闘拳伝ユウイチ   作:ブレイアッ

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お待たせしました。四章七話です。
今後の展開も考えて『Rー15』、『残酷な描写』タグをを付けました。


七話 《問題児》VS《笛吹く姫》[後]

「すぅ~、はぁ~」

 

 軽く深呼吸をして心を落ち着ける。

 身体の調子を確かめる。目立った怪我も無ければ体力もある。問題は無い。

 続けて相手を見る。若干息が荒い。恐らく、後先考えずに魔力を消費したのだろう。

 勝負を決めるなら呼吸の整っていない今しかない。

 

「さて……そんなに戦いたいなら、行こうか。兄弟」

 

 アリーナの床を思いっきり蹴る。それだけで床の一部が欠け、へこみが出来た。

 優一はそこに足をかけてクラウチングスタートの構えを取る。

 

()の気、発動……!」

 

 全身が熱くなる。身体の内側から何かが溢れ出すギリギリを保って

 

 本日三度目の全力疾走。

 

 ~~~!!

 

 衝音破が放たれる。

 

「ラ、ラァアアアア!!」

 

 しかし、スフォルツァンドによってかき消される。

 

 ~~~!! ~~~!! ~~~!!

 

 2発、3発と放たれる衝音破。しかし溜めの少ないそれは最初に比べて威力が低く、優一の勢いを僅かに削ることしか出来なかった。

 

「っ、《狂音破》!」

 

 ───!!

 

 瞬間、全力疾走をしてきた優一がこけた(・・・)

 

「がっ!」

 

『おぉっと! 青井選手、その場に倒れた! 一体、どうしたと言うのでしょうか!?』

『あれは三半規管を揺さぶられたな。上下、前後左右すら分からないだろう』

 

(鼓膜が破れたか、それに三半規管を直接揺さぶられたか、地面に足が付いている感覚が無い!)

 

 解説の柳田の言うことは正しい。

 三半規管は人の平衡感覚を司る器官である。それを彩音は音を使って直接刺激し、優一の平衡感覚を奪ったのだ。

 感覚としてはぐるぐるバットをした直後に近いだろう。

 それこそが彩音が隠していた《衝音破》に続く隠し技、鼓膜を破ると同時に三半規管を狂わせる《狂音破》である。

 

「ならっ!」

 

 目を閉じて両手で床を叩く。その反動で体を浮かし、両足で立つ。

 

「ふっ! ふんっ! はっ!」

 

 全身に意識を集中させる。指先の先まで、全ての感覚を支配下に置く。

 目を閉じたまま、誰もいない先を殴る。

 足を開き、どっしりと構えた体勢で拳を振るう。

 端から見ればやけっぱちになったようにしか見えない。

 

「何をやってるのよ! ユウイチは!」

「いや、あれは……」

「洪拳の套路! そうか、そういうことか!」

「どうしたの? 黒鉄君も、宇春(ユーチェン)も、青井君が何をやっているのか分かったの!?」

 

 何かに納得したように試合を見る一輝と宇春に優一が負けるのではと心配そうに見る綾瀬が問うた。

 

「あれは中国拳法の一つ、洪家拳だ」

「中国じゃ洪拳って呼ぶけどね。

 洪拳は船の上みたいに不安定な足場で戦う事を前提とした、両足で踏ん張って強力な拳打を食らわせる武術よ」

「今の優一くんは三半規管を狂わされて足元が不安定なはず。その状況は不安定な船の上に立っているに等しい」

 

 一輝と宇春の説明を聞いてステラは優一が何をしようとしているのかを理解した。

 

「でも、船の上にいるのと三半規管が狂わされてるのとじゃ状況が違いすぎるわ!」

「それ故の套路よ」

「うん。型は身体が覚えるまで何度もやっていると無意識の内に身体が動くようになる。例え前後すら判別できないような状態でも型道理に身体を動かせば……」

「三半規管を狂わせた意味が無い! そういうことね!」

 

 優一が動く。

 彩音に背を向けた状態で膝を曲げ、腰を低くした体勢のまま、後ろへ跳躍。間合いに彩音を捉えた。

 

「っ、韓湘子!」

 

 横凪ぎに放たれる裏拳にも似た韓湘子特有の拳打。

 それを上体を前に大きく倒すことで回避する。そして目を開き、股の間から手を伸ばして彩音の足首を掴む。

 

「ぜぃぁっ!」

「きゃっ!」

 

 ぐんっ、と上体を起こすと同時に足首を引っ張り彩音を倒す。

 

「虎拳、はぁあぁあぁ~!」

 

 跳んで身体を反転。両足で着地し、笑い声のようにも聞こえる呼吸と共に指先を虎の爪のように曲げた手で倒れた彩音に攻撃する。

 

(これは、マズイ!)

