Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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 どうも、十三です。初めましての方は初めまして。そうでない方は……はい、やらかしました。

 なんですかね、イベントが重くてイライラしてたのか、それともアルトリアのモーション変更に浮かれてたのか、はたまたいつか書いてみたいと思ってたFate作品への欲求的なアレが爆発したのかどうか分かりませんが、とにかく気付いたら書いてました。
 読んでいただけたら幸いです。

 あとがきの方にツッコミ的なものが用意してあるので、不明瞭だと思った方はそちらにどうぞ。





ACT-1 「騎士の王たる誉れを此処に ~アルトリア~」

 

 ―――嘗てどこかで、時の彼方、異なる世界線のどこかで、()()を経験した記憶があった。

 

 

 『―――問おう、貴方が私のマスターか』

 

 

 誰何の声と共に、静謐な雰囲気を纏わせる祭儀場に召喚された記憶。

 彼女を召喚した男は、凡そ”魔術師”という神秘を是とする存在とは思えない風貌をしていた。少なくとも、彼女に魔術を教授した大魔術師は、これ程までに陰惨な”死”の色を醸し出してはいなかった。

 

 男は、魔力の渦の中から現れた少女の姿を見て一瞬だけ目を見張り、しかしそれだけで視線を逸らしてしまった。

 まるで、そう。―――見たくもないモノを目の当たりにしてしまったかのように。

 

 思えば、彼女の受難はその瞬間から始まっていたのだ。

 

 

『だから、あなた個人に対しての怒りじゃないの。きっと彼を怒らせたのは、私たちに語り継がれたアーサー王伝説そのものよ』

 

 

 主の妻は、そう言って彼女の溜飲を下げさせた。

 偽りの性別、偽りの物語。そうして語られてきた伝説では彼女は紛れもなく”男”として国を治め、戦場を駆けて来た。そして彼女は、”そう在れ”と望んでいたからこそ、その結末をどうこう言うつもりはなかった。

 だが、彼はそれが許せないという。ただの小娘一人に”王”と言う責務の全てを擦り付け、恥も外聞も持たずに、終には仕えていた存在が女性であるという事にすら気付かなかった騎士を、文官を、そしてブリテンに住まう民ら総てに対して憤懣やるかたない感情を抱いているのだという。

 

 そして、彼女にしてみればそれは《《大きなお世話》》だった。

 

 

『それは出過ぎた感傷だ。私の時代の、私を含めた人間たちの判断について、そこまでとやかく言われる筋合いはない』

 

 

 ―――軋轢は決して埋まらない。

 元より(マスター)彼女(サーヴァント)の間には、どうしようもない程に広がった見解の相違があった。ある意味では、最も分かり得ない存在同士。

 これがもし、英霊の所縁となる聖遺物を使用しての召喚でなければ、彼は決して彼女を召喚できなかったであろうと、そう断言しても差し支えがない程に。

 

 策謀の類は許容する。しかし”騎士”として決して譲れない高潔さを有したまま剣士(セイバー)のサーヴァントとして聖杯戦争に挑んだ彼女と、人間史に刻まれた呪いの連鎖を終わらせるために必要な”最小限の犠牲”を冷酷に選択した彼。

 時代の違い、というのも確かにあった。

 

 彼女の時代の”戦”とは、騎士の高潔さに率いられた兵たちが、決して譲れぬ護国への思いを胸に苛烈に、鮮烈に戦場に赴く華の場所。誇り高く、凛冽に、剣を佩いて槍を携え、矢を番える者達が生きる場所。

 対して現代の”戦”とは、そうした輝きとは無縁だった。どれだけ悪辣に敵を抹殺しようとも、どれだけ醜悪な目的で参戦しようとも、結局は勝者こそが正義であり、敗者は喪う。ただそれだけの事。そこに誇りなどはなく、誰もが作業のようにヒトを殺していく。

 

 特に彼は―――マスターたる男は戦場に矜持などは間違っても持ち入れない人間だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――それこそが何かを護るために必要な残酷な世界の摂理だと悟ってしまい、無謬な天秤の計り手たれという呪いを己に課した。

