僕が師匠に弟子入りしてから半年、いつものように梁山泊の門の前を掃除する。
「今日もいい天気だな~、この両腕のしがみ地蔵が無ければもっと気持ちのいいのにな~。さて、さっさと掃除するか」
この半年、本ッ当に色々あった。
週に3回は刺客に襲われ、修業で月に5回は臨死体験するし……いや、なんかもう慣れた。
修業は相変わらず厳しい。
師匠が「色んな武術家と戦うことは良いことだ」と言って週に最低1回は大師匠との組手がある。毎回アパチャイさんに殺されかけるけど……。
「優一、元気にしてるかい?」
「あ、父さん! どうしたの?」
「白浜くんに用事があってね」
最近は新白の師匠方の修業にプラスして新白連合のフレイヤさんと父さんから対武器、対伐刀者戦を想定した修業もしている。
さらに父さんから母さんが使っていたという暗鶚衆の技っていうのも教わってるけど、殺人技が多すぎて使いどころが無い。
けれど技を通して母さんのことを知れるのは少し嬉しい。
「分かった、師匠呼んでくるね」
===
「優一、今日の修業はお休みだよ」
「…………………………え? 今なんと?」
「今日の修業はお休みだよ」
たっぷり10秒考えて師匠の言葉を理解する。
休み、弟子入りしてから初めて聞いた。今までそんなもの無かったのになんでいきなり?
「なんでお休みなんか……」
「休むことも大事な修業だよ。大丈夫、明日から修業が1段階上がるから」
「ありがたくお休みをいただきます!」
今でさえキツイの修業がさらにもう1段階上がる⁉ 死ぬ、今度こそ本当死ぬ~!?
「白浜くん、話はついた?」
「あ、父さん?」
声のした方を向くと黒い服に身を包んだ父さんがいた。
「ええ、今日1日の修業は休みにしますよ」
「ありがたい。ご迷惑をおかけします」
「いえいえ、そろそろ休ませないと壊れてしまいますからちょうど良かったですよ」
「ひぇっ」
「なら良かった。それじゃあ優一、行こうか」
「? 行くって何処へ?」
「母さんのお墓参りさ」
===
「ぎゃああああああ!?!?」
「ほら、口を閉じないと死ぬよ」
「そんなこと言ったってー! あぐっ⁉」
現在、父さんの背中にしがみつき森の中を全力疾走中。
バスや電車を乗り継ぎ、寂れた村から優蔵(に背負われて全力疾走)約10分。いくつかのフェンスを越えてやってきたのは無人の里だった。
「ここは……?」
「暗鶚衆、その発祥の地さ。ここに母さんの墓がある。行こうか」
なんだろう、ここ。初めて来たのに何だか懐かしいような気がする。
暗鶚衆……たしか母さんがその一族だって父さんが言ってたな。
父さんに連れられて来たのは里の少し外れにある小さな墓。墓といっても盛った土に大きめの石が刺さったもの。
「母さんが死んだときは色々あったからね、ちゃんとしたお墓をつくってやれなかった」
「………………」
お墓の前にしゃがみこんで手を合わせる。
僕が幼い頃に亡くなった母さんのことはまったく覚えていない。目の前のこのお墓が母さんのお墓だと言われてもあんまりピンとこなかった。
「母さんはどんな
だから、思いきって母さんのことを訊いてみた。
伐刀者最強なんて呼ばれてる父さんと結婚した人だからそれなりに強いんだろうな。
「そうだね…………暗鶚衆の優良血統だとかでとても強い“動”の気を秘めた武術家だった。あらゆる武器に精通し、無手では里一番の実力者。非伐刀者でありながら50人の伐刀者を無傷で制圧したこともある。その戦う姿から
思ってた以上だった。
何さ50人の伐刀者を無傷で制圧って。
「そ、そうなんだ……」
