アイドルマスター@萩原雪歩   作:ゆきぽPさん

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3歩目:萩原雪歩

 

 翌日、スーツに身を包んだ俺は765プロへと向かう。

 

 強引に765プロのプロデューサーにさせられ、一瞬バックれようかと思ったが、そんなことをすれば家にまで押しかけて来そうなので、ここは大人しく顔だけでも出そうとこうして向かっているわけだ。

 

 別にプロデューサーになると決めたわけではない。うん。決してそんなことはない。

 

 そんなこと考えていると765プロの事務所に到着。

 ネクタイを整えて扉を開ける。

 

「おはようございまーす」

 

 やや気怠いトーンであいさつをすると、

 

「あ、プロデューサーさん。時間はギリギリですけど来てくれたんですね! ありがとうございます」

 

 音無さんが俺を見るなりホッとした顔で言った。どうやら俺が本当に来るのか自信がなかったみたいだ。

 

「ではさっそくですが、社長から話があるみたいなので、そのまま部屋に入ってくださいね」

 

 それから世間話もする間もなく、音無さんはそう言って俺に背を向け、デスクの上にある資料に手を伸ばした。

 

 今ならこのまま出て行ってもバレないんじゃね? ふとそう思ったわけだが、

 

「おぉ! よくぞ来てくれた! ささっ、入りたまえ」

 

 運悪く社長が部屋から出てきたので、いよいよ逃げることができなくなってしまった。

 

 げんなりしながら社長の後に続き、ソファに腰掛ける。

 

「さて、今日から君は765プロのプロデューサーとして活動していくわけだ。気合を入れてよろしく頼むよ」

 

 バンバンと無理やり気合を注入するように俺の肩を叩く社長を鬱陶しく思いながらも、俺は「はい。頑張りまぁす」と生返事。

 

「うむ。いい返事だ」

 

 ……いい返事か?

 

「雪歩くんはここから一番近い公園に居るはずだ。さっそくだが、あいさつにでも行ってきたらどうかね?」

 

「そうですね。まだまともに顔も合わせていないんで、さっそく行ってみます」

 

「雪歩くんには今日からプロデューサーが就くことをすでに伝えてある。自己紹介ぐらいなら難なくできるはずだ」

 

「はい。それでは今から向かいます」

 

 ……ん? 待てよ? 自己紹介ぐらいなら難なくできるってどういうことだ?

 

 まあいいや。めんどいので考えるのはやめよう。

 

 

 

 ーー社長から言われた通り、事務所から一番近い公園に来たわけだが。

 

「誰もいねぇよ」

 

 人っ子一人いない公園に呆然立ち尽くすスーツ姿の俺。

 おかしいな。確かにここが事務所から一番近い公園だと思うんだが。

 

 もしかして他にあるのか? しょうがない。別の場所あたるか。

 

 公園にある時計台を見て時間を確認してから向かおうとした時、ふとその時計台の下に人影を発見する。

 

 少し近づいて見ると昨日もらった資料の写真と同じ顔をしている。よし。俺は小走りで近づいて、

 

「おーい。萩原さーん!」

 

 向こうに聞こえるぐらいの声量で名前を呼び、萩原さんの目の前で止まる。

 

「は、はい? ひぃ!? お、お、おとこ……」

 

 萩原さんは俺を見るなりサァと血の気が引いたような顔になり、

 

「いやですぅぅぅぅぅううう!!」

 

 ……逃げた。

 

 =俺、大勝利。

 

「って違う違う! なんで逃げるんだよ!?」

 

 一人ノリツッコミをかましながら萩原さんの後を追いかける俺。

 傍から見れば少女を追いかける変質者だが、幸いにもこの公園には誰もいない!

 

「来ないでくださぁぁい!!」

「ま、待ってくれ! 俺は今日から萩原さんのプロデューサーになるんだ! 萩原さんも社長から聞いてるはずだ!」

 

「へ? 私のプロデューサー?」

「うぉ!?」

 

 萩原さんは急に立ち止まり、俺は危うくぶつかりそうになる。

 ショートヘアから覗かせた首筋がはっきり見える位置だ。あれ? ちょっと近すぎないか?

