闘拳伝ユウイチ   作:ブレイアッ

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10月12日、兼一の誕生日に何とか間に合いました。兼一、誕生日おめでとう!
実は私も兼一と同じ誕生日だったりします。

それでも内容は番外編でも何でもなく、普通の本編ですけどね。


三話 マッハユウイチ!

 破軍学園の第一学生寮のすぐ側を走る二人の男女がいた。昼間は暖かいとはいえ4月の早朝は冷えるためか二人とも長袖のジャージを着ている。

 

「うー、くーやーしーいー! またイッキに負けたー!」

 

「僕の方がステラよりも前からこの練習をやってるんだから、そう簡単に負けるつもりは無いよ」

 

 黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオンだ。二人は第一学生寮の同じ部屋で暮らすルームメートだ。最初の頃は外交問題に発展しかけるような事態もあったが色々あって今ではお互いが認めあい、切磋琢磨するライバルとなっている。

 今日も一輝の日課であるジョギングと全力疾走を繰り返すことで緩急をつけ、心肺機能に高負荷をかけながら20キロマラソンにステラも付き合っていたところだ。

 

「はぁ、はぁ、イッキ、ちょっとスペドリ取ってくれない?」

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがと」

 

 ステラは事前に用意した国際魔導騎士連盟推奨スポーツドリンク。『新白印のスペ~スドリンク』略してスペドリを口にする。生薬由来の漢方成分と理由は分からないがなんか元気が出る謎の『宇宙(すぺ~す)ぱぅわぁ~』が身体に染み渡る。

 

「ぷはあっ。そういえばイッキ、昨日イッキに飛び膝蹴りをかましてきた人って誰なの? イッキを知ってるみたいだったけど」

 

 勢いよく500mlペットボトルに入ったスペドリを飲み干して一輝に昨日の非常識が常識な変人のことを聞いた。

 

「ああ、彼は青井優一。昔、僕が道場破りをしていた頃に戦った僕の友人だよ」

 

「普通の友人は出会い頭に膝蹴りはしないわ」

 

「うん。あれは僕も驚いたけど、よく考えてみたら彼からすればあの程度は普通なのかも」

 

 今思えば初対面の時点で常識が壊れていたような気がする。あれから約1年半、さらにぶっ壊れてても可笑しくないような気がする。

 

「戦ったって言ってたけど、どっちが勝ったの? 勿論イッキよね!」

 

「いや、僕の負けだ」

 

「嘘っ⁉ イッキが負けるなんて信じられないわ」

 

 ステラが心底信じられないといった表情をするものだから一輝は少し困ったように苦笑いを浮かべる。

 女の子に格好つけたいのは男の子の(さが)ではあるが、だからといって嘘はつきたくない。

 

「僕だって最初から強かったわけじゃない。最初の頃は負け続きさ」

 

「それでも信じられないわ。彼はそんなに強い伐刀者(ブレイザー)だったの?」

 

「彼は伐刀者というよりは武術家と言った方が正しいかな。彼は僕と同じFランクらしくてね、未完成とはいえ一刀修羅を使った状態で僕は……純粋な体術勝負で負けた(・・・・・・・・・・・)んだ」

 

「────ッ!」

 

 一輝の言ったことがステラには信じられなかった。Aランクという世界最高峰の強者を己の全力と鍛え上げた剣技で打倒した目の前の男にここまで言わせる者がいたことに。

 

「でも、あの一敗はどんな勝利よりも大きな糧となった。次は負けない」

 

「そう、ちょっと妬けちゃうわね」

 

 女としてではなく、一人の騎士として。目の前の侍と同じ目線に立って競い会えるのは、恐らく、青井優一ただ一人だろうから。

 

「ねぇ、そのユウイチについて聞かせてくれない? イッキを倒したという武術家には興味があるわ」

 

 その時、ステラの視界の隅に何かが映った。

 

「ねぇイッキ、あそこで走ってるのは何かしら?」

 

「ああ、あれは仁王像といって……ん?」

 

 仁王像が、走っている?

