Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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Q:実際問題、ケイネスがイギリスに飛んだ後って誰がディルムッドの魔力供給してんの?
A:……誰がしてたんだろうね? ランサークラスだと単独行動スキルもないからガチで謎。主人公が再契約でもしたのかな?

Q:ディルムッドってEXTRAに出演してたら強さどれくらいだろうね?
A:キャスタークラス相手には強いんじゃないだろうか? 逆に物量で押してくる相手(ex:ドレイク、ヴラド)や、単純に武術のレベルがヤバい相手(ex:ガウェイン、李書文)には後れを取るかも……強いのか? コレ。







ACT-11 「その意気、”忠義”に非ず」

 

 

 

 

 どうやら孔明に言わせれば、令呪の四画目を手にしたケイネスと同盟を結び、共に聖杯の破壊に着手するという行為はリスクが高すぎるらしい。

 生粋の魔術師、生粋の貴族である彼は、他者を従える事はできても他者に心の底から迎合する事はできないらしい。彼にそれを強要する事ができるのは許嫁のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだけらしいのだが、彼女を言いくるめてケイネスを説得するという方法も、致命的なところでリスクに変貌する恐れがある。

 

 幾ら愛する伴侶(候補)の言葉とは言え、根底に残った蟠りというのは、ここぞという時に致命的な軋轢と変貌して予想外のアクシデントを引き起こしかねない。

 男女の仲と諍いというのは得てしてそういうものだと―――孔明は苦々しい顔をしながらそう断言してみせた。

 

 そしてその言い分に、白夜は一切否定の意を唱えなかった。

 より確実に聖杯の破壊というミッションを達成するためには、出来る限り不確定要素を取り除いておかなくてはならない。とはいえ、ここでランサー陣営を潰すという策はなしだ。徒に聖杯の覚醒を早めるような真似はできないし、同盟を持ちかけた側から反故にするというのはやはりあまり良いものではない。

 

 なので―――

 

 

 

「つまり、万能の願望器を巡る魔術師とサーヴァントによる戦争など全くの虚構。全てはアーチボルト家の不倶戴天の敵、トランベリオ一派による陰謀なのです‼」

 

「な、んだと……」

 

「ある一定期間だけアーチボルト家の当主である御身を時計塔から引き剥がし、その留守の隙に乗じて一気に魔術教会内部の勢力拡大を目論む腹積もりなのです‼」

 

 

 ———”本来の”結果を知っている者からすれば唖然とせざるを得ない全くの出鱈目を、さも当然の真実であるかのような口調でまくしたてる孔明の姿を見て、再度白夜とマシュはランサー陣営の拠点であるホテル最上階のスイートルームのソファーに腰かけながら、呆然と事の成り行きを見守っていた。

 

 

「我々は、御身がトランベリオ一派の陰謀で罠に嵌められ、命を落とすという結果だけを知って過去干渉に踏み切りました。―――しかし過去世界で世界軸に徒に干渉するような真似はできず、御身と情報を共有するためにはトランベリオ一派による陰謀が確かに存在するという確証を得なければならなかった。……その為、お時間をいただいた次第です」

 

「―――だが、現に冬木では過去三度の聖杯戦争が開かれている。貴様はそれすらも虚構であったと言いたいのかね?」

 

「確かに、前回の聖杯戦争までは”万能の願望器”というモノは存在していました。元々はアインツベルン、マキリ、遠坂の御三家が『根源』に至るためにシュバインオーグ卿の立会いのもと現界させる事に成功した聖杯ですが……第三次聖杯戦争の折、アインツベルンが召喚したとあるサーヴァントの影響で、聖杯は汚染され、使い物にならなくなってしまったのです」

 

「とあるサーヴァント、だと?」

 

