「付き合うって……これからどこか行くのか?」
「えっと……お出かけするというわけではないのですが……えっと……その、なんといいますか」
よく分からないが、萩原さんがもじもじしているところを見ると、どうやら言い辛そうなことのようだ。とりあえず萩原さんが話すまで待つことにしよう。どうせこの後は特に予定はないしな。
「……特訓に付き合ってほしいのです」
「特訓……? もしかしてレッスンのことか? まぁ、ここは使えないけどほかの場所でよければ付き合うよ」
「はい。いつも私が特訓している場所があるのでそこでいいです」
いつも……? ほぉ。人知れず萩原さんもちゃんと練習してたんだな。
「分かった。けどあんまり遅くまでは付き合えないぞ。萩原さんも早く帰らないと家の人が心配するだろうし」
「いつも時間を決めてしているので大丈夫です。それに、お父さんにも帰りは遅くなるって言ってありますから」
「それならいいんだけどな。じゃあ、さっそく行こうか。そのいつもの場所まで案内してくれ」
「はい。って言っても、すぐ近くの公園なんですけどね」
萩原さんが言った通り、目的地はすぐそこの公園だった。俺もレッスンスタジオに来るまでいつも通りかかっている。昼間は近所の子供がよく遊んでいるところを目にするが、この時間帯だと誰もいない。
確かにここなら練習できそうだ。外灯が少ないためか、ちょっと薄暗いのが気になるけど。幸い、今日は俺がついているから問題ないか。
「で、俺はどうしたいいんだ? 毎回レッスンを見てるからいつもと変わらないと思うけど……」
「い、いえ。プロデューサーはそこで見てたまに気合を入れてくれたらそれで大丈夫です!」
……気合? 一体どういうことだ?
ふとそんな疑問が浮かび、俺は首をかしげる。そんな俺を前にして萩原さんは荷物を置き——
「では、プロデューサー。走ってきますね!!」
そう言い残して萩原さんは走り出した……。
「って、萩原さん!? 走るってどういうこと!?」
混乱している俺を置いて萩原さんは走る。まあ……お世辞にも早いとはいえず、出遅れた俺でも充分に追いつけるスピードだが、ここは何もせず見守っとけばいいのかな? たぶん。
「ふぅ。ふぅ。……プロデューサー。どうですか?」
ほどなくして萩原さんは息を切らして戻ってきた。
「どうって……なにが?」
俺は萩原さんにどう言ってほしいのか理解できず訊き返す。
「はぁ、はぁ……私……ちゃんと走れてますか?」
「え? ああ。大丈夫だと思うぞ」
「よかった……じゃあ私、もう一度走ってきますね」
「おう。ってちょっと待った! 萩原さん。そろそろ説明してくれないか? これはなんの特訓してるんだ?」
もう一度走り出そうとした萩原さんを止め、特訓の内容を聞いてみることに。まさかこのまま萩原さんの走っている姿をずっと見守り続けるわけではないと思うが……一応な。
「え? 特訓って言ったら特訓ですよ」
「いや、そんなどや顔で言われても困る。それに特訓っていうのはもう知ってる。内容を知りたいんだよ俺は」
「内容ですか……私が荷物を置いた場所から、外灯があるところまでがちょうどいい距離なんですよ。なのでそこまで全力で走るのです!」
「そ、それはなんの特訓になるのかなぁ?」
「もちろん。ライブに向けての特訓です。あ、あの。プロデューサー? 私、何か変なこと言ってますか?」
そうか……この子には自覚がないんだね。うんうん。萩原さんがどういう意図でこの特訓? をしているのか分からんが、少し話をしよう。ちょうどあそこにいい感じのベンチがあるわけだし。
俺は無言で萩原さんの手を掴み、そのままベンチまで誘導する。
「ぷ、プロデューサー? 急にどうしたんですか?」
「とりあえずここに座りなさい」
「え? は、はいぃ……」
きっと萩原さんの頭の中では?マークが乱舞していることだろう。いや、気持ちはわかるよ。ついさっきまで俺の頭の中で
「萩庭さん。しつこいようだけどこれはなんの特訓? できればなんで特訓をしようかと思ったのかも説明してほしい」
「え? は、はい。分かりました……実は——」
「——な、なるほどね」
萩原さんの意図は分かった。
最近、レッスンで美希と上手く合わせられないのが気がかりとなり、自分なりに考えた結果。体力がないことに気がついた。それで友達(菊池真)に相談したら、体力をつけるには走り込みが一番だと言われ、ここ何日かレッスンが終わればここで走り込みを行うことした。
が、しかし……
やっぱり1人でするのは精神的にキツい→それならプロデューサーに付き合ってもらおう! バテバテでダメダメになった私に喝をいれてくれたら、頑張れるかもしれない! うん。きっと頑張れる! これで私は真ちゃん並みに体力がつくね!
「萩原さん。俺はいろいろ違うと思うんだが」
「ど、どうしてですかぁ? 私、これでも必死に考えてここまで来たんですよ~」
「いやまあね。確かに自主練するのはいいことだと思う。けど、はっきり言うがこの特訓を続けてもなんの成果も得られないぞ?」
「うぅ……じゃあ、私の今までの努力は全部無駄だったんですね……やっぱり私なんて的外れな特訓を考えるぐらいだめだめなんですね……こんな私は穴掘——」
「——らないで!! ここは公共の場だから!!」
「うぅ……ひっく、プロデューサー。ひっく、私はどうすれば良かったんですかぁ~」
穴掘ろうとした次は泣き出す萩原さん。まぁ、いつものパターンだけど。
「そうだな。確かに体力をつけるには走るのが一番だ。けどそれってすぐに結果が出るわけじゃない。そういうのって毎日続けて少しずつ結果が出てくるもんだしな。ライブにまではちょっと間に合わないと思う」
「はい。私も、いつもと変わらないと思いますぅ」
「あと、俺が一番怖いのはケガをすることだ。特訓はいいけど、慣れないことや過剰なことをするとそれだけリスクが増えるからね。こういうのは自分の無理せず自分に合ったトレーニングをするのが一番だと思う」
「そうですよね……私、学校の授業以外で走ったことあんまりないし、それにレッスンが終わったあとちょっと疲れてるんで、正直、しんどいですぅ……」
トレーナーさん。結構びしびし攻めてくるからなぁ。そりゃ疲れるだろう。仮に俺がレッスンを受けていたら1時間もつ自信が無い。
「それに俺は萩原さんは特訓なんかしなくても大丈夫だと思う。日に日に上達してるしトレーナーさんのレッスンにも頑張ってついていけてるし。もっと自分に自信を持ってもいいんじゃないのか?」
「自信、ですか……。私、本当に今のままで上手くライブを成功させられるでしょうか?」
「ライブは絶対成功させる。そのために俺やトレーナーさん。それに美希だっているんだからな」
「プロデューサー。あ、ありがとうございます。ふつつかものですが、よろしくお願いしますぅ」
「あはは。でもステージには萩原さんも出るんだから頑張ってもらわないとな。さて、そろそろ帰ろうか。送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です。そんなに遠くはないので。今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いしますねプロデューサー」
萩原さんはお辞儀をして、公園を後にした。
萩原さん、焦っている感じがしたけどそれも仕方ないか。
星井美希……確かに才能はある。彼女の性格さえなければもっと上を目指せるのではないだろうか?
それに美希に追いつこうと努力する萩原さん。これは今回のライブはなかなか期待できそうだ。
本番まであと少ししかない。しっかり気を引き締めていこう。