王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第五話 天界の意志

 立ち枯れた木々の隙間から、屍食鬼の支配する暗黒の空が覗き見える。

 そこに浮かぶ大きな星のような光は、天界の兵士達が天馬に乗る姿。

 セルジン王が女神アースティルと果した約束は、違わず実行されている。

 国王軍の食料供給と軍資金は、王がいた頃と同じく減る事がない。

 天界の魔力がもたらす事なのだろう、僕は空を見上げながら、感謝の気持ちと同等の不信感を抱く。

 

 僕達は魔法に騙されて、本当は霞を食べて生きているんじゃないのか?

 

 ぼうっと空を見上げる僕の横で、エランが警告する。

 

「よそ見していると、馬から落ちるよ」

「大丈夫だよ。普通の騎乗は、出来るようになったから」

 

 裸馬ではなく鞍付きの馬に乗っている僕は、馬上から周りを見渡す余裕が持てるようになった。

 テオフィルスの半強制的な裸馬に乗る訓練のお陰だ。

 エランは面白くなさそうに、前を行くテオフィルスの背を睨みながら、わざと聞こえるように吐き捨てる。

 

「あんな危険な訓練をしていれば、嫌でも乗れるようになるよ」

 

 テオフィルスは僕達に背を向け、まったく聞こえていない振りをしている。

 エランの挑発には、乗らない事に決めたのだ。

 先発隊が《ディスカールの聖なる泉》に辿り着いたという、合図のラッパが響き渡った。

 この先は止まる事なくスムーズに進める、誰もがそう思っていた時。

 

「全員、止まれ!」

 

 エランの大声が響き渡った。

 

「エラン?」

 

 突然の号令に僕は驚き、横を並走していたはずの彼を探す。

 エランは馬を止め、僕の後ろから前を行くテオフィルスを睨みつけていた。

 

「殿下、ご指示を」

「あ……、ああ、止まってくれ」

 

 トキの問いかけに、訳も分からず僕は停止の指示を出す。

 行軍の隊列全体に、停止の合図のラッパが吹き鳴らされる。

 

「テオフィルス、先発隊に何か異変が起きているようだ。君の竜で見てきてくれないか?」

「……自分で行ったらどうだ。お前だって、魔法が使えるんだろう?」

 

 エランの要請に、テオフィルスは(いぶか)しみながら振り返る。

 珍しい程の微笑みで、エランは彼に答えた。

 

「君の竜が一番早く辿り着ける、様子を見てきてくれないか? 他の竜騎士達には、竜がいないから、君にしか頼めないよ」

「……では、俺が不在の間、エアリス姫を守れるか?」

「当然だよ。僕以外には守らせない」

 

 テオフィルスは、その言葉にまるで疑いを持つようにエランを睨み付け、何かを探ろうとしている。

 

「……そうか。では、しばらく待て」

「手短に頼む」

 

 馬から下りたテオフィルスは、マシーナに何かを話している。

 僕はエランを見つめながら、どことなく感じが変わって見えて不安を覚えた。

 

 モラスの総騎士隊長になったせいなのか?

 それともルディーナの魔剣が、エランを変えてしまったのか?

 

 思い切って尋ねる。

 

「エラン、先発隊に何かあったら、アレインさんから連絡が入るはずだ。わざわざテオフィルスを、見に行かせる必要があるのか?」

「オリアンナ、これは君を守るためだ」

「え?」

 

 次の瞬間、竜リンクルの影が変身を解き、威圧感のある姿を現した、テオフィルスが指示をしたのだ。

 竜はエランを威嚇し唸り声を上げるが、彼は微笑みながら竜に向かって呟く。

 

「無駄だよ。モラスの騎士の魔力は陛下が鍛え上げた、水晶玉の魔力に由来するものだ。七竜の魔法も脅しも、僕には通じない」

 

 エランの周りから、今まで見た事もない光の渦が薄っすらと浮かび上がる。

 リンクルは翼を広げ、今にも炎を吐きそうに大きく息を吸い込む。

 周りのモラスの騎士達は、総隊長を守るべく七竜に向けて障壁を作り出す。

 争いが始まりかけた時、テオフィルスが冷静に七竜の前に立つ。

 

[リンクル、止せ!]

「エラン、お前も竜を挑発するな! 俺達は共通の敵と戦う協力者だ、竜の嫌いな水晶玉の魔力を、わざとチラつかせるのは止めろ!」

 

 テオフィルスはリンクルとエランを引き離すために、竜の背の鞍に身軽に這い登る。

 

「すぐに戻る」

 

 彼は一瞬、何かを訴えるように僕を見つめ、次の瞬間凄まじい風を巻き起こして、竜と共に上空へ飛び立つ。

 

 僕はエランの態度の意味が理解出来ずにいた。

 テオフィルス一人を厄介払いして、エランの周りにいるモラスの騎士達は、竜騎士達を僕から遠ざける。

 トキを含む近衛騎士達は、エランの言動に警戒し僕の周りを囲む。

 殺伐とした空気に、その原因を作り出したエランに対し、僕は少し腹が立った。

 