 血を血で上塗りして、屍の上に屍を築いたその先に、己が求める”平和”があると信じて……それのみを求めるために戦い続けた。

 

 何故か? ―――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 嘗て、彼は初恋の少女を殺せなかった。―――その結果、より多くの犠牲が生まれてしまった。

 

 嘗て、彼は実の父親を背後から銃で撃ち殺した。―――そうしなければ再びより多くの犠牲が生まれてしまうから。

 嘗て、彼は師であり、母親とも言えた女性を爆殺した。―――そうしなければ再びより多くの犠牲が生まれてしまうから。

 

 

 故にこそ、彼の懊悩は始まった。

 彼らを喪った過程を、最小限の命を殺めなかった事で生まれた最悪の災厄を心の中に刻み付け、二度と同じ過ちを犯さぬために非情たれと振る舞った。

 

 本当は誰よりも弱い男の癖に。本当は誰よりも臆病な人間な癖に。

 

 

『マスター、貴方という人は……いったいどこまで卑劣に成れ果てる気だ⁉』

 

 

 だがその心情を、彼女が推し量る事はできなかった。

 それもその筈。彼は彼女と一切口を聞こうともせず、己自身で命を出すつもりもなかったのだから。

 

 それこそが男―――衛宮切嗣(えみやきりつぐ)が結論として出した、己のサーヴァントとの関わり合い方だったのだから。

 

 

『いいや、そこのサーヴァントに話す事など何もない。栄光だの名誉だの、そんなものを嬉々としてもてはやす殺人者には、何を語り聞かせても無駄だ』

 

『騎士なんぞに世界は救えない。過去の歴史がそうだったように、今これからも同じことだ。こいつらはな、戦いの手段に正邪があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出してみせる歴代の英雄共がそういう幻想を売り込んできたせいで、いったいどれだけの若者たちが、武勇だの名誉だのに誘惑されて、血を流して死んでいったと思う?』

 

『ほら、これだ。―――聞いての通りさアイリ。この英霊様はよりにもよって、戦場が地獄よりもマシなものだと思ってる』

 

『冗談じゃない。いつの時代も、あれは正真正銘の地獄だ』

 

 

 戦争こそが人類史の代表。戦争が存在したからこそ、人類は発展を遂げて来た。名誉と誇りと命を掛けて戦って来た英雄がいるからこそ、今の歴史が存在する。

 ―――衛宮切嗣は、そうした”詭弁”を許さない。

 

 戦争は害悪だ。ヒトが血を流し、死んでいく有様を見て、どうしてそれが”正しかった”などと言える。

 誰もがその輝きに魅せられた。あの王に着いて行けば、あの指導者に縋っていれば、必ずや自分たちは救われると、そう盲目的に信じてしまっていた。

 それが”英雄”という存在だ。弱き民らの羨望を束ね、戦そのものをやむなしと断じて戦場に駆り出す”人でなし”。

 誰もが栄誉ある死を望むと思えば大間違いだ。死にたくない者は確かにいる。生きて家族に、自身の大切な者らに再び出会いたいと、そう信じていた者達が大半の筈だ。

 

 そんな、生物の生存本能を”羨望”という概念で晦まして、いったいどれだけの人間を殺してきた? どれだけの人間を、煉獄の底へと突き落としてきた?

 

 それが堪らなく、衛宮切嗣は許せなかったのだ。

 

 

『その場に立ち会ったすべての人間は、闘争という行為の悪性を、愚かしさを、弁解の余地なく認めなきゃならない。それを悔やみ、最悪の禁忌としない限り、地獄は地上に何度でも蘇る』

 

『なのに人類は、どれだけ死体の山を積み上げようと、その真実に気付かない。いつの時代も、勇猛果敢な英雄サマが、華やかな武勇譚で人々の目を晦ませてきたからだ。血を流す事の邪悪さを認めようともしない馬鹿どもが余計な意地を張るせいで、人間の本質は、石器時代から一歩も前に進んじゃいない‼』

 

 