ふと、背後に人の気配がした。
「大丈夫、父さんの古い知り合いだ」
「久しいな、ここで何をしている? 『剣皇武龍』」
「君と同じような理由さ、妻の墓参りに来ちゃ悪いかい? 『人越拳神』」
振り替えると黒いコートにサングラスが特徴的な強面の男の人が立っていた。
「彼は本郷晶、父さんの“闇”時代の友人だよ。優一が赤ん坊の時に会ったことがあるんだけど……分からないか」
「う、うん」
「優一、父さんは少し大人の話をするから里の中を好きに見てくるといい」
そうい言う父さんの表情は今まで見た事のない、真剣なものだった。
たぶん、これが青井優造としてじゃなくて『剣皇武龍』としてのものなんだと思う。
僕は頷いて無人の里を歩き始めた。
===
「あ、猫だ」
里の中を適当に歩いていると猫を見つけた。白い毛の小さな猫だ。
キサラ師匠のネコンドーを修得するには猫の動きを完全に理解する必要がある。そのためには近づいて観察するのが一番だ。そう、これは武術のため、決してあの柔らかそうな毛並みを撫でたいとかそんな理由ではない。
「にゃ~」
あ、可愛い。
近寄ってみると猫の方から寄ってきた。可愛い。
あごの下あたりを撫でてやるとごろごろと喉を鳴らした。可愛い。
「はっ、可愛いじゃない。観察観察……」
「あれ? こんなところに人がいる」
「ん?」
唐突に声をかけられた。声のした方を向くと同い年くらいの女の子が油断なく構えていた。
「あなた……何者? どうしてこんなところに一人でいるの?」
「えっと……母さんのお墓参りに」
そう言ったら女の子はほっと息をついて構えをといた。
「なんだ、暗鶚衆の人か」
「君は?」
「私? 私は翼よ」
「翼さん?」
「翼でいいわ、見たところ年も近そうだし」
「じゃあ、翼。翼はなんでここに?」
「んー、付き添い? みたいな感じかな。それよりその猫可愛いね。あなたの飼い猫?」
「ううん、たぶん野良」
「ふーん」
翼が僕の隣にしゃがみこんで猫の背中を撫で始めた。
ちらりと翼の方を見る。烏の濡れ羽色っていうのかな? 艶のある黒い髪を肩の辺りで切り揃えていてちょっと気の強そうな目をしている。なんていうか……。
「可愛い」
「ね、いい毛並み」
「あ、うん。そうだね」
うわぁ~! 恥ずかしッ!
つい思ったことが……って初対面の女の子相手に何を言ってんだ僕は!!
「そ、そろそろ父さんのとこに戻らないと……!」
「あ、私も迎えが来たみたい。じゃあね、えっと……」
「あ、優一です。青井優一」
「青井優一……そう、あなたが」
「?」
ふっと、翼の様子が変わった気がした。
「
翼は上着の内ポケットから何かを取り出し、それを僕に渡して森の方に去っていった。
「これ、なんだろう?」
ずっしりと重たい金属製の丸い板の真ん中に“空”の文字が書かれている。
そういえば師匠の部屋で似たようなのを見た気がする。帰ったら師匠に聞いてみよう。
===
優一から離れてから暗鶚の里を囲む森の中、翼は手近にあった樹に登り里を眺めていた。
「ここにおられましたか、お嬢様」
翼が樹の下を見下ろすと二人の黒い服を着た男性が見上げていた。
「勢多、それに
「先生がそろそろ帰るぞ、と」
「そう、分かっ……たっ!」
トン、と静かな音を立てて樹から飛び降りた翼は二人の片割れに問うた。
「ねぇ、芳養美。梁山泊の白浜兼一の弟子って青井優一って名前だったよね」
「ええ、その通りです」
「そう……ふふ、楽しくなりそう。
さ、早く帰りましょ。
オリキャラ、翼の登場です。
ヒロインのようなライバルのようなそんな娘です。