今回は短いです。ご容赦ください。
伐刀者は他の武術家とは一線を画す。魔力を使って水を操り、
それ故に武術を
しかし、同じだけ魔術を鍛えた者と戦うとき、勝敗を決めるのはほんの僅かな武術の差。真に強い伐刀者とは魔術と武術を極めた者を言う。
『剣皇武龍』とはその中でも最強と名高い武人だ。
「その気……間違いない……な」
「剣皇武龍って言えば最強の伐刀者として有名な武術家じゃねぇか。『表の比翼、裏の武龍』ってのはよく聞くぜ」
「……しばらくその名を聞かなかったが、まさかこのような場で会うことになるとは」
「そうね、一部では死んだとすら囁かれてたね」
どういうわけか、自分の父親は有名人だったらしく開いた口が塞がらない優一。それも当然だ。父、青井優蔵が武術をやっている素振りも口振りもなかった。優一は父のことをただの一般人だと思っていたのだから。
「剣皇武龍といえば若輩者のボクでも聞いたことのある武人です。何故、貴方のような人が優一を弟子にしなかったのですか?」
兼一が問う。かつて美羽や馬剣星の娘がそうであったように武術家の子は自然と武術を親から学ぶのが普通だ。多くの流派には一子相伝の秘技などもあったりする。
それはこの剣皇武龍という伐刀者の達人でも例外では無いはず。だが優一が梁山泊の門を叩いたときは武術に関してはまったくの素人だった。それが不思議でならない。
「………私は闇の武人、妻は暗鶚の者、血に濡れたこの手で産まれたばかりの優一を抱いたときに急に怖くなったのです」
「怖くなった?」
「ええ、手の中の幼子の重さに、命の重さというものを始めて実感したのです。同時に今までやってきたことの罪深さに気付きました。
優一には私のいたような死と隣り合わせの武の世界とは無縁の生活をさせてやりたい。妻と相談して決め、私は武を捨て、闇を抜けました。
優一には武術とは無縁の、できる限り一般家庭と同じような生活をさせる。そう決めてこれまで武を隠してきました。
結局、優一は私の思いを無視して一人で勝手に武の道を選んだので無駄になってしまいましたがね」
はっはっはと笑う優蔵。その表情にはこれまで背負ってきた物の重さ、息子に隠し事をする後ろめたさから解放されたような清々しいものだった。
「その……
おずおずと美羽が言う。優蔵の思いを知った今、知らなかったとはいえ自身のしたことは彼の思いを踏みにじるような行為だ。
だが、そんな美羽を優蔵は笑い飛ばした。
「いえ、そんな事はありません。結局、蛙の子は蛙、武術家の子は武術家になるのでしょう。優一が武の道を選んだのは運命というやつですよ」
「そうですか、それならよかったですわ」
優蔵の答えに美羽が安心した笑みを浮かべた。
ところで、と優蔵は続ける。
「話は変わりますが今日見せていただいた修業、少し甘くはないですか?」
「え、父さん……?」
何を言っているのだろうかこの男は、甘い? あの視界がひっくり返る度に死を覚悟するあの修業を? 何の脈絡もなくヘンテコな装置に放り込まれるあの修業が?
「やっぱり、分かりましたか」
「ええ、これでも私は弟子を持っていた身、優一にいくらか遠慮をしているのはよく見れば分かりましたよ」
にっこりといつものように優しげな笑みを浮かべる。だがその目からはいつもと違い怪しい光が発せられていて……。
「遠慮なんか必要ありませんよ、次からは思いっきりやってください」
「え、そうですか……。
でしたら優一をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「それは優一を内弟子にしたい、ということで?」
「はい、その通りです」
「内弟子?」
内弟子。それは師と寝食をともにし、武術を教え込む制度。24時間みっちりと武術の鍛練を行うことが可能だ。
梁山泊では内弟子にとって「人生のための武術」が「武術のための人生」に変わり、武術での傷は武術で癒し、武術の武術による武術のための生活を送ることになる。さらには“内弟子は人間ではない”とかいうぶっとんだ理論で人権を無視したような修業が平気で行われるようになる。
そんなことを聞いた優一は……。
「すみません、失礼します‼」
逃げ出した。
「まぁまぁ、落ち着いて」
が、兼一に回り込まれてしまった!
「優一、実は内緒にしていたことがあるんだ」
と、優一の背後に回って逃げ道を塞いでいた優蔵が耳元で言う。
「実は父さん、裏の世界では有名人でね、いろんなとこから命を狙われているんだ。それは息子である優一も例外じゃなくてね、今までは優一が武術をやっていなかったから見逃されてたんだけど……優一が武術を始めちゃったからね、そのうち優一を狙って刺客がたくさんやってくる。誰かを守るより先に死んじゃうかもしれない。そうならないためには早く強くならなくちゃね、そのために内弟子になることは最高の選択肢の一つだ」
そんなことを言われた優一は顔を青白くして……。
「し、師匠。内弟子、お、お願いします……」
「どうぞ、うちの息子を頼みます」
「はい、お任せください。途中で死ぬようなことがあっても必ず達人の領域まで育て上げてみせます!」
こうして、優一の達人の崖を転がり落ちる速度は加速していくのであった。