とある閑静な住宅街に場違いな存在感を放つ古びた日本家屋があった。そこにはスポーツ化した武術に馴染めない豪傑や武術を極めてしまった達人達が集う場所。人はそこを道場とは呼ばず、こう呼んだ。『梁山泊』と!!
古びた大きな門の前に一人のごく普通の中学生の少年がいた。
彼の名は青井優一。彼は以前、この梁山泊の達人の一人、白浜兼一に弟子入りを志願した少年だ。
「すぅー……はぁー……よしっ」
パチンッと頬を両手で叩いて気合いを入れる。そして重い門を開けようとして……前にずっこけた。
門が勝手に開いたのである。
地面に伏せた状態で頭だけ上に向けると金髪の美女、風林寺美羽が立っていた。
「ようこそですわ」
美羽の手を借りて立ち上がり、服についた埃を払う。
「兼一さんなら道場で待ってますわ。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
美羽に案内されついた先は逆さの女(しぐれ)がいた道場。その奥に白浜兼一はいた。兼一の正面に正座する
「よく来たね。まずは軽く自己紹介でもしようか。
ボクは白浜兼一、この梁山泊に住む世間では達人なんて呼ばれる領域にいる逸般人(誤字に非ず)だよ」
「青井優一、13歳、中学2年生です。」
(13歳……思ってたより若いな)
兼一がそう思うのも無理はない、優一は同年代の子供と比べて比較的体格に恵まれている。実年齢より1、2歳は上に見られるくらいだ。
「じゃあ優一くん、改めて聞くけど何故強くなりたいのか、聞いても良いかな?」
昨日、彼は強くなりたいと言った。力が必要だと言った。兼一は彼にそう言わせるその理由が知りたかった。
「………………僕は、小さい頃から父さんの仕事の関係で世界中を転々としていました。その中で何処に行っても強い人が弱い人をいじめるところを見てきました。そしてそれを見て見ぬふりをする人達も……僕はそうはなりたくない。
この前の銀行強盗みたいな悪い奴等からみんなを守れるようになりたい!
……でも、僕には力が無いから、悪いことを悪いと言っても、正しいことをやろうとしても誰も聞いてくれない、何も出来ない。
だから、僕の声を聞いてもらうために、正しいことをするために、強くなりたいんです!」
「…………………………ふふ。」
―――「誰もが、見て見ぬふりをするような悪党どもをかたっぱしからやっつけるヒーローになってやる!!」
―――「ボクは、間違っている事を、間違っているって言いたいだけなんです。
でも、それをただ口にしただけじゃ……何も変わらなくて……だから……だから自分が正しいと思った事を実際にやろうとしたら……力がいるんです!!
力と勇気が!! ボクにはどちらも、まるでないけれど……」
兼一の口元に笑みが生まれた。優一のその姿がかつての自分にそっくりだったからだ。
バンッ!と自分の膝を強く叩く。
「よし! 青井優一くん、いや、優一! ボクは君の弟子入りを受け入れよう!」
「はいっ! よろしくお願いします!」
(「自分が信じた正義を貫きたい、そのための力がいる」……まさか、かつてボクが岬越寺師匠に言った言葉がそのまま返ってくるなんてね)
「じゃあここに名前と住所を書いてね」
「わあっ!?」
いつの間にか紙、墨汁が用意された机が優一の前に置かれ、手には筆が握られていた。
達人となった兼一にかかれば相手に認識されずに机を置き、紙を用意し、墨をすり、筆を持たせる程度造作もない。なお、机は兼一の師匠でもある秋雨作、売れば百万単位の値打ちが付く代物だ。
別に目に見えない速度で移動する必要はないのだが初めての弟子に少し舞い上がっていたのかもしれない。
===
思い立ったが吉日という
梁山泊の中庭で二人は向かい合う。優一は兼一が用意した胸元に『新白連合』とプリントされた道着を着ている。
緊張した面持ちで兼一と対面する。が、ちらちらと縁側の方に意識が行ってしまう。
