しばらく『原作:落第騎士の英雄譚』とは何なのだろう。な展開が続きますがお付き合いください。
銀行強盗事件の後、優一は自分の父、優蔵に銀行内で起こったことについて話すと伐刀者に立ち向かったことを叱られ、次いで力強く抱きしめられた。「無事でよかった、もう二度とそんな危ないことはしないでくれ」とその時の父の力強さとぬくもり、そして安堵した声を優一は忘れることは無いだろう。
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その日の夜
優一は自室で一人、ベッドの上で寝転がって自分の両手を見つめていた。
「あの時、たしかに手甲がついてたんだよな……」
銀行強盗の時、確かに電気を放つナイフを両腕に顕れた手甲で受け止めた。あの感覚はまだ残っている。
「僕には魔力なんて無いはずなのに……」
小学生の時に受けた検査では魔力を測る計器の針はピクリとも動かなかった。自分は非伐刀者であることはその時から分かりきっていることのはずだ。
ごろんと寝返りをうつ。
「信念……か…………」
あの時の兼一の言葉が頭から離れない。
今度は反対側に寝返りをうつとカサッとズボンのポケットから音がした。
起き上がってズボンのポケットの中を探ると二枚の紙が出てきた。
いつの間にこんなものを入れていたのだろうかと疑問に思いながらも紙を開く。それはあの時、兼一と一緒にいた美羽からの手紙だった。
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勇敢な少年さんへ
もし、あなたが強くなりたいと考えるのでしたらある場所に来てください。そこで武術を教われば飛躍的に強くなれるでしょう。
ただし、生きのびることができれば、ですが。
あなたに覚悟があるのでしたら一緒に入れている地図にその場所を記しています。いつでも来てください。私たちはお待ちしていますよ。
風林寺美羽より
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手紙と一緒に入っていたのは非常に難解な地図。地図には一応あの銀行から目的地までの道のりが書かれてはいるが「~~川を飛び越える」だとか「全力疾走1分」と普通の道案内ではありえないような文字が羅列している。
「強く……」
優一の脳裏に父の言葉が浮かぶ。そして怯える人質となった人々の表情も。
「……ごめんなさい、父さん。僕は、とんでもない親不孝者だ」
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翌日、若干縮尺がおかしかったり難解な説明に頭を抱えながら探索すること約4時間。
「ここ……か」
住宅街の中に建つ日本家屋、歴史を感じさせる、見上げるほど巨大な門が優一の前に
「はくざんりょう? ……なんか、思ってた以上に…………ボロいなぁ」
だが、立ち止まってはいられない。優一はよしっと気合いを入れ、門を叩く。
「すみませーん! どなたかいませんかー!」
しかし、返事はない。
(そう言えばこういう時って「たのもう」って言うんだっけ?)
言葉が悪かったのだろうかと考え直し、再び門を叩く。
「たのもー! たのもー!」
しかし、返事はない。思いきって門の扉を押してみた。
「ふんっ……ぐぐ……うぎぎ……お、重い」
裏から
「留守……なのかな?」
諦めて今日は帰ろうかと考え始めたその時、ギィ…と重い門が少し開いた。
「勝手に開いた?」
隙間から恐る恐る中に入る。
目の前に広がったのは門同様
「なんだ……ここ……あて」
キョロキョロと頭を動かしながら歩いていると何かにぶつかった。
「こんなところに柱……?」
見上げると身長2メートルの浅黒い肌の大男が優一の前に立ちはだかっていた。
「やあ、アパチャイだよ!」
「……………………」
「やあ、アパチャイだよ!」
「わぁぁあああ!!!!」
「アパァァァァ!?」
巨人の目の前を直角に曲がり、左方向に全速力で逃げる。が、どんっとまた何かにぶつかる。
「やあ、アパチャイだよ!」
「また出たぁぁぁぁ!!」
今度は逆方向に逃げる。が、
「やあ、アパチャイだよ!」
「うわぁぁぁぁ!!」
「アパ? なんで逃げるよ」
先回りされ、再び逆方向に猛ダッシュ。
地面に突き刺さった太い巻き藁の影にしゃがみこんで身を隠した。
(な、なんなんだあの人? 妖怪? 明らかに纏ってる空気が普通じゃない! 僕の中で何かが警鐘をならしまくってるよ~!)