「アンリ・マユ―――二元論を体現するゾロアスター教の悪神の名を象ってはいますが、ご存知の通り聖杯は神霊の類をサーヴァントというクラスに貶めて召喚するのは()()()()()不可能です。アインツベルンが召喚したそれは、何の変哲も逸話も持たない、ただとある辺境の村の生贄山羊(スケープゴート)として”必要悪”を担わされた凡骨な青年に過ぎなかったのです。

 当然、そんなサーヴァントが『アヴェンジャー』というエクストラクラスで現界したとはいえ天下無双の英霊たちに勝ち続けられる術などなく、早々に脱落しましたが―――『此の世全ての悪を担う』という概念だけは聖杯の中で生き残り続け、60年という年月を経た今、聖杯はただの”呪いの願望器”と成り果ててしまっているのです」

 

「……皮肉にも御三家の一角が致命的なミスを犯したということか。ハッ、笑わせてくれる。所詮は妄執に憑りつかれた俗物の家系だったということか‼」

 

 

 解釈としては間違っていない。先の聖杯戦争にてアインツベルンが致命的なミスを犯したのは真実であり、聖杯が汚染された状態なのもまた事実である。

 だが異なる点を挙げるとするならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。彼らは恐らく、”ただの生贄”であったアンリ・マユの存在を軽視しすぎている。所詮ただの雑魚であった英霊が、これ以上何を起こすこともできないであろう、と。

 

 だが実際問題、今回の聖杯戦争にて聖杯は、キャスター、ジル・ド・レェという”反英霊”を召喚するに至った。彼の気性がカルデアに居る当人よりも”悪”の属性に傾いていたことから察するに、聖杯の汚染濃度は既に末期に近くなっているだろう。悠長にしている余裕など、全くないのだ。

 

 

「故にこそ、今回のこの茶番はトランベリオ派が冬木のセカンドオーナーである遠坂に加え、あろうことか聖堂教会まで抱き込んで企てた陰謀なのです‼ 名のある魔術師が参陣する戦となれば、必ずや御身が一時期時計塔を離れるであろうという」

 

「っ……民主主義の系統にかぶれた卑賎の者共が。よくも私を謀ったな」

 

 そこまで話を聞いてから、白夜はふと今更な疑問が浮かんできた。

 

『ねぇ、マシュ』

 

『はい、何でしょう先輩』

 

『トランベリオ派とか民主主義とかって、もしかして時計塔の派閥? 俺未だにそういう事分かんないんだよね』

 

『えっと、そうですね。私も伝聞調でしか聞いたことがないので定かかどうかは不明瞭なのですが……』

 

 

 曰く、時計塔には十三の学科が存在するという。

 『全体基礎科』『個体基礎科』『降霊科』『鉱石科』『動物科』『伝承科』『植物科』『天体科』『創造科』『呪詛科』『考古学科』『現代魔術科』『法政科』―――この内『法政科』だけは神秘を探求する学科ではないため、魔術学科の中にはカウントされていない。

 

 そして、それぞれの学科の頂点に君臨するのが『君主(ロード)』と呼ばれる存在だ。孔明―――ロード・エルメロイⅡ世が君主(ロード)を務めるのは『現代魔術科』であり、十二の学科の中では最も歴史が浅い。

 

 君主(ロード)は全員が時計塔に存在する三大派閥の内のいずれかに所属し、その勢力図を以て時計塔は運営されている。

 その三大派閥と言うのが、貴族至上主義派閥『バルトメロイ派』、民主主義派閥『トランベリオ派』、中立派閥『メルアステア派』であり、とりわけその中でもエルメロイ家が属するバルトメロイ派とトランベリオ派は一触即発、不倶戴天の敵同士と称してもおかしくはない。

 

 血統至上主義の『貴族主義派』には、《ザ・クイーン》の異名を持つ当代最高峰の魔術師、バルトメロイ・ローレライが当主を務めるバルトメロイ家を筆頭にガイウスリンク家、エルメロイ家など、名だたる家系が軒を連ねる。

