闘拳伝ユウイチ   作:ブレイアッ

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四章三話。忘れられてるかもしれない優一の設定が生きます。


三話 お一人様、ご案内

 優一が一輝との武術教室に先生として参加してから早くも1週間が経った。

 優一のあまりにも出鱈目な修業方法に一輝からストップがかかるなどちょっとしたトラブルも起こったが一応は順調に武術教室は進んでいる。

 

「その調子です。軸と重心を意識して下さい」

 

 今日も中庭で優一監視の下、片足立ちをする生徒達。

 最初は深層筋肉(インナーマッスル)の使い方と体幹の大切さを知ってもらうために一輝が始めた事だが、 それだけだと面白くないという理由で優一が太極拳の蹬脚(とうきゃく)という片足立ちの歩型(武術の基礎)へと発展させていた。

 

「ほらそこ、もっと腰を落とす。腕も下がってますよ」

「キツイっす! 師匠ぉ~!」

 

「師匠は止めてくださいって前から言ってるじゃないですか。罰として馬歩を後1時間……は黒鉄さんに怒られるから、10分追加です」

 

 蹬脚をしている生徒達の隣には馬歩をしている生徒もいる。

 

 優一が基礎体力と筋トレを担当し、一輝が技を担当する。自然と役割分担が成されていた。

 

「随分と生徒も増えたわね」

「うん、やっぱり優一くんの参加が大きかったかな。独学の僕とは違って彼はちゃ

んとした人に教えてもらってるから何をどう教えたら効果的かよく分かってる。

 たまに……いや、結構な頻度で滅茶苦茶な修業をするけどそれもちゃんとした理論に基づいたものだし」

「だからと言って地蔵やら大きな壺やらを持ち出すのはどうかと思うわ」

「あ、あははは」

 

 優一の参加で端から見ても本格化した武術教室は破軍学園中にその噂は広まり、武術を教えてほしいと申し出てくる生徒も増えてきた。

 その中には二年生や三年生の姿もある。

 

「あら? ねえ、イッキ。あそこにいるのって……」

 

 ステラが視線で指した先には二人の女生徒がいた。

 黒髪のショートヘアの女生徒の後ろにこれまた黒髪のロングヘアの生徒が隠れている形でこちらの様子を伺っている。

 

「アのぅ……」

 

 ショートヘアの方の女生徒が近付き、一輝の前に立つ。

 入門希望者だろうか? そう思いながら何の用か聞こうとして、固まった。

 

「你好」

(はじめまして)

 

 中国語だ。紛れもないネイティブな中国語だ。

 目の前で綺麗な拳包礼をとる女生徒に一輝は見覚えがあった。

 あれは去年の事、入学したばかりの頃に一年の間で噂になっていたことがある。それは1つ上の学年に中国からの留学生がいるということ。おそらく、目の前の女生徒がそうなのだろう。

 しかし困った。一輝は中国語にはそれほど明るくない。

 

(ステラ、助けて!)

 

 すぐに隣にいる一国の皇女に助けを求める。

 

(ごめん、イッキ。“国際魔導騎士連盟”所属の国の言葉なら分かるけど“大国同盟”所属の中国の言葉は分からないの!)

 

 なんてこった。頼みの綱であるステラが使い物にならないなんて。

 そうなると早くもお手上げだ。目の前で生徒手帳を弄るのは少々失礼だが某検索エンジンの翻訳機能を使って話すしかない。

 そう考えてポケットの中にある生徒手帳を取ろうとしたその時。

 

「你怎么了?」

(どうしました?)

 

 流暢な中国語と共に颯爽と優一が現れた。

 優一は任せろと言わんばかりに一輝に視線を送り、ショートヘアの女生徒に拳包礼をとる。

 そして女生徒と中国語で話し始めた。

 

「ねえイッキ、ユウイチって日本人よね?」

「そのはずだけど……」

 

 梁山泊と新白連合は武術だけじゃなく外国語も教えるのか、なんて考えていたら優一がくるりとこちらを向いた。

 

「えーっと……彼女、(イェン) 宇春(ユーチェン)さんのご友人が黒鉄さんに剣術を習いたいそうです」

「僕に?」

「はい。宇春さん曰く、『彼女は男性相手に人見知りが激しく、話しかけるタイミングをはかりかねてストーキングに発展しかねない』そうです」

「なるほど。それで、その友人って?」

 

「你的朋友在哪里?」

(その友人は何処に?)