 目をこすってもう一度見る。

 

「おーい! 黒鉄さーん!」

 

 おかしいな、仁王像が名前を呼びながらこっちへ走ってくるぞ。

 

「凄いわね、ニッポンって! 仏像が街中を走ってるなんて!」

 

 まずい、ステラが日本を勘違いしてしまう。一輝がステラに訂正を入れようとした時、仁王像が飛んだ。

 

「はっ?」

 

 次の瞬間には一輝とステラの目の前にどぉんっ、と仁王像が降り立った。

 

「凄い……! なんて斬新かつ大胆、そして繊細な彫りなのかしら! お城の彫刻と並ぶ、いえそれ以上の大作だわ!」

 

「ステラっ!?」

 

「いやぁ、そう言われるとなんか照れちゃいますね」

 

「優一……くん?」

 

「おはようございます。黒鉄さん、ステラ殿下」

 

「あ、うん。おはよう……」

 

 走る仁王像、なんて都市伝説になりそうなことをしでかした犯人である優一は実に爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。

 何故、仁王像を背負っているのかとか、その足にしがみついている地蔵は何なのかとか、何処からその格好で走っていたのかとか山ほど湧いてくる聞きたいことを何とか飲み込んで挨拶を返した。

 ちらりとステラの方を見てみると反応に困って口をパクパクさせていた。

 

「あの、優一くん。何をやってたのかな?」

 

「何って、ただ登校してただけですよ? ちょっと事情があって梁山泊から通いなのでトレーニングを兼ねて走ってましたけど」

 

 確か梁山泊ってここから30キロはあったはずだ。それを仁王像を背負ったまま走って来たと?

 

「そっか……」

 

 一輝の脳裏に『井の中の蛙』ということわざが思い浮かぶ。自分に課していた修業メニューは他の者から見ればかなり厳しいものだ。それでも上には上がいるということがわかった。

 優一を倒すためには今のままではダメだ。まずは今日の放課後からやる修業メニューを2倍にしようと心の中で決めたのであった。

 

「ねぇ、ユウイチ。貴方、どんな武術をやってるの?」

 

 興味本意でステラが聞く。一輝を倒したという優一の武術とはどのようなものか、興味があったのだ。

 それに対して優一は、

 

「え、教えませんよ」

 

 きっぱりと、そう言いきった。

 

「なっ!」

 

「だって、これから戦うことになるかも知れないのに手の内を教えるわけ無いじゃないですか」

 

 優一の答えを聞いて、ステラは拳を握りしめた。

 甘かった。才能に溺れていたつもりもないし代表選抜戦に向けて努力を怠ったつもりもない。だが、戦いに挑む覚悟が、目の前の少年よりも無い。彼の中では、すでに戦いは始まっているのだ。

 

(この国に来て良かった……)

 

 ステラは自分の国にいては『天才』という枠の中に押し込められて上を目指せなくなることを嫌って祖国を飛び出した。飛び出した先で出会ったのは出会ったのは自分よりも努力をしている者、自分よりも覚悟のある者。己の知る世界の狭さを新ためて感じたステラは優一に手を伸ばした。

 

「ステラ・ヴァーミリオンよ。殿下はいらないわ、ステラって呼んで」

 

 ズボンでゴシゴシと右手を拭ってからステラの手をとる。

 

「青井優一です。よろしくお願いします。ステラさん」

 

「ええ、もちろん!」

 

 二人は力強く握手をかわした。

 

 南~無~! 南~無~! 遅刻前~!

 

「うわっ」

 

「きゃっ、何⁉」

 

「あ、すみません。仁王アラームです! 早くしないと遅刻だ!」

 

 優一は失礼しますと勢いよく頭を下げてステラと一輝の前から走り去っていった。

 

「……なんか、凄い人だったわね」

 

「うん。僕たちも急ごうか」

 

===

 

 一年三組の教室、優一は昨日と同じ席に座って自分の手を見つめていた。

 

(ステラさん……なんて恐ろしい(ひと)なんだろう)

 

 間近で見て初めて気付いた。彼女の奥底には眠れる竜がいる。

 もし、かの竜が目覚めた時……果たして彼女に勝てるのだろうか。

 

 目に見えない鎖に(・・・・・・・・)全身を縛られている(・・・・・・・・・)今の自分に(・・・・・)

 

 

 チャイムが鳴り、井上が教室に入る。

 

「全員席に付け、ホームルームをはじ……め……」

 

 教室に入ってすぐに絶句した。彼の視線の先は優一の後ろ、教室の一角で異様な存在感を放つ仁王像とその両隣に立つ地蔵。

 他の生徒の様子からあの仏像を持ち込んだのが優一であることはすぐに分かった。

 

「青井。放課後、職員室に来くるように」

 

「えぇっ! 何でですか!」

 

「教室に仏像を持ち込むやつがあるか馬鹿者!」

 

 




 サブタイトルの元ネタはタイのムエタイアクション映画『マッハ!』からです。優一がまた破軍学園を騒がせた仏像繋がりです。

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