 血統にのみ拘らず、才ある若い魔術師を取り入れるべきと主張する『民主主義派』には、三大貴族の一角であるトランベリオ家を筆頭に、同じく三大貴族の一角であるバリュエレータ家、エーデルフェルト家などが所属している。

 

 貴族派と民主主義派が犬猿の仲であるというのは世界の史実が嫌というほどに物語っているが、二千年という月日を経て蟲毒のように妄執と権力欲が凝り固まった時計塔では、とりわけこの対立が顕著であるという。

 貴族主義派筆頭であるバルトメロイが君臨するカレッジでは私設憲兵隊が外部の魔術師を排斥するという事実がある程であり、如何に魔術師という存在が”結束”と”排他”という事柄に躍起になるかという事が見て取れる。

 

 

『何というか……超面倒くさいね‼』

 

『ある意味、それは魔術師界隈の世界を如実に表しているのかもしれませんね。時計塔に所属する生徒は、そうしたしがらみを学んで世に出ていくのですから、必然的に排他的になる傾向なのではないか、と』

 

『んー……でもさ、いや、別に馬鹿にしてるって訳じゃあないんだけど……貴族主義派の人たちって()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、今までの説明を聞いて白夜が出した結論だった。

 恐らく彼らは、正当なる魔術師同士の戦いを、この聖杯戦争で所望するだろう。鍛え、研鑽の限りを尽くした魔術の仕掛け合いで以てマスター同士の戦いが決着するものと、そう思うだろう。

 

 だが、”戦争”とは斯くも非情なものだ。時に”正々堂々”という概念を嘲笑うかのように覆す。「勝てば官軍」という言葉が示す通り、戦争とは勝った方が正義となる。

 形骸化した戦争ならともかく、真の生殺与奪の場において、「誇り」や「形式」など何の免罪符にもなりはしない。どれ程卑怯な戦法を相手が取ったとしても、命を落としてしまえばそこで終わりだ。断罪すべく声を荒立て、そしてどれ程真摯に助命を乞うたところで、人一人の命というものは、まさしく風前の灯火のごとく儚く消え失せてしまう。

 

 「己の戦い方」に誇示するあまり、文字通り足元を掬われかねない―――オルレアンとセプテムで殺戮の非情さを目にした白夜は、そう言ったことにも鼻が利くようになってしまった。

 なまじ自身が前線に出て直接戦う才がないからこそ、同じように「本当の意味での戦争」に向いていない人物を見極める目を持ってしまった。

 岸波白夜から見てケイネス・エルメロイ・アーチボルトという人物は―――高貴すぎる誇りと自尊心を持つが故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないかと、そう邪推してしまうほどに、ある意味危うい存在であったのだ。

 

 それは、現在進行形で孔明の掌で踊らされている事からもある程度分かってしまう事ではあるのだが。

 

 

「ケイネス卿、御身ならば既に分かっておられるでしょう。ここまで婉曲に、かつ悪辣に虚言を以て「武勲」を求めた御身を騙したトランベリオ一派の妄執が。

 更に連中は御身を時計塔から引き剥がすのみならず、監督役、遠坂家をも抱き込んでこの極東の地で亡き者にしようと企てていたのです‼ 「戦争」と銘打った中では、どれ程不可解な死を遂げようとも、それは「実力が足らなかった故」と理由をでっちあげる事ができます。そうなればアーチボルト家そのものを没落させる契機にもなります‼」

 

「なん……という……」

 

「もはや一刻の猶予もありません。御身には取り急ぎロンドンへと帰還していただき、トランベリオ一派の陰謀を阻止していただきたく‼」

 

 理由そのものはでっちあげも甚だしいものであったが、貴族主義派の中でも中々の権力を持つであろうアーチボルト家の当主であるケイネスが極東の地で妙な儀式にかまけているとあらば、本当にトランベリオ一派が”良からぬ事”を企んでいない可能性というのはゼロではない。

 