 その言葉を聞いた時、初めて彼女は彼の心の内の欠片を垣間見た気がしたのだ。

 かの昔、彼女はキャメロットの城にて、円卓の騎士団の主として幾人もの騎士を見て来た。いずれもが高らかに護国を誓い、戦果を誉れとするブリテンの守護者達。それこそを彼女は誇りに思っていた。

 だが、そんな騎士たちの中に―――これ程までに殺戮を厭んだ者がいただろうか。

 

 無論、無辜の民を好き好んで手に掛ける者はいなかっただろう。だが、攻め寄せる夷狄(いてき)に、王位を簒奪しようと目論む蛮族の集団を相手に、それでもなお血を流す事を厭う者はいなかっただろう。

 当然だ。彼らの使命は国を、王を護る事。それを投げ捨ててしまえば、彼らは何にでもなれてしまう。磨き上げた武の腕を振るう敵を見失えば、ヒトは容易く外道に堕ちてしまうのだから。

 

 それこそを、彼女は”正義”と疑わなかった。守るべき者を護り、討ち果たすべき者を討つ。それこそが”王”たる者の務め。万民の平和を、安寧を体現すべき存在と、信じて疑っていなかった。

 

 だが彼は違う。いつの世も子供が大人に変わる間に馬鹿馬鹿しいと理解して投げ捨ててしまう感情を持ち続けている。

 この世の誰一人として血を流す事のない世界―――それこそを望み、その為に血を流している。

 恐らくは彼も、それが半ば不可能である事を理解していたのだろう。だからこそどこまでも冷酷に少数を斬り捨て続けていた。そうする事でより多くの人間が救えるならと、心の内で血涙を流しながらその手を血で染め続けて来たのだろう。

 

 

『正義で世界は救えない。そんなものに、僕は全く興味がない』

 

『世界の改変、ヒトの魂の変革を、奇跡(聖杯)を以て成し遂げる。僕がこの冬木で流す血を、人類最後の流血にしてみせる』

 

 

 ―――あぁ。

 

 つまるところ、この男は最初から―――

 

 

『そのために、たとえ()()()()()()()()を担う事になろうとも―――構わないさ。それで世界が救えるなら、僕は喜んで引き受ける』

 

 

 ただ、”正義の味方”になりたかったのだ。

 

 人類全てを救いたいという、荒唐無稽なユメに手を伸ばし、何度も苦しみ、涙を流し、己の無力さを何度も何度も味わい尽くしながら……最終的に奇跡の願望器に縋るしかなくなってしまった。

 その想いには、彼女もまた思うところがあった。ブリテンという世界全てから見たら小さな国を護る事すらできなかった彼女は、その道程の険しさを何よりも理解していたのだから。

 

 故にこそ、征服王イスカンダル(あの男)の声が胸に響く。滅びは必定。盛者必衰、栄枯盛衰は人の世の常であるならば、死後に抱く後悔は己と共に時代を生きた全ての者らへの侮辱であると。

 

 だがそれでも、彼女は聖杯を望んだのだ。ブリテンの滅びの運命を変えるために。もう誰も、命を落とさずに済むように。

 だからこそ、何とも皮肉ながら彼の想いは理解できてしまった。彼の望みを否定する事はできず、だからこそ己はただの剣となって聖杯の獲得に命を賭して挑む価値があると、そう思っていた。

 

 

 だから―――

 

 

 

『衛宮切嗣の名の下に、令呪を以てセイバーに命ず―――宝具にて、聖杯を破壊せよ』

 

 

 何故この男が、土壇場で己にこのような命を下したのか。当時の彼女には理解ができなかった。

 

 

『第三の令呪を以て、重ねて命ず―――』

 

 

 もし、後に齎された知識があれば、彼女も聖杯(ソレ)を破壊する事を厭わなかっただろう。煌びやかな見た目とは裏腹に、コレは既に願望器の体すらなしていない。―――折りしも彼が全て背負うと口にしていた、”この世全ての悪”の温床だったのだから。

 

 

『セイバー、聖杯を破壊しろ‼』

 

 

