王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十四話 戦いの女神(三)

 天馬に乗った天界の兵士達が、隊列を組んで雲の道を駆け上ってくる。

 僕を守る近衛騎士達が、剣を手にしながら急ぎ後退する。

 光り輝く天界の兵士達は近付くにつれその大きさを増し、天馬の足の一踏みで人間など簡単に殺せそうだ。

 為す術もなくモラスの騎士達の張る障壁に守られながら、皆は巨大樹の方向へ雲の坂道を駆け上る。

 

「オーリン様、障壁に触れると怪我をしますわ。あまり近付かないで下さい」

「平気だよ。それより早く陛下の元へ行こう!」

 

 僕は気が気ではなかった。

 セルジン王はもう間もなく、女神アースティルのいる巨大樹の下へ辿り着こうとしている。

 女神に王を連れ去られる危機感に、僕の心が悲鳴を上げていた。

 

 

 

 上空から見ると、天界の宮殿の入り口と巨大樹へと続く雲の道以外は蒼天で、外見の建物とはまるで違う異空間の中を、テオフィルスの乗る七竜リンクルが急降下した。

 女神の放つ死の閃光が、竜を撃ち落とそうとする。

 

[リンクル、入り口にいる天界の兵士を止めろ!]

 

 オリアンナ達の脱出を兵士達が阻んでいる事に気が付き、テオフィルスは彼等に攻撃を始めた。

 リンクルは兵士達の頭上すれすれに飛び、テオフィルスは無意味な事を知りながら兵士に矢を射る。

 天界の兵士達は七竜の後を追うように、一斉に天馬で飛び立った。

 

 

 

 兵士達がいなくなった事で、出口が見えた。

 

「出口だ、早くここから脱出するんだ!」

 

 トキが厳しい顔で、僕に近付く。

 再び捕えられる事を恐れた僕は、障壁に近付く。

 

「嫌だ! 僕は陛下の元へ行く!」

「オーリン様、危ない!」

 

 突然、障壁の外に強烈な光がぶつかった。

 人々は咄嗟に身を屈める。

 女神の放った死の閃光が障壁に当たり、ゆらゆらと揺らぎ消失した。

 

「障壁が消えたわ! モラスの騎士達、張り直すのよ!」

 

 トキは僕を捕まえようと手を伸ばしたが、一歩遅かった。

 僕は皆から離れ、一人雲の坂道を登る。

 

「オーリン様、駄目だ! 皆、オーリン様を守れ!」

 

 トキの指示に、皆は僕の後を追う。

 モラスの騎士達もルディーナの指示に従い、僕を保護するために走り出す。

 もはや障壁を張る余裕等なく、人々は激しい戦闘の合間を駆け抜ける。

 女神の放つ死の閃光と天界の兵士の放つ光の矢、そして兵士達に反撃の炎を吐く七竜リンクルの攻撃の間を搔潜り、視界の悪さに進む先を見失いそうになる。

 一本道でありながら、雲の道はどことなく不安定で、皆はなかなか前に進めない。

 

「オーリン様、お待ちください!」

 

 ルディーナの声が、戦いの轟音(ごうおん)にかき消えた。

 雲の坂道を上る事は僕には優しかった、まるで女神の元へ招かれているように。

 遅れて〈ありえざる者〉オーリンが、翼を羽ばたかせ僕に追いつき立ち塞がる。

 

『ねえ、オリアンナ姫。行かない方がいいよ、ただでさえ母上は、気が立っているんだから逆撫でしないでよ』

「でも、セルジンが捕まってしまう! 助けなきゃ」

 

 オーリンは僕を捕え、女神から隠すように自分の翼に包み込んだ。

 

『これはね、もう昔から決まっていた事なんだ。君はブライデインで父上を水晶玉から解放するだけでいいんだよ』

「嫌だ! 君はいったい誰の味方なんだよ、オーリン?」

『父上がオリアンナ姫を守れって言っただろ、だから君の味方さ』

「だったら、そこを退け!」

 

 翼から逃れようとした僕は、柔らかそうな翼が実は堅牢な檻のように、自分を捕えている事に愕然とする。

 オーリンはオッドアイの目を細めて、妖しく微笑んだ。

 

『ここの方が安全だよ。我が儘は、許さないからね!』

 

 

 

 テオフィルスは天界の空に脅威を感じていた。

 もともとここは天界にある宮殿の中で、本来の空という空間ではないはず。

 異空間の空はまるで粘着質な液体の中に沈んでいるように、動きづらく呼吸さえ苦しい。

 

[リンクル、なんとかならないのか?]

