王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十一話 解放

 しばらくして僕はようやく冷静さを取り戻し、心配するミアをおいて再び天幕から出て王の元へ向かう。

 泣き顏を見られないようにマントのフードを深く被って顔を隠し、少し不貞腐れ気味にセルジン王の前に立った。

 

「気に入らない事をしたようだな。怒りは当然だろう、私が突然、勝手に考えを変えたのだから」

「……どうぞ、陛下のお心のままに」

 

 テオフィルスが王の側にいる限り、気安く王の名を呼ぶ事も出来ない。

 彼に正体を見破られた事を、王に悟られてはいけないのだ。

 王の前で男子を装うのが辛く思えていた矢先に、逆戻りを強いられる。

 

 僕は……、誰を守っているんだろう?

 

 フードの陰から、テオフィルスを睨みつける。

 彼は無表情を装いながら、真青な瞳を僕に向けていた。

 その瞳に心を奪われそうになる自分を、心の中で叱責(しっせき)する。

 

 七竜に操られているだけだ、彼を好きな訳じゃない!

 しっかりしろ!

 

 王は僕の言葉を汲取り、次の指示を出す。

 

「そうか。では、そうさせてもらう。トキ・メリマン!」

 

 僕の心が凍り付きそうになった。

 トキが王を裏切る行動を起こした制裁が、今行われるのではないのか。

 僕はフードの影から緊張しながら、事態の成り行きを見つめていた。

 

「御前に、国王陛下」

 

 近衛騎士隊長トキは元より裁きを受ける覚悟で、王の前に(ひざまず)いた。

 

「ルディーナ・モラス」

「はい、セルジン様」

 

 王の後ろからちょこんと、モラスの騎士の総隊長が姿を現し跪いた。

 緊張したその場にまったく不釣合いな彼女は、人形のように華やかで、愛らしく微笑む。

 

「そなた達の私への、警護の任を解く」

 

 二人は静かに王の裁きを受け止めたが、僕は衝撃を受け王に詰め寄った。

 

「待って下さい! 二人は僕を助けてくれただけです。陛下に逆らった訳ではありません!」

 

 マントから(のぞ)く僕の顏は、目が少し赤くなっている。

 驚いた王は、僕のマントのフードを外し、顔に手を添え上向かせた。

 

「そなた、泣いていたのか?」

 

 僕は怯み王の手を逃れようとしたが、王は屈み込んで僕を抱き上げ、自分の腕に座らせた。

 

「わぁっ……! 陛下?」

 

 突然の視界の高さと、バランスの悪さに恐怖を感じ、僕は思わず王の首に抱き付く。

 

「陛下! 降ろして下さい!」

 

 僕は真っ赤になって抗議した。

 王はそれを無視して、次の指示を出す。

 

「エラン・クリスベイン、ここへ!」

 

 モラスの騎士隊の後方にいたエランは、突然の呼び出しに狼狽える。

 昨夜の行動を王は全て見抜いている、関わった誰もがそう思った。

 

「セルジン様、詳細は先程お伝えした通りですわ」

 

 エランの呼び出しに、ルディーナも黙っていられない。

 斜め後ろに控えるエランを庇うように立ち、王から隠す。

 王が怒りを継続させていると誰もが考え、辺りに緊張が漂う。

 

「陛下、彼等は関係ありません! お願いです、降ろして下さい」

 

 こんな時に他の誰より高い位置にいる事に、僕は困り果て助けを求めるように周りを見渡した。

 王の隣にいるテオフィルスと目が合う。

 昨夜のエランとの喧嘩(けんか)のせいで、彼の頬と唇は赤黒く腫れ上がり痛々しい。

 それはエランも同じで、明らかに彼等が殴り合った事を証明していた。

 

 テオフィルスは呆れ顔で僕を見上げている。

 呆れているのは王の大らかな行動に対してか、困ってあたふたしている僕に対してか。

 僕はあからさまに視線を逸らしたが、そんな様子を気にもせず、王は声を張り上げた。

 

「そなた達三人とその部下は、今からこの王太子専任の近衛とする。私に何があろうと、必ず王太子を支え守り抜く事を私に誓え!」

 

 王を取り巻く者達から、安堵(あんど)の息遣いが聞こえた。

 僕は驚き、降ろそうとしない王を見下ろした。

 

「陛下?」

「トキ・メリマン、ルディーナ・モラス、エラン・クリスベイン、私に誓いを!」

 

 王は真剣な眼差しで、三人を見つめていた。

 

「もとより、オーリン王太子殿下をこの命に代えてもお守りする所存で御座います。陛下に誓います」

「私も、当然ですわ。誓います」

「陛下の御意志に従います。微力ですが、必ずお守りする事を誓います!」

 

 三人はそれぞれの意思を王に告げ、セルジン王は頷き、微笑みながら僕を見上げる。

 

「そなたは国のために命を懸ける者達を守るのだ、それが《王族》の務め。出来るか?」

「はい、僕は彼等を……、国王軍を守ります。陛下に誓います! ……でも、陛下は誰がお守りするのですか?」

 

 僕は王の顏を、心配そうに上から覗き込む。

 王は僕を支えながら、優しく唇にくちづけた。

 アルマレーク人が大勢いる中での王の大胆な行為に、僕は思い知った。

 

 テオフィルスに完全に気付かれた事を、セルジンは知っているんだ。

 だから、彼を手元に置いた!

