王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十六話 魔法使いの意思

 アレインの鋭い突きを、トキは軽くかわした。

 隙を突いて今度は剣を繰り出すが、彼の剣にかわされ弾かれる。

 

 さすがに大将だ、簡単に先を読む。

 では、これはどうだ?

 

 身を低くして、剣を低い位置で流す。

 アレインは咄嗟に後退し、自然と隙が生まれる。

 トキは剣を逆手に切り上げ、アレインは辛うじて剣で防いだ。

 周りに騎士達が集まってくる。

 剣豪同士の珍しい戦いだ。

 皆、真剣に二人の動きを見、魅了され、感嘆の声を上げる。

 二人は剣を交え、互いの顔を近づけた。

 

「どこでその剣捌(けんさば)きを身に付けたのです? トルエルド公爵家直伝ですか?」

「さてね、習った覚えはないな」

「独学ですか、やりにくいな!」

 

 トキは笑いながらも、お互いの剣を離した。

 力量に差がない、あとは経験がものを言う。

 

 そろそろだ。

 

 試合を長引かせ人を集め、時間を稼ぐ。

 もう試合を終わらせる時だ。

 突然のトキの猛攻に、アレインの剣は弾き飛ばされる。

 トキの剣先が彼の喉元に当てられ、アレインは降参の姿勢を取った。

 

「参った。凄いな! 噂以上だ」

 

 トキは無表情に、彼を覗きこむ。

 

「その若さで私と互角にやり合えるとは、さすが大将だ。アレイン・グレンフィード殿」

 

 お互いが剣をしまったその時、数頭の竜の咆哮が(とどろ)いた。

 皆が一斉に耳を塞ぐ。

 それと同時に天幕のすぐ近くの森の二ヶ所から、火の手が上がった。

 

「竜が近くにいる! アレイン、この場の指揮は任せたぞ! モラスの騎士、火の手を消せ。王の天幕の入り口は、私に任せろ!」

 

 上空から矢が地上めがけてうち放たれる。

 アレインは咄嗟にその場の指揮を取り始め、兵も騎士達もその指示に従った。

 彼は知らず知らずのうちに、王の天幕の入り口から遠く離されていたのだ。

 

 トキが天幕の入り口にたどり着いた時、そこにはモラスの騎士隊総隊長ルディーナ・モラスが立っていた。

 

「近衛騎士隊長殿、貴方の戦略に、便乗して差し上げますわ」

 

 まるで全てを見抜いているように、ルディーナは彼の前に立ち塞がる。

 トキは得体の知れない彼女が苦手であり、理解出来る存在ではないと感じていた。

 

「戦略とは何の事だ?」

 

 ルディーナは人形のように微笑み、トキの真実を言い当てる。

 

「エランを守りたいのでしょう? オリアンナ様ではなく」

「……」

「私もそうだわ、大事な後継者ですもの。《王族》は許されるけど、他は許されない。あなたも許されないわ」

「だから何だ?」

「ここは私が、全責任を取ります」

「女は引っ込んでいろ!」

「ふふ、あなたも頭の固い男ね。私は罰せられないわ、なぜなら死人ですもの」

 

 トキには意味が解らない。

 ルディーナに関しては謎が多く、彼女自身も王以外に心を許さない。

 ただ行く手を阻まれているとしか、彼には捉えられなかった。

 

「……冗談に付き合う暇はない」

 

 天幕の入り口を無理に通り抜けようとしたが、障壁に阻まれる。

 

「ここを通れるのは、オーリン様とエラン、それから数人のアルマレーク人だけよ」

 

 ルディーナはにっこり笑う。

 トキは舌打ちしながら、得体の知れない彼女を睨みつけた。

 剣で立ち向かうには、相手が悪すぎる。

 

「では、計画変更だな」

 

 

 

 

 

 立ち枯れた森の広場に、いくつもの天幕が立ち並ぶ。

 僕とエランは、目の前にある天幕の影に、素早く移動した。

 王の天幕に近づくためには、側近や近衛騎士達の天幕を通りすぎなければならない。

 

