王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第八話 滅びの予兆 

 アルマレーク人との接見の場で、テオフィルスの竜の指輪から現れた竜が、僕に向かって何かを話しかけてくる。

 でも、僕には意味が解らない。

 聞き取ろうとした時、目の前にセルジン王と近衛騎士が、僕を庇い立ちふさがる。

 王は皆に解らせるように、テオフィルスへ話しかけた。

 

「それは竜の影だな。私と同じように魔力で構成された実体を持つ影だ。噂に聞くアルマレーク共和国の神、七竜の一神か?」

 

 テオフィルスが(うなづ)く。

 

「七竜リンクル神、リンクルクラン領を守護する竜です」

 

 王は僕の肩を抱き、ヴェール越しに額にくちづけする。

 

「私のエアリス姫が怖がっている。もう充分だ、その神を指輪に戻してもらおう」

 

 僕の偽名に、テオフィルスが怪訝な顔をしながら、七竜を指輪に戻した。

 窓が開けられ、騎士の大広間に充満した熱気が一気に冷えて、皆が一様にホッとした。

 王が玉座に戻り、テオフィルスに問い掛ける。

 

「我が国内での、その指輪の使用を禁止したい。この場で我等に預けてもらおう。帰国時に必ず返す」

 

 テオフィルスは静かに首を横に振った。

 

「この指輪は外せません。無理に外せば、竜の怒りを買って周り中が焼き尽くされる。私の場合は、特に怒りが酷く現れるでしょう」

「……それは、貴殿が特別な存在という事か? その若さでその衣装、貴殿はただの領主候補ではないようだな?」

 

 テオフィルスは無表情に王を見つめ、両手の(こう)を外にして顔の前に上げた。

 

 その瞬間、彼の指に六つの竜の指輪が現れた。

 

「私は〈七竜の王〉と呼ばれる者です」

「王? 共和国に王はいないと聞いているが?」

「共和国が王制だった頃の名残りです。アルマレークに危機が訪れる時に現れる、七竜の魔力を扱い、国を救う宿命を持って生まれた者の事です」

「その指輪には、それぞれの七竜の魔力が秘められているという事か? 恐ろしいな」

「むやみに使いはしませんから、ご安心下さい。本来は各次期領主の所有する物、こうして呼び出すだけで彼等に迷惑が掛かります。今お見せしているのは、私が〈七竜の王〉である証明のためです」

 

 王はじっと彼の指輪を見つめ、納得したように頷く。

 

「指輪が一つ足りないな。貴殿の国に危機が訪れている証拠か?」

「はい。我が国にも、屍食鬼が現れました」

「なに?」

 

 騎士の大広間が騒めいた。

 屍食鬼のいる範囲は、王国の中心にある二つの水晶玉の魔力の圏内だけで、レント領のように魔力の圏外にある辺境には、滅多に現れないと思われていた。

 まして国境を越えて他国に現れた事等、一度もないはず。

 国王セルジンが水晶玉の中に入り十五年間、魔王の魔力を抑えているからだと、皆がそう信じていた。

 テオフィルスの六つの竜の指輪は、いつの間にかリンクルの指輪以外が消えている。

 

「それは本当の事か?」

「本当の事です。目撃した者は大勢おり、私も確かに見ました」

「…………」

 

 《王族》の減少が、セルジン王を弱らせている。

 それは王自身が一番感じているはずだ。

 王が弱れば国を守る魔力も弱まり、魔王の魔力が上回って、屍食鬼が王国の外へ出没し始めてもおかしくはない。

 これは、大変な事態だ。

 僕は《聖なる泉の精》の言葉を思い出し、愕然としながら王の横顔を見つめた。

 

《《王族》の減少が彼を弱らせ、水晶玉の魔力に心を蝕まれているのです。今のままでは、彼も魔王と化すでしょう》

 

 王は少し憔悴の表情を浮かべていた。

 僕は彼の横で膝を折り、玉座の肘掛けに置かれている手に手を重ねた。

 セルジン王が優しく微笑む。

 

 

 

 陛下には《王族》が必要なんだ。

 僕が……、必要なんだ。

 絶対に、魔王になんか、させない!

 

 

 

「我が国には十五年前から、エステラーン王国の避難民を受け入れてまいりました。これまで問題なく彼等と共存していたのです」

「……それは、感謝する」

 

 テオフィルスの表情が、暗く陰る。

 

「つい一月ほど前、レクーマオピオン領の高官達が、貴国の避難民に殺される事件が発生し、今現在あの領地は大変な危機に直面しております」

「高官達が……? なぜ彼等がそんな事を?」

「分かりません。殺されたのは次期領主であるエドウィン・ルーザ・フィンゼル様の親族達です」

 

 父上の親族?

 会った事もない親族の死に、心に緊張が湧き起こる。

 なぜ父の親族が殺されたのか?