 だが、この二人は三度の命令以外に意思の疎通がなかった故に、最後まで互いを理解できずにいた。

 どちらにも罪はあったのだろう。ただ一つの目的を奪取する戦において騎士としての高潔さに拘り過ぎた彼女にも落ち度はあるし、徹底的にサーヴァントを毛嫌いして毛程も信用していなかった彼にも問題があった。

 しかし全ては後の祭り。結局のところ、この仮初の主従は綻びがあり過ぎたのだ。

 

 

 ―――私が求めていたモノは、何だったのだろうか。

 

 

 その通り、だったのだ。記憶に残る過去の残影。円卓を去った騎士が遺したその言葉が、散り間際の彼女の胸に去来する。

 『王は、人の心が分からない』―――その言葉。

 

 結局、彼女が最初に冬木の地に遺していったモノは―――ただの取り留めもない、独りよがりの後悔だけだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「他のサーヴァントが動き出すまでにまだ猶予がある。ひとまずここで休むといいだろう」

 

 

 諸葛孔明―――否、ロード・エルメロイⅡ世はいつものようにぶっきらぼうな口調でそう言って若い二人に休憩を促した。

 

 場所は冬木市西方。東側に広がる”新都”とは異なり、古い町並みを残す深山町の、更に少し郊外に行った場所。

 森林資源が豊富に残っていると言えば聞こえはいいが、実際はただの雑木林だ。とはいえ、カルデアからレイシフトして来たばかりで人目につく場所はなるべく避けて通りたい一向にとってはありがたい場所ではあった。

 加えて、レイシフト直後に襲われた謎の”群体アサシン”の再びの襲撃を受けないように、キャスターのサーヴァントの十八番である強力な陣地結界を周囲に張り巡らせて仮の拠点とした。

 

「先輩、どうぞ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 近くの大きめの岩に腰を下ろした少年は、自分を先輩と呼ぶデミ・サーヴァント、マシュからミネラルウォーターを受け取り、それを喉に流し込んでいく。

 季節は既に暮れに差し掛かっており、それ程暑くないためか体力の消耗はそれ程ではない。これまでのレイシフト場所と比べれば、確固とした現代文明があり、舗装された道路があるというだけでもマシと言えた。

 

「日が暮れたら冬木大橋の近くの海浜公園まで移動する。地図は用意してあるから、なるべく頭に叩き込んでおくといいだろう」

 

「はいはいっと」

 

 孔明から地図を受け取ると、徐に拡げて確認していく。一瞬目が泳いだのは、整列された街並みの現代風の地図を見たのがかなり久しぶりだったからだろう。ギリギリロンドンの地図はこれに近くない事もなかったが、それでもやはり戸惑う事は戸惑う。

 小川マンションを探索した際は、町の風景を見る余裕などなかったから、尚更だ。

 サーヴァント兼、マスターである少年の護衛でもあるマシュも地図を覗き込んで来るのと同時に、カルデアから連れて来た他のサーヴァントの一人が徐に霊体化を解いて姿を現した。

 

「―――マスター、少し宜しいですか?」

 

「ん? どうしたの、ア……セイバー」

 

 目の前に立ったのは、以前召喚に成功したセイバークラスのサーヴァントの一人、アルトリア。

 今回、『特異点 F』とは少々異なる10年前―――1994年の冬木にレイシフトすると通達を出した際に、同行を必死に志願していたサーヴァントの一人である。

 

「えぇ。少々お話があるのですが……できれば私とマスターの二人だけで」

 

「ん。いいよ」

 

 少しばかり考える素振りは見せたが、答えそのものは決まっていた。

 元より癖の強い性格の持ち主が多いサーヴァントの中で、彼女は一層真面目な性格だ。そんな彼女が聖杯戦争真っ只中のこの状況で”二人で話がしたい”と言ったのだ。恐らくそれは、文字通り誰にも聞かれたくない話なのだろう。

 

「孔明、マシュ。悪いけど少し待っててくれ」

 

「あ、はい。セイバーさん、先輩をよろしくお願いします」

 

「くれぐれも陣地結界の範囲内から出てくれるなよ? 何か起こった際に対処が遅れる」

 

