うずまきナルトが幻想入り~Story of light and darkness~ 作:ガジャピン
人里には様々な施設があった。道具店や花屋、様々な飲食店、貸本屋、食材を売る店やナルトにとって馴染みのある茶屋。
ナルトは慧音の後について、人里を興味深そうに見ていた。フランも日傘を右手に目を輝かせながら人里を眺めていた。まるで観光気分である。魔理沙は人里によく通じているため、慧音の説明にちょくちょく補足を入れた。
大きな屋敷が見える。
「あのでっけぇ家は?」
「ああ、稗田阿求が家主の屋敷だな。人里の中でも有力な家で、私も寺子屋で子どもたちに教えるために、資料をよく使わせてもらっている。寺子屋の教科書は阿求が執筆してくれたんだぞ。
多くの使用人がいるし、農地を持っていてそこを耕す小作人もいる。祭事を取り仕切ることも多々あるため、儀礼をする者もよく出入りしている。この屋敷で仕事について話をすれば、仕事を見つけやすいだろうな」
「へぇ~、なるほどなぁ。後で訪ねてみるか」
最後は慧音が教師をしている寺子屋だった。
「ここが私が教えている寺子屋だ。やんちゃな子が多くて色々手を焼いているが、楽しいところだぞ」
「あ、けーねせんせ~」
慧音が寺子屋の門をくぐって庭に入ると、子どもたちが慧音に近寄ってきた。子どもたちにかなり慕われているようだ。教え子に好かれるのは良い教師である何よりの証拠である。
ナルトはその光景を微笑ましそうに見ていた。魔理沙はナルトの横に立ち、フランは二人の少し後ろに隠れるようにしていた。
「あ、あのひとだれ?」
子どもがナルトに気付いたようだ。
慧音がナルトの方を振り返る。
「ああ、人里に仕事を探しにきたようでな、今人里の案内をしていたんだ。外来人でナルトという名前だ」
「なると? へんななまえ~」
そう言った子どもを慧音が頭突きした。子どもが頭を両手で押さえてうずくまる。ナルトたちは驚いた。
「……いたいよ、けーねせんせい」
涙目になっている子どもを慧音は見下ろす。
「人の名前を馬鹿にしてはいけない。いいね?」
「あっはい」
「よろしい。それで、君たちは私がいない間やれと言った課題を終わらせたのか?」
「も、もちろんだよ。なぁ!?」
「うんうん!」
「カダイハオワッタヨー」
「そんなことよりおうどんたべよう」
「そうか。それなら良かった……って、言うと思ったか!? 今すぐ課題を見せろ! 今すぐ!」
「わ、けーねせんせいがおこった!」
「にげろにげろ~」
子どもたちが一目散に逃げ出し、慧音は子どもたちを追いかけた。取り残されたナルトたち三人はぽかんとした表情で立ちつくしている。
「どうすんだよこれ……」
「とりあえず人里の人間から信用してもらえるまでは慧音と一緒に行動しないといけないから、待つしかないんじゃないか?」
「魔理沙と一緒じゃ信用されないのか?」
「私は結構色んな妖怪と関わりがあって、それで問題をよく起こしたりするから警戒されてるんだぜ。さっきの屋敷の阿求なんか、私に屋敷の書物を盗まれないか本気で心配してるからな。
だから、私と一緒だと何か面倒に巻き込まれるんじゃないかって考えて、あまり協力的になってくれないんだぜ。困ったもんだ」
どっちがだよ、とナルトは思ったが、口に出しては言わなかった。
「要すんに、あいつらを早く取っ捕まえりゃいいんだろ。影分身の術!」
ナルトが印を結ぶ。子どもの人数と同数のナルトが現れ、子どもたちが逃げた方向にそれぞれ散った。
ナルトのスピードに子どもが敵う筈もなく、あっという間に子どもたちはナルトに捕まった。寺子屋の庭に子どもたちを連れてくる。
慧音は目を丸くして、子どもを連れている多数のナルトを見ていた。子どもたちも不思議そうな表情でナルトを見ている。魔理沙とフランはそんな様子がおかしくて、声を殺して笑っていた。
「慧音、捕まえたぞ」
「あ、ああ、ありがとう。それにしても驚いた。ナルトは分身ができるんだな」
「まぁな」
ナルトの影分身が全て消え、本体だけがその場に残った。
子どもたちは自由になったが、逃げようとしない。目を輝かせて、ナルトの方に顔を向けている。
「すっげー! いまのどうやったの!?」
「もっかい! もっかいみせて!」
「ほかにどんなことできるの!?」
子どもたちがナルトに集まった。
ナルトはニッと笑う。
「見せてやりてェが、慧音先生の課題が残ってちゃなあ……。課題をちゃんと終わらせたら、好きなだけ見せてやるぜ!」
「え、ホント!?」
「けーねせんせい! はやくきょうしつにいこ! おしえてほしいところがあるんだ!」
子どもたちは寺子屋の中に走って入っていった。ナルトは慧音に向けてピースする。慧音は微笑んだ。