 トキがアレインを引き付け竜が咆哮した事で、竜騎士達が矢を国王軍に向けて放ち、天幕から少し離れた所で火を放ち、モラスの騎士を消火の魔法のため呼び寄せる作戦だ。

 実際、竜騎士達が攻撃してきたと勘違いした国王軍は、天幕への警備が手薄になった。

 

 マシーナが持っている音が出ない笛を吹くと竜が咆哮し、吹きかたによっては竜を呼び寄せる事も出来る。

 彼から渡された耳栓のおかげで、僕達は耳を痛める事はない。

 

 松明灯りの薄闇の中、茂みの中から抜け出し身を低くして、天幕の間を走り抜けた。

 警備の兵達が戦闘に気を取られている間に、天幕の入り口まで駆けつけトキと合流する手はずになっている。

 あと一つの天幕を超えれば、王の天幕に辿り着ける所で、一人の兵士に見つかってしまった。

 

「何者だ!」

 

 天幕の影に隠れた僕達に、警備兵が近づく。

 息を殺して暗闇の中で身を固くする。

 兵士が手を伸ばしかけた時、誰かが彼の口を塞ぎ、意識を失わせた。

 そして兵を暗闇に引きずり込む。

 僕とエランは、松明灯りに浮かび上がった人物に驚き、耳栓を外した。

 

「マシーナさん、どうしてここに?」

「殿下、そこにおいでですか?」

 

 そう小声で呼びかけたのは、テオフィルスの随行者マシーナだ。

 僕達は警戒を解いた。

 

「良かった。間に合わなかったら、どうしようかと思いましたよ」

「何かあったのか?」

 

 顔をしかめてエランが聞く。

 彼はアルマレーク人と親しくするつもりはないようだ。

 

「トキ殿から計画変更と言われました。魔法使いが加わったと……」

「計画変更? 魔法使いって、どういう事だ?」

 

 王の天幕に入り込んだ後は、トキが天幕内にいる者達を倒し、僕が王の結界を破り、テオフィルスを救出する手筈になっている。

 僕達は顔を見合わせた。

 

「とにかく行きましょう。トキ殿は、ご自分は王の天幕には入れないと言っていました。だから私に頼むと……」

「入れないって、どういう意味だろう?」

「行けば解るよ。正面から入り込む事は出来ないんだ。とにかく障壁を破ろう」

 

 三人は身を(ひそ)めながら、今いる天幕の暗闇から抜け出した。

 

 それぞれの天幕には、最低でも一人の歩哨が立っている。

 天幕を持つ貴族達の、荷を守る役目があるからだ。

 ここまで辿り着けたのは奇跡のように思えたが、マシーナという大人が混ざれば自然と人目を引く。

 見つかる危険性が増えたと感じていた時、彼は率先して歩哨に近づき、何かを嗅がせて意識を失わせた。

 

「殺したんじゃないだろうな?」

 

 アルマレーク人に対して懐疑的なエランが、小声で問い詰める。

 倒れた歩哨を肩に担いで、暗闇まで運びながら、マシーナは困った顔で答えた。

 

「王太子様が眠らされたのと同じ木の実ですよ。いい加減、私の事を信じて頂けませんか、魔法使いエラン?」

「名前を呼ぶな!」

 

 マシーナは溜息まじりに、歩哨を暗闇に下ろした。

 

「アルマレーク人が嫌いですか?」

「好きだって人間を、捜す方が難しいよ、この国ではね」

「エラン!」

 

 実際にその通りだから、僕にも止めようがない。

 百年以上前の戦いでも交流がなければ敵国のままだ、いわば元敵国の真ん中に彼等はいる。

 

「判りました」

 

 王太子がいる手前か、低姿勢で優しく接していたマシーナ・ルーザが黙り込んだ。

 僕はどことなく居心地の悪さを感じた。

 テオフィルスに接している時の態度からも、マシーナが悪い人間でないのは感じている。

 

「僕は好きだよ、アルマレーク人」

「オーリン!」

 

 エランが怒ったように、僕の手を取る。

 

「だって、何度も助けられているんだ、嫌いにはなれないさ。そんな事より、早く行こうよ。魔法使いが誰なのか、確かめたくないのか?」

「……」

 

