あれから俺と美希とで萩原さんをなんとか説得し、今日から2人でライブに向けてレッスンをすることになった。
本番まで約1週間あるが、この期間中にはたしてどのくらいの完成度になるのかまだ全然わからない。
美希の実力も未知数だし、萩原さんはこのライブにあまり乗る気じゃないし。
本当に1週間でライブできるようになるのか……ダメだ。考えるだけでも不安になってきたし考えるのやめよう!
レッスンスタジオの前で不安をかき消すように、ブンブンと頭を振って扉を開けようとした時だった。
『蒼い〜鳥〜♪』
中から歌声が聞こえる……さっきまで考えていたことが吹き飛ぶような圧倒的な歌声……まさか美希が!?
俺は中を確認しないまま扉を勢いよく開け、
「す、すごいじゃないか美希!! 俺は感動した!!」
と、興奮しながら言ったのだが。
「なんですかいきなり? あなた……誰ですか?」
中で唄っていたのは美希ではなかった。それがわかってしまうや否や、なんかすんげー悪いことをした気分になった俺。
そんな俺を唄っていた女の子は敵意に満ちた表情で睨め付けている。
「あ……いや、ゴメンナサイ」
その冷たい視線に圧倒された俺は片言になって謝る。
「いえ、別に謝らなくても、大丈夫ですけど……」
じゃあそのナイフのように鋭い目線で俺を見るのやめてくれ。本当に刺された気分になる。
「えっと……午後から萩原さんと美希の名前でレッスンスタジオ借りてるはずなんだけど……」
「あっ、ごめんなさい。もうそんな時間でしたか?」
「いや、まだ少し早いからいいんだ。気にせず練習してくれ」
うん? そーいやここを借りるときに午前中借りていた子がいたような……確か名前が書いてあったはずだ。
「ききらぎさんだっけ? 君の名前」
めっちゃうる覚えで書いてあった名前を言ってしまったが、間違えてたらすぐに謝ったらいいよね。うん。
「っ!! 出て行ってください……」
「え? もしかして間違えてた? ごめーん……」
「出て行ってください!!」
ーーなさーい。と言う前に俺は身の危険を感じてすぐさまレッスンスタジオから出て行った。
……なにやってんだ俺。
さっきの女の子とレッスン終わりにばったり会うのはさすがに気まずいので、レッスンが始まる5分前まで外でブラブラしながら過ごした。
「お、おはようございまぁーす……」
そして恐る恐るレッスンスタジオの扉を開けると、
「プロデューサー。おはようございますぅ」
そこにはジャージ姿の萩原さんが居た。
なんだろう……この安心感。ホッと胸を撫で下ろすだけじゃなく今すぐ萩原さんに飛び付きたい気分だ。
いやいや、そんなことしたらプロデューサーだけじゃなく人間としても終わるから止めよう。
「あのぅ? プロデューサー。どうかしたんですか?」
「いやなんでもない。それにしても萩原さんは早いな〜。関心、関心」
棒読みで適当に誤魔化す俺。
そんな俺を見て不思議そうにまるで犬みたいに首を傾げる萩原さん。
犬嫌いなのに犬みたいな仕草するなよと言いたいが、その比喩表現を考えたのは俺であって、萩原さんは悪くない。
うん。何が言いたいのか自分でも全然分からないや。明らかにさっきのことで動揺しまくっている。
「そーいや美希は?」
「美希ちゃんは少し遅れるそうです。さっきメールがきました」
「そ、そうか」
あいつ。初日から遅刻とはいい度胸していやがる……まあでも、この動揺を消し去るにはちょうど良い時間だ。完全に俺の都合だが今日のところは大目にみてやる。
そして10分ほど待つと……
「……おはようなの。ミキ、眠くて眠くて遅刻しちゃった……あふぅ」
眠そうな目を擦りながら美希がジャージ姿でやって来た。
「美希ちゃん眠そうだね? 大丈夫?」
萩原さんは心配そうに美希に声をかける。
「うん。ミキ的には眠気が90でやる気が10ってとこかな?」
おいおい。せめて逆にしてくれ。
「よし。2人揃ったことだし、レッスンを始める前にライブの流れを説明するぞ」
このままでは本当に美希が夢の世界へ旅立ちそうだったので、さっさと打ち合わせを始めることにした。
「まずトップバッターは美希。ちなみに曲はマリオネットでいこうと思う」
「え〜。マリオネットはいやなの」
と、いきなり美希が突っかかってきた。
ふむ。理由ぐらい聞いてやろう。
「どうしてだ?」
俺は美希の持ち歌の中で一番売れてるしこれでいいと思うんだがな。
「疲れるから」
「……それだけか?」
「うん。他に理由はないの」
そう言いながら「あふぅ」とあくびをする美希。その言動で頭にキてしまった俺は、
「よし。マリオネットだ。絶対マリオネットだ。意地でも美希にマリオネットを唄わせてやるっ!!」
強引に決めてやった。前で「え〜」と、不満そうにしている美希を無視して続きを説明する。
「美希が終わると今度は2人で【私はアイドル】を唄ってもらう」
「ううぅ……美希ちゃんの足を引っ張らないように私がしっかりしなきゃ……あれ? 2曲目が2人でってことは……最後は私? ええっ!? そんなの無理ですよぉ〜、プロデューサ〜」
「おいおい。勝手に話進めて無理ですよぉ〜とか言うなよ。まあ、その通りなんだが……ちなみに曲は【何度も言えるよ】な」
萩原さんには言わんがこれでも少し考えたんだぞ。
もしも萩原さんが本番前にグズった時のために美希をトップバッターにして時間を稼ぎ、その間に俺が説得して2曲目には間に合わなくても3曲目には必ず出ててもらう完璧な作戦。
いや、本番前に萩原さんがグズらないのが一番いいんだけどね。うん。
「よし! これで打ち合わせ終わり。そろそろトレーナーさんが来る時間だ。今日は【私はアイドル】を中心にレッスンしていくから気合入れろよ?」
そんな俺の呼びかけに、
「じゃあミキはトレーナーが来るまでお昼寝するの!」
と言って昼寝を始める美希。
「はぅ……もし私が最後に唄って全部台無しになったらどうしよう……せっかくのライブが私のせいで失敗しちゃったらもう二度と仕事できないよぉ。ただでさえ仕事が……」
そしてネガティブ思考の萩原さんはスコップを取り出し穴を掘り始める。
あぁ……練習初日だというのにこんなんで本当に大丈夫なんだろうか……