王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十四話 戦いの女神(二)

『竜の眷属がエステラーン王国の存続を求める? 邪竜イルシューの分身は我等とまた戦いたくなったか!』

 

 戦いの女神アースティルはその美しい容貌のまま、まるで鋭利な刃物のように戦意を浮かべ微笑んだ。

 対する七竜リンクルはその翼を動かすことなく、冷静に昔の敵と対峙した。

 天界の宮殿に入り込んだ人間達は、女神と竜との戦いの兆しに身を寄せ合って警戒する。

 巻き込まれては、一溜まりもない。

 

『七竜は地上に降りた神、いまさら天界の神と争う気はない』

 

 七竜リンクルの女神への呼びかけが、僕とセルジン王の耳には届いていた。

 戦う意志をむき出しにして、女神は手にした槍を竜に突き出す。

 

『ならばなぜ、ここまで舞い戻ったの?』

『さて、私も我が眷属に聞きたいのだが、まだ満足に会話が出来ぬのだ』

『情けない神だわ!』

 

 リンクルを睨み付けながら、その槍はテオフィルスに向けられた。

 

『この宮殿へ、何をしに来たの? 要件によっては、この槍がお前を貫くわ。覚悟なさい!』

 

 テオフィルスはその真青な瞳で、平然と女神を見ながら答える。

 

「俺の婚約者を返してもらいに来た! 〈ありえざる者〉の勝手で、オリアンナ姫を死なせるなんて許さない!」

 

 彼の堂々とした口調に、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。

 婚約は解消したはずだ。

 もう関係ない人間に、命懸けでついて来たという事になる。

 

 馬鹿じゃないのか?

 女神相手に、何血迷った事を!

 だいたい僕はセルジンの婚約者だぞ、忘れたのか?

 

 女神の高笑いが聞こえた。

 

『その娘は死人なのよ。天界の命の光で生かされているだけの、唯の入れ物よ』

「俺は、そうは思わない!」

 

 テオフィルスはそう言って、僕に視線を向ける。

 その瞳は真剣そのもの、僕を守る意志に満ち溢れている。

 僕は狼狽えながら真っ赤になって、セルジン王の後ろへ隠れた。

 王はその様子に、〈ありえざる者〉オーリンが外に出た状態の、ただの一人の少女を見た気がした。

 

「それが、そなたか……、オリアンナ姫」

「え?」

 

 振り向いたセルジン王の顔を、僕は首を傾げながら覗き込んだ。

 王は悲しげな顔で見つめ返す。

 僕の取った行動が王を傷つけたように思えて、ますます狼狽える。

 

「僕は……」

『あいつのせいだ! オリアンナに近付かないって約束をしたのに、ここまでついて来た。あいつは母上を怒らせる!』

「……約束? テオフィルスと?」

「いつの話だ、オーリン?」

 

 僕の後ろにいたオーリンは、いらぬ事を口走った事に気付き顔を背けた。

 

「オーリン、答えよ!」

 

 父王の命令に大きな翼で身を隠しながら、オッドアイの片側―――紫色の左目でチラと僕を見た。

 無感動に見せながら、本当は父の怒りを買う事に怯え、助けを求めているように見える。

 

『レント領でオリアンナが、初めて竜に乗った時だよ。父上の指示で《ソムレキアの宝剣》を輝かせた時、竜が制御不能になったんだ』

「……そんな事、覚えてない」

『天界の光が現れてオリアンナ姫が眠り、僕が表に出たんだ。あいつはその事に気が付いた。だから二人と竜を助ける代わりに警告したんだ』

「オリアンナ姫に近付くなと? 女だと教えたのか?」

『違う! 光が現れる前にあいつが呟いたんだよ。彼女を見ながら「オリアンナ・ルーネ・フィンゼル」って』

 

 セルジン王と僕は顔を見合わせる。

 

「……出会った時から、薄々気付いていたとは申していたな」

 