 僕は思わず、テオフィルスを見入ってしまった。

 

「レクーマオピオン領の七竜レクーマが十年ほど前から弱り始め、レクーマの領地は荒廃し領民達は苦しい生活を送っておりました」

「……七竜は神であろう? 神が弱る事等あるのか?」

「原因は不明ですが、次期領主の竜の指輪が戻ってきません。指輪が戻らないのは生きている証拠ですが、エドウィン様に何か異変が起きているのではないかと思われます」

 

 《聖なる泉》で見た父の姿を思い出した。

 (しるべ)を残すと言っていた。

 ブライデインの《聖なる泉》で待っていると……。

 異変って、父上は何をしているんだ?

 

 

《エドウィンが全てを犠牲にしてあなたに残したものを、どうか否定しないで下さい》

 

 

 泉の精の言葉が、心を切り裂くように浮かび上がり、呼吸が自然に荒くなる。

 緊張から王の手を強く握った。

 察した王が落ち着けと、手を握り返してくる。

 アルマレーク人に悟られてはいけないのだ。

 

「私は〈七竜の王〉として、レクーマオピオン領で数年を高官達と共に過ごしておりました。その彼達が殺され、七竜レクーマの声を聞く者が(わず)かとなりました」

「領主の担う仕事が滞り始めたのだな」

 

 頷くテオフィルスに、苦痛の表情が浮かび上がる。

 築き上げた友情が、一瞬で奪われたのだろう。

 彼も心に傷を負っているのだ。

 

「事件が起きる前後に屍食鬼が目撃され、尋常でない事件の有り様から、エステラーン王国の魔王の仕業と判断されました」

「……」

「念のため他国に同様の被害が無いか確認したところ、予想通り事件が発生しております」

「アドランが他国に手を伸ばし始めた……」

 

 王が深い溜息を吐いた。

 横にいる宰相エネス・ライアスが王に耳打ちし、王は頷き、彼は一礼してその場を離れた。

 確認の指示を出しに行ったのだろう。

 

「領主家の人間がいなくなれば、七竜レクーマが死ぬ事態も起こりえます。七竜が欠ければ、アルマレーク共和国は滅びると言われております」

「……魔王が、それを知っていたと?」

「そうとしか思えません!」

 

 テオフィルスが訴えるように、僕を見つめてくる。

 まるでエドウィンの娘オリアンナである事に気付いているように。

 

「エドウィン・ルーザ・フィンゼル様とそのご家族の、早急なご帰還を要請しに参りました!」

 

 僕は父の国の事を知りたいと、秘かに思っていた。

 でも現実は甘い想像を完全に打ち砕く、父を原因とした滅びの予兆だったのだ。

 父が戻らない事で、アルマレーク共和国が危機に陥っている。

 それは娘である僕を守るために、父が作り出した事態だ。

 

 父上はブライデインの《聖なる泉》で、本当に生きているのか?

 屍食鬼しかいない場所で、どうやって生きている? 

 

 僕はヴェール越しでも、テオフィルスを見ないようにした。

 彼の心の声が嫌という程感じ取れる、「君はオリアンナ姫だろう? 領主家の責務を果たせ!」と。

 でも……、僕がアルマレークへ行ったら、魔王はきっと追いかけてくる。

 危機が増えるだけだ。

 助けを求めるように、玉座に座る王を見つめたが、つないだ手とは裏腹に王は視線を返さない。

 テオフィルスにオリアンナ姫がいる事を、悟らせないためだ。

 

「残念だがエドウィン殿は、レント領にはいない。十一年前に旅立ち、その後の連絡はないそうだ」

「どちらへ?」

「判らぬ。レント領主ハルビィンが聞いたのは、妻と娘の保護、そしてアルマレーク共和国との、一切の関わりを断つという事だ」

「…………確かに連絡は、十一年前から途絶えております。何があったか、ご存じでは?」

 

 王は首を横に振った。

 僕が二歳の頃、僕の前に《ソムレキアの宝剣》が現れた。

 魔王の来襲を予想し、父は故国が巻き込まれるのを避けるために、一切の連絡を絶った。

 初めて聞く話に父の覚悟が伝わり、胸が痛んだ。

 

「エステラーン王国は十五年前から、我が兄アドランとの戦いによって混乱が続いている。当時レント領に魔王が現れた報告は受けておらぬ。何があったのかは、知らぬ」

「…………では、ご家族は? オリアンナ姫がいるはずです」

「残念だが姫は八年前に、母と共に《王族狩り》の犠牲になった」

「亡くなった?」

「そうだ」

 

 テオフィルスは一瞬ショックを受けながらも、疑惑の目を僕に向けてくる。

 王の言葉を信じて、このまま帰ってくれればいい。

 アルマレークの問題は自国で解決すればいいのだ、僕がそう思った時。

 

「そちらの姫君は、オリアンナ姫なのではありませんか? 先程のリンクルの反応から、そうお見受けしますが?」

 

 彼の低い声が、騎士の大広間に響き渡った。

 僕の鼓動が、大きく脈打ち始める。


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