 

 その事に戸惑いながらも、僕の意識は王の行為に呑まれ何も考えられなくなった。

 やがて脱力した僕は、王に抱きしめられながら地面に足を降ろす。

 

「セルジン……」

「そなたは、誰にも渡さぬ」

 

 王は僕の耳元で(ささや)く。

 僕は微笑みながら、彼にしがみ付いた。

 

「離さないで下さい。僕はあなたと一緒にいたい。ずっと……、あなたの側にいさせて下さい」

 

 答えるように王は、抱きしめた腕に力を込める。

 王の長い黒髪が、優しく流れ僕を包む。

 少し苦しい状態で僕は、今まで経験した事のない幸せに自然と涙が溢れた。

 王がアルマレーク人の前で、僕を一人の女性として扱ったのだ。

 それは長年課せられた男子としての(くび)()を、解き放つものだった。

 

 王太子オーリンではなく、王の婚約者オリアンナ姫を印象付ける。

 僕の無意識の望みを、セルジン王は叶えたのだ。

 王は腕の力を弛め僕を少し離し、指で優しく涙を拭った。

 

「私は影だ。本来護衛等、必要ない」

 

 僕を見つめながら、王は優しく微笑んだ。

 王の手を取り、僕はその手の平にくちづける。

 

「では……、私がお守りします」

 

「私」という言葉を自然と口に出来たのは、オーリンとしての呪縛から解放されたせいだろうか。

 

 それと同時に、周りの者達が息を呑む。

 オリアンナの姿が不思議な事に、どこから見ても、誰の目からも女性として映り始めたのだ。

 一人の姫君として、本来の愛らしさが滲み出る。

 それは魔法が生み出す作用とはまったく関係のない、恋という自然の感情が作用させた劇的な変化だった。

 

「オリアンナ姫?」

 

 王は驚き、僕に見入った。

 そして少し困った顔で微笑む。

 

「そなたは……、私を惹きつけ過ぎる。困った姫君だ」

 

 僕はその言葉に、頬を赤く染める。

 王は再び僕を抱き寄せ、テオフィルスとアルマレーク人達に向き直った。

 

「今さら隠し立てしても、貴殿達は気付いているであろう。このオーリン・トゥール・ブライデインが、貴殿達が探し求めるオリアンナ・ルーネ・フィンゼルである事に」

 

 フィンゼルの姓で呼ばれた時、僕は王に強くしがみ付いた。

 アルマレーク人達に(さら)われるように思えたからだ。

 竜騎士達は事前にテオフィルスからその事を聞かされていたため、驚きはなかった。

 「王に逆らわない」それは〈七竜の王〉の絶対的な命令だ。

 隠し立てしていたエステラーン王国の人間に対して、抗議する者は誰もいない。

 

「初めて出会った時から、薄々気が付いておりました。アルマレーク人の体型と、領主家の血脈は隠す事は出来ません」

 

 テオフィルスは胸に手を当て、(こうべ)を垂れ礼を取った。

 

「フィンゼル家の血族を健やかに育てて頂き、エステラーン王国に対し、我等は感謝の念しか御座いません」

「勘違いされても困る。彼女はオリアンナ・ルーネ・ブライデインでもある。我が国で唯一生き残った《王族》であり、私の婚約者だ。貴殿達に渡す訳にはいかぬ!」

 

 テオフィルスは頭を上げ、僕を見た。

 その青い瞳には憂いが浮かび、悲しげな微笑みを浮かべている。

 

「連れ去りは致しません。エドウィン殿に何かあった時に、オリアンナ姫にレクーマの指輪をはめて頂くだけで、我が国は救われます。他に望みは御座いません」

 

 竜騎士達がテオフィルスの意思に従うように一斉に跪く。

 それはまるで〈七竜の王〉の言葉を、僕に懇願して見えた。

 

「そなたはどうしたい、オリアンナ姫?」

 

 僕はセルジン王の深い緑色の瞳を見つめた。

 

「選択権は僕にあるの?」

 

「僕」と言う言葉に戻った事に、王は苦笑しながら頷いた。

 僕は王の腕から離れ、テオフィルスの前に立つ。

 長身の彼は、優しい瞳で僕を見下ろした。

 

「僕は……、セルジンを愛している」

 

 本人にも告げた事のない言葉を、なぜ異国の彼の前で素直に言えるのか不思議に思った。

 テオフィルスは無表情で、その言葉を受け止める。

 

「そう……だろうな」

「本当にレクーマの指輪をはめるだけで良いのか?」

 

 彼は静かに頷く。

 僕は満面の笑みで、残酷な言葉を口にした。

 

「それじゃあ、父に何かあった時は、竜の指輪をはめると約束するよ。でも()同士(・・)が決めた君との婚約は、解消してもいいよね?」

「……そういう事になるな」

 

 七竜の決めたとは言わず、親同士の約束という事にしておく。

 その方が解消出来る。

 テオフィルスの顔が、一瞬強張った。

 婚約解消はしたくはないのだ。

 僕は勝ち誇った笑みで、彼に手を差し出す。

 

「君との婚約は解消する。同意するなら、握手を!」

 

 しばらく躊躇(ためら)っていたテオフィルスは、渋々その大きな手を僕に差し出した。

 二人が握手を交わした事により、婚約は解消された。

 

「君とは友達だ。これからもよろしく頼む」

 

 微笑みながら手を離した僕は、七竜レクーマの意思が感じられない事を不思議に思った。

 七竜リンクルの気配も、感じない。

 

 セルジンが僕を守っているのか?

 

 単純にそう思いながら、王の元に駆け寄り抱き付いた。

 

 七竜の加護が僕から消えた事に、まだ誰も気が付いていなかった――――。


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