闘拳伝ユウイチ   作:ブレイアッ

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お待たせしました。
今回からショッピングモール編。
優一のヒロイン登場が登場します。


四話 優一の休日

「あ、黒鉄さん」

 

 いつものように職員室で井上に怒られた後、職員室から出ると一輝と遭遇した。

 

「やあ、職員室に何か用事でもあった?」

 

「昨日、おぶり仁王がダメって言われたので仁王をやめてしがみつき地蔵×5で登校したのに今度は増やすなって怒られてきました」

 

「………………あ、あはは」

 

 冗談か本気か。優一のことだ、恐らく後者だろう。反応に困る。

 

「そうだ、明日珠雫達と映画に行くんだけど一緒にどうかな?」

 

「珠雫……?」

 

「ああ、僕の妹。確か優一くんも一回会ったことがあるはず。ほら、一組の教室でステラといた」

 

「ああ! 小さい方の教室爆破犯!」

 

「うっ、出来ればその覚え方はやめて欲しいかな……」

 

 間違ってはいないが珠雫の名誉的によろしくない。この後、一輝は妹の名誉を守るために珠雫について話すのであった。

 

「今朝師匠から修業の休みを貰ってたので大丈夫です。行けますよ」

 

「そっか、良かった」

 

 それじゃ、と早足に去っていく一輝の後ろ姿を見ながら、優一は目元に指先を当てる。

 

「ふむ、常在戦場。僕と話しているときも僅かに体を半身に、ズボンで隠れて見えない範囲で膝を曲げて常に動けるようにしてた。僕も見習わないとな」

 

 実際は優一に不意討ちをされないかを警戒しての行動だったのだが、それを本人が知るよしもない。

 

===

 

 翌日。

 天気は心地よい快晴。絶好のお出かけ日和だ。一輝達は破軍学園の近くにある大型ショッピングモールにいた。そこで優一と現地集合ということになっている。

 

「あ、来た。おーい!」

 

 優一が大きく手を振ると一輝が軽く手を上げて応える。

 

「お待たせ、優一くん」

 

 一輝は優一の服装を見てほっと胸を撫で下ろした。彼の服装は紺色のジーンズに白いシャツ、その上にベージュのジャケットと普通の服装だ。手に大きめの巾着袋さえ持っていなければ完璧な美男子と言えただろう。

 優一のことだから傍らに仁王像とか地蔵型鞄とか非常識な物を携えてくるのではないかと覚悟していたがそれは杞憂に終わった。

 

「大丈夫ですよ。それで、そちらの方が?」

 

「うん、僕の妹とそのルームメート」

 

「貴方が問題児の青井優一ですか。黒鉄珠雫です。覚えなくていいですよ」

 

「黒鉄さん、なんかいきなり問題児扱いされたんですけど、何かしましたっけ」

 

 彼の非常識な常識を訂正するのも面倒だとばかりに溜め息をつく一輝とステラ。優一が若干不満げな表情を浮かべるが無視する。

 

「初めまして、貴方が青井優一ね。お噂はかねがね。私は有栖院凪よ、アリスって呼んで」

 

「……えー」

 

「ちょっとユウイチ、それは流石に失礼じゃないかしら。そりゃあ、初めて見たら怖じ気づくのも分かるけど」

 

「いや、そういう訳じゃなくて……なんというか」

 

(隠してるけど、(こっち側)の人……だよな。それも血生臭い方の)

 

「いいのよ、ステラちゃん。気にしてないから」

 

「アリスがそう言うなら……」

 

「それじゃあ良い席がとられる前に早く行こうか」

 

「そうですね、お兄様と二人だけ(・・)で行きましょう」

 

「ちょっとシズク⁉」

 

 珠雫に手を引かれて早々にショッピングモールの中に入っていく一輝とそれを追うように付いていくステラ、取り残された優一とアリスはお互いの顔を見合った。

 

「あー、置いてかれない内に来ましょうか」

 

「ええ、そうね」

 

===

 

 人間というのは、簡単に死ぬ。

 事故で、病気で、怪我で、そして、人間で。

 今を生きていることが奇跡そのものだと、誰かが言ってた。僕もそう思う。

 明日死ぬかもしれない。だから、今を精一杯生きる。“今”という瞬間を楽しめないのは損だ。だから……

 

「ん、ここのクレープ美味しい!」

 

 美味しいものは堪能しないとね。

 

「ホント、美味しいわね」

 

「でしょ? ここ久しぶりの大当たりだったから教えたくって」

 

 早々に映画館でチケットを買って上映時間になるまでフードコートで時間をつぶす事にした僕たちはアリスさんがオススメするクレープ屋に立ち寄っていた。

 

 ちなみに映画は我らが総督プロデュースの新白連合製作の映画、『新白連合ー誕生秘話ー』を観ることになった。総督自らが脚本、演出、監督を務め、ジーク師匠が音楽を担当。新白連合黎明期の総督と師匠を中心とした友情と努力の物語だ。エキストラとして僕も出演したと言ったら速攻でこれに決まった。

 個人的には『ガンジー怒りの解脱』が気になってたんだけどなぁ。

 