 二人の言葉を胸に刻んで、少年は先導するアルトリアの後ろを着いて行って山道を進んでいく。

 急な勾配ではなく、クー・フーリンやスカサハに連れられたケルトの山奥に比べればなんてことはない道だ。人の手が入っているという事がこうも有りがたいものかと実感していると、少しばかり奥地に進んだアルトリアが足を止めた。

 

「……マスター」

 

「うん?」

 

「実は私は―――この時代の冬木の地を知っているのです。記憶すらも曖昧になっていた第四次聖杯戦争。そこで私は、セイバーとして参戦していました」

 

 その告白に、しかし少年は少しばかり驚いた表情を見せ、すぐに口元を引き締めた。

 

「マスターが”この”冬木に向かうと触れを出してから、私は、こう、頭の中に靄がかかっているかのような感覚に陥ったのです。その正体を探るため、無理を言って今回の探索に同行させて貰いましたが……何てことはありませんでした。この地に降り立った瞬間、砕かれていた記憶が引き寄せられるかのように集まったのです」

 

「思い出した、って事か」

 

「はい。……えぇ、お恥ずかしいですがあまり耳障りの良い話ではありません。あの時の私は、マスターの力に頼らず己の身一つで何とかしようと思っていましたから」

 

 そこでふと、首を傾げる。

 ”王”であるサーヴァントは皆それぞれ何らかの矜持や揺るがない意志を持っているため頑固である事が多々あるが、その中でも彼女―――騎士王アルトリアは何の変哲もない平凡三流魔術師である自分をマスターと呼んで指示を余すところなく聞き入れてくれる器量を持つ人物だ。

 そんな彼女がマスターに頼らなかった、という事実に思わず疑問を挟まずにはいられなかったのだが、そこである過程を思いついてしまう。

 

「えっと……訊いちゃいけない事だったら謝るんだけどさ。もしかして、マスターと上手くいってなかったのか?」

 

 一瞬だけ呆けたような表情を見せたアルトリアを見て地雷を踏んだかと強張ったが、すぐに彼女は失笑じみた笑みを漏らした。

 

「ふふ、相も変わらずマスター、貴方は観察眼に優れているようですね。これも孔明殿の教授の賜物でしょうか」

 

「そんなんじゃないさ。ただそうじゃないのかなって思っただけで……あの、やっぱ怒ってる?」

 

「いえ。私は素直に貴方の慧眼に驚いていただけですよ。―――えぇ、お察しの通り、恥ずかしながら私はこの聖杯戦争時のマスターとは不仲でした。……いえ、()()()()()()()だったと言うべきでしょうか」

 

「?」

 

「固定の観念に囚われ過ぎていたのでしょう。正々堂々とした、英霊同士の代理戦争。それこそが聖杯戦争の本質だと思って疑っていなかった私の落ち度であったとも言えます」

 

 どこか悲しげな顔をしながらそう言うアルトリアの言葉の本当の意味を、しかし少年はまだ完全には理解できずにいた。

 理解できる事と言えばただ一つ。―――彼女は彼女なりに、この聖杯戦争に思うところがあって同行を志願して来たのだという事。

 

 それだけが分かっていれば、充分だった。尚も言葉を続けようとするアルトリアに対し、少年は制止を促した。

 

「充分だよ、セイバー。それだけ分かれば充分だ。それは貴女にとってもあんまり話したくない内容なんだろ? 何がしたいのかは、その時々に言ってくれれば対処する。それが俺の役目なんだし」

 

「…………何とも不思議な心持ちです。貴方のようなマスターに出会えたのはこれが最初ではないように感じられますが、信頼してくれるという事がこうも頼もしい事だとは」

 

「俺にはそれしかできないからね。特異点 Fでも、オルレアンでも、セプテムでも、オケアノスでもロンドンでも、俺は皆に助けて貰ってばっかりだったからさ。

 元々時計塔にも入学してない民間の三流魔術師だ。今もメディアとかメディアリリィとかキャスターのクー・フーリンとかから教わってはいるけど未熟なままだし。―――だったら、俺には英霊たちを信じるしかできないんだ。信じて、戦ってもらうしかできないんだよ」

 