「ナルト、ありがとう」
「気にすんなよ。元はといやぁ、オレたちの案内のせいだしな。これくれェは協力させてもらうぜ」
「なるべく早く終わらせてくるよ。あ、そうだ。ナルト、これを」
慧音がナルトにお金を渡した。
「これで何か食べてくるといい。一時間くらいで終わるだろうから、それくらいの時間に戻ってきてくれ」
「いいのか? 金なんかもらっちまって」
「ああ、色々連れ回してしまったし、今の礼もある。三人分の食事代はあると思うから、遠慮せず使ってくれ」
「分かった。サンキューな」
慧音は寺子屋の中に入っていった。
魔理沙は慧音からもらったお金を嬉しそうに見ている。
「よし、ナルト。食べに行こう。美味しい蕎麦の店を知ってるんだ」
「けど、フランはどうする? 蕎麦じゃダメだろ」
「大丈夫!」
フランが革袋を小さなカバンから取り出した。動物の胃袋に似た形をしている。
ナルトは形状から何か液体を入れるものなんだろうなと推測し、嫌な予感がした。
「この中に血が入ってるから、これで蕎麦を食べるよ」
「えぇ……」
「それで蕎麦を食べると、口の周りが赤くならないか? 服も汚れるかもしれないぜ」
違う、そこじゃないとナルトは思った。
血をつゆにして蕎麦を食べるとか、店の人や他の客から怖がられないか。
そんな不安がナルトの胸を支配していた。
「平気だよ。汚れないようきれいに食べてみせるから」
「それなら大丈夫だな! よし、じゃあ蕎麦屋に行こうぜ! ……ん? ナルト、どうした?」
頭を抱えているナルトに気付き、魔理沙が声をかけた。
ナルトは右手を左右に振る。左手は未だに頭を抱えていた。
「なんでもないってばよ……はぁ、大丈夫なんかな……」
「……? ナルトは心配性だなぁ。大丈夫だって! 魔理沙さまを信じろよ!」
「なんか余計不安になってきたぜ」
「おい!」
「あはははは、二人ともそれくらいにして早く行こうよ!」
フランが笑い声をあげた。
魔理沙が先頭に立ち、慣れた足取りでグングン先に進んでいく。その後ろをナルトとフランが付いていった。
蕎麦屋は寺子屋からそんなに遠い場所ではなかった。
卓に椅子が四脚置かれていて、ナルトたち三人は同じ卓の椅子に座った。フランと魔理沙が隣同士で、ナルトの隣には誰もいない。そこそこ繁盛しているようで、卓はほとんど客で埋まっている。
フランはざるそばを頼み、ナルトと魔理沙はかけそばを頼んだ。少し時間が経つと、ざるそばがフランの前に置かれた。
「私、つゆいらないよ。咲夜特製のつゆがあるから。器だけ欲しいな」
フランがざるそばのつゆが入っている容器を卓の端に置いた。店員はあからさまに不快そうな顔になる。
「ウチはつゆもこだわってるんです。一口も食べずにそんなこと言われても納得できません」
「まぁまぁ、ここは私に免じて器を持ってきてくれないか? フランは別にこの店をバカにしたつもりはないぜ。どの蕎麦屋に行っても同じことを必ず言うよ」
魔理沙の言葉で店員は渋々、卓の端に置かれたつゆの容器を持って店の奥に消え、すぐに出てきた。
空の容器をフランの前に置く。
「ありがとう」
「次はウチのつゆで食べてみてくださいね」
それだけ言うと、店員は他の客のところにいった。
ナルトはここの店員の態度と対応に感心した。しっかりとした芯とプライドを持って仕事をしている。店員がこんなにもしっかりしていて、店主がいい加減なわけがない。
──美味いそばが食えそうだ。
ナルトは期待に胸をふくらませた。フランが血をどばどばと容器に注いでいる光景から目を逸らしながら。
フランが真っ赤なつゆで美味しそうにそばをすすっている。
店員が来て、かけそばを二つ卓に置いた。フランの真っ赤なつゆにぎょっとした顔になる。慌てて店の奥に消えていった。
店の奥から店主らしき人物がでてきて、ナルトたちの卓の前に立った。なかなかに体格の良い四十代くらいの男性だ。
面倒なことになりそうだ、とナルトはため息をついた。
「申し訳ございませんが、他のお客様がご不快に感じられるかもしれませんので、個室の方に場所を移していただいてもよろしいでしょうか? ご要望とあれば、かけそばを作り直しますので」
店主はぺこぺこ頭を下げながら、丁寧な口調で言った。
てっきり叩き出されると思っていたナルトは、この店主の対応を好ましく感じた。何度も来たくなるような店はどういう店か、店主の頭の中にしっかりとしたイメージがある。客をなんとも思ってない店主だったなら、こんな言葉は出てこない。魔理沙はそんな店主を見て笑いをこらえている。
ナルトたちに異論はなく、店主に案内された個室の方に場所を移動した。