「エラン、どういう事か説明してくれ!」

「君から感じ取れる魔法は、泉の精の魔力と、《王族》の魔力以外は感じないって、さっき言っただろう」

「……何か関係があるのか?」

 

 エランは馬から飛び降り、近衛騎士越しに馬に乗る僕を見上げる。

 

「本当は違う。君から感じ取れる一番強い魔法は、その〈抑制の腕輪〉と《ソムレキアの宝剣》。つまり天界の魔力が、一番強く君を支配しているって事だよ」

 

 僕は顔をしかめた。

 セルジン王を連れ去った女神に支配されていると、エランが指摘した事で、再び苦しみが呼び起こされる。

 

「あいつにこれ以上、君の苦しみに付け入る事をさせたくなかったから言わなかったけど、《王族》とその血を引く者達は、少なからず天界の意志の影響を受ける」

「え?」

「エステラーン王国がアルマレーク共和国に吸収される事に反発する者は、君や陛下が思っている以上に多くいるって事だよ」

 

 赤い髪をしたエランは挑戦的に微笑む。

 モラスの騎士の総隊長の朱色のマントが、まるで威光のように翻り、その周りに護衛する年長のモラスの騎士達が寄り添う。

 それは近衛騎士達と対峙して見えた。

 エランが宣言するように、声を張り上げる。

 

「モラスの騎士は、天界の意志に従う!」

 

 王の側近達に、衝撃が走った。

 セルジン王の一番の守り刀であるモラスの騎士が、王の意志に背いたのだ。

 

「エラン! 陛下のご意志に、反旗を翻すつもりか!」

 

 トキが怒声を上げながら剣を抜く、それと同時に近衛騎士達も抜剣した。

 国王軍の兵達に混乱が沸き起こる。

 セルジン王の不在中に、反乱が起きようとしているのだ。

 王が戻らない事も、エステラーン王国がアルマレーク共和国に吸収されるかもしれない事も、側近達によって隠されているため、エランの言葉の意味を兵達には汲み取れずにいる。

 

 今、起きようとしている争いは、モラスの騎士による反乱としか映らない。

 兵は上官に従う、この時点では王の近衛騎士であったトキ・メリマンに従うべきと誰もが判断した時、行軍の進行方向から多くの兵の移動する物音が響いた。

 

 トキが一歩エランに近寄ろうと動かした足元に、狙いを定めた矢が突き刺さる。

 瞬時に足を退いたトキは、矢を射た人物を睨み付ける。

 アレイン・グレンフィード大将が馬上で微笑みながら、次の矢を弓に番えトキに狙いを定めている、まるで狩りでも楽しむように。

 

「アレイン殿、酔狂が過ぎるのではないか? 王太子殿下の御前であるぞ!」

「王太子殿下は我等がお預かりする。貴殿はアルマレーク共和国に寄り過ぎているぞ、トキ・メリマン。本当に王のご意志なのか? 殿下をアルマレーク人に預ける等、陛下の御言葉とは思えない! 貴殿が画策した事ではないのか?」

 

 天界の宮殿で起きた出来事は、同行したトキとその部下、エランとルディーナ、そしてテオフィルスと僕だけが知る。

 ルディーナは死に、エランは天界の意志に、意識を取られている。

 その場にいなかったアレインにどのように伝わっているのか解らないが、アルマレーク人に反感を持つ者には、認めたくない事柄であるのは確かだ。

 

「馬鹿な……、陛下が望まれたのは《王族》の存続だ。七竜でなければ、それが出来ないからアルマレーク共和国に預けられたのだ! エランや貴殿の考えのままでは、エステラーン王国は天界に滅ぼされるぞ!」

「どのみちアルマレーク共和国に吸収され、滅ぶではないか! それ以外の道を我等は選ぶ!」

 

 アレインがトキ目掛けて矢を放ち、トキは剣でそれを薙ぎ払う。

 矢を断ち割る音が合図となり、アレインの前衛部隊が本隊目掛けて雪崩れ込んだ。

 

「本隊兵士諸君、前衛部隊を迎え撃て! オーリン殿下を、お守りしろ!」

 

 本隊の兵達は混乱の中でも、冷静にトキの命令に従う。

 同じ国王軍同士の剣が火花を散らす。

 味方同士の剣のぶつかり合う音が、自滅への警鐘のように鳴り響く。

 

「後衛部隊へ連絡しろ! 殿下を後衛にお連れする」

 

 トキの命令に伝令が走ろうとするも、モラスの騎士が前に立ちふさがる。

 エランの率いるモラスの騎士達が、僕と近衛騎士達に迫り来る。

 

 駄目だ!

 このままではセルジンを助け出す前に、エステラーン王国は滅ぶ!

 

 セルジン王がいなくなり国王軍を統率するべき僕が、争いの原因になっているのだ。

 解決策を、僕は必死に考える。

 

 どうしたらいい?

 どうしたら……。

 セルジンなら、こんな時はどうする?

 

 自分の未熟さに歯噛みしながら、この争いの中心人物であるエランを睨み付ける。

 戦いの女神アースティルの笑い声が、聞こえた気がした。


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