 

 返事は返ってこない。

 リンクルが彼の要求に最善の対応をしている事は、今までの経験から感じ取れる、きっと息が出来るだけマシなのだ。

 

 早く決着を付けないと、殺される!

 

 四方八方から天界の兵士達が、光の矢を射ってくる。

 何度も(かす)(あた)りそうになるのを、リンクルが炎で焼き尽くし射た者を追い落とす。

 七竜に中った矢は弾き飛ばされるが、テオフィルスは確実に死を迎える。

 上空の戦闘を何度も経験してきている彼でも、死をこれほど間近に感じるのは初めてだ。

 

 突然、リンクルの正面に強烈な光が出現した。

 女神の放つ死の閃光が迫りくる。

 リンクルは炎を自分の進む方向へ吐き出し、テオフィルスは猛烈な熱に晒され身を縮める。

 何かが焼ける臭いがした。

 彼の体毛か皮膚か、灼熱の痛みに彼は悲鳴を上げた瞬間、熱と痛みが消えた。

 

 俺は、死んだのか?

 

 意識を失いそうになりながら、そう思う。

 リンクルは炎の中を潜り抜け、彼の傷をすばやく治したのだ。

 かすむ目で捉えたのは、女神アースティルの動き。

 槍を手に優雅な動きで死の閃光を繰出す、まるでそれは美しい死の舞踏、嬉々とした戦いの女神はその舞踏に恍惚の表情を浮かべながら、声を上げて笑っている。

 テオフィルスの背筋に、恐怖が這い登る。

 

[リンクル、女神を攻撃しろ!]

 

 彼の本能がそう叫ばせた。

 ところがその瞬間、七竜リンクルは失速し消えた。

 

[リンクル! うわあああ…………]

 

 彼は緩い弧を描いて墜落する。

 

 禁忌に触れたのか?

 七竜は女神と争えない……。

 

 自分の失策を呪いながら、テオフィルスは雲の道に墜落し意識を失った。

 

 

 

 ドサッという何かが落ちた音が、すぐ近くで聞こえた。

 僕はオーリンの翼に阻まれ、周りで何が起っているのか知る事も出来ない。

 早くセルジン王の側に行きたいのに、〈ありえざる者〉の魔力に捕らわれ身動きも出来ない。

 

「いい加減、放せ!」

 

 彼の足を蹴る。

 

『残念だけど君の得意技は、通用しないよ。僕は聖霊だからね』

「怒るぞ! 霊体なら、僕の中に大人しく収まってろ!」

『ここは天界で、余所者は君の方さ! それはこっちのセリフだよ』

 

 僕達は睨み合う。

 

「せめて外を見せてくれ! 羽で見えないよ!」

『もっと女の子らしく頼んだら、見せてあげるよ』

「この非常時に、ふざけるな!」

『その非常時に皆を置き去りにして、迷惑かけているのは誰だ?』

「……」

 

 オーリンの言う通りだ。

 王の後を追う事が頭を占めて、後先考えずに皆を置き去りにした。

 彼等はどうしただろう、自分の身勝手さと不安に、(うつむ)き小さく呟く。

 

「お願いです、外を見せて下さい」

『ふふん、もっと女の子らしい方が好みなんだけどな。ま、いっか』

 

 そう言った途端、翼が消えた。

 最初にセルジン王を探す。

 彼はもう間もなく、女神アースティルの元に辿り着こうとしている。

 僕は思わず彼の元へ走ろうと身体を動かしたが、まだ堅い翼に囲まれている事に気付く。

 