 

 優一が通訳する。

 普段は問題児の優一が初めて頼もしく感じた。

 

「我在那里」

(あそこよ)

 

「あー、あの髪の長い女の人?

 あ、一个长头发的女人?」

 

「是啊」

(ええ)

 

 宇春が指差した先には木の陰に隠れているさっきまで彼女と一緒にいた女生徒がいた。

 宇春はむっとした顔でその女生徒の元に大股で近付き、腕を掴んで強引に引っ張ってこちらに連れてきた。

 

「あ、あの……その、えっと……」

「誰ですかこの女。お兄様のストーカーですか? ストーカーなら凍死させます。そうでなければ溺死させます。お兄様に近付く不届き者は皆殺しです」

「ひっ!」

「し、珠雫……!?」

 

 ぬーん、と何処からともなく現れた珠雫が一輝と女生徒の間に割り込んだ。

 眼が殺る気マンマンである。

 

「そんな、ストーカーだなんて! ぼ、ボクはただ黒鉄くんに剣術を教わりたくて!」

 

 両手をわたわたと振って否定する。

 その手に竹刀だこがあるのを一輝は見つけた。

 

「珠雫、いきなり失礼だよ。ごめんね、妹が困らせて。

 良ければお名前を聞かせても貰ってもいいかな?」

「ぼ、ボクは、綾辻絢瀬。三年生」

 

(あの竹刀だこに『綾辻』……ってことはもしかして……)

 

「あの、先輩ってあの“綾辻海斗”さんに縁のある方ですか?」

「う、うん。綾辻海斗はボクの父だけど……」

「やっぱり! その竹刀だこ、そうじゃないかと思ったんですよ!」

 

「ねえユウイチ、アヤツジカイトって誰?」

「えっと、綾辻海斗……えーっと、名前は聞いたことあるんだけどなー……妹さん頼みます!」

「はあ、仕方ないですね……」

 

 そうぼやいてから珠雫は“綾辻海斗”について知っていることを簡単に話す。

 『天龍御前試合』『東西統一戦』『武蔵杯』『十段戦』と様々な伐刀者(ブレイザー)も参加する剣の大会で優勝し、その栄光を欲しいままにした《最後の侍(ラストサムライ)》と呼ばれた非伐刀者(・・・・)の剣の達人。

 

「魔力で守られている伐刀者は拳銃の玉ですら軽い打撲程度の傷しか与えられません。にも関わらず、彼はそのハンデをものともしなかったとか」

「ふぅん、そんなに凄い達人ならもう少し有名になってても良いと思うのだけど」

「非伐刀者なのに強すぎたんです。その活躍を良く思わない《魔導騎士》によってその勇名が騎士の世界に轟くことは無かったようです」

 

 なるほど、と優一は思った。

 梁山泊の大師匠や新白連合の隊長達は武術の達人でありながら世間一般にその名は広まっていない。

 彼らにも綾辻海斗と同じように《魔導騎士》による情報操作が行われていたのだろう。

 それでも武の世界に生きるものならその武名を知っているくらいの知名度はあるようだが。

 

「でも、何で僕なんかに剣術を? 先輩なら海斗さんに直接教わった方が……」

 

 絢瀬は下を向いて口を開く。

 

「えっと……父さんは試合中の事故で今は入院してるんだ」

「あ……すみません、知らなかったとはいえ変なことを」

「ううん、いいんだ」

 

 下を向いているため表情は分からないが剣術を教わりたいというのは本当だろう。

 彼女の言うとおり綾辻海斗が入院中なら剣術を教わることが出来ない。そうなると修業は一人稽古が主になってくる。それでは最終的に壁にぶつかってしまう。

 今の綾辻絢瀬はその壁にぶつかってしまい、その壁を越えることも、壊すことも出来ずにいるのだろう。

 その状態は一輝にも覚えがあった。

 だから──。

 