 

「プロデューサーってほんと……」

 

 萩原は振り返り、間近にある俺の顔を見るや否や、

 

「ひぃぃい!? なんでそんな近いんですか!?」

 

 そう言ってササッと5メートルぐらい距離を置く。

 どうしてそこまで拒否るんだと思いながらも俺は息を整え、

 

「えっと、急に決まったことなんで驚いていると思うが、今日からよろしくな」

 

 ようやくまともにあいさつをした。

 一方、萩原さんは明らかに地面の方を見ており、俺と目を合わそうとしない。

 

 そういや、コンビニに来たときもずっと目を合わそうとしなかったな。

 

 あの時はあれで良かったんだが、今は違う。

 ここは一つ、ビシっと言ってやらないとな。今後のために。

 

「萩原さん。せめて俺と目を合わせてくれないか? 今日から一緒に活動して行くわけだし」

 

「あ、あの。私……男の人がダメで……」

 

 蚊が泣くような小さな声で萩原さんは言った。

 なるほど。それでさっき逃げたのもこの微妙な距離感もそれが原因なのか。

 

 ……待て、ならなぜアイドルやってんだ?

 

「えっと、一応確認するけど……男の人が苦手なのになんでアイドルしようと思ったの?」

 

「その、私、なにをやってもダメダメで……こんな自分を変えるためにアイドルを目指そうと思ったんです……でも、そうですよね。男の人が苦手なのにアイドルなんかやっていけるわけないですよね」

 

「そうだな……確かに難しいが、誰にでも苦手なものはある。俺が知ってる人もアイドルしてたけど、歌が苦手でさ。でも頑張っていたさ。うん」

 

「その人、どうなったんですか?」

 

「克服できず底辺アイドルなまま引退した」

 

「えええ!? じゃあ、やっぱり私も無理ですよ! このまま一生苦手を克服できず私も底辺アイドルなまま引退するんですよぉ! 底辺は底辺らしく穴を掘って埋まってますうううぅぅぅ!!」

 

 どこからかスコップを取り出し、猛スピードで地面に穴を掘り出す萩原さん。

 

 し、しまった! 今ここでする話題じゃなかった! てかそのスコップどこから出てきたんだよ!

 

「ちょ、ちょっと待て! 穴を掘るなら砂場で…‥じゃなくて! 萩原さんがそうならないためにも俺が今日からサポートして行くから! だから苦手なものも一緒に克服していこう」

 

 俺の必死の呼びかけで萩原さんは穴を掘る手を止め、涙目になりながら俺を見る。

 

「ほ、本当に私なんかでいいんですか? 私なんか泣き虫でちんちくりんで良いところなんか一つもないですよ?」

 

 ……自分に対してえらくネガティブだなこの子は。

 

「ああ。それでそのネガティブなところも今日から一緒に治していこう。まずはそれからだ」

 

 自然と出る言葉に我ながら不自然さを感じる。

 これじゃあまるで、俺がどうしても萩原さんのプロデューサーをしたいと説得しているようなものだ。

 

 ついさっきまでプロデューサーなんかもう二度とごめんだと思っていたのに……なにが俺がここまで言えるようにさせたのか分からん。

 

 もしかして、心のどこかでもう一度プロデューサーをしたいと思っていたのかもしれない。

 

 いや、今は深く考えるのはやめよう。

 

「は、はい。私、今日から頑張ってみます。だからその……よろしくお願いします! プロデューサー!」

 

 ようやくはっきりとした声が聞こえ、萩原さんは俺の顔をまっすぐ見据えた。

 

 ……まずは、一歩前進てとこか。この小さな一歩目が、萩原さんにとって大きな一歩になると良いんだが。

 

「おう。よろしくな。さ、とりあえず事務所に戻ろう」

 

 そう言って俺は萩原さんに近づくと、

 

「ひぃ!?」

 

 萩原さんは一歩後退。

 互いに微妙な空気が生まれたというのは言うまでもない。

 

 大口叩いたものの、この先どうなるか心配だ……

 

 互いに? 不安になりつつ、俺と萩原さんは事務所へと向かう。

 その道中、手帳のこととお茶のことでお礼を言われたものの、それ以後、特に会話することはなかった。

 


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