「我ら貴族主義派の存亡が、御身の存在如何にかかっているのです‼ 降霊科(ユフリィス)の神童―――ロード・ソフィアリの後継者としていずれ学部長の椅子に座るべき御身の助力なくば、時計塔は大混乱に陥ってしまいます‼」

 

「ええい、小癪なトランベリオめ、バリュエレータめ‼ このケイネス・エルメロイを姦計に嵌めた罪、然るべき手段で贖って貰うぞ‼ ―――ソラウ、急ぎ身支度の準備だ‼ 明朝ロンドンへと帰還する‼」

 

 

『はい釣れたー』

 

『み、見事な手腕です孔明さん。僅か数十分のやり取りでこうも時計塔の一級講師を手玉に取るとは……』

 

 同情心と罪悪感はあるものの、それ以上に何故か込み上げてくる笑いを抑えるために全力を尽くしていると、高らかに帰還を宣言したケイネスの膝下にランサー・ディルムッドが実体化した。

 

 

「主よ、ならば私もお供させていただきたく‼ 元より聖杯に託す願いなどない身。遥か海を越えた先に主の戦場があらせられると言うのなら、このディルムッド・オディナ、身命を賭して参陣させていただく所存です‼」

 

「おぉ、それは何とも心強い。イングランドの英雄、かのフィオナ騎士団の一番槍を従えての帰還ともなれば、アーチボルト家の名声は更に高まることでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「う、ぬ……」

 

 その瞬間、ケイネスの顔色が強張った事は、傍から見ていた白夜にも感じ取れた。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、許嫁であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに()()()()()()()。―――それは孔明から既に聞き及んでいた。

 名門貴族の出身、魔術師としての天賦の才。それら故に非常にプライドが高いケイネスが唯一偏屈な感情をぶつけない存在。それを彼は降霊科(ユフリィス)時代の恩師の娘だからと思っている節があるようだが、実際のところは単純な話であり、”惚れた弱み”に過ぎない。

 

 しかしどうも、ソラウ嬢そのものはケイネスとの婚姻にあまり乗り気ではないらしい。名門魔術師の間ではこうした婚姻関係のやり取りが珍しくもないという話ではあったが、彼女もそういった家の事情に人生を左右されることを半ば諦めかけているクチなのだろう。

 

 そしてそれは、恐らくケイネス自身も気付いている。先のキャスター戦の武功によって彼女が少しはケイネスを見直した可能性は大きいが、それもランサー・ディルムッドと再び共にいる時間が長くなればその限りではない。

 

 『愛の黒子』―――それはディルムッド・オディナというサーヴァントが所有するスキルの一つ。異界の妖精より授かったという逸話を持つ魔法の泣き黒子は、それを見た異性を魅了し、彼を愛し求めずにはいられなくなるという。

 グラーニャ姫との悲劇はこの黒子が原因で始まったとされているが、長い時を経た今、その惨劇が再び訪れようとしている。ディルムッドにその気がないとしても、ソラウ嬢を魅了する可能性がないとは言い切れない。否、寧ろ魅了してしまう可能性が高い。

 このスキル、実は対象の異性側に魔力抵抗と精神的抵抗があれば発揮されない事があるらしいのだが、彼女は魔力抵抗こそあれど精神的抵抗力を持っているかどうか怪しいのだ。

 

 許嫁という枷に嵌められた己の人生に一筋の光をともしてくれる忠義の騎士―――まさしく「夢を見る」にはうってつけの状況(ストーリー)だろう。

 

 

「……ランサーよ、全令呪を以て命ずる。貴様は此処に残り、聖杯戦争を継続せよ」

 

 ケイネスの右手に宿った令呪の魔力が、そのままディルムッドへと注ぎ込まれる。マスターよりその命を受けたディルムッドは、やはり驚愕の表情をしていた。

 

「なっ⁉ 何故です主よ‼」

 

