「くそぅ……なんで俺がわざわざ行かなきゃならねえんだよ……」
結局、逃げた客が店に戻ってくることはなかった。
一応、店長には報告したんだが『連絡先分かるなら一度かけてみたら? もちろん君がね』と言われ、765プロダクションに連絡をとったら人手がないから事務所まで来てくれだとよ。
幸いにもコンビニから近かったものの、なぜ俺がわざわざバイト帰りに……納得いかない。
という訳で、765プロダクションの事務所に到着した俺。
扉にコンコンと軽くノックをする。
すると中から扉が開いて女の人がひょこっと顔を出す。ショートヘアで口元にあるホクロが印象的な人だ。
「どうも。さっき電話した者です。落し物の件で」
「あ、すいません。わざわざありがとうございます。どうぞ中に」
「え? ここでいいですよ。これ渡しにきただけですから」
「社長がどうしても中に入れるようにおっしゃっていたので……だからお願いします! 中に入ってください」
パンっ! と手を合わせ懇願する女の人。まあ、直接お礼が言いたいだけかもしれない。
「は、はあ。いいですけど」
「そうですか! ありがとうございます!」
ぱぁと明るくなった顔に出迎えられながら俺は765プロダクションへと足を踏み入れる。
「社長、失礼します」
女の人は扉をノックして中へ入り、俺も後に続く。
「う、う〜ん」
「あの? 社長? なにされているんですか?」
「いや、新しい手品を考えたんだが、どうも上手く行かなくてね。音無くん。ちょっと見てくれんかね?」
俺の存在を無視して自分の世界に入っている社長と思わしき人は、鳩のおもちゃをこっちに向けて赤い布を被し……
「社長! 手品なんか後でいくらでも見ますから! お客さまの前で勝手に披露しないでください!」
たところで音無と呼ばれた女の人の怒声でようやく我に帰った社長は俺と目が合う。
「おおっ! これはこれは! どうもすいません。また自分の世界に入ってしまったようだ。いやぁ、歳を重ねるとつい周りが見えなくなってしまってねぇ」
ペコペコと頭を下げて手に持った鳩のおもちゃと布を机に置いて、オホンッ! と咳払いをした。
「音無くん。君は席を外したまえ」
「はい。それではごゆっくりどうぞ」
女の人は部屋から出ていき、残された俺は鞄から手帳とお茶を取り出した。
「これ、ここに所属している子が落としたと思うんですけど。あとお茶はたぶんこの子が置いていった物で」
「ふむ。どれどれ」
社長は俺から手帳を受け取ると中を開ける。名刺を取り出したかと思うとすぐに中にしまった。
「どうやらこの手帳は765プロ所属している萩原雪歩くんので間違いないようだ。わざわざ足を運んで頂いて申し訳ない」
「いえ、そんなに遠くなかったので大丈夫ですよ。じゃあ、これで」
目的を達したのでさっさと帰ろうと踵を返したと同時に、肩をがしっと掴まれた。
あ、そういえばお茶を渡してなかったな。それにしてもなぜか必死そうな顔をしているが、もしかして他に何かあるのか?
「お茶を忘れていましたね。すいません。渡しときます」
「おお、それも雪歩くんが……いやいや、今はどうでも良いのだよ」
……いや、ダメだろ。
「君、良い目をしているねぇ! 私はティンときたよ! 君なら我が765プロの救世主となってくれそうだとね!」
「は、はい?」
訳が分からず首を傾げる俺をよそに、社長は続ける。
「単刀直入に言おう! 君には765プロのプロデューサーになってほしい!」