 エランは無言で僕の手を離し、警戒しながら足早に天幕の入り口付近まで移動した。

 その後を僕とマシーナが追う。

 彼を怒らせたのは確かだ。

 

 父の国人を、嫌いになれる訳がないじゃないか。

 別にアルマレークへ行く気はないけど。

 いや、僕は死ぬかもしれないから、そんな未来はないんだけど……。

 

 エランの後姿を見ながら僕の中に、未来のエステラーン王国が思い浮かんだ。

 国が消滅の危機を迎えているのに、何を呑気な事を考えているのだろうと苦笑いしながらも、思い浮かべずにはいられない。

 

 もっと交流出来ないのかな、他国とエステラーン王国は。

 水晶玉に〈管理者〉がそろうのなら、王国はもう水晶玉から解放されるのに……。

 

 何かが脳裏を掠める。

 

 解放……?

 

 僕は急に立ち止まった。

 

 セルジンは〈管理者〉になったら、どうするんだろう?

 僕を妃にするって言っていたけど、水晶玉が消滅する日まで、永遠に生き続けるって……。

 永遠に生きる人間が、王に等なるだろうか?

 セルジンは、エステラーン王国から解放される?

 

 足元が消えるような不安が、僕を包んだ。

 立ち尽くす僕に、マシーナが声をかける。

 

「どうなさいました? こんな所で立ち止まるのは、危険ですよ」

「あ……、ごめん」

 

 僕は前も見ずに駆け出し、前にいたエランにぶつかる。

 彼は天幕の前で、呆然と立ち尽くしていたのだ。

 僕は彼の肩に、思いっきり顔をぶつけた。

 

「痛っ、何で止まる?」

「見ろ、障壁が……」

 

 僕はエランの後ろから、モラスの騎士達が放つ王の天幕の障壁を見た。

 僕達に一番近い位置に、ぽっかりトンネルが開いていたのだ。

 エランと僕は顔を見合わせる。

 目に見える範囲のモラスの騎士達は、トンネルが開いている事に気付いた様子もなく、障壁を作る事に集中している。

 

(くぐ)れって、事かな?」

「……魔法使いが、味方してくれている」

「誰?」

「早く、行きましょう! 兵士がこっちに来る!」

 

 少し向こうに、戦いの場から離脱してきた兵士の一人が、こちらに向かって歩いて来る。

 竜騎士達はアレイン達とモラスの騎士を、徐々に王の天幕から引き離す役割を担っていた。

 こちらに来る兵士は負傷したのだろう、足を引きずっている。

 

「行こう、早く!」

 

 三人は周りを警戒する余裕もなく、障壁に開いたトンネルに飛び込んだ。

 次の瞬間、障壁は元に戻り、三人は障壁内のわずかな隙間に閉じ込められた状態になる。

 

「絶対、障壁に触るな。モラスの騎士達に、気づかれるぞ」

 

 狭い隙間で身を縮めて移動するのは大変で、僕は息が詰まりそうになった。

 マントの端が障壁に触れないように、手で身体に絡みつける。

 王の広い天幕の外周を、入り口に向かって移動する。

 長い時間がかかった気がした。

 

「入り口だ!」

 

 先頭を行くエランが、他の二人を励ますように言った。

 光の出口に飛び出し、三人は松明の灯りが眩しくて目がくらんだ。

 戦士であるマシーナは、すぐに体勢を立て直し、状況を確認する。

 

 障壁の出入り口に一人の人物が、こちらを向いて立っていた。

 目が慣れてきたエランは、その人物に声をかける。

 

「やっぱり、魔法使いは総隊長の事だったんですね」

 

 ルディーナ・モラスは人形のように微笑み、天幕の中を指差した。

 

「行きなさい、エラン。この無意味な戦いを終わらせるのよ」

 

 エランは頷いた。

 長い色素の薄い髪を風になびかせながら、ルディーナは衝撃的な事実を告げた。

 

「明日、私は消滅するの。だからモラスの騎士達を、あなたに託すわ、エラン・クリスベイン」


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