「戯けが。如何に戯れで参陣した戦と言えど、このケイネス・エルメロイが呼び出したサーヴァントが中途半端に武功を挙げたのみで手を引いたとあっては私の沽券に関わる。

 貴様はこの聖杯戦争のために呼び出されたサーヴァントであろうが。ならばその役目を全うせよ」

 

「っ……‼」

 

 その言葉に目を見開いたディルムッドを傍目に、孔明が再び口を開く。

 

「流石はロード・エルメロイ‼ 我らがアーチボルト家の誇りの在り方を心得ていらっしゃいますな‼」

 

「フン。諸君らには置き土産に我がサーヴァントを託す。アーチボルト家の名代として当家の意地を示せ。―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、完全を以てすることが我らの使命と心得よ」

 

 その瞬間、白夜は確かにケイネス・エルメロイの「真価」を見た気がした。

 誇り高さ故の決断力。伊達に魑魅魍魎の如き時計塔で一級講師を務め、権謀術数渦巻く魔術師の世界で生きている人間ではない。彼と渡り合えたのは、その性格と背景を知り尽くした孔明であったからであって、

白夜自身では到底無理だっただろう。

 

 人心を掌握する交渉術―――いずれは自分も会得するべきだろうかなどと思っていると、いつの間にやら交渉は終わっていた。

 身支度を整えにかかったケイネスの邪魔になるまいと早々にホテルを立ち去り、そのまま新都の人がいない細道を歩いていく。恐らく、もう会う事はないだろう。

 

「…………」

 

 ロード・エルメロイⅡ世―――ウェイバー・ベルベットが第四次聖杯戦争を生き抜いた世界線では、ケイネスは命を落としている。今回は独特の交渉の末にその未来は免れたが、しかしそれは根本的な改変には繋がらない。

 この世界は、特異点として浮かび上がった泡沫の夢。正しい世界に引き戻されれば、同じこと。これまでのグランドオーダーがそうであったように、世界は白夜達の存在など初めからなかったかのように回り始める。 正しい世界の”揺り戻し”が発生したならば、結局ケイネスは別の原因で命を落とす可能性がある。

 

 そうでなくとも、元の世界線では結局ケイネスは死亡したまま。アーチボルト家は没落の憂き目に遭い、それをウェイバーが奔走することで再建する。

 レイシフトは時代を行き来することはできても、タイムマシンではない。救われない世界は救われないまま、一時のifの世界を再現するだけに過ぎないのだから。

 

 やはり、彼は優しい―――そう思わざるを得なかった。

 例え徒労に終わるのだとしても、孔明は可能な限り穏便で円満な方法を模索していたのだろう。それが、第四次聖杯戦争を生き抜き、大聖杯を解体して聖杯戦争そのものを終わらせた己が最後にすべき使命だと、そう胸に誓っていたのかもしれない。

 

 

 

 何はともあれ、仲間が一人増えたのは僥倖だった。

 本来のマスターと口八丁の末に引き剥がしてしまったことは申し訳なく思うが、こうなったからには彼―――ディルムッドにも協力してもらわなければならない。

 聖杯の破壊。第四次聖杯戦争を、否、聖杯戦争を本当の意味で終わらせる手段。それを手伝ってほしいと面と向き合って言ってみたところ、ディルムッドは反対する素振りも見せずに頷いて見せた。

 

「その話が真であるならば、騎士としては見過ごせない案件だ。―—―岸波白夜、我が新しきマスターよ。どうかこのディルムッドの双槍を、思うがままに使っていただきたい」

 

 そうして膝をつき、臣下の礼を取ろうとしたディルムッドを、白夜は()()()()()()()()()()()()()()

 彼の肩を抑え、目線を下げさせない。困惑したような表情のディルムッドに向かって、やはり白夜は何か思惑があるでもなく、思ったままの言葉を口にしていた。

 

「……臣下の礼なんて要らないよ。俺は、貴方の主になるつもりなんてない」

 

「ま、マスター?」

 

「そもそも、だ。昨日まで俺たちと貴方たちは便宜上敵同士だった。そんな陣営のマスターである俺に躊躇わず膝下する……”騎士”っていうのはそういうものなのか?」

 