「コォォォォ」
(ひっ!)
巻き藁を挟んで向かい側から表現しがたい恐ろしい声が聞こえた。例えるなら鬼の息のような………
「チェストォ!!」
バキッと太い巻き藁が簡単に折れ、優一の頭を掠めた。
びくびくしながら上を覗き見ると自分を見下ろす鬼のように凶悪な顔をした男が………
「あん? なんだてめぇ」
「お、鬼だぁぁぁぁ!!?」
「あ、おい!」
四つん這いになりながらも四つん這いとは信じられないほどのスピードですぐ近くの建物の中に逃げ込む。ちなみに靴はちゃんと脱いでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんなんだここは……げ、現代の妖怪屋敷?」
逃げ込んだ建物の中は畳が敷かれた広い道場だった。
「お客さんかね?」
優一に声をかけたのは背の低い男性。
(よかった……やっとまともそうな人に会えた……!)
「だ……れ?」
「うぎゃぁぁああ!!」
と、安心したのも束の間、ぬっと上から現れた逆さまの美女の顔。腰を抜かして尻餅をつくとその女性が天井に立っているのが分かった。さっきの男性に助けを求めようとしたがその姿がない。かわりにカメラのシャッター音と風を切る音、さらに足音のみが優一と逆さの女性の周りからする。
「ひ……ひぎゃああああ!?」
端からの見た目はもう気にしない。腰が抜けて立てない足腰のかわりに腕の力で高速ほふく前進で近くにあった木の戸を開けて中に入る。その木の戸に『開かずの間』と書かれていることに気付かずに……
「な………」
入った先には蝋燭の灯りに照らされた無数の地蔵そして仁王像、さらに見るからに怪しげなナニか(まっし~ん)もある。
「…………」
カーン…カーン…カーン……
その圧倒的な存在感に囲まれた異様な空間の中で一人の道着の男が石の塊を削り、地蔵を彫っていた。
「おや、そこにいるのはどなたかね?」
男が振り返り、訊ねる。
(た、食べられる!?)
優一は見た。男の怪しげな光を発するその眼を。
ガタガタと音を立てながら再びその部屋から出る。幸い、さっきの道場には誰もいなかった。そのままほふく前進で進むとドンッとこれまた大きな壁に激突した。
さっきまではなかった筈の壁、恐る恐る顔を上げると何故かペロペロキャンディーを持った大きなご老人が……
「きゅう……」
ついに優一の目の前が真っ暗になった。
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「はっ!」
ここは……どこだろ?
木の天井に僕が寝かされてるのはベッド? 消毒薬のにおいもするし……どこかの個人経営の病院とかかな? だとしたらなんでこんなとこに……えっとたしか
「たしか地図を頼りに“はくざんりょう”ってとこに来て……そこが現代の妖怪屋敷で……」
「否定しにくいけど、ここは妖怪屋敷なんかじゃないよ」
「わっ!」
ふいに声をかけられた。声のした方を見ると昨日の僕の恩人、白浜兼一さんが立っていた。
「びっくりしたよ。美羽さんと買い物から帰ったら君が倒れてたんだもの」
「あはは……すみません」
「謝らなくていいよ。驚かせたあの人たちも悪いんだし、ごめんね……えっと」
「あ、優一です。青井優一」
「そっか、優一くんか」
本当に……本当に普通の人みたいだ。こうして話してみると伐刀者の固有霊装を叩き折った張本人とは思えないや。
…………でも、昨日の出来事は全て夢とか幻なんかじゃないのは自分がよく分かってる。
「美羽さんからは話は聞いてるよ。ここに来たってことは……強くなりたいのかい?」
「はい」
迷わずに答える。悩む必要はない。
「生半可な覚悟だったらここで修行するのはおすすめしないよ。死んじゃうかも知れないし……」
「…………それでも! それでも、強くなりたい、僕には、力がいるんです!」