靴を脱いで座敷に上がり、卓の周りに置かれている座布団の上に座る。卓の上にあったそばは店主と店員がこっちに移動した。
「すまねェ、手間かけさせちまって」
ナルトが申し訳なさそうに言った。店主ははじけるような笑みを浮かべる。吸い込まれそうな笑顔だった。
「お気になさらず。たまに妖怪のお客様もいらっしゃるのですよ。この個室は特殊なお召し上がり方をするお客様のためにいつも空けているのです。いつかは妖怪と人が一緒に同じそばをすすれるようになればいいと思いますがね」
「この店のそういうところが気に入ってるぜ」
魔理沙がかけそばを食べながら言った。店主はため息をつく。
「魔理沙さんも、店に入った時に妖怪のお客様がいることをしっかり教えてくださいよ」
「わるいわるい。久しぶりにあんたがぺこぺこするところを見たかったんだ」
「まったく……では、ごゆっくりどうぞ」
店主と店員は個室から去っていった。
ナルトたちは食事を再開する。
ナルトはかけそばの汁をまず飲んだ。思わずほぅと息が漏れそうになるような、温かで旨味が凝縮された汁だった。出汁はどうやらしいたけを使用しているようだが、それだけではなさそうだ。
次にそばをしっかり汁に絡めてすする。少し食べるタイミングが遅くなってしまったため、そばの食感は普段より悪くなっているだろうが、それでもしっかり歯応えのあるそばだった。次は出来立てのそばを食べたい。そう思わせてくれるかけそばだった。
「うめェな」
「だろ? 私もけっこうここには食べにきてるんだぜ」
「私も血で食べてるけど、この麺の食感好きだな」
「そうか、フランも気に入ったみたいで良かったぜ」
そこからの会話はなく、ただ目の前にあるそばに集中した。
あっという間に食べ終わり、会計をすませる。
「ありがとうございました!」
店員が一礼した。
ナルトたちは店を出て、寺子屋の方に向かった。時間は四十分ほど経っている。
「ねえ、ちょっと!」
金髪碧眼の少女が近付いて声をかけてきた。肩に小さな人形が乗っている。青が目立つワンピースにロングスカートを着用し、頭に赤いリボンを巻いていた。
「アリスじゃないか。なんか用か?」
「あんたに構ってる暇はないわ。とりあえず、この新聞に書かれていることってホント?」
アリスが新聞を広げ、ナルトたちに見せた。文々。新聞という新聞で、射命丸が書いた新聞だ。昨日の夕方に売られたらしい。
その新聞には『愛の告白!? 霧雨魔理沙に春の到来か!?』と見出しをつけられ、ナルトに抱えられている魔理沙の写真と、ナルトと魔理沙が見つめ合っているところを横から撮った写真がある。
魔理沙の顔が真っ赤になった。
「ああああああああああ!! なにしてくれてんだあのカラスうううううう!! 記事にするなって言ったのにいいいいいい!!
はっ!? まさかアリス、お前この記事に嫉妬して……」
「何勘違いしてるのよ。あんたが誰と恋愛しようがどうでもいいわ。重要なのはここ!」
アリスが新聞記事の一部を右手の人差し指で指差した。『お相手は外来人!? 色々できる芸達者!』と小さな見出しがあり、そこにナルトの情報が書かれている。よくここまでめちゃくちゃに書けるなとナルトは感じたが、読み物としては面白く退屈しない。的外れでもない。脚色が過多なだけである。要約すると、火や風を操れ、分身もできて姿も変幻自在な青年ということだけだ。
「私、魔法の森に住んでます、アリス・マーガトロイドです」
「あ、うずまきナルトだ。よろしくな」
「この前強風に家の屋根を吹き飛ばされました」
「あっ……」
「今は人形たちに屋根を修繕させながら、人里のお屋敷に厄介になってます」
アリスの目が据わっている。心なしか、肩の人形の目も据わっているように見える。
「あなたの血は何色かしら……?」
アリスの手にスペルカードが握られた。
「まっ、待った! 家の修繕をオレにも手伝わせてくれ! もちろん金はいらねェ!」
スペルカードの光の輝きがおさまる。
「本当にいいの?」
「ああ、オレのせいだと思うしな」
「じゃあ、家に案内するわ」
「おいおい、ナルト。安請け合いもいいが、慧音の方はどうするんだぜ」
「大丈夫!」
ナルトは印を結び、影分身の術を使った。ナルトがもう一人煙とともに現れる。アリスは目を見張った。
「これでどっちの力にもなれるぜ」
「……ナルト、お前はあれだな、良い奴すぎるな」
「良い奴? そんなことねェと思うけどなあ。当たり前のことだろ?」
「そう言えるのが良い奴なんだよ」
魔理沙は笑った。
影分身のナルトとアリスが魔法の森の方へ歩いていった。
本物のナルト、魔理沙、フランは寺子屋へと歩きを再開した。