼及び洞察力に関してお墨付きを貰っているわけではない。まだまだ侮っていたかと苦笑していると、
「君が、そうか」
「……初めまして、衛宮切嗣さん。岸波白夜です。貴方とは違って、大聖杯を破壊するために、この冬木にやってきました」
事此処に至っては隠そうともしない自己紹介であったが、
一瞥した限りでは、何の変哲もない一般人に見えるのは変わらない。黒髪に黒目、それに流暢な日本語と、外見はどこからどうみても一般的な日本人だ。
だが、下手をすれば一瞬で命を刈り取られかねないサーヴァント同士の戦いの只中にあって、それを意に介さないかのように自然体に振る舞う胆力は確かに只者ではない。ただの天然である線も捨てきれないが、目を見てしまえば分かる。これは、数多くの死地を潜り抜けた者にしか発せられない光だった。
「アイリスフィール・フォン・アインツベルンを始末する事で聖杯の起動を阻止する……僕の考えは間違っているとは思えない。何故君は、聖杯の破壊に拘る」
「……聖杯そのものを放置した結果訪れてしまった未来を、知っているからです。炎に包まれ、誰も生き残っていない冬木の街。あんな地獄は、もう二度と再現してはならないと思ったから。―――それに」
白夜は一拍を置き、しかし続ける。
「聖杯が存在していた所為で不幸になった女の子がいたんです。聖杯がなくても末路は同じだったかもしれないけれど、それでも俺は、それがどうしても看過できなかった」
「未来と……その子供の為に? 何故その一人の為に君が動く?」
「甘えたくても甘えられず、泣きたくても泣けない女の子一人すら救えなくて、世界が救えるわけないじゃないですか」
白夜の言葉に、
『世界を変える力、だよ。いつかキミが手に入れるのは』
南の小さな島で過ごしていた日々。幼いながらも仄かに恋心を抱いていた女性から言われたその言葉。
大人になったら、受け継いだ魔術で何を成したいかと問われて、気恥ずかしさから言い渋った後、彼女は朗らかに笑った。
『じゃあ、大人になったケリィが何をするのか、アタシにこの目で見届けさせてよ。それまでずっと隣にいるから。いい?』
長らく思い出せなかった、忘れてはならない思い出。彼が正義の味方を志し、その想いが続いていくと思っていた、儚い記憶の一部分。
あぁ、と思わず声が漏れそうになった。想い人の女性の向日葵のような笑顔が脳裏を過り、そうして思う。
今の僕は、君が望んだ僕の未来とはかけ離れているのだろうな―――と。
「……本当に、君は世界を救おうとしているのか?」
「はい」
「世界を救う為に、犠牲が必要であったとしても?」
「犠牲を出す前に救います。勝手に天秤にかけられたら、二つとも救ってみせます」
それを甘ったれた考えだと言うのは簡単だ。それが成し得なかったからこそ、自分が今此処にいるのだと。
しかし、彼の周囲を見渡せば、自然と口が噤んでしまう。
彼と契約したサーヴァント達がいる。彼の行動に共感して行動を共にしてきた者達がいる。ただ口先だけの人間であるならば、こうは行くまい。
他人を惹きつける才能、他人を導く才能。自分にはそれが致命的なまでに欠けていて、だからこそ何も成し得なかった。何も救えなかった。
ならば、彼はどうだ。このアーチャーが言っていた通り、彼が真に正義の在るべき姿を体現し、本当の意味で世界を救うに足る覚悟を持っているのならば―――。
「……迷っているのなら、俺達に手を貸してくれませんか?」
「……何?」
「聖杯の活動を阻止するのが貴方の役目なら、俺達が根本からそれを成してみせます。だから、貴方の力も貸してください」
「僕が、君達に手を貸すと?」
「少なくとも俺は、そう思いました。……だって切嗣さん、何だかんだで良い人じゃないですか」
予想外の言葉に思わず言葉を失っていると、白夜は「だって」と続けた。
「
「…………」
「あんな光景をこれからの冬木で二度と見ない為に、貴方の力が必要なんです。お願いします」
マシュから離れ、少しよろめきながらも立つと、白夜は頭を下げてそう言った。
だが、既に武器を構える気もいつの間にか失せていた。何故だろうかと思ってみても、確たる根拠は何もない。
ただ、ここまで真正面から覚悟のこもった口調で不可能に近しい事をやってみせると断言するこの青年の行く末を、進む先を確認したいと思った。
いざとなればいつでも自分の仕事に移行すればいいという余裕があったのも確かだが、またそれとは違う感情が、心の奥底から這い上がってくるのを感じた。
「―――いいだろう」
あぁ、やはり自分は心のどこかで―――。
「君たちの戦いに、付き合おう」
まだ、『正義の味方』で在りたいと思っていたのかもしれない。
白夜「聖杯大暴走後の冬木市なんて一番初めに行きました。ちょっとヘラクレスボコしてきます」
お前のような一般人がいてたまるか。そもそもFateの主人公に一般性を求める方がおかしいって何度言えば。
はい、という訳で十三です。文を書き直すこと三回。ようやっとできました。
ここまで来たらEXTELLAの発売日に投稿した方がいいんじゃないかと思いましたが、面倒臭いのでやめました。これで憂いなくゲームに集中できるんだよなぁ。
あと、『イースⅧ』を最高難易度NIGHTMAREでクリアしてたら遅くなりました。ふぅ危ねぇ。何度全滅したか知らんぜ。オラとっとと竜紋岩落とすんだヨォ‼(分かる人にしか分からないネタ)
明日からはFGOの円卓ピックアップガチャが始まりますね。とは言っても私は欲しいのが居ないのでスルーです。クリスマスガチャはよ来いや。
では皆様、良いEXTELLA日和を。