王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十二話 魔力の流れ

 セルジン王の天幕の中でアレインは、一人冷静に王に近づき静かに進言した。

 〈七竜の王〉を殺せと王が命じたからだ。

 

「それは……、我が国での彼の死は、無用な争いを招きませんか? 彼の部下達が、そう報告しますよ」

「我が国は戦時故、その心配はいらぬ。あの男は承知の上で入り込んだ、屍食鬼に喰われれば何の証拠も残らぬ」

「七竜リンクルが黙っていないのでは?」

「彼の意識が無いうちは、リンクルの影は現れぬ。レント領の戦いで、彼の父がそう申していたと聞いた。()るなら、他の竜騎士達が去った直後が好機だ。その後、屍食鬼に喰らわせる」

「なるほど、承知致しました。ですが七竜リンクルは、陛下に心を開いています。信頼を裏切る事になるのでは?」

「構わぬ、王国を守るためだ。異国の婚約者は、必要ない」

 

 冷酷な王の瞳に、武将アレインは頷き微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 オリアンナが意識を失った時、エランはモラスの騎士の一員としてセルジン王の近くにいた。

 トキが彼女の顔の前で潰したのは、眠りの果実と呼ばれるスイの実で、二日間は眠り続ける。

 スイの実には副作用があって、目覚めた後しばらく気分の悪さが続く。

 

 解毒剤が必要だな。

 薬師の誰かに頼むか。

 

 エランはそう思いながらも、自分の考えに呆れた。

 

 王様が手配するだろう?

 僕がやらなくても……。

 

 彼女の世話が出来ない事に不満を覚えながら、天幕まで運ばれていくのを見送った。

 彼女は厳重な監視下に置かれるだろう、面会を申し出てもきっと許可は下りない。

 オリアンナ姫はセルジン王の婚約者なのだから。

 

 王が指示を出すために側近達を集め天幕へ入り、しばらくした後にアルマレーク人達が広場へと引き立てられて来る。

 テオフィルスは猿轡(さるぐつわ)を噛まされ惨めな扱いを受けながらも、いたって冷静に現状を受け止めている風に見えた。

 エランには、それが気に入らない。

 

 オリアンナが竜に拐われた知らせを受け、王と共に竜の集まる場所に辿り着いた時、抱き合う彼女とテオフィルスの姿を見た。

 抵抗している様子はなく、それが不可解で不愉快だった。

 彼に対する憤りは、例えようもなく膨れ上がる。

 

 それは自尊心の強い王も同じ……、いやエラン以上に激しいものだろう。

 王の怒りが彼女に向く事を、エランは恐れた。だから余計に、テオフィルスが許せない。

 王が天幕から現れ彼を裁き始めた時、テオフィルスが苦しむ姿を見ながら、エランは残酷な気持ちになった。

 

 このまま、死んでしまえばいい!

 オリアンナに異国の婚約者なんかいらない!

 

 心の奥底から沸き起こる、どす黒い感情がエランを支配した、王の魔力と同調し、まるで自分がテオフィルスに苦痛を与えているように。

 

 苦しめ!

 苦しめ、苦しめ……。

 

 遮断したのは、可愛らしい声だ。

 

「エラン、ダメよ!」

 

 冷静なその声は清らかな鐘の音のように、エランの頭の中に響き渡る。

 モラスの騎士の総隊長ルディーナ・モラスの声だ。

 いつの間にか彼の後ろにいたルディーナは、まるで何かから彼を守るように魔力を放っている。

 それは王の放つ魔力とは、まるで対照的なものだ。

 

「総隊長……」

 

 自分のかけた呪縛から解き放たれ、エランの意識は現実に戻る。

 今の状況に似つかわしくない程の可愛い笑顔を振りまきながら、その口から出る言葉は冷静そのものだ。

 

「あなたはオリアンナ姫を守りたいのでしょう? だったら、暗い感情に呑まれてはいけないわ。彼は敵じゃない。王も、いずれ解る」

「敵じゃない? オリアンナを連れ去るかもしれないのに?」

「姫君は本来アルマレーク人じゃなくて? 私には七竜の魔力を感じる。七竜が、姫君を守り始めているわ」

「え?」

 

 エランはオリアンナの天幕を見たが、何も見えず感じ取る事も出来ない。

 ルディーナの目は何を見て、何を感じ取っているのだろう。

 彼女には全ての魔力の流れが、見えているのではないか。

 自分はルディーナの後を継ぐ存在と見なされているが、遠く及ばないのではないのか。

 

 ルディーナのように物事の大局を把握する事が出来ない自分を、エランは恥じた。

 そして王の魔力による攻撃に、苦しむテオフィルスを見る。

 彼には七竜リンクルが守りについているはずだ。

 

 なぜ、竜を呼ばない?