 テオフィルスに気付かれているのは解ってはいたが、オーリンがそれを知っている事に、僕は驚き狼狽えた。

 僕の心のすべてを、彼は知っているのではないのか。

 王は僕の動揺は気にせず、テオフィルスを注視していた。

 

「彼は〈七竜の王〉だ。国を救うために、そなたを救う」

「え?」

 

 女神に立ち向かおうとするテオフィルスの後姿を、王は考えを新たに見直していた。

 初めて彼と会った時の、謁見の場を思い出す。

 

《私は〈七竜の王〉と呼ばれる者です。アルマレークに危機が訪れる時に現れる、七竜の魔力を扱い、国を救う宿命を持って生まれた者……》

 

 国を救う宿命……、それは私も同じだ。

 

《竜の指輪は領主となるフィンゼル家の人間を引き寄せる。私が欠けた指輪に引き寄せられ、エステラーン王国まで来たように!》

 

 ……私が彼の立場だったら、単独でここまで来ただろうか?

 

 天界という危険な場所で女神と対峙している彼の姿は、ただの青年にしか見えない。

 

「オーリン、オリアンナを守れるか?」

『当然だよ。僕達は運命共同体なんだから』

 

 王は彼に笑いかけた。

 

「良い子だ、オーリン」

 

 オーリンは驚き、呆然と父王の後姿を見送った。

 そんな事を言われた経験がない。

 天界人の彼にくすぐったい感情が湧き起こり、頬を赤らめた。

 王はテオフィルスの側に立ち、女神を振り返る。

 

「攻撃は止めてもらおう、女神アースティル!」

『私に命令出来るとお思い?』

「思う! 私を〈管理者〉にしたいのだろう? アミール・エスペンダ」

『…………(ずる)い男だわ!』

 

 女神は槍を退いた。

 それを確認した後、セルジン王はテオフィルスに向き直る。

 

「オリアンナ姫を救う方法があると言ったな。どういう事か、聞かせてもらおう」

 

 テオフィルスは少し視線を逸らし口籠る。

 

「それは…………」

「私には聞かせたくない事か?」

 

 〈七竜の王〉は溜息を吐き、ばつが悪そうに答えた。

 

「さっきまで彼女は守られていた、七竜レクーマと他の七竜達に。でも俺と婚約解消して、その加護が消えた……」

「つまり貴殿と婚約すれば、死は免れるという事か?」

「指輪を嵌めて俺の側にいれば……、完全に守られる。エステラーンで守れないのなら、アルマレークが守る!」

 

 テオフィルスの青い目が、毅然と王の瞳を見据えた。

 セルジン王の心には、希望と絶望が綯交(ないま)ぜに訪れていた。

 

「……七竜リンクルが同じ事を言っていた」

 

《《王族》と王国を、我等と国が女神から隠し通す》

 

 それを聞いた時のような衝撃は訪れなかった。

 心の片隅で覚悟を決めていたのかもしれない。

 

「オリアンナ姫が、承諾すると思うか?」

「思いません!」

 

 憮然とテオフィルスは答え、セルジン王を睨んだ。

 まるで他人事のように、王は笑う。

 

「ふふ、貴殿も大変だな」

「と……、ともかくあの女神に聞いても答えはない。早くここを出た方がいい。俺が囮になります!」

 

 話を逸らすようにそう言って、リンクルを呼び寄せる。

 

「何を言っている! 今の話では、貴殿に死なれて困るのは我等ではないか」

「死にはしません!」

 

 テオフィルスは微笑み、リンクルに飛び乗り飛び立った。

 竜が飛び立った事に女神は警戒し、再び槍をテオフィルスに向ける。

 

 戦いが始まる!

