アイドルマスター@萩原雪歩   作:ゆきぽPさん

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4歩目:雪歩と初レッスン

 難なくできるはずだった自己紹介が茨の道すぎて、それだけで疲れてしまった俺だが、午後からはボイスレッスンをするようにと社長に言われ、レッスンスタジオへとやって来た。

 

「あ、あのぅ。プロデューサー。歌の先生は来ないんですか?」

 

「ああ、今日は俺が萩原さんのレッスンを担当する。とりあえず持ち歌を確認するからちょっと待ってくれ」

 

 えっ……と、萩原さんの持ち歌は【何度も言えるよ】だけ……だけ!?

 

 半年も活動して持ち歌が一つしかないのかよ!

 

「プロデューサー。私、持ち歌が一つだけしかなくて……」

「そ、そうみたいだな」

「で、でも! 私、この曲とても気に入ってるんです! 他のみんなは持ち歌3つぐらいあるけど、ダメダメな私はこの曲だけでいいんです……うぅ」

 

 うん。やっぱ萩原さんも、もっと持ち歌ほしいんだな。

 

「よし。とりあえずここで唄ってみてくれないか?」

 

「は、はい。よろしくお願いしますぅ」

 

 なんか乗り気じゃないオーラが漂っているが、あえて何も言わず萩原さんが歌い始めるのを待つ。

 

 ちなみにあの微妙な距離感はここへ来ても変わらない。

 

 この距離はこれから少しずつ縮めればいいさ。たまに声が聞こえ辛いのも今は我慢我慢。

 

「……も、もう……もう……もう………………やっぱり無理ですぅぅぅ!!」

 

 萩原雪歩は外へ逃げ出した!

 

 Pは呆然と立ち尽くしている!

 

「はっ! お、おい! 萩原さん! どこ行くんだよぉぉぉ!!」

 

 それから俺はレッスンスタジオを飛び出し、穴の中に入っている萩原さんを見つけ、出て来てもらうのにかなりの時間が掛かってしまった……

 

「ううぅ。すいませんプロデューサー。私、男の人と二人きりでレッスンするの初めてで……」

「ああ。もう皆まで言うな。あと穴掘るのやめてくれ……」

 

 さあ、どうする? 

 これじゃあ練習にならないぞ。

 

「えっとじゃあ、こうしよう。俺の顔をなにか別の顔として見るようにするんだ」

「え? それってどういうことですか?」

 

「つまりだな。俺の顔を……例えば犬! そうだ犬だ! 俺の顔が犬だったら怖くないだろ?」

「い、い、い、犬も苦手なんですぅぅぅ!!」

 

 萩原雪歩は逃げ出した!

 

「なにぃぃいい!? 犬も苦手だったのか!? は、萩原さん! 逃げるのはいいけど穴掘るのだけはやめてくれ! 埋めるの大変なんだ!!」

 

 穴を掘る前に追いつき、どうにか阻止してレッスンスタジオへ連れ戻すことはできたものの……

 

 肝心のボイスレッスンは一向に進まず、気がつくと1時間も無駄な時間を過ごしている。

 

 とりあえず萩原さんが逃げないよう扉側に俺が立つことにした。

 

「萩原さん……。どうやったら唄ってくれる?」

「プロデューサーが女の人だったらいつでも唄えますぅ」

 

 なりたいよ……今だけでも女の子になりたいよ……それが出来るなら今して……ん? 待てよ?

 

「分かった。今から俺は女になる!」

「えええぇぇ!? そんなことできるんですか!?」

 

「おう。擬似的に女になることなんかいくらでも可能だ! 今から765プロに行って女装してくるから。ちょっと待っててくれ」

 

 思いついたら即行動。

 これ以上時間を無駄にするわけにはいかん!

 

 レッスンのためなら俺は男を捨てるわ!!

 

 扉に手をかけ、今すぐにでも飛び出そうとした時だった。

 

「プロデューサー! なにもそこまでしなくても大丈夫ですぅぅぅ!」

 

 ガシっと萩原さんは後ろから俺を抱くようにしてレッスンスタジオ(現実)へと引き戻そうとする。

 

「は、離せ! 俺は今日から女に……え??」

 

 俺を抱くように……?

 

「萩原さん。今何してる?」

「間違った道に突き進もうとしているプロデューサーを必死で止めてますぅ!」

「いや、それは見れば分かるんだが……。萩原さん、俺に密着してるけど……?」

 

「え……あっ……」

 

 静まり返ったレッスン場で、萩原さんは今自分がしている行為をゆっくりと再確認。

 

 それは、どこからどう見ても萩原さんが俺のことを抱いている状態。つまりは完全に密着しているのである。

 

 そのことを確認した直後、萩原さんは、ボンッ! そんな音が聞こえそうなぐらい顔はまたたく間に真っ赤になって……

 

「ご、ごめんさぁぁぁぁい!!」

 

 パッと俺の体を離したかと思うとレッスンスタジオの一番端まで猛スピードで逃げて行った。

 

 柔らかい感触から開放された俺だが、余韻に浸っている場合じゃない。

 

 俺はゆっくりと隅っこで涙を流しなら体育座りをしている萩原さんに近づく。

 

 どれだけ距離を詰めても萩原さんはそこから逃げようとしない。

 

 ついには萩原さんの目の前に立つことができた。

 

「うううぅ。ひっく……プロデューサー、いきなり抱きついたりしてごめんなさい」

「いや、別にいいんだ。俺も俺でめちゃくちゃなことしようとして悪かったな」

 

「いいんです。プロデューサーは私のことを思って女装なんてしようと思ったんですよね。でも私、それじゃダメだと思うんです」

 

「それじゃあ変装でもしようか? 宇宙人がいいか?」

「ち、違いますよ! そうじゃなくて……いつまでも男の人が苦手だったらダメだと思うんです」

 

 足の間に顔を埋めながら萩原さんは言う。

 宇宙人……良い案だと思う……いやいや。そうじゃなくて!

 

「そうだな……けど、もうその心配はしなくてもいいと思うぞ?」

 

「え……?」

 

 俺はその場に座り込むと、萩原さんは俺を見つめる。

 

「ほら、さっきの出来事から萩原さんは俺がこんなに近づいても逃げようとしないだろ? つまりだな。ちょっとは苦手が克服できたと思っていいんじゃないか?」

 

「ほ、ほんとだ。私、プロデューサーに近寄られても怖くないですぅ」

 

 そう言って萩原さんは初めて、弾けるような笑顔を俺に向ける。

 

「プロデューサー。ありがとうございます! これなら苦手も克服できそうです。私、少しだけですけど自信がついたような気がします」

 

「そうか。よし! その調子でどんどん苦手を克服していこう!! あ、けど見ず知らずの男の人に抱きつくのはやめてくれよ?」

 

「そ、そんなことしないですよぉ! 抱きつくのはプロデューサーだけにしますから……」

 

「え……?」

 

「えへへ。冗談です♪」

 

 小悪魔的な笑顔で言われ、不覚にも俺はドキッとしてしまう。

 ま、萩原さんも少しは俺に心を開いてくれた証拠だろう。大きな一歩じゃないか。

 

「さて、そろそろトレーニング始めよう。もうかなり時間が過ぎたしな」

「はい。よろしくお願いしますね。プロデューサー」

 

 その後、いざトレーニングを始めると、結局萩原さんは唄うことができなかった。

 

 本人曰く、

 

「恥ずかしいですぅぅぅぅ」

 

 だとよ。


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