王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第三話 親密さの距離

「何を食べさせた?」

 

 聞き慣れた声が、七竜リンクルの下方から聞こえた。

 竜の鞍に横向きに座り、テオフィルスの側で涙に(むせ)ぶ僕は、その声に冷静さを取り戻した。

 

「エラン?」

 

 リンクルのすぐ横に、朱色の長いマントを着たエランが立っていた。

 つい最近までルディーナ・モラスが、同じ様相のマントをまとっていたのだ。

 モラスの騎士全員が総隊長と認めた者以外、羽織る事が許されないマント。

 

 ルディーナ・モラスの死と同時に、彼女の魔力を全て収めた魔剣と、その地位を譲り受けた彼は、モラスの騎士全員に認められるまで、僕に会わない誓いを立て去った。

 成人年齢に達したばかりのエランに、大人の魔法使い達を取りまとめる事が出来るのか、彼の状況は僕と似ていた。

 

 あれから、ひと月あまり。

 

「認められたんだね、エラン」

「ああ。君に早く会いたくて、頑張ったんだ」

 

 彼の体型に合わせて作られた長い幅広のマントは、モラスの騎士全体のイメージを力強く見せ、ルディーナとは一線を画す。

 新しいモラスの騎士隊が、彼を総隊長とした新体制で出来上がったのだ。

 久しぶりに見るエランは、また背が伸び男らしさが増していた。

 

「降りなよ、受け止めるからさ」

 

 エランが両手を差し伸べてくる。

 嬉しくなって彼に抱き付くように竜から飛び降り、首に腕を回してしばらく抱き合った。

 幼い頃から兄弟のように育った僕達は、無意識にお互いを必要としている。

 足が地面に着かず、宙に浮いたまま抱きしめられ、今までとは違う感覚とほんの少し抗議も交えて、彼の顔をまじまじと見入った。

 

「久しぶりだ、オリアンナ」

「……背が、凄く伸びた?」

 

 にやにや笑いながら(うなず)き、ゆっくり僕を地面に下ろす。

 抱きしめる腕の力はそのままに、彼はテオフィルスを睨み付けた。

 

「言え、アルマレーク人、何を食べさせた?」

「ナツの実の干した物だ。元気が出るし、栄養がある。文句があるなら、そいつにもっと食わせろ! それから、俺の名はアルマレーク人じゃない、テオフィルスだ」

 

 面白くなさそうに二人を見下ろす彼は、殴り合いの喧嘩をして以来、エランに対して心の(わだかま)りを消す事が出来ずにいる。

 エランは安心したように頷く。

 

「嘘はついてないようだな、ありがとう。言われなくても、今後は僕が食事に付き合うさ、毎回ね」

 

 そう言って僕にいきなり顔を近付け、くちづけを浴びせてくる。

 王がいなくなって、彼が一番身近な存在になった。

 戻ってくれた安心感から抵抗せず受け入れ、人の温もりに飢えている自分を見つけ出す。

 

[リンクル、馬に戻れ!]

 

 テオフィルスが不機嫌そうに、わざと大声で言った。

 

「尻軽なまぬけ小竜、早く馬に乗れ、置いて行くぞ! エラン、今のそいつを甘やかすのは止めろ!」

 

 怒ったように言い捨て、マシーナに指示を出す。

 マシーナは困って溜息を吐きながら、申し訳なさそうにエランと僕を引き離す。

 

「甘やかすって何の事さ? 君の言葉にオリアンナがどれだけ傷付いているか、解っているのか! 無礼にも程があるぞ!」

「……そりゃ、失礼した。でも本当の事だ。そいつは女王として、一人で立たなきゃならない、今のお前は、邪魔なだけだ」

「支える事ぐらい出来る!」

「呪われた身で、偉そうにほざくな!」

「…………」

 

 テオフィルスは以前、メイダール大学街でエランを殺そうとした。

 〈契約者〉ハラルドが掛けた呪いによって、エランはいずれ屍食鬼になる。

 そうなる前に、殺そうと判断したのだ。

 セルジン王から賜った銀の額飾りの効果と、ルディーナと出会い魔力を高めた事で、ある程度先延ばし出来たとしても、いずれそれはやって来る。

 避ける事は出来ない。

 

「なぜ、君が知っている?」

 

 エランの身体から今にも黒い渦が吹き出そうで、僕は思わず彼の手を取った。

 

「セルジン王から王太子に関する事は、すべて聞いている。呪いが解ければ、お前は王配候補に戻れる事も知っているさ」

 

 触れられたくない事を指摘され、エランの表情は暗く沈んだ。 

 