ベッドの上で正座をして手を前につく。そして
「白浜兼一さん、お願いです。僕を、弟子にしてください!!」
頭を下げた。
どれくらいの時間がたったのだろう。カチカチと時計の針が時間を刻む音がやけに大きく聞こえる。長い時間、無言が続く。
静寂を破ったのは、もちろん兼一さんだった。
「…………少し、考えさせてくれないかな」
「それは……」
「君という一人の人間の人生を決めるんだ。すぐに答えは出したくない」
「…………はい」
「明日、またここに来なさい。その時に、返事をしよう」
「はい」
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優一を帰した後、梁山泊の道場に8人の男女が集まっていた。いずれもその手の世界では超がつくほどの有名人、少しでも彼らのことを知るものがこの場にいれば腰を抜かすだろう。
我流の達人、梁山泊最長老。
『無敵超人』風林寺隼人。
ありとあらゆる柔術を取り込み、自らの流派として確立した。
『哲学する柔術家』岬越寺秋雨。
中国に十万人の門下生を有する鳳凰武挟連盟の最高責任者。
『あらゆる中国拳法の達人』馬剣星。
殺人技の古式ムエタイを活人ムエタイへと昇華させた心優しき巨人。
『裏ムエタイ界の死神』アパチャイ・ホパチャイ。
世界中にその名が轟く空手の達人。
『ケンカ百段の空手家』逆鬼 至緒
ありとあらゆる武器を自在に使いこなす年齢不詳の美女。
『剣と兵器の申し子』 香坂 しぐれ。
無敵超人、風林寺隼人の孫娘にして若き達人。
『風斬り羽』風林寺美羽。
梁山泊の達人たちを師匠に持つ“元”史上最強の弟子にして空手、柔術、ムエタイ、中国拳法の達人。最強の凡人と名高い男。
『一人多国籍軍』白浜兼一。
「この白浜兼一、師匠方にご相談があります」
「相談というと、昼間の少年のことかね?」
「ああ、あの活きのいいガキか」
「ボク……何もしてないのに叫ばれ……た」
「アパチャイもよ、何でか逃げられたよ」
(大体予想はついていたけどやっぱりこの人たちの仕業か)
「それで兼ちゃんや、あの子を弟子にするつもりなのかね?」
「……やっぱり、お見通しですか」
「兼ちゃんが弟子にしたいと思うなら弟子にすれば良いね。おいちゃん達は止めるつもりは無いね」
「でも、いくら達人の域に達したとは言え、ボクはまだまだ未熟者です。師匠達みたいに彼を育てられるかどうか……」
「兼一くん、師は弟子を育て、弟子は師を育てるものだよ。あの子を鍛える中で君も成長するはずさ」
「そうよ、アパチャイもケンイチを弟子にしたお陰でテッカメン(手加減)ちゃんとできるようになったよ!」
「そうですわよ。兼一さんのおかげで梁山泊の皆さんも大きく変わりましたわ。それに、あの子の目、昔の兼一さんそっくりでしたわ。きっと、兼一さんなら立派に育てることが出来ますわ」
「美羽さん……師匠……! ありがとうございます!」
元より優一を弟子にする事を拒んでいた訳では無い。ただ、この梁山泊には自分よりも高みにいる達人たちがいる。自分より彼らが育てた方がいいのでは? そんな思いは師匠達の言葉で吹っ切れた。
彼らに一人前の武人と認めてもらった今でもやはり師匠達にはまだまだ敵わないと思う兼一であった。
「せっかくだしビテオでも見るね。我ながらよく撮れたね」
剣星がテレビの電源をつけ、リモコンを操作する。すると画面に明らかに隠し撮りと分かる角度から優一と兼一のやり取りが映された。ご丁寧に『弟子一号 はじめての弟子』とテロップまで入ってる。さらに優一と兼一の声に混じって剣星や逆鬼の小声まで混じっていた。
(こ、この人達は~~!)
兼一の性格からして「弟子にしてください!」→「いいよ」とはならないと思い、弟子入りを先延ばしにしました。と言っても腹は決まっているので次回から優一を崖に突き落とします。