 

 咄嗟に両手で顔をガードし、全身から残る魔力を放出する。

 優一の攻撃は魔力の放出による鎧によって阻まれるがそんな事はお構い無しとばかりに連撃を加える。

 

『連打連打連打ー! 青井選手、倒れた女性相手にも容赦がない! 伊藤選手、防戦一方だ! ここからさらなる逆転なるかぁ!?』

 

「いや、あれはもう……」

「うん、残念だけど洪拳を相手にああなったら勝ちの目は無い」

 

 観客席の一輝と宇春が口にするまでもなく、誰から見ても戦いの行方は決した。

 彩音の魔力が持つのも時間の問題。彼女の魔力が尽きたときこそが彼女の敗北だ。

 

「っ、くぅ!」

 

 目の前に迫る濁流の如き連打。一撃ごとに削られてゆく魔力の鎧。

 伊藤彩音の脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。濁流に飲まれたあの日の記憶が。

 恐怖で体が強張る。そして、

 

「いや……たす、け」

 

 ついに……魔力が尽きる。

 目前に虎の爪が迫る。

 

「と、危ない」

 

 顔に当たる寸前でぴたり、と突きを止まった。

 彩音にはすでに抵抗するだけの力も意思も無く目に涙を浮かべて怯えていた。

 

(あれ……これって明らかに僕が悪者だよね?)

 

「あーと……その、すみません。ちょっと加減が出来なかったので…………。

 えっと、立てますか?」

 

「ふえ……」

 

(あ、ヤバい)

 

『試合終了! 伊藤彩音選手、戦意喪失により青井選手の勝ちです!』

 

 

===

 

 

 試合を終えた優一は救護班の手によってiPSカプセルに放り込まれた。

 本人は気にしていなかったが鼓膜が破られ、放置すれば聴覚を失う可能性すらあるほどの怪我を負っていたのだ。

 当の本人は何故かiPSカプセルは嫌だと暴れていたのだがその場に駆けつけたステラに落ち着けとぶん殴られ、宇春に手刀で意識を落とされた後、一輝にiPS槽に運びこまれるといった騒動があったのだがそこは割愛する。

 

 iPSカプセルでの治療を終えた優一は真っ先に彩音のいる保健室に向かった。

 優一に比べて外傷は少なかったが優一の最後の攻撃が精神的に堪えられなかったらしく精神的ダメージが大きいと聞いたからだ。

 勝者である優一に、ましてやトラウマにもなりかねない攻撃を与えた張本人として何か言える立場ではないのは分かっている。それでも、謝らなければ、殴られなければならない理由が優一にはあった。

 

「失礼します」

 

 保健室の自動ドアが開く。

 彩音はベッドの上で身体を起こしたまま、赤い空を見ていた。

 

「出て行って。貴方に話す事なんて無いわ」

 

 彩音が優一を見ずに言った。

 

「すみません、用が終わったらすぐに出ていきます」

 

 彩音は優一を見ること無く沈黙した。

 

「試合中に聞いた貴方の曲に聞き覚えがあったので……」

「貴方………」

「えっと、ここに僕の連絡先を書いたメモを置いときます。気が向いたら連絡ください」

 

 では、と彩音の返事を聞かずに部屋を後にした。




女性相手にも容赦しないあたりはケンイチとは真逆。でも罪悪感は感じたりします。殴ったら面倒を見る系。

異能VS武術の戦いは意外にあっけなく終わりましたがユウイチの弱点は割れました。近付けなきゃ無力なんです、ユウイチは。

次回、プール回!

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