王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第七話 竜と特使 

 本当はあの男に会うのは、避けたかった。

 抱きしめられた事で、女だと知られているかもしれないからだ。

 ドレスを着る危険を、王に伝えるべきだと理性が訴えるが、感情はドレスを着てセルジン王の側にいたいと願う。

 きっとあいつは、僕だと気付かない!

 そう思い込んで、理性を封じ込めた。

 

「そなたの偽名はエアリス・ユーリア・ブライデイン、曽祖母の名を名乗るのだ。明後日までに、私の婚約者を演じる自信はあるかな?」

「頑張ります!」

 

 王は優しく微笑んで(うなづ)いた。

 

 

 

 長い栗色の(かつら)を被り、その上から長いレースのヴェールで、顔も身体も覆い尽くす。

 煌めく宝石の付いた髪飾りでヴェールを留め、体型はふんわりとした薄紫色のドレスで隠し、上腕の特徴を肩から袖口にかけて幅広の袖が隠す。

 いいドレスだ。

 これなら竜騎士の体型も判らない。

 動きづらいが安心出来る。

 「頑張ります!」と王には言ったものの、姫君を演じる自信は微塵もない。

 僕の横にいる新しい侍女のミアが、ヴェールを持ち上げながら訳知り顔で微笑む。

 

「素敵なドレスですわ。サフィーナ様が毎年、オリアンナ様の体型に合わせてドレスをお作りになられていたようですね」

義母上(ははうえ)が?」

 

 養母サフィーナは昔から僕にドレスを着せたがり、それが嫌で今まで彼女を避けてきた。

 それなのに、毎年ドレスを新調してくれていたのだ。

 心の中で申し訳ない気持ちと、妙な敗北感を味わった。

 ミアが僕と母上とのギクシャクした関係を知っているように思えて、嫌な予感に気が重くなる。

 

「サフィーナ様に、お礼をお伝え下さいね。まもなく御出でになりますから」

「…………うん」

 

 待ち構えていたように部屋の扉が開き、小柄な女性が姿を見せた。

 年の頃は三十五、六。決して美女ではないが周りの空気を和ませる、不思議な魅力を持った女だ。

 住民達から奥方様と慕われ愛されている、レント領主夫人サフィーナ・ボガード。

 

「まあ、思った通りよく似合っているわ、オリアンナ姫。着て下さって、嬉しいわ」

 

 僕の全身が総毛立つ。

 男子の僕の心が、サフィーナの言葉に反抗の叫びを上げる。

 義母上に、見られたくない!

 僕は真っ赤になって(うつむ)き、拳を握る。

 サフィーナに対して反抗心が剥き出しになるのが何故なのか、自分でもよく解らなかった。

 横でミアが、お礼を(うなが)す。

 

「義母……上、素敵な……ドレス、あり……がとう」

 

 養母の顔を見ようとしない僕に、ミアが肘で合図を送る。

 僕は仕方なく顔を上げ、久しぶりにサフィーナと目を合わした。

 いつの間にか、僕の身長が彼女より高くなっている事に気付き、驚きを感じた。

 小柄な養母が、ますます小さく見える。

 僕、そんなに身長伸びたのかな?

 いつも一緒にいるエランがどんどん伸びていくので、僕はそんなに成長していないように感じていたのだ。

 

「姫君をお預かり出来て、私はこの上なく幸せでした。八年間、ありがとう、オリアンナ姫」

「僕は……」

 

 「何もしていない」そう言おうとしたが、ミアに優しく止められる。

 形式的な言葉かもしれないがサフィーナから言われると、突然自分がとてもつまらない人間に思えた。

 女の身体を持ちながら、心は男である事を意識してきた。

 結局どちらにもなりきれず何も身に付いていない僕に、サフィーナはどんな幸せを感じてきたのだろう。

 

「……ありがとう、義母上」

 

 僕には、微笑みで返す事が出来なかった。

 

 

 

 

 本番さながらの姫君としての訓練に四苦八苦しながら、なんとかドレスを着て歩くところまでは出来るようになった。

 時間はあっという間に過ぎ、アルマレーク人との接見の日がやって来る。

 

 

 

 アルマレーク人が城の正門を通った合図の鐘が、鳴り響く。

 緊張と不安を抱えながら、騎士の大広間の扉の前に僕は立った。

 

「いいですね、オリアンナ様。何があっても、陛下のお顔だけを見ていて下さい。アルマレーク人は、見ないようにして下さいね」

「ミア、ぼ…………、私はオリアンナではなく、エアリスですわ」

 

 言いながら慣れない言葉使いに、舌を噛みそうになる。

 

「はい。では、なるべくお話にならないように、エアリス様」

 

 ほとんど棒読みの言葉使いに、ミアはにっこり笑って注意を促し、優しく背中を押してくれた。

 付け焼き刃の女装で、アルマレーク人を騙せるのか不安が(よぎ)る。

 