 面映ゆいような表情を浮かべて苦笑する少年だったが、それに対してアルトリアは優し気な笑みを浮かべたままゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ、我々にとってはそれが何よりも大事なのです、マスター。貴方はカルデアに集ったどのような英霊にも分け隔てなく接してくれる。『英霊とは斯く在るものなのだ』と、そう思ってくれている。

 他の英霊はどうか分かりませんが、少なくとも私はその信頼が心地良い。―――やはり貴方は、今の私が剣を預けるに値するマスターだ」

 

 口角を僅かに上げ、やや好戦的な表情を見せる。それに釣られて、少年も思わず忌憚のない笑みを浮かべてしまった。

 

「それじゃあ、今回の探索もよろしく頼むよ、セイバー。他の面々も一緒だけど」

 

「お任せくださいマスター。私が貴方の剣となり、万軍の敵をも斬り伏せてみせましょう」

 

 そう堂々と宣言した彼女は、ブリテンの王という堅苦しいものではなく、ただの一人の騎士として傅くような、そういった雰囲気を感じさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 闘気が燻っている―――その状況を言葉にするとしたら、そう表現するほかはなかった。

 少年とて、己を三流魔術師と卑下するものの、今まで幾度も”グランドオーダー”に参戦し、聖杯を回収するに至った傑物だ。その過程で巻き起こったサーヴァント同士の激闘は、全てが超常現象として推し量るに足るものであり、言ってしまえば実戦経験―――戦場の空気には充分に慣れ親しんでしまっている。

 

 だからこそ、それを察する事ができた。”何かを誘っていた”ような清澄な闘気。それが行き場を失ってただ漂っている、この空気を。

 

「空気が、違います。これが本来の聖杯戦争なんですね」

 

「あぁ。魔術の痕跡を秘匿するために基本は夜間に行われる。尤も、サーヴァント同士の激突が容易に隠蔽できる事ではないくらいは君達ならば既に知っていると思うがな」

 

「英霊の中には派手に行きたがる人も多いしなぁ」

 

 そんな事を口にし合っていると、細波の音しか聞こえない港湾区の倉庫街に、足音が響いて来た。漂ってくる尋常ではない魔力の雰囲気は、間違いなくそれが聖杯戦争の参加者である事を知らしめていた。

 

「さて、マスター」

 

「……うん」

 

 孔明が何かを促すようにそう言うと、少年はカルデアから連れて来て、今は近くにある冬木大橋の縁に立っている筈のサーヴァントの一人に念話を飛ばした。

 

『アーチャー、聞こえる?』

 

『感度良好だ、マスター。それで、命令は何かね?』

 

 いつも通りの皮肉屋な声色に安心しかかったが、すぐに気を引き締めて作戦を伝える。

 

『孔明の結界によるとこの近くにアサシンがいるらしい。詳しい場所は……デリッククレーンの上、だったかな』

 

『少し待ってくれ。―――あぁ、確かにいるな。ローブを纏った髑髏の影だ。流石はアサシン、”そこにいる”と分かっていなければ私の『千里眼』スキルでも見逃してしまいそうになる。見事なものだ』

 

『……()()()()()()、お願いできる?』

 

 僅かに沈鬱した声でそう言うと、アーチャー ―――エミヤは失笑気味の笑いを漏らした。

 

『誰にものを言っている、マスター。それは私の得意分野だぞ?』

 

『いや、まぁ……そうなんだろうけどさ』

 

 汚れ仕事など腐るほど引き受けて来たと、幾度か彼はそう言っていた。

 普段は何だかんだで面倒見が良い性格だから忘れてしまいがちなのだが、彼にとってはこのような命は日常茶飯事だったのだろう。―――少なくとも、ここに呼び出されるまでは。

 するとエミヤは、こちらの心を読んだかのように声を掛けて来た。

 

『その心遣いはありがたいがね。元々私にはこういった仕事が合っている。それに、今回の命など今まで私がこなしてきたモノに比べれば可愛いものだ。敵の狙撃など、何も後ろめたい事はあるまい』

 

『―――分かった。それじゃあ宜しく』

 