それもそのはず、縁側で異様な存在感を放っているのは梁山泊の豪傑、兼一の師匠達だからだ。弟子の武人としての大きな成長を見逃すまいと、または酒の肴かお茶請けに二人を見ているのだ。
「今日は初日だし軽いのでいこうか」
「はいっ! 師匠!」
「いやぁ……照れるなぁ」
実にいい返事を返す優一に照れる兼一、それを見たお師匠ズは爆笑する。
「昔の逆鬼どんそっくりね」
「うるせぇ! 俺はあんなマヌケな
「アパパ、そっくりよ」
「逆鬼くん、弟子は師に似るものだよ。むしろ喜びたまえ」
「そっくり……だ!」
「似ーてーねぇー!」
といった具合だ。逆鬼以外の面々が兼一の照れる様子が逆鬼に似ているとからかい、照れた逆鬼が否定する。やいのやいのと言い合いを始めた。
「あの人達のことは無視して、早速始めようか」
「あ、はい」
お師匠ズを無視して進める兼一。優一は無視していいのかなと考えながらも返事をする。
「と言っても何もいきなり難しい事をするわけじゃない。優一の身体能力も見たいし簡単な基礎トレーニングから始めようか」
そして始まったのは優一の予想を遥かに越えるものだった…………。
「ぐおおおぉぉぉぉ!!」
優一がやっているのは膝と股関節を90度に曲げ、両腕を地面に水平に伸ばし、両手の甲を上に向ける。『馬歩』と呼ばれるものなのだが普通なら悲鳴を上げるほどのものでもない。そう、普通なら。
足は木の板に固定され、手の甲の上には水の入った皿が置かれ、両手には『根性』『努力』と書かれた壺(秋雨作、二つ合わせて10万円也)が握られている。さらに腕が下がらないように二の腕には刃の付いたベルトを巻かれ、下がろうものなら脇の下を刺す。腰が下がらないようにお尻の下には線香が用意され、下がろうものならお尻をジュッと焼く。体がぶれないように頭にはお湯の入った茶碗も置かれており、ピクリとも動けない有り様だ。
「ど、どこが軽いんですか~っ!」
「軽いよ、重りが」
優一の悲痛な叫びもさらっと流される。弟子は師に似るものだ。兼一の修行メニューも彼の師が考案した修行メニューに似てくるのは当然と言えよう。
「じゃあそのまま10分いってみようか」
「ゆ、指がちぎれる~!」
「大丈夫だよ、その程度では千切れないから。ちぎれなかったボクが言うんだから間違いなし!
あ、そんなに腕を下げると」
グサッ!
「いったぁああっ!」
──20分後
なんだかんだで時間延長を食らいながらやっとの思いで開放された優一は間髪入れずタイヤを結びつけられたロープを腰に巻き付けられた。
「さて、じゃあ気分転換に走ろうか」
兼一がにこやかに笑う。その手には何故か鞭が握られていた。
「……このタイヤを引いて歩くんですか?」
「はっはっは、そんなわけないじゃないか」
タイヤの上に座り、笑いながら答える兼一にほっと安心したように一息つく。しかしその安心は長くは持たなかった。
「言ったはずだよ。走ろうかって、とりあえず空見ヶ丘公園まで行こうか」
「走るって……」
「もちろん、全力で走ってだ!」
そう言って兼一は目から怪しげな光線を放ちながら鞭を振るう。
「あいだーーっ!」
そんなわけで始まった『軽いジョギング』という名の見た目よりかなり重い大人一人+タイヤを引っ張っての全力疾走。速度を落とせば「遅い! ミスジマイマイの方がいくらか俊敏だよ!」とか言いながら鞭で活を入れられる。
帰ってきた頃にはすでにボロボロになっていた。
「さて、もうじき日も暮れるし今日はこれくらいかな。最初はキツいけどそのうち馴れるよ。明日からも頑張っていこう!」
「……………………」
返事がない、まさに屍のようだ。
こうして青井優一は達人への崖を転がり始めたのである。
第三話、いかがでしたでしょうか。
今回で「弟子入り編」(全三部)は終了。次回からは「新白連合‐序曲‐編」です。
あぁ、どんどん落第騎士要素が消えていく……