 扉が開き、大勢の国王軍の騎士達の赤い長衣が、目に飛び込んできた。

 緊張が頂点に達し呆然と立ち止まり硬直していると、目の前に優しく微笑んだセルジン王が現れ手を差し伸べてくる。

 おずおずと手を伸ばし温かい手にのせると、何かが重ねた手を通して伝わってくる。

 それは心に安らぎをもたらし、自然と王が心を占めた。

 整列する近衛騎士達の間を導かれ、大勢の騎士達の前に出る。

 楽師達が奏でる緩やかで美しい音楽が流れる中、中央の雛壇にある玉座の横に立つ。

 王が繋いだ手にくちづけをした。

 女性に対しての挨拶と解ってはいても、心臓が激しく鼓動を打ち、急に恥ずかしくなった。

 僕は、きっと真っ赤になっているぞ。

 王が微笑む。

 

「アルマレーク人を呼ぶ。何があってもそなたは、私の婚約者を演じるのだ」

「はい」

 

 少し悲しくなる。

 本当の婚約者に、戻れたらいいのに……。

 

 王が玉座に着席したと同時にファンファーレが鳴らされ、異国の使者との接見が始まった事を、騎士の大広間内外に知らせた。

 騎士達が玉座と外への扉の間に整列し、道が出来る。

 外の扉が開かれ、見慣れない服装の男が三人現れた。

 テオフィルスはアルマレーク共和国の公人としての服装なのだろう、少し丈の高いつばの無い帽子を被り、長衣とマントには豪華な金糸の刺繍が施され、まるで若い国王のように見える。

 あれが特使としての服装なら、相当に身分の高い人物だよ。

 半透明のヴェール越しに、見ない振りをしながらしっかり観察する。

 一昨日に会った彼とは別人に見えた。

 彼に続く左横の一人は、二十代半ばの精悍な身体つきの男で、明らかに護衛だろう。

 もう一人は、賢そうな老人。

 三人は慣れた様子で騎士達の間を進み、雛壇の少し手前で(ひざまず)き頭を垂れる。

 王はしばらく黙ったまま、じっと彼等を見つめていた。跪く者達は王が声をかけるまで、身動ぎ一つせず待っている。

 

「アルマレーク共和国の特使の者、顔を上げ、名を告げよ」

 

 王の言葉に、三人の使者達は揃って顔を上げる。

 

「私はアルマレーク共和国リンクルクラン領主テオドール・ルーザ・アルレイドの長子、テオフィルス・ルーザ・アルレイドと申します。後ろに控える随行者は、マシーナ・ルーザとトムニ・ルーザ。いずれも竜騎士でございます」

 

 テオフィルスの言葉に、王は(いぶか)しんだ。

 

「竜はどこにいる? 危険な竜など、我が国に立ち入らせる事は出来ぬ」

「竜二頭はアルマレークの国境に待機させ、貴国に立ち入らせてはおりません」

「二頭? もう一頭はどこにいる?」

「……私の、竜の指輪の中に」

 

 そう言ってテオフィルスは左手を顔の前に持ち上げ、王に中指にはまる指輪を見せた。

 指に巻き付く黒銀に煌めく竜は、まるで生きているような存在感がある。

 

「指輪の中に隠れているという事か? 貴殿は魔法を使うのだな。では、その竜を見せよ」

 

 王が知っているはずの事を、知らぬ素振りで要求するのは、僕を含めた見た事のない者達に、竜と次期領主が持つ魔力を見せるためだと理解出来た。

 

「屋内でお見せするには暑苦しい生き物です。屋外に出ましょう」

「ここで構わぬ、見せよ」

 

 騎士の大広間に緊張と、驚異を見る期待が溢れ出し、人々の目はテオフィルスの指輪に集中した。

 彼は不敵に微笑み、左手を高く掲げた。

 

[リンクル、小さくなって出でよ]

 

 竜の指輪から何かが飛び出し、宙に舞う。

 それは大鷹ほどの大きさで、長い翼を羽ばたかせ、高い天井の梁まで飛んでぶら下がり、長い首を曲げて下を見下ろし人々を威嚇した。

 その姿に僕は可愛らしさを感じる。

 

「貴殿はあのような小さな竜に乗れるのか?」

 

 王が促す。テオフィルスは無表情に頷き、低い声で呟いた。

 

[リンクル、元の姿に]

 

 その言葉と同時に、猛烈な熱気が大広間を駆け抜けた。

 人が熱気から身を守っている間に、馬の三倍は大きい凶暴な姿の竜が、梁から床に降り立った。

 あまりの威圧感に皆は後退り、剣に手をかける。竜はセルジン王に怒りの唸りを発し、横に控える僕に気が付き長い首を向けた。

 竜の顔が僕に迫って来る。

 凶暴な牙が大きな口の中に見え、その口から出る熱気に(むせ)る。

 僕は恐怖と共に不思議な懐かしさを感じ、魅入られたように立ち尽くす。

 遠い昔、思い起こす事も出来ない昔に、確かに僕は竜といた。

 きっと、父の竜だ。

 竜の斜め横にいるテオフィルスが、青い瞳に優しさを浮かべて僕を見つめていた。

 彼の心の声が、聞こえた気がする。

 

 ――――君は、オリアンナ姫だろう?


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