『任せたまえ』

 

 その声を最後に、念話は途切れた。今頃彼は漆黒の弓に投影した武器を番えてタイミングを見計らっている頃合いだろう。

 

「せ、先輩?」

 

「無用な事は考えるなよ? あれ程の仕事人だ、君の人生の何倍もの酸いも甘いも噛み分けている。マスターたる君が堂々としていれば、どうという事はない」

 

 紫煙を燻らせながら不器用なフォローをする孔明と不安げに顔を覗き込んで来るマシュに促され、少年は再び前を見据えた。

 すると、闇の中から二人の人物が姿を現す。一人は長く美しい銀髪を湛え、爛々と輝く赤の双眸をこちらに向ける妙齢の貴婦人。美しいという感情こそあったが、どこかその美しさが”作りもの”であるかのような、そんな錯覚を覚えてしまった。

 そしてもう一人は―――。

 

「……あぁ、なるほど」

 

 思わず、そう呟いてしまう。

 上下共に一色で統一されたダークスーツという、男装にしてももう少しマシな服装があったんじゃないかという感想が最初に浮かんでしまったが、その容貌には見覚えしかない。

 

「―――そこのあなたたち、いったい何者なの? サーヴァントを連れている以上は聖杯戦争の参加者みたいだけれど……」

 

「アイリ、奇妙です。さっきまで我々を誘っていたサーヴァントの気配がない」

 

 その口調、その声色。見間違えるはずもない。だって、それは―――

 

 

「やはり、違和感というのはあるものですね。世界軸が違うとはいえ、同じ”私”と顔を合わせる事になろうとは」

 

 

 自分の横に佇んでいた彼女が、霊体化を解いて姿を現す。目の前の人物と同じ上質な絹を編んだかのような美しい金髪に、宝石の如き輝きを放つ翡翠色の双眸。青色のドレスを身に纏ったその姿を見て、銀の麗人と男装の騎士は目を見張った。

 それもその筈だ。もし少年があちら側の立場であったなら、それ以上にみっともなく狼狽えていただろうから。

 

「え、えっ? セイバーが、二人⁉」

 

「落ち着いてくださいアイリスフィール‼ 私は此処に確かに存在しています。あれは相手のスキルか宝具で―――」

 

「残念ながら、私もまた貴女ですよ。アルトリア」

 

 ただの一つ、そう非情に告げて風に隠れた聖剣を振るってみせる。それが偽物、真似事かどうかなど、本人が一番理解できるはずなのだ。

 

「……もう一度訊くけれど、何者なの、貴方たち」

 

「申し訳ないがそれにお答えするわけにはいきません。些か奇妙な演出になってしまった事については非礼を述べさせていただきますが、ランサーに代わって我々がお相手致しましょう。アイリスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 孔明のその一言に対応するように、相対するアルトリアも魔力で編んだ戦闘装束に身を包む。こうなってしまえば、後は矛を交える以外の選択肢はない。

 

「さて、第二ラウンドとなったわけだが……あちらのセイバーに対する情報は要るかね? マスター」

 

「いや、必要ないよ」

 

「それは重畳。ではもう一つ縛りを追加させて貰おうか」

 

「えっ?」

 

「悪いが、この場であのセイバーは倒すな。退散させるだけに留めておいてくれ」

 

 その希望がどれだけ難しい事か、それが分からない程馬鹿ではない。ただでさえ相手はセイバークラスのサーヴァントの中でも特にステータス値が高いセイバーである。加え、マスターにのみ与えられるサーヴァントのステータス値を読み取る透視能力で見る限り、”あちら”のアルトリアの方が『耐久』『敏捷』値において上回っている。その他のステータス値まんべんなく優秀だ。まさに”最強”と言って差し支えはない。

 そんな敵を相手にして”倒す”ではなく”退散させる”だけに留め置く事が、一体どれほど大変な事か。仮にも『諸葛孔明』の器に足る人物として憑依召喚に応じた彼が分からない筈がない。

 

「……マジで?」

 

「マジだ」

 

「無理ゲーに近いよ、それ」

 

