王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十話 七竜の目

 王の天幕を出て障壁の裏側に入ろうとした時、僕は違和感を覚え、ルディーナ・モラスを探した。

 モラスの騎士の総隊長がいないのだ。

 

「どうしたんだろう? ルディーナさんがいない」

「本当だ、障壁の外にいるのかな? とりあえず最初に入った場所に行ってみよう」

 

 エランと狭い障壁の裏側を、障壁に触れないように気を付けながら進んだが、当初空いていたトンネルはどこにもない。

 

「どういう事だろう、これじゃあ閉じ込められたみたいだ」

「魔法使い、君の魔力で何とかならないのか?」

 

 マシーナが焦りを感じてエランに聞く。

 これ以上時間がかかれば、王太子の天幕にいる者達が目を覚まし、アルマレーク人により一層の嫌疑がかかる。

 

「無理だ。ここの障壁は破れない。破れるとしたら、出入口だけだ」

 

 広い天幕の周りを一周したが、トンネルはどこにも存在せず、正式な出入口である元の場所に戻ってしまった。

 

「ここから出るしかなさそうだな」

 

 そう言ってテオフィルスが入口に近寄ろうとしたが、マシーナに止められる。

 

「若君、その壁に魔法使い意外が触ると、周りに気付かれる」

「退けよ、僕が空ける!」

 

 エランはテオフィルスを押し退けた。

 いがみ合っている二人は、互いを睨みながら場所を交代する。

 

「出ると完全に気付かれる。あなた達とはもう別行動だ。先に出て王国を出て行ってくれ。捕まっても、僕達の事は言うなよ!」

「分かっている、魔法使い。最初から、そういう約束だ」

 

 マシーナはテオフィルスが文句を言う前に、素早く答えた。

 僕はテオフィルスが見つめている事に気付き、思わずエランの後ろに隠れた。

 彼は迷う事なく僕に近づいたが、エランが彼の前に立ちはだかる。

 

「何のつもりだ? 僕達に、これ以上関わるな!」

「退け、お前に用はない!」

 

 テオフィルスは押し退けようとするエランを押さえ付けながら、僕を見つめて言った。

 

「レクーマを追え。指輪はそこにある。必ず嵌めろ!」

「僕は……、アルマレーク人じゃないし、君の婚約者じゃない!」

 

 先程彼が本当の名前を呼んでから、どう接して良いのか僕には分からない。

 テオフィルスは優しく笑う。

 

「そんな事はどうでもいい。お前が誰を選ぼうと俺は……、レクーマが助かればそれで満足だ」

 

 僕は驚き、目を瞠った。

 それは「エステラーン王国から連れ去る気はない」と言う意味に聞こえたからだ。

 僕はテオフィルスと見つめ合った。

 エランは彼の手を振り払い、急いで出入口を空けた。

 

「早く出ろ!」

 

 僕の様子に苛立ち、早く引き離したかったのだ。

 急ぐマシーナに引き摺られ、テオフィルスは入口を通り抜けた。

 エランは一旦入口を閉め、振り返り僕を抱きしめた。

 

「あいつの言う事なんか、聞くなよ。もう会う事もないんだ!」

「分かっているよ、エラン」

 

 なぜか、胸が傷んだ。

 

「ここから出たら、君は悟られないように天幕まで戻るんだ。兵士や騎士達は、僕が引き受ける。フードを被るんだ」

「うん」

「陛下に逆らうなよ、何があっても。それが一番大事な事だ」

 

 僕は頷いた。

 これ以上、王を裏切る事は出来ない。

 僕が再び連れ出されたと知られると、周りが迷惑を被る、それだけは避けなければならない。

 エランが再び出入口を開けようとした時、制止する声がした。

 

「開けては駄目よ、エラン!」

 

 ルディーナ声だ。

 彼女はいつの間にか、僕達の後ろに姿を現していたのだ。

 

「障壁の中を移動するのよ、その方が安全だわ」

「総隊長?」

「エランは障壁を出たら、王太子の天幕を守る一員に加わりなさい。オーリン様は私が送ります!」

 

 僕とエランは顔を見合せ、ホッとした。

 ルディーナがいるだけで、これ程心強い事はない。

 

