長くなったので中編と後編に分割しました。
今回はユウイチの隠れた本性が少し顔を出す……?
『青井選手、戻ってきました! 試合続行です!
しかし、状況は青井選手が圧倒的に不利! 《笛吹く姫》をどう攻略すのか! そして、《笛吹く姫》にはどんな力を隠しているのか! この試合、ますます目が離せなくなってまいりました!』
実況の声を聞きながら優一はタン・ガード・ムエイの構えを取りながら思考する。
(さて……どうしたものかな)
優一が得意とする戦法は不意討ちトラップ何でもありの戦いだ。遮蔽物の無い場所での一対一は苦手ではないが得意でもない。
普段の優一なら持ち歩いているしぐれ謹製の煙玉で視界を奪い、棒手裏剣などの投擲武器で牽制、隙をついて接近して倒すといった戦法が取っていただろう。
しかしこの場ではその手段は反則となるため暗器の類いは控え室に置いてきた。
話を戻す。
現状、優一が取れる行動は「近づいて殴る」の一つしかない。
(考えても仕方がない。けど、あの衝撃の正体は大体当たりはついた!)
「押して参る!」
右手右足、左手左足を同時に出して駆け出す。体のうねりによる力のロスを無くすナンバ走りという走法だ。
そのスピードは最初の突進よりも早い。
~~~!!
強い笛の音が鳴る。
全身を衝撃が襲った。
「っ、また!」
容易く吹き飛ばされる。
今度リングの端まで吹き飛ばされたもののは客席まで吹き飛ばされることは無かった。
衝撃が止む。彩音が《奏華》から口を放す。
「ねえ、降参したら? 貴方に私の
優一は答えない。
何も言わず、再び駆け出す。
「《衝音破》!」
~~~!!
「すぅぅぅ、スフォルツァンドォォォオ!」
衝音破が襲いかかるまでの僅かな時間で優一は息を吸い、大声を飛ばす。
スフォルツァンド、特に強く、力を込めてなどの意味を持つ演奏記号であり、独特の価値観を持つ変則カウンターの達人、不死身の作曲家と呼ばれる優一の師匠の一人、ジークフリートの技だ。
ジークフリートがチベットのマニ車から発想を得て鍛えられた強靭な横隔膜から放たれる大声は単なる大声ではない。
優一の足は止まらない。後五歩の距離にまで近づいていた。
「衝音撃が破られた!?」
音とは空気の振動だ。《衝音破》の正体はその振動を圧縮し、それを衝撃波として放つ技である。
矢や弾丸と違って360°全方位に放つため、回避することは不可能だ。
欠点としては溜めが必要なため連発出来ないこと、障害物に阻まれると効果がないこと、そして振動を乱されると途端に脆くなることだ。
それを見破った優一は距離によっては人を気絶させるスフォルツァンドの大声で衝音波の振動を乱し、無効化したのである。
二歩の距離、跳躍で一気に詰める。
空中で体をひねり、彩音の手元、《奏華》を狙って蹴りを放つ。
「
しかし、彩音がしゃがみこんだ事で上段を狙った蹴りは空を切る。
それだけではない。さらに彩音はしゃがみこんだまま足を交差させ、ひねりを加えて立ち上がりながら着地したばかりの優一に笛を持ったまま右手首で攻撃する。
「っと、やっぱりそう来た!」
優一の左手が彩音の右腕を掴む。
「っ!?」
最初こそ予想外の武術による防御で一瞬怯んだが二度目は無い。彼女が使った武術がどのようなものか、優一は把握していた。
「どこで学んだかは知らないけど、やっぱり
酔八仙拳。酔拳の一つで道教の八人の仙人を模した武術だ。
酔八仙拳には
その戦い方は笛を持った手の形で体を回転させて遠心力を乗せた手首で攻撃するというもの。
笛型の霊装を持つ彩音には伐刀絶技を使いながら接近戦もこなせるというメリットがある彼女に適した武術と言えた。
「でも、
酔拳を使いこなすには高い身体能力が求められる。しかし彩音にとっては武術はあくまでも補助であり、メインは魔術だ。それ故に武術をあまり鍛えてこなかった。
その結果、武術を徹底的に鍛えた優一とでは実力に明らかな差が生まれる。優一に腕を“取られた”彩音には笛に口を付けることも、その状態から打開する方法が存在しない。
「そんな事は百も承知よ。でも……」
しかし、それは彩音が伐刀者でなければの話だ。
彩音は空いている左手で優一の左手首を掴み、持てる全ての魔力を身体能力の強化に回す。
「私を、舐めるなぁ!」
その細腕からは想像も付かない膂力で、無理やり優一を投げ飛ばした!
空中に投げ出された優一に衝音破をぶつけ、さらに吹き飛ばす。
「っ、だぁっ、もう!」
再び観客席に吹き飛ばされるも、すぐに誰もいない椅子を踏み潰し、跳躍。闘技場に舞い戻る。
===
『青井選手! 素早い復帰です!
青井選手が一つの技を攻略するたびに次から次へと新たなる技を繰り出す伊藤選手! 二転三転する戦いに、目が放せません!』
「ふぅ……」
実況の声を聞き流しながら息を吐く。
やっぱり伐刀者の相手はやりにくい。武術の腕は弟子クラスでも魔力での身体能力強化や伐刀絶技で簡単に達人クラスの事が出来るんだから。
っ、と…………。
「嗚呼、駄目だ……」
身体の内から熱くなる。
血が滾る。
自分ではどうしようも無いくらいに戦闘欲が湧いてくる。
目の前のヤツは敵だ。
強い敵だ。
戦いたい。
闘いたい。
殺したい。
コロシタイ。
拳を開く。
拳を握る。
拳を振り上げ。
「おちつ、けっ!」
自分の胸を思いっきり殴った。
肺の空気が一気に押し出される。
一瞬、息が詰まった。
「っ、はぁっ! まずい、時間をかけすぎた……」
さっきの魔力に当てられたって所か。
これ以上の戦いは危険だ。相手を
勝負は次の一合。
それで決められなかったら、僕の敗けだ。
===
「────?」
その変化に気付いた者はこのアリーナ内に何人いただろうか。
端から見れば青井優一が胸を叩いた。ただそれだけだ。
「ねえ、くーちゃん。
観客席の一番後ろ。試合に集中する人の意識が集まりにくい場所にそれに気付いた者の一人がいた。
それに気付いた胸元をはだけさせた和服の女が隣で煙草を吹かす黒いレディーススーツの女性に問いかける。
「さあな、私にも分からん。ただ、アレは新白の宇宙人の秘蔵っ子だそうだ」
和服の女は何か嫌な思い出でもあるのかうげぇ、とあからさまに嫌な顔をする。
視線を優一に向けて頬に手を当てる。
「なら納得だわ。にしても……ふぅん」
「何を企んでいる?」
「べっつにー? ただ、なーんであんなのが
カッ、コンッ、カッ、コンッと一本下駄を鳴らしながら和服の女は闘技場に背を向ける。
「最後まで見ていかないのか?」
「結果の決まった戦いに興味は無いのさ。とは言え、アレは早めに負けるべきだね。アレの為にもさ」
踵を返した和服の女はそう言い捨てるとアリーナから姿を消した。
次回予告。
叫ぶ優一、奏でる彩音。
武術と異能の戦いの行方は如何に!?
次回、六話 《問題児》VS《笛吹く姫》[後]
今度こそ決着!