「生憎だな。私は無理ゲーという言葉は嫌いだ。どれだけ理不尽に難易度が高いゲームでも、必ず攻略法はあるのだからな」

 

「それゲーム脳って言うんじゃないかなぁ」

 

 こうなったらマシュにも参戦してもらうしかない、と思っていたところに、臨戦態勢に入っていたこちらのアルトリアから指示が飛んだ。

 

「マシュ、貴女はマスターの傍から離れないでください」

 

「え? で、ですが……」

 

「現時点で、どのような攻撃からもマスターを護れるのは『シールダー』たる貴女しかいません。サーヴァントの反応速度ならば、弾丸程度は見切れるはずですから」

 

 この言葉で、少年はアルトリアが何を危惧しているかが理解できてしまった。

 聖杯戦争は、何も”サーヴァント同士の対決”の決着を待たずとも良いルールだ。原則こそ聖杯が召喚したサーヴァントによる代理戦争だが、それはあくまでも原則だ。

 言い換えてしまえば、マスターを直接殺してしまえばその時点でカタが着く。

 

 無論、マスターが死亡してサーヴァントが完全に消えてしまうまでに、他に令呪を宿した新たなマスター候補と再契約してしまう可能性は無きにしも非ずだが、当面の危機を乗り越えるだけならば、その方法が一番手っ取り早い。

 そして少年は、今までの特異点で数々の戦いを見て来たせいか、その方法が特に卑怯で有り得ない行為だとは思っていなかった。自分ではできる限りやりたくないとは思っているが、自分がその危機に晒される危険性は充分に考慮の内ではあった。

 

「マシュ、頼んでもいいか?」

 

 情けない話ではあるが、未だ基礎程度の魔術しか使えない身分では亜音速に近い速さで迫りくる弾丸を完全に防げる可能性は高くはない。

 故にこその恥を忍んでの頼みではあったが、マシュは「はい、分かりました」と盾を構えて防御の姿勢に入ってくれた。

 

 

「―――さて、始めましょうか」

 

「数奇な運命です。まさか自分自身と戦う運命になろうとは」

 

「えぇ、そうですね。不埒な傍観者も私の仲間が始末したようですし、今更隠す意味合いもないでしょう」

 

 そう言うと、アルトリアは少年たちの目の前で膨大な量の魔力を解放する。竜巻にも比する風が巻き起こり、消え去った後に立っていたのは、まさしく”騎士王”としての彼女の姿だった。

 静謐な銀色の騎士鎧。その上に纏うは一片の曇りもない壮大な青の外套。風に棚引く度に、それは王の威厳を振り撒いて、眼前に居る者を圧倒する。頭上に戴く王冠(クラウン)は、まさに彼女の象徴そのものだった。

 

 そして最後に姿を現したのは、風の結界に包まれていた彼の聖剣。煌々たる黄金の輝きは、この世の遍く闇を悉く吹き払う『栄光(ユメ)』という名の想いの結晶。

 10の歳月を超えて不屈。12の会戦を経て尚不敗。その勲は無双にして、その誉れは刻を超えて不朽。―――それを解き、今彼女は最高の姿で己に立ち会う。

 

 

「さぁ来い騎士王(嘗ての私)。その祈りがどれほど堅牢か、剣を以て語るがいい」

 

 

 此処に彼女は誓いを立てる。

 

 この黄金の剣の下に、此度こそ不敗の戦を貫いてみせる、と。

 

 

 

 

 

 




Q:何でアルトリアは霊体化できてるの?
A:カルデアの英霊召喚システムは普通の聖杯戦争のそれと違うと聞いたので、そっち方面で、なんか……うん。

Q:主人公は何なのさ。
A:いつか続きを書くとなったら明かそうかと。今のところはただのぐだおでオネシャス。

Q:結局何が書きたかったんだよ。
A:カッコイイ青王が書きたかった。それだけ。

Q:エミヤ出す必要あった?
A:だってホラ……アサシンエミヤが、ね?

Q:騎士王さん隠す気なしか。
A:テンション高めの青王さんでお送りしております。


とまぁ、こんな感じで。続きが書けるかどうかは……分かりません。

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