 声色に、僅かに怒気すら籠る。

 違うだろう、そういうものじゃあないだろうと言いたくなるのを堪えて、白夜はディルムッドを正面から見据え続ける。

 

 たかだか20年も生きていない未熟者が、殺伐とした時代を英雄として生きてきた武人にものを言うのは烏滸(おこ)がましいとは分かっている。ただ、それでも言わなければいけないことは言わなくてはならない。それが、マスターとサーヴァントの正しいコミュニケーションの取り方だと、白夜は心得ていた。

 未熟ならば未熟なりに、自分の本心を伝えきる。「自分はこういう人間なんだ」と、それを理解してもらわなければ始まらないのだから。

 

 だから、白夜は忌憚なく言った。

 昨夜まで敵だった者に疑問も敵愾心も警戒もなく膝下する―――それが騎士の在り方ではない筈だと。

 

「俺は、立場柄色々な”騎士”のサーヴァントと出会い、一緒に戦ってきた。彼らは俺をマスターとして認めてくれているけれど、それでも認めてくれるまでに時間はかかったよ。

 俺が心を捧げるに値する人間か、心じゃなくても信念を預けられる人間か―――誰も彼もが生前は心に定めた主君に仕え続けて、或いは自分の中の捻じ曲げられない信念に従い続けてきた英雄だ。

 それに応えるために、俺は出来る限り誠実に頑張ってきたつもりだ。認められるために信念を持ってきたつもりだ。―――だから、今の貴方に言わなくちゃならないことがある」

 

 それは、初見の際に彼の性格を見抜いた瞬間からずっと思っていたことではあった。

 彼の忠義心は本物なのだろう。そこに嘘偽りは存在しなく、騎士としては鑑のような存在なのかもしれない。だが、それは―――。

 

 

「ディルムッド・オディナ、貴方は二度目の生で仕えるべき主を探しているのか? それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()を探しているのか?―――前者ならここで土下座でもして謝るよ。でも後者なら、その考えは改めたほうがいいと思う」

 

 

 主君に対する澄み切った忠誠心。生前は果たすことが遂に叶わなかった、その”忠義”という名の概念のみに固執して、それを捧げる主の事は()()()()()と思っているのなら―――それは真の主従関係とは呼ばないだろう。

 特にそれは、ケイネスのような人物とは相性が悪かったに違いない。ただの大貴族ではなく、損得を勘定する魔術師としても優秀であった彼は、きっとディルムッドの一片の曇りもない忠誠心すら訝しんで見せただろう。

 例え生前のディルムッドの逸話を知っていたとしても、召喚直後から偽りのない忠義を誓われたならば、そういった事に慣れていない現代の人間ならば魔術師でなくとも警戒するかもしれない。

 それに加えてディルムッドは”魔貌”の持ち主だ。許嫁の心を奪われるのではないかという点においても、ケイネスはディルムッドに心を許していなかった―――そう考えれば、先の孔明との最後のやり取りにも納得がいく。

 ここで自分たちが介入せず、そのままにしておけば、きっとランサー陣営は()()()()()()()をしていた。

 

 マスターとサーヴァントの相互理解、信頼関係というものは何よりも優先される―――そう白夜は思っていた。

 ステータス面でのサーヴァントの優劣というものは、確かに「戦闘」という一面に於いては考慮すべきことなのだろう。なまじ、サーヴァント一体のみを従えて勝ち抜かなければいけない正規の聖杯戦争ならば尚更だ。

 だが、それはあくまでも「一側面」に過ぎない。一対一の戦いを強要されるトーナメント方式でもない限り、個人差だけにかまけていては駄目なのだ。

 