「ルディーナさん、外で一体何が起こっている?」

「陛下の近衛騎士達が天幕を包囲したのです。アルマレーク人が竜を呼び寄せて、今天幕の周りで戦いが起きています」

 

 僕は青ざめた。

 計画は失敗に終わったのかもしれない。

 そう思うと外に飛び出したい衝動に駆られ、それを抑えるために目を瞑る。

 

 銀色の竜が、見えた。

 竜は穏やかに僕を見ている。

 彼は大丈夫だと、不思議とそう思えた。

 

「天幕まで誘導します。オーリン様が関わった事は、絶対に知られてはなりません」

「もう知られている。結界を破った時に、陛下が現れた」

「それでも、知らないと言って下さい! 後の責任は、私が取ります」

「ルディーナさん……」

「早く、行きますよ」

 

 ルディーナは率先して、障壁と天幕の間を進み始め、僕達も後に続く。

 長く感じられた狭い道程の終わりに、丁度入口との対面と思われた辺りで、ルディーナが止まった。

 

「エラン、ここがオーリン様の天幕の障壁よ」

「え?」

 

 王の天幕の障壁と思っていたのに、そこはもう僕の天幕だと言う。

 どんな魔法を使うとそうなるのか、僕達には想像もつかない。

 

「障壁を閉じて、そのまま第二隊の一員として待機!」

「はい!」

 

 ルディーナの空けたトンネルを、エランが外側から閉め彼と別れた。

 トンネルの先はまた天幕だ。

 王の天幕より幾分小さい。

 廻り込んだ入口でルディーナは中を確かめた。

 床に倒れた人々は、まだ目覚めていない。

 

「まだ、大丈夫です。エランのマントを」

 

 僕は急いでマントを外した。

 

「早くベッドへ、陛下が来る」

 

 僕は急いで天幕内へ入った。

 スイの木の燃えた微かなきな臭さが、鼻腔を(くすぐ)り目眩を覚え、まるで何かの結界に入ったような感覚に捕らわれた。

 進んだ先に誰かの姿が見え、僕は朦朧とする意識の中で、その人物が手を差し伸べるのを見た。

 

「おいで」

 

 僕の瞳から涙が流れた。まるで倒れ込むように、その人物に抱き着く。

 

「セルジン」

 

 王は優しく、僕を抱きしめた。

 

「申し訳ありません、僕は……」

 

 ルディーナの制止も、王を前にしては意味をなさない。

 

「そなたの半分はアルマレーク人だ。それをもう少し尊重すべきなのかもしれぬ」

「陛下……」

 

 意識が猛烈な睡魔に支配された。

 王が優しく、僕の額にくちづけを落とし、僕は意識を手離した。

 

 

 

 

 

 いつもの優しいミアの呼び掛けが、酷く切迫して聞こえる。

 

「オリアンナ様、お起きになって下さい! 大変です」

 

 ミアはいつも大袈裟だと、僕は思う。

 僕を起こしたいのなら、優しく額にくちづけしてくれればいいのに……、半分男子の意識でそんな事を考えていると、本当に額にくちづけをする者がいた。

 寝ぼけ眼で片目を開ける。

 

「おはよう、オリアンナ。休んでいるところを、すまぬ」

 

 目の前に国王セルジンの顔があった。

 

「うわぁぁぁ……!」

 

 僕は毛布を抱き締めながらベッドの端まで飛び退き、真っ赤になって固まった。

 驚いた王はベッドから立ち上がり、礼を取るように胸に手を当て、頭を軽く下げる。

 

「失礼、姫君のベッドに、勝手に入り込んでしまったな」

 

 頭の中が真っ白になった状態で、僕は激しく首を横に振った。

 

「そなたに助けてほしい事がある」

 

 そう言って王は僕に手を差し伸べる。

 その動作に、寝ぼけた頭で既視感を覚えた。

 

 昨日、同じ事があった。

 セルジンに手を差し伸べられて……。

 

 僕は全てを思い出し、恐怖の表情を浮かべながら王を見つめた。

 王は察して、安心させるように微笑む。

 