「ハラルドを殺し、呪いを解く、必ず! 彼女を君には渡さない!」

 

 対立が激化していくようで、僕は思わず二人の間にわざと立ち、テオフィルスを見上げた。

 

「そんな事まで、セルジンが君に教えたのか? ……どうして?」

「……」

 

 余計な事を言ってしまったのだろう、彼は口を押え、目を瞑った。

 しばらくの沈黙の後、いつもの無表情さが戻ってくる。

 

「王国の未来はお前に掛っているが、共和国は王制を受け入れない」

「え?」

「お前が退位して、レクーマオピオンの領主となれば話は別だ。エステラーン人はアルマレーク人に受け入れられるだろう」

「……《王族》を、捨てるという事か?」

「そうだ。その判断を下すために、まずお前自身が女王として立たねばならない」

 

 共和国――――全てを議会で決定し、国王のように一人が国を支配する事を拒む国。

 アルマレークは七竜の意志を聞ける七領主家の者が、共和国政府の高官となる貴族制共和国だ。

 エステラーン王国とは全く違う政治体制。

 セルジン王はなぜ彼に《王族》を預ける気になったのか、いつもの疑問が湧き起こる。

 

「僕は……、セルジンを水晶玉から解放したら、死ぬんだよ。女王には、なれない」

「……それは、お前次第だろう」

 

 そう言って何かを求めるように、彼の青い瞳が僕を見つめてくる。

 僕の心の片隅で、何かが「思い出せ!」と訴えていた。

 それをセルジン王への思いが、完全に否定する。

 苦しみの中に浸って、目の前の現実を拒否し続けている。

 

 僕はセルジンを解放して終わる、それが役割だ。

 

「お前の生存を望んだのは、王だ。お前を助けたいのは、セルジン王だよ!」

 

 その言葉に、涙が頬を伝った。

 先程泣いてから、涙腺が壊れたように簡単に涙が出る。

 

 どうかしている……。

 

 止めようとして涙を拭っても、次から次へと溢れ出て止まらない。

 王が生きる事を望んでいる。

 それは天界の意志に反する事であり、堕ちた神である七竜のいるアルマレークへ託した理由は、そういう事なのだと解った。

 

 僕は……、生きる事を望めない。

 

 王が戻って来ない限り、苦しみが大きすぎて希望を見出せないでいる。

 エランが近付こうとしてマシーナに止められた。

 

 解っているんだ、これは僕自身の問題。

 誰にも僕を助けられない。

 

 テオフィルスの横に、鞍を置かれた僕の馬が()かれて来た。

 

「早く乗れ、もうすぐ道が開通する」

「……」

 

 涙を振り払い、重い足取りでテオフィルスの側に近付く。

 ふと疑問が湧き起こった。

 

 テオフィルスはなぜ、セルジンの提案を呑んだのだろう?

 婚約を解消して、僕には関心が無いはずだ。

 レクーマオピオンを助けるためか?

 

 じっと彼を見つめた。

 青い綺麗な瞳が、今はとても冷たく感じ、投げかける酷い言葉も、心に憤りすら覚えない。

 

 関心が無いのに、なぜ構う?

 なぜ、王の言いなりになる?

 

「僕の事……、構わないでほしい」

「ふん、まぬけ小竜。お前は、抜け殻にでもなるつもりか?」

 

 テオフィルスはリンクルの化けた裸馬を降りた。

 目の前に来た彼の背は高く、まるで壁に阻まれた気分になる。

 

「お前自身の問題で、国王軍を危険に陥れるなよ。王が望んだのは、お前の生存だけじゃない!」

「それは……、解っているよ。ただ、君に関わるのは嫌だ」

「なぜ? セルジン王を、心から追い出されそうだからか?」

 

 蔑んだ目で見下ろす彼は、心の奥底の感情を引きずり出す。

 恐怖に首を横に振りながら後退り、見たくない感情を必死に抑え込もうとする。

 

「セルジンを追い出すなんて、君に出来るものか! そんな事、僕は許さない!」

「だったら、馬に乗れ! 俺に関わる以外の選択肢が、お前にあると思うな!」

「……どういう事だ?」

 

 テオフィルスは顔をしかめた。

 本当は言いたくない事なのだろう。

 自然に気が付く事を、待ちたかったのかもしれない。

 

「まだ解らないのか? お前は〈七竜の王〉の婚約者に返り咲くんだ。それ以外、お前を救う方法は無い!」

 

 僕の周りの全てが、消滅したように思えた。

 親密さの距離を測れない相手に、どう向き合えと言うのだ?


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