翼に手を引かれ、強引に連れ回されてショッピングモール内の一階にある服屋やアクセサリーを取り扱う店なんかを見て回る。
「どう、似合う?」
「うん。可愛いと思うよ」
「そう? じゃあ次は……」
顔を僅かに緩ませた翼はシャッと試着室のカーテンを閉める。
どうやら今日は完全に女の子モードらしい。会った時の殺気は微塵も感じられない。戦う気がない、戦う必要が無いときはたいていこのモードだ。この時は僕への好意を隠さずに向けられるからちょっとくすぐったい。
いや、武術家モードも好きなんだけどね。強く、鋭い手刀を振るう翼は見とれてしまうほどに美しい。射ぬかんばかりの鋭い視線と明確な殺意の乗った手刀が僕だけに向けられると思うとそれだけでゾクゾクする。
……こんなんだからキサラ師匠に「お前は変態だ」って言われるんだろうなー。
でも仕方がないよね、父さんも母さんとは死合って惚れたなんて言ってたし。僕の家系って明確な殺意を向けてくる強い女性に弱いらしいし。
「お前ら、動くな!」
「ん?」
うしろを振り替えると目出し帽をかぶり、アサルトライフルを手にした男が二人組が銃口をこちらに向けていた。
「叫んだら撃ち殺すぞ!」
悲鳴を上げようとした女性店員に銃口を向けて脅す。
店内は緊張が張りつめた静寂に包まれる。
男達が店員さんに銃口を向け、僕から意識がそれた一瞬でその場でしゃがみこんで店の中に沢山ある商品棚に身を隠し、素早く男達に近付いていく。
近くにあった春用セーターを手に取り……。
「そいっ」
一人の視界を隠すように投げつけ、もう片方の男の顔面に
「うわっ、なんだ!」
セーターを剥がすのと膝蹴りを食らった男が気を失って倒れるのはほぼ同時だった。
「ほっ」
がら空きの股下から蹴り上げ、金的を食らわせる。
「あ、が……っ」
うわぁ、痛そー。
とりあえず武器を取り上げ、手早く手近にあった服で手足を縛って拘束する。
「あ、あのぅ……」
おずおずと女性店員の人が話かけてくる。
「もう大丈夫ですよ。とりあえず悪漢は寝かせましたので」
「ありがとうございます。あの、貴方は一体?」
「それよりも、奴らがここを完全に封鎖する前に出ましょう。避難誘導はできますか?」
「は、はい!」
「よし、店内の皆さんも。この人の指示に従って避難を」
「あ、あんたは……?」
「僕はやることがあるので……。
闘忠丸さん、いるんでしょう? この人達の護衛をお願いします」
「………………」
「今日の夕飯一品でどうですか?」
「ぢゅ~!」
天井から丸いネズミが僕の頭の上に降ってきた。
僕のクレープを(ねずみなのに)虎視眈々と狙う妙に小さくて強い気があったから闘忠丸さんが隠れてるんじゃないかと思ってたけど、やっぱりだ。
大方、僕のご飯を掠めとるつもりだったんだろう。
「ね、ねずみ?」
店員さんが不審げに闘忠丸さんを見る。見た目はただのねずみだけど、闘忠丸さんはそこいらの弟子級なら軽くあしらえるほどに強い。昔は僕もよく負けてたなぁ。
「大丈夫です。闘忠丸さんは強いですから。なんせ僕の師匠の一人です!」
主に機械の扱いとか達人にバレないように盗み食いする技術とか。
「ぢゅ、ぢゅ~!」
闘忠丸さんも任せておけと胸を張る。
「さ、早く外へ。他の奴らが来る前に」
「は、はい」
「ぢゅ~~!」
闘忠丸さんが店の外に出てついてこいとばかりに手招きをする。
店員さんと他のお客さんたちは半信半疑な様子でそれに着いていった。
「で、どうするつもり?」
更衣室から元の服に着替えた翼が出てきた。いや、蹴りやすいようにスカートの一部を破いている。
破れたスカートから健康的な太ももが覗き、視線がそこに引き込まれる。
はっ! ダメダメ。今は見とれてる場合じゃない!
「とりあえず、残りを無力化して警察に突きだす」
「そう、私も協力するわ。
……折角の貴重なデートを無駄にされたんだもの。きっちり地獄に叩き落としてやる」
「殺すのはダメだよ」
「分かってる」
翼が協力してくれるのはありがたい。YOMIのリーダー、
これほど心強い味方はいない。
「よし、じゃあまずは……」
いまだに股間を押さえて倒れている男の目出し帽をとって起こす。
首筋に指先を当てて、にっこりと笑う。
「初めまして。早速ですけど、目的とか色々聞かせてください。
あぁ、無理にとは言いませんよ。大丈夫、殺しはしませんよ」
あ、顔が青ざめた。
「ひっ、わ、分かった。なんでも喋るから殺さないでくれ!」
む、殺さないって言ったのに。
なんでそんなに怯えるのかなぁ?
でも、男は面白いくらい色々と話てくれた。
彼は《
テロの目的は身代金を得ること。つまり資金稼ぎというやつらしい。
参加者は全員で31人。内、一人がビショウという
他にも色々話してくれたけど重要そうなのはこれくらいかな。
「情報提供、ありがとうございます。
じゃあ、おやすみなさい」
「うぐっ」
聞くことは聞いたので手早く
仲間を呼ばれたりしたら大変だしね。
「うわぁ……」
後ろで翼が引いてるけど気にしない。
『B班! 至急南口に来てくれ!』
「ん?」
眠らせた男の人の胸ポケットから声がした。探ってみると無線機が出てきた。
無線機を手に取り、口をマイクに近付ける。
「ん、んん。
どうした、何があった」
出来るだけ持ち主の声に似せて通信する。
『ネズミだ! ネズミが客を引き連れて逃げようとしている!
早く来てくれ! 既に仲間が二人ネズミにやられた! うわっ、やめろ! その爪楊枝で何を「ヂュオ~~!」ぐわぁぁああ!?』
ブツッと通信が切れる。
流石は闘忠丸さん。達人ネズミの名は伊達じゃない。
「よし、これなら逃げた人の中で誰かが警察に通報するでしょ。
……ん? なんだこれ?」
「どうかした?」
店の外、通路の方に目をやる。そこには何もいない。けれど、何か違和感を感じる。違和感の発生源を指差して翼に聞く。
「あそこ、何か変な感じしない?」
「ん? んー……。あぁ、確かに」
空間に何かを上塗りしたというか何というか、空間にポッカリ穴が空いているような感じ?
何かムズムズする。
「ほっ」
なのでとりあえず蹴ってみた。
「ぎゃっ!」
カエルみたいな声と共に人が出てきた。
どうやら姿を隠す能力を持った伐刀者が違和感の正体だったらしい。
「な、何だお前! どうしてボクの《
うるさかったので正拳突きを顔面スレスレに放って黙らせる。この大声で他の奴らが来ると面倒だ。
「貴方がビショウですか?」
「び、ビショウ? 誰だ、それ」
そこで寝ている人からの情報ではテロリストの伐刀者はビショウという男性一人だったはず。
となると嘘を吐かれたか彼が把握していなかったか、巻き込まれた客か。
…………よし。
「えいやっ」
「ぐえっ」
「うっわぁ……」
「何か?」
さっきから引いてばかりの翼に顔を向ける。
一応、さっき殴った理由を説明する。
「『難しい事は
「……それ、ホントに活人拳?」
「大丈夫。今のところ死者は出てない」
「はぁ、たまにゆーいちくんが活人拳だってのが信じられなくなる」
失敬な。
後編に続く。