 それはそうと、ここのお店のクレープは濃厚なクリームが特徴らしい。甘すぎないからバナナの味を殺してない絶妙なバランスを保っている。

 

「あ、無くなった」

 

 気付いたら完食していた。

 総督が「ちゃんとした仕事にはちゃんとした報酬を」と言って師匠達の付き添いみたいな仕事でもお給料を貰ってるから懐事情はそれなりに良い。そう言えば映画の出演料が一番高かったような気が……ただのエキストラなのになんでだろう? ただ銃撃戦の中を走ったり服に火をつけた状態でビルから飛んで川に飛び込んだりしただけなのに。

 まぁ、休みが無いから使い(みち)が無かったし、宝の持ち腐れってのも何だから、もう1つ頼んでしまおうかな……。

 

 あ。

 

「ちょっとごめん」

 

 そう言って席を立つ。

 ちらりと横を見るとステラさんが顔中にクリームをつけてたから終わったらおしぼりを貰って来なくちゃ。

 

「チェェエイ!」

 

 背後から迫る殺気に後ろ髪がざわざわする。

 秒にも満たない刹那の間に思考を切り替える。

 振り向けば目前に迫る靴の底。

 首を折るつもりの横飛び蹴りを突きで軌道を逸らす。

 腕と脚が(こす)れて蹴りの威力は削がれ、僕の放った突きは相手の顔面に向かうも容易く彼女(・・)の左手に受け止められた。

 浮いていた脚が地面に着くと彼女の気の強い目と合う。そして……

 

「ひっさしぶり! ゆーいちくん!」

 

「うん、久しぶり。翼。

 あと、スカートで飛び蹴りは良くないと思う。」

 

 いつも通り、抱きついてきた。

 

「ちょ、ちょっと! いきなり何やってんのよユウイチ!」

 

 ガタンッとステラさんがテーブルを叩いて立ち上がった。あまりの勢いで口元についたたっぷりのクリームが飛び散る。

 黒鉄さんが慌ててテーブルに備え付けの紙ナプキンでステラさんの口元についたクリームをとった。

 

「あ、ごめんイッキ。って、それより!」

 

「何って、ステラさんも見たことあるじゃないですか。ただの挨拶ですよ。

 そりゃあ、確かに今のは殺すつもりの蹴りでしたけど」

 

 殺意の有無、ムエタイと空手、飛び膝蹴りと横飛び蹴りの違いはあっても始業式の時に黒鉄さんにやったのを見てたはずなんだけどなぁ。

 あ、このやりとり前にもやった気がする。

 

「あれ、ヴァーミリオンの第二皇女に黒鉄の長女……ふーん」

 

 うわ、すごい殺気。

 流石は翼、一般人ならこれだけで気絶させられるな。

 あ、翼の殺気に妹さんが怯えてる。ステラさんは少し(ひる)んだだけか、黒鉄さんとアリスさんは平気なのか……アリスさんはともかく黒鉄さんはちょっと意外かな。

 それにしても……なんで殺気を放ってるのか、もしかして嫉妬とか?

 

「何を勘違いしたのかは分からないけど僕が惚れてるのは翼だけだよ」

 

「うっ、相変わらずストレートに来るね……ねぇ、(こっち)に来ない? そうしたらゆーいちくんを殺さないで済むんだけど」

 

「何度も言ってるでしょ、それは断る。翼が梁山泊(こっち)に来て」

 

「やーだー」

 

 むぅ、強情なやつ。

 逆鬼大師匠によれば「父親に似た」というやつらしい。

 

「ゆ、優一くん。そこの人は?」

 

 あ、そうか。黒鉄さんは初対面だよね。

 

「えーっと、何て言えばいいのかな……」

 

 むぅ、いざ説明するとなると難しいな……。

 と、僕が頭をひねっていると翼が僕から離れて黒鉄さん達の方を向き、上品に礼をした。

 

「初めまして。ステラ・ヴァーミリオン皇女殿下に黒鉄家のご子息にご息女。

 私は闇の弟子集団YOMI(ヨミ)のリーダーにして美しき翼を持つ者(スパルナ)の名を継ぐ者。名を翼と言います。

 あぁ、皇女殿下には(ロプスキュリテ)と言った方が分かりやすいかな」

 

(ロプスキュリテ)ですって……⁉ なんで殺人剣の人間が何でここにいるのかしら?」

 

「ステラさんと意見が合うのは気に食いませんがその疑問には同意です。何故、闇人(やみうど)がこんな所に?」

 

 あぁ、そう言えば黒鉄家って日本の魔導騎士連盟に関わりのある名家だっけ。そこの子供ともなれば闇について知ってるのも当然か。

 それにステラさんも。確かステラさんが使う剣術の流派は皇室剣技(インペリアルアーツ)。ヴァーミリオン皇室に伝わる伝統的な武術なら武術の伝承に重きを置く闇との繋がりがあってもおかしくは無い。今は手を切ったらしいけどかつてのティダード王国もそうだったと師匠に聞いたことがある。

 にしても闇と敵対してる立場にいる僕が言うのもあれだけど、なんで二人ともこんなに敵意むき出しなんだろ。何かあったのかな?