「あの、先輩がよければなんですけど……これから僕達と修業しませんか?」

「いいの? 本当に?」

「はい。今じゃ珍しい剣士同士ですし、何か助言しあえることがあるかもしれません。

 それに、《最後の侍》の流派にも興味ありますし」

「ありがとう!」

 

 瞬間、ぱっと顔を上げて花のような笑顔を見せ、一輝の手を握る。

 しかしすぐにステラと珠雫の視線を受けて手を離した。

 

「あっ、ご、ごめんね。急に手を握ったりなんかして。は、はしたないよね」

「あ、いえ、それくらいなら別に……」

 

 世の中には再会してすぐにキスするような妹やら風呂場に水着で侵入してくる皇女、年頃の少年の前を半裸で歩き回る達人やら戦いながら服を脱いでいくルチャドーラ&中国娘なんかもいる。この程度、どうということはない。

 

「じゃあ、まずは基礎体力のチェックからですね! 最初は軽く蹬脚(ドンジャオ)から! Let's go♪

 あ、宇春! 回头见!」

「えっ、ちょっと待って、あ、ああ~~!」

「やっほー! 新しい生徒、追加だよ~!」

 

 さっきまで大人しかった優一がやたらと流暢な中国語と英語を口にしながら絢瀬の背を押して蹬脚をしている生徒達のところまで連れていった。

 哀れ綾辻絢瀬。優一と出会ったが運の尽き。さながら砲丸投げの砲丸のように、優一に振り回されることになるだろう。

 仲間(犠牲者)1名追加なり。

 

「最後、優一はなんて言ったのかしら」

「「さあ?」」

 

 一輝、珠雫の二人が首をかしげた。

 

「また、会おう。と言ったんですよ」

 

 一輝、ステラ、珠雫の3人がギョッと宇春を見た。

 

「あ、貴女……日本語、話せたのね……」

「ええ、勿論。最初は軽くからかうつもりだったんだけどね、あまりにも彼の中国語がお上手なものだから、ついつい忘れちゃった」

 

 くすくす、と笑いながら流暢な日本語で話す宇春。

 おそらく優一も中国語で話している時に彼女が日本語を使えることを聞いていたのだろう。どうりで途中から日本語で宇春に話しかけていたわけだ。

 

「はあ……」

 

 宇春が日本語を話せることを知って緊張感が解れる。

  武術での成長の壁とは違う言葉の壁とはかくも大きなものかと一輝は実感したのだった。

 

 ふと、一輝の口からある疑問がもれた。

 

「そういえば、優一くんってなんであんなに外国語が上手いのかな?」

 

 それはその場にいた全員が抱いた疑問だった。

 彼の成績は毎週のように居残りをさせられる程度には悪い。決して頭は悪くないが勉強は出来ないタイプのバカだ。

 そんな彼が現地人をして「お上手」と評価される外国語を話せるなんて、にわかには信じがたい。

 

 しかしその疑問は宇春によってあっさりと解決した。

 

「彼、昔から父親の仕事の関係で海外を転々としてたらしいわ。

 中国にも3年ほど住んでたそうよ。

 ああ見えて日本にはたった4年しか住んでないってのもビックリね」

 

 衝撃の新事実。優一は帰国子女だった!?

 いや、それだと優一の非常識が常識な問題行動の数々も異国の文化だったと説明がつく。かもしれない。

 

「無理ね」

「無理ですね」

 

 無理でした。

 少なくとも何の前触れもなく空から降ってきたり目覚まし機能付き仁王像を背負って登校するような国はこの地球上には存在しない。

 

「おっ! 意外に重心が安定してますね。ならこれを持ってやってみましょうか!」

「ちょっ、なんで地蔵の頭だけあるの!?」

「掴み地蔵ヘッドば~じょん6,0です!」

「そういうことじゃなくて~!」

 

 何はともあれ、こうして武術教室に新たな生徒が加わったのであった。




優一は幼い頃から色んな言語を話せるようになりました。なお、文字は読めない。

そしてオリキャラ、「厳(イェン) 宇春(ユーチェン)」の登場です。原作では明確な描写がされなかった絢瀬のルームメート。
日本語ペラペラの中国人留学生です。

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