『透明になっただけだからね』

 

 オーリンはにっこり笑いながら、僕の両手を掴んだ。

 

『放さないよ』

 

 僕は顔を(しか)めながら、反対方向を向いた。

 天界の兵士達の姿が上空を動き回り、光の矢を一点に集中して攻撃していた。

 その標的は国王軍だ。

 まだ障壁が形成されていないうちに、光の矢に次々と人が倒れていく。

 

「攻撃を止めろ!」

『仕方ないだろ、竜の眷属がこの宮殿に入り込んだんだ。昔の敵だよ、君だってアルマレーク人に警戒していたじゃないか』

「僕達は殺してない!」

『父上は何度も、殺す命令を出していた』

「エランがあの中にいるんだぞ! 君にとっても幼馴染みだろう!」

『…………』

 

 オーリンは珍しく困った顔をして、溜息を吐く。

 

『エランは大事だよ。……困った姫君だ』

 

 その瞬間に攻撃が止んだ。

 

「君、兵士達に命令出来るの?」

『一応、女神の息子だからね。でも、母上には通用しないよ』

 

 僕はエランの姿を探した。

 彼はルディーナや他のモラスの騎士達と共に、新たな障壁を張ろうと必死になっている。

 

「良かった、生きている」

『うん』

 

 障壁を作る円陣の中に、怪我で倒れた者達が多く収容されていた。

 天界の兵士達の放つ矢は、女神の放つ死の閃光を違って、瞬殺の魔力はないように見える。

 

『殺したいのは、竜の眷属だけさ。僕が父上を使って、あの馬鹿な眷属を殺させようとしたのに、七竜が邪魔をしたんだ。君もね……』

 

 オーリンが不快そうにボソッと呟く。

 今の彼の言葉を深く考える暇もなく、円陣の一角に僕の目は釘付けになる。

 血を流し横たわっているテオフィルスの姿を発見したからだ。

 身体中の力が抜けるような感覚に襲われた。

 

「テオフィルス……、死んだのか?」

『残念ながら生きているけど、時間の問題だよ。あんな奴に巻き込まれて、エランも死ななきゃ良いけど』

「え?」

 

 次の瞬間、強烈な光の束が張られたばかりの障壁をめがけ突き進んできた。

 女神アースティルが竜の眷属を抹殺するため、死の閃光を放ったのだ。

 

「止めろ! オーリン、助けろ!」

 

 強烈な光の中で、すばやく剣を抜くルディーナの姿が見えた。

 障壁を出た彼女の周りから、大量の黒い渦が湧きおこる。

 それは光の束めがけて突き進み死の閃光を、障壁に到達する前に切り裂き消滅させた。

 

『汚らわしいな! この宮殿で闇の魔法を使うなんて……、許せない!』

 

 オーリンが叫ぶ。

 光が消えたその時、皆に振り向き障壁の中に入ろうとしたルディーナの身体が弾け飛ぶ。

 魔法で生きた人間を装っていたルディーナ・モラスの身体は、バラバラに壊れた人形と化し障壁の周りに飛び散った。

 

「ルディーナ!」

 

 僕は叫んで彼女の元に駆け寄ろうとしたが、当然のようにオーリンの翼が阻む。

 僕はオーリンの身体に何度も拳を打付けながら、怒りに身を任せて泣きながら叫んだ。

 

「君がやったのか!」

『落ち着け、違うよ、母上だよ! それより見ろ、エランを……』

「……」

 

 僕は涙を拭いながら、障壁の中のエランを見た。

 ルディーナの剣が障壁に飛び込み、エランの足元にまるで意思を持つ物のように転がっている。

 エランはルディーナの死に呆然としながらも、約束に従い魔剣を取り上げた。

 強力な魔力に翻弄されている、彼の様子はそんな風に見える。

 

『あーあ、これでエランは魔界域に行っちゃう。僕じゃ、これ以上守れないよ!』

「なんだって?」

 

 オーリンの悔しがる言葉に、僕は真っ青になった。


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