 

 セルジン王は急いで皆の待つ場所へと戻った。

 

「陛下、ご無事で何よりです」

 

 トキを始め王の元近衛騎士達は、王の単独行動を内心不安気に見守っていた。

 その彼等に頷きながら前を通り過ぎ、王は真っ直ぐ僕の元へ足を進め、その勢いで僕を抱きしめた。

 

「セ……、セルジン?」

 

 突然の王の抱擁に僕は驚き、いつも以上に狼狽える。

 

「あ……、あの……」

「そなたは生き残るのだ。何があっても」

 

 王がテオフィルスと何を話したのか分からないが、まるで別れの言葉のような口振りに不安を覚える。

 苦しい程の抱擁に、僕はただしがみ付くしか出来ない。

 やがて力が加減された時、今度は僕が抱き付いた。

 

「行かないで下さい! 僕の側にいて!」

 

 女神の元へ行ってしまう予感に、涙が溢れ子供のように駄々をこねる。

 王は僕を引き剥がし、頬にくちづけた。

 

「私はいつも、そなたと共にいる」

 

 王が優しく微笑んだのに、僕には彼の顔が涙でぼやけてはっきりと見えない。

 彼は再び僕を抱きしめたが、その顔はトキに向けられ目で命令を伝えた。

 トキは頷き、無表情に二人に近付く。

 

「私の愛する、オリアンナ姫」

 

 そう言いながら、王はトキに僕を渡す。

 

「生き延びよ! 必ず!」

 

 王が踵を返し、皆に命じた。

 

「守りを固めよ! 戦いに巻き込まれる前に、ここから出るのだ」

 

 僕はトキに腕を掴まれ、王の元へ行く事が出来ない。

 

「セルジン……、セルジン!」

 

 天界の宮殿内に、強烈な閃光が溢れた。

 女神アースティルが七竜リンクルに乗るテオフィルスに向け、光の槍を放ったのだ。

 光の渦が、凶器のように人々を襲い、触れた者は一瞬でその命を奪われる。

 先程三人の騎士を殺されてから、モラスの騎士による移動しながらの障壁が張り巡らされていた。

 

「ルディーナ、障壁はどのくらい持つ?」

「分かりません! ここは魔力が強すぎて、あまり持たないと思います」

 

 セルジン王は天界に入ってから、魔力を使えないでいた。

 その王に魔力を鍛え上げられたモラスの騎士達も、同様に魔力を使えない者が現れる。

 ルディーナを含む数人のみが辛うじて障壁を張る事が出来、その中にはエランも含まれていた。

 

「ルディーナ、無理にそなたをこの世に繋ぎ止めた事を、今も後悔している」

「あら、陛下らしくないですわ。私はセルジン様の側にいる事が、楽しかったのに」

 

 二人は微笑んだ。

 

「感謝する! 迷わず、本当の君主の元へ辿り着け」

 

 ルディーナは愛らしい笑顔で、嬉しそうに頷いた。

 その笑顔を見届けてから、セルジン王は障壁の外へ出る。

 僕の呼び止める声に振り返る事もなく、真っ直ぐに女神アースティルの元へ、雲の道を進む。

 皆は王の命令に従い、出口に向かって移動を始めた。

 僕はますますセルジン王と引き離される事に怒り、トキの手を剥がそうともがく。

 

「オーリン様、陛下の命令に従うんだ!」

「嫌だ、離せ!」

 

 突然、僕の身体から炎が現れ、トキは咄嗟に手を離す。

 

『駄目だよ、父上の命令に逆らっちゃ!』

 

 オーリンが僕を制止するが、その声は届かない。

 周りから溢れ出る炎を恐れ、近衛騎士達も手が出せず、僕は障壁の淵まで来た。

 

「ルディーナさん、空けて下さい!」

「だったら、皆で行けば良いわ。ご覧なさい、出入り口を」

 

 ルディーナが指差した出入り口には、天界の兵士達がいつの間にか現れ、行く手を阻む隊列が組まれていた。

 皆が息を呑む。

 

「逃げ場は無いみたいだから、陛下の後を追いましょう」

 

 ルディーナの可愛い声が、場違いに響いた。


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