 自らの代わりに命を賭して戦ってくれるサーヴァントに全てを委ねる。その対価としてマスターは、英霊たちに認めてもらわなくてはならない。

 互いに本性を秘したままに好き勝手をやれば、いずれその仮初の関係は瓦解する。戦況的にも、人間性的にも。

 白夜はそういう事には一家言があった。何せ80人以上のサーヴァントたちと共に世界救済の旅をしているマスターだ。彼ら一人一人と信頼関係を結ぶのにどれだけ苦労をしたか。それは彼本人にしか分からない。

 

 

「貴方が今回の聖杯戦争で忠義を誓った主は、ケイネス・エルメロイただ一人の筈だ。俺はあの人から貴方を「借り受けた」に過ぎない。そんな貴方が俺に対して臣下の礼をするという事は……貴方は()()主を裏切ることになる」

 

「ッ⁉―――」

 

「だから俺の事は、マスターとは呼ばないでくれ。岸波でも白夜でも、なんだったら他の呼び方でも全然構わない。……だから貴方は、貴方の主が望んだように戦うのが正解だと思う。

 ―――栄誉あるフィオナ騎士団最強の戦士、ディルムッド・オディナ。貴方が俺たちに”助力”をしてくれるなら、これ以上嬉しい事はないよ」

 

 ディルムッドは思わず再び膝をつきそうになって、しかしそれを自らの意志で堪えた。

 彼は己が仕える”主”ではなく、”盟友”だ。信は置いても、忠は捧げられない。言葉の通り、忠を捧げてしまえば、それは主に対する裏切りだ。生前に痛感したというのに、性懲りもなく同じ過ちを繰り返そうとしていた。

 

「(……あぁ、成程)」

 

 最初に彼、岸波白夜を見た時に感じたことは間違っていなかった。

 とことんまで誠実なのだ。偽りの感情など欠片も持たず、戦闘力では絶対に叶わないサーヴァントを前にしても、自身の心を自身の言葉ではっきりと告げてくる。

 それは、恐らく誰にでもできる事ではない。何を置いても意志の強さ、そして、囚われない柔軟さがそうさせるのだろう。

 

 まさしくそれは、『英雄の「器」』だ。逃げず、退かず、目の前の試練を乗り越える”勇気”。

 この人物のサーヴァントとして呼ばれれば、己はどんな世界を見れるのだろうか。一瞬だけそう思ってしまったが、それを口に出すのはご法度だ。今はただ、彼と共に戦うだけ。それが騎士としての己の使命だと、そう心に言い聞かせた。

 

「―――承知した、()()殿()。このディルムッド・オディナ、貴殿の”盟友”として共に戦うことを誓う」

 

「了解だ、ランサー・ディルムッド。となれば最初は……そうだなぁ」

 

 チラリ、と。白夜は自身の左後ろを一瞥する。すると、その場所から僅かに苦笑した様子のアルトリアが姿を現した。

 

「全く、マスターは相変わらず人誑しですね。その上、私の感情まで見抜いていましたか」

 

「人誑しっていう言い方は流石に傷つくんだけど⁉ ……それに、一応セイバーとはパスは繋がってるしね。感情の揺らぎくらい分かるよ」

 

「それでサーヴァントの心情を図れるのは貴方くらいのものですよ。……まぁ、的は射ているので言い訳など無用ですが」

 

 回路(パス)を通じて流れ込んでくるサーヴァントの魔力の「揺らぎ」から感情を察するのも、今では大分慣れた。

 本来ならそうした探知系の技術は降霊術の専門家の領域なのだが、幸か不幸か白夜には実地で感じる機会がいくらでもあった。慣れるには充分過ぎる期間だ。

 

 するとアルトリアはディルムッドの方を向いて、僅かばかり複雑そうな表情を溢した。

 

()()()()()、ランサー。私はハクヤのサーヴァントのセイバーだ」

 

「これは済まない。埠頭でも見かけたが、その白銀の騎士甲冑、貴女もどこぞの騎士とお見受けする」

 

「無意味な問いは要らないぞ、ランサー。貴方と邂逅した時に、私はこの剣の正体を明かしていた。それを見違えるほど貴公は衰えてはいまい」

 