 

「別に、ただここのクレープを食べに来ただけよ」

 

「「は?」」

 

 ぽかんとする妹さんとステラさん。どうやら翼の返答が予想外だったらしい。

 

「それより、貴方たち私の(・・)ゆーいちくんとどんな関係なの?」

 

「ちょっ!」

 

「別に、ただの同級生よ」

 

 アリスさんが答える。確かに、黒鉄さんとステラさんはともかく他の二人は今日で初対面だし、その説明がしっくりくる。

 

「それよりも、あなた達二人はどういう関係なの?」

 

 アリスさんが話題の流れを変えようと質問をふってくる。

 確かに、このままだとステラさんが翼に襲いかかりかねない。

 それにしても難しい質問だなぁ……翼と僕の関係……。

 

「命を狙う、狙われる関係……? ライバル……うーん、恋人では無い……な、うん」

 

「ひどい! 夜のホテルであんなに熱く燃え上がった仲じゃない!」

 

 ちょっ!

 

「燃えてたのはホテルだったでしょ! 誤解をまねくような言葉は止めて!」

 

「あら、火を着けたのは貴方じゃない」

 

「うっ、それはそうだけど……」

 

 あれは今から二ヶ月前。アパチャイさんの里帰りに師匠と一緒に着いていったときの事だ。

 バンコクのホテルで色々あって解放軍(リベリオン)と戦うハメになった。その時に翼が急に襲ってきたんだよなぁ。

 解放軍のまいた油に蝋燭を倒してしまってホテルが燃えたんだった。その中でも翼はおかまい無しに攻撃してくるし、反撃で掌底を放ったら足場が崩れて狙いがそれて翼の胸に入って戦いは中断。そのまま別れたんだった。

 

「大体、二度目に会ったときだって私が殺る気満々でゆーいちくんの前に立ったのに貴方、何言ったか覚えてるの⁉」

 

「勿論」

 

 あれは確か、黒鉄さんが道場破りに来てから二週間後だったかな。師匠と美羽さん一緒に植物園に行った時に翼と再開したんだった。

 

「何て言ったと思う⁉ ヴァーミリオンの皇女!」

 

「へ⁉ え、えーっと?」

 

 急に話を振られたステラさんは慌ててうまく返答できない。

 ステラさんの返答を聞くまでもなく翼はまくし立てた。

 

「『一目惚れです。付き合って下さい』よ! もー、殺意を向ける相手に言う言葉じゃないでしょー!」

 

 懐かしいなー、もう一年も経ったのか。父さんから想いは伝えられる時に伝えた方がいいって言われてたから翼に告白したんだった。

 あの後、物理的に心臓(ハート)を貫かれかけたけど。顔を真っ赤にした翼、可愛かったなー。

 

「っ、声に出さないでよ。そういうのは」

 

「へ? 何か言ってた?」

 

「か、可愛かったって! 恥ずかしいことを堂々と! やっぱりここで殺してやるわ!」

 

「おっと!」

 

 心臓を狙った鋭い貫手(ぬきて)を化剄で逸らす。

 周りに一般人がいるし、ここでは戦いたく無いんだけどなー。

 

 あ。

 

「今のがホントの殺し文句ってやつ?」

 

「ばっ!」

 

 お、赤くなった。ついでに攻撃が雑になった。

 

「とりあえず、今のやりとりで優一に振り回される乙女だってことは分かったわね」

 

「殺すとか色々と不穏な単語が飛び出てるけど」

 

 何故か楽しげなアリスさんの言葉に黒鉄さんが疲れたような表情で言う。

 被害者とは失礼な。どちらかと言うと命を狙われてる僕の方が被害者なのに。

 

「はぁ、もういい。殺る気無くしたわ。

 ……ばーか」

 

 うぅ、確かに学校の成績が悪いのは認めるけどさぁ。

 

「私の殺る気を無くしたからにはデートしてもらうわ」

 

 ガシッと左手首を掴まれる。

 しまった。殺意も敵意も感じなかったから油断してた。

 

「そう言うわけで、ゆーいちくんは貰って行くから」

 

「ちょっと翼⁉」 

 

 痛っ、手首の間接を極められた。これじゃあ抜け出せない!

 

「ごめん、黒鉄さん! 僕の事は気にしないでいいから後は四人で映画楽しんで~!」

 

 大股で先を行く翼に引っ張られながらも巾着に足をかけて自分の方に蹴り投げて空いた手でキャッチ。中から五千円札を取り出して黒鉄さんに投げる。

 

「迷惑かけちゃったお詫び、ここは僕の奢りってことで~!」

 

===

 

 優一が翼に連れ去られると店の中が急に静かになった。

 

「……なんか、嵐のようだったね」

 

 投げられた五千円を見て一輝が呟く。

 他の三人も同意するように頷いた。




翼は優一のヒロイン兼ライバル。
美羽にとっての叶翔みたいな感じでもあります。

翼との出逢いの話は二章二話『暗鶚の里』にて。

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