「アルマレーク人なら大丈夫だ。捕えてはいないが、若干名の怪我人は出た。こちらの意図を理解するには、まだ時間がかかるな」

「意図?」

 

 王はテオフィルスを殺そうとしていた、だから戦闘が起きたのだ。

 時間がかかるとは、どういう意味だろう。

 少なくともその戦闘は止んだ、王の言葉からそれだけは汲取れる。

 

「早く着替えて外に出れば、意味が分かる。そなたにも手伝ってもらいたい」

 

 そう言い残して、王は天幕から出て行った。

 

「ミア、何がどうなっているんだ?」

「分かりません、私共も眠っていましたから。ただアルマレーク人を、陛下が全て解放したみたいです」

「え? それって和解したって事?」

「多分……」

 

 あんなに怒っていた王がどうして考えを変えたのか、僕には理解出来ない。

 素早く王太子の服に着替えて、天幕の入り口を抜けた。

 障壁の向こうを、何かが塞いでいるように見える。

 最近見慣れたそれは、熱い息を吐いている。

 

「イリ?」

 

 外に出た僕は、相変わらずイリが天幕の入り口に居座って、動かない状況に溜息を吐く。

 

 いったい昨日の必死の行動は、何のためだったんだ?

 

 竜は僕の声に頭を上げ、可愛い声で鳴いた。

 

「おはよう、イリ。動かない方がいいよ、周りが大変だから」

 

 イリはおそらく理解したのだろう、蜷局を巻いた胴の上に頭を乗せ、大人しく僕を見つめていた。

 すぐ側に王の姿を見つけ足を一歩踏み出した時、王の影から長身の人物が姿を現し、僕は足を止めた。

 その人物は王と対等に、何かを話している。

 

 テオフィルス・ルーザ・アルレイド

 

 気分が悪くなった。

 僕を惑わすこの男を生きて追い出したくて、昨日は行動したのだ。

 殺される寸前だった彼を、必死の思いで助けた。

 それなのに今は殺そうとしたセルジン王を、まるで懐柔したように平然と会話している。

 

 僕の心に、無性に怒りが沸き起こる。

 彼等の元へ行って文句の一つも言ってやろうとした時、王の天幕の影に大きな黒い物体が見えた。

 それも影―――七竜リンクルの影が鋭い金色の目で、僕を見つめている。

 僕はそこから動けなくなった。

 

《〈ありえざる者〉よ、邪魔をするな!》

 

 竜カイリを見送った時、リンクルはそう言った。

 

 僕は七竜の敵なのか?

 

 心に住み着いた七竜レクーマは、あんな目で僕を見ていない。

 同じ七竜なのに、僕には訳が判らなくなる。

 セルジン王が僕に気付き、微笑みながら近付く。

 

「竜と竜騎士達をアルマレークへ帰還させる。そなたにはイリを説得してほしい」

「……テオフィルス殿も、帰るんですね?」

 

 それなら話は分かる。

 

「残念だが、彼には残ってもらう。私はもう少し、アルマレーク共和国の事を知るべきだ」

「それは……、どういう意味ですか?」

「テオフィルス殿には、私の側にいてもらう。協力者として彼が相応しいか、見極めるために」

 

 僕は目の前が真っ暗になった。

 

「僕は反対です! 彼も、帰らせるべきです!」

「俺は構わない、王太子殿」

 

 テオフィルスは無表情に僕を見つめる。

 その背後に七竜リンクルが、面白がるように金色の目を細めていた。

 まるでセルジン王とテオフィルスを操っているように思えた。

 僕を苦しめるために……。

 

「僕は嫌です! 彼の同行は……、絶対に嫌です!」

 

 王にそう伝えるのが精一杯で、そのまま僕は自分の天幕へと踵を返した。

 天幕へ入り、怒りに首に巻いたストールをベッドに投げつけた。

 

「どうなさいましたか、オリアンナ様?」

 

 ミアの言葉も耳に入らない程の、怒りに涙が頬を伝う。

 七竜リンクルの思惑に負けてしまった事に、テオフィルスがこの先も、セルジン王と僕の側に居続ける事に、そして僕自身が、どうしようもなく彼に惹かれてしまっている事に。

 僕はベッドの上で丸くなり、頭を抱えて泣いた。


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