「フッ、成程。確かに聖杯の招きに預かった武芸者がその黄金聖剣を見知らぬなどと言ったら沽券に関わるか。―――あぁ、失礼したブリテンの騎士王。好敵手として相見(あいまみ)えれなかったことが、無念と言えば無念だがな」

 

 色男の武人特有の清々しい笑みを向けたディルムッドに対し、アルトリアもまた、笑みで応える。

 魔力で編んだ鎧の右手の腕の部分だけを解除し、躊躇いなく右手を差し出した。

 

「それは此方も同じだ、誇り高きフィオナ騎士団の一番槍殿。貴公と轡を並べて戦えるというのは、同郷の後進として誉れだ」

 

 差し出された右手を、ディルムッドは握り返す。

 白夜は知らない事ではあったが、こうして盟を組むこと自体は初めてではない。アルトリアが以前参戦した第四次聖杯戦争では、暴走したキャスターが召喚した巨大海魔と乱入してきたバーサーカーを撃破するためにディルムッドと手を組んだこともあったのだ。

 だがその時は、こうして言葉を交わすこともままならなかった。アルトリア自身、己そのものに疑心暗鬼になっていたという事もあるだろうが、そうでなくとも彼女のマスターは、それを良しとはしなかっただろう。

 

 そして―――その先に待っていた悲劇を顧みれば、こうして改めて手を組むことができた時点で、彼女の心は多少救われていた。

 

 そんな事を考えていると、交わされていたアルトリアとディルムッドの握手の上から、白夜がポンと右手を置いてきた。

 

「マスター?」

 

「あ、いや。折角だからこういう事やってみようかと思って。ほらほら、マシュも孔明もアーチャーも」

 

 白夜がそう促すと、微笑を浮かべたマシュと呆れたような表情を浮かべた孔明、実体化して肩を竦めたエミヤが、それぞれ右手を重ねていく。

 

「そんじゃ、ま。改めて聖杯の破壊のために頑張るとしようか。あ、そうだディルムッド。一応俺の方針としては全員生き残って目標を達成するのが最低限だからね。玉砕とか一切ナシの方向で」

 

「承知した。貴方の采配を楽しみにしている。白夜殿」

 

「オッケー。それじゃあ皆、気合入れていくとしようか」

 

 応、と声が掛かり、夜の新都に抑えた声が響く。

 カラスの一羽も飛んでいない中、ただ満月に近くなった頭上の月だけが、その結束の瞬間を見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 はい、どうも。『天魔御伽草子 鬼ヶ島』、皆さま楽しんでますかー? ライダーゴールデンの再臨素材集めんの結構キツいみたいですけど、皆さんガチャ回してますかー?
 因みに私は今日、40連しました。頼光様は出なかったけど、茨木ちゃんは出ました。しかも2体。
 しかし頼光様、バサカが宝具チャージなんかしないでください。お願いします。

 ……余談ですが、「天魔」という名が出てきた瞬間に「ヤベェ、来る‼ 夜都賀波岐来る‼」とビビッた私は正田卿の信者。そしてこのネタが分かる方も同様。
 奴奈比売さん、上陸前に仕留めにかかるのヤメて下さいマジに。


 さて、今回は前半ほとんど説明パートでしたね、申し訳ない。
 時計塔の内部抗争とか誰得だよって話ですが、多分ここで書かないと一生書かないなと思ったので、つい。
 ユーザーの皆様も『AccelZeroOrder』をプレイしていた時に「トランベリオって何ぞや?」と一瞬思いませんでした? 私は思ったのですぐにType-MOON Wikiを開きました。

 そして、ディルムッドの敗因をいとも当然かのように当てにくる白夜君。やっぱり岸波の観察眼は異常やでぇ。


 次回、「もうちょっと黙っててもらえませんか」コンビ登場。……悪い人たちではないんだよなぁ。

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