 

 レント領で七竜リンクルがテオフィルスを守るために、強烈な魔力を吐いた事を思い出した。

 

 なぜ、反撃しない?

 セルジン王と争う気がないのか?

 

 テオフィルスの身体が痙攣を起こし始めた時、竜の大咆哮が王に抗議するように響き渡った。

 エランは耳を塞いだ。

 そして気が付いたのだ、争いの原因が、竜イリにある事に。

 あの竜がオリアンナに付きまとわなければ、アルマレーク人がエステラーン王国に来る事もない。

 彼女とテオフィルスが近づく事もない。

 

 あの竜を遠ざけるには、どうしたらいい?

 

 王が毒気を抜かれたように攻撃を止め、テオフィルスは意識を失った。

 彼を守るために、竜騎士達が駆け寄る。

 竜イリを追い出す方法を、彼等は知っているはずだ。

 

 アルマレーク人に、聞けばいい。

 

 エランは即座に行動した。

 

 

 

 

 

 七竜リンクルの影が消えた、テオフィルスが意識を失ったせいだ。

 竜達の動きを見張る国王軍の兵士達は、竜達を仕切っていた存在が突然消えた事に、戸惑いと恐怖を感じる。

 

「おい、ヤバいんじゃないか? この状況……」

 

 兵達は身の危険を感じて、じりじりと後退する。

 竜達はその場を動きはしなかったものの、怒りの矛先を探すように長い首を荒々しく振り、足を踏み鳴らす。

 自分達の大事な竜騎士が危険な状態にあるのに、その場を動くなと七竜リンクルに命令されているからだ。

 

 一頭だけ大きく翼をバタつかせ、今にも飛び立とうとしている竜がいた。

 他の竜より幾分小柄な竜イリだ。

 先程からオリアンナの意識が感じられず、イリは彼女会いたさに飛び立とうとするが、七竜の命令には逆らえない。

 思い留まり翼をたたみ、不満に足踏みして、周りの枯れ木に火を吐いた。

 たちまち枯れ木が燃え上がる。

 

「風がある、燃え広がるぞ! 火を消さないと……」

「本隊に伝令だ! 消火隊を、早く!」

 

 兵士達は火に巻き込まれないように後退し、竜が暴れ火災が起きている事を、本隊へ報告するべく早馬で伝令を送った。

 

 

 

 

 

 竜達のいる方角から炎が上がっているのを、竜騎士マシーナが気づいた。

 意識を失ったテオフィルスから引き離され、強制的に竜のいる方向へ歩かされている時の事だ。

 竜騎士達は全員後ろ手に厳重に縛られ、兵達から逃れるには余程の好機がないと不可能に思える。

 

 七竜リンクルの影が消えたせいだ。

 竜のどれかが火を吐いた、これはチャンスだ!

 

 人質のように〈七竜の王〉テオフィルスをセルジン王に奪われ、竜騎士達は全員強制退去を命じられた。

 今、エステラーン王国を離れれば、テオフィルスは二度もオーリン王太子を誘拐した罪で、どんな目に遭うか判らない。

 アルマレーク共和国に再度莫大な身代金を要求するか、最悪の場合あの狭量なセルジン王に、殺される可能性がある。

 

 若君を、殺されてなるものか!

 

 道沿いに松明が掲げられ暗闇でも人々の行き来が分かる中、前方から(しゅう)()で駆けつける馬の足音が聞こえた。

 兵達は道を空けるために、二手に分かれる。

 マシーナは近くにいる竜騎士達と目を見合わせ頷く。

 同行した竜騎士達の大半が、リンクルクランで鍛え上げた強者(つわもの)だ。

 今の状況でテオフィルス救出が最優先される事は、伝えなくても