二章は原作開始までの修行の日々を時間を飛ばしながらお送りする予定です。
一話 梁山泊の日常
ある晴れた日の心地よい朝。
「ぐああぁぁぁぁあ!!!」
今日も今日とて断末魔の悲鳴が街中に響く。
近隣住民には非常に迷惑この上ないことだが誰も文句は言わない、それどころかこの悲鳴を目覚ましがわりにする人もいるくらいには日常茶飯事の出来事だ。
「ほら、早くしないと朝御飯に間に合わないよ」
「だったら重りを軽くしてくださいよ~!」
「それじゃあ修業にならないじゃないか」
優一は地面に刺さった杭の間をすり足で素早く歩くという修業をしている真っ最中だ。頭にお湯の入った器を乗せ、両腕は地面に対して水平にして両手には水の入った壺を持って。
「うぎぎぎぎ……だぁっ!」
「よし、じゃあ今朝の分はこのくらいにして続きは学校から帰ってきてからにしようか」
「ぜぇ……ぜぇ……は、はい」
===
優一が学校に行っている間、梁山泊では。
「では師匠、今日もお願いします」
「うん、じゃあ今日は全身を中間筋に作り替える私の理論を解説の続きをしようか」
「へ、兼一のやつ今日も熱心だな」
「優一が来てから秋雨や馬と一緒にいることが増えた……な」
かつて師は言った。弟子のメンテナンスは師の仕事だと。兼一も秋雨や剣星のおかげで命が助かったことも多い、それを理解しているからこそ兼一は秋雨と剣星から医術、漢方などを優一がいない間に習っていた。
「つまりこの筋肉から広げていくことで……」
「アパ~?」
「おい、アバチャイのやつ頭から湯気が出てるぞ!」
===
「今日は5時から武田師匠のとこでボクシングの修業だ、早く帰らなくちゃ」
内弟子になってから一週間、梁山泊に住み込みで空手、柔術、中国拳法、ムエタイを習いながら新白連合でボクシング、実践相撲、ネコンドー、そして楽奏記号っていう我流を習っている。こんなにたくさんの武術を同時に身に付くのかって師匠に聞いたら死ぬことはあっても身に付かないことはないって言われた。本当に師匠の理論は滅茶苦茶だ。けれどもそれでちゃんと身に付き始めてるのを感じるからすごい。
「おい、てめぇが青井優一だな?」
突然名前を呼ばれて立ち止まる。声をかけられた方を見ると見るからにガラの悪そうな男の人が一人。
「そうですけど、何か?」
「恨みはないがここで死んでもらうぜ。砕け、《クラッシュナックル》!」
そう言うと男の人の右手が光り、赤いナックルバンカーが顕れた。
「
「オラァッ!」
「ちょっ!」
とっさに右に避けると狙いが外れた男の拳がブロック塀を砕いた。
「なんで僕を攻撃するんですか⁉」
「なんだ、知らねぇのか。てめぇの首には賞金がかかってるんだよ。
「なんでそんな…………父さんか」
僕が父さん関係で命を狙われていたのを思い出す。あれ本当だったんだ……。
とにかく、そんなことより今のこの状況をどうにかしないと。
壊されたブロック塀の方を見る、あんな力も体重もあんまり乗っていないようなパンチであそこまで壊れるのはおかしい。たぶん何かの能力が影響してるんだと思う。あのパンチを受けるのは危険だ。
「どうだ、この俺の《クラッシュナックル》の威力! 俺の力は衝撃の倍加、かすっただけでも鉄筋を砕く、生身で受けりゃ即死間違いなしだぜ!」
あ、手の内教えてくれるんだ。
なるほど、じゃあ右には注意しないと。
「へ、ビビったか。そのまま死にな!」
僕めがけて拳を振り下ろす。
遅い突きだ、武田師匠に比べれば止まって見える。
けど取るのは危険そうだから避ける? いや、一歩前に踏み込んで……。
「ウルトラボロパーンチ!」
武田師匠直伝のボロパンチ、腕を何回も回して遠心力で威力を増した一撃を顎に食らわせる。
「!?」
すぐに腕を引いて後ろに飛ぶ。
なんだ今の感じ……何かに阻まれて突きの威力が弱まった。
「いってぇなぁ……」
そういえば師匠が伐刀者は魔力を纏っていてそれがバリアみたいになって物理的な攻撃が効きにくいって言ってたな、さっきの感触はこういうことだったのか。
「これでも食らいな! 《クラッシュレイジ》!」
「ッ!」
右手の
あれを受けるのはヤバい! よく分からないけどヤバい!
避ける? 間に合わない!
こうなったらイチかバチか、防御しかない!
出て! 僕の
次の瞬間、固いもの同士がぶつかり合う音、そして腕にかかる衝撃で僕の体が吹き飛ばされた。
「うぐっ! てて……あれ、生きてる?」
両腕に目を向ければ銀行で見た漆黒の手甲がついていた。
「よ、よかった、出てくれた」
あれから全ッ然出てこなかった僕の霊装が再び僕の両腕に装着されている。
「ちっ、命拾いしたな。だが次で終わりだ!」
相手との距離は3メートル弱、大体土俵で兄弟子の恋司さんと向き合ったときと同じくらいの距離、なら……。
両手の拳を地面に付け、上体を下げ、腰を下ろした相撲の基本的な構えをとる。
トール親方の実践相撲はコンクリートやアスファルトの上での戦いも想定されている。
「はっけよぉい……のこった!」
一気に距離を詰め、全力の張り手を相手の腹部に叩きつける!
伐刀者を倒す手段は魔力を纏った攻撃をするか。
魔力による防御が意味を成さないくらいの威力の攻撃を食らわせること!
──「張り手は拳のように潰れることは無い、故に全体重を乗せて放つことが出来る!」
これなら、伐刀者の魔力の鎧を突き抜けることができるはず!
「どす、こぉい!」
「ぐふっ」
全体重を乗せた一撃が腹部に命中、相手の体がくの字に折れ曲がる。
下がってきた頭をとって右膝蹴り!
「カウ・ロイ!」
「がっ」
そして
──「脚の力は腕の3倍。白浜の修業方法は足腰を重点的にやるからね、アンタの蹴
りはそのうちとんでもないものになるよ」
キサラ師匠直伝のテコンドーの技!
「チッキ!」
後頭部に
「はぁ、はぁ、はぁ……やった……?」
荒い息を整えながら様子をうかがう。相手は倒れたまま動かない。
「もしかして、死んじゃった⁉ あ、脈はある。よかったぁ……気絶してるだけかぁ……」
とりあえずこの人を道の端にのける。
救急車を呼んだ方がいいかな?
「う、うぅ……」
気が付いた⁉
咄嗟に男の人から距離をとって空手の手刀構えをとる。
「っ……あぁ」
男の人はあちこちを見てから舌打ちをした。
「クソッ、負けたのか。オイ、構えなくていいぜ、つかどっか行け。もうお前とやりあう気はねぇ」
「じゃあ救急車を……」
「いらねぇ、とっとと行け」
「はぁ……では、また」
「は? “また”だぁ?」
「え、もうおしまいですか? てっきりまた襲いに来るのかと……」
「くくっ、面白い奴だな、いいぜ、また殺しにいってやる」
あれ? なんか変なことになってる?
また襲われることになってる⁉
===
梁山泊
なんとか帰った優一は今日襲われたことを酒鬼、秋雨、アパチャイに話した。
ちなみに剣星と兼一は漢方の買い付けに、美羽は夕飯の買い物に、しぐれは刀狩りに、長老はエーデルベルグにお茶をしに行っていて留守にしている。
「ガハハハハッ!」
「ハハハハハ!」
「アパパパパ!」
「ちょ、なんで皆さん笑うんですか!
あ゛~! 今になって汗と震えが~! 本当に死ぬかと思ったんですから!」
「わりぃわりぃ。でもよ、大変なのはこれからだぜ」
「うむ、一度敵を倒したらさらに強い敵が次々とやってくるものだよ」
「そうよ、『男子、門を出ずれば全員皆殺しよ』!」
「それを言うなら『男子門を出ずれば百万の敵あり』だよ、アパチャイくん」
「何の救いもないじゃないですか!」
「大丈夫よ。兼一達、ちゃんと優一育てるの頑張ってるよ。きっと大丈夫よ!」
「アパチャイさん!」
「アパチャイ、優一のために一肌脱ぐよ!」
「おお!」
「それじゃあ、普通に自由組手やってみるよ! 技を間近で見るのはいい修業になるよ!」
「おい」
「ちょ」
「はい! お願いします!」
(師匠が最強のムエタイ使いだと言うアパチャイさんの技を間近で見られる! これは滅多にない貴重な経験だ!)
意気揚々と着替え、中庭に出る優一とアパチャイ。その横ではハラハラと心配そうに見る酒鬼とせっせと治療器具の用意をする秋雨がいた。
「さぁ、打ってくるよー!」
「はい! 行きます!」
その日、優一は初めて臨死体験をしたのであった。
「優一、ごめんよー!」
「戻ってこい! 優一ィ!」
「心臓マッサージ! 1・2・3・4! 1・2・3・4!」
「はっ、あれ? 母さんは?」
梁山泊は今日も平和です。
刺客に襲われ、修行で文字通り死ぬ思いをする。まさに日常。
ユウイチの師匠の呼び方で混乱するといけないのでユウイチの師匠達の呼び方を載せときます。
白浜兼一・・・師匠
武田一基・・・武田師匠
南条キサラ・・キサラ師匠
九弦院響・・・ジーク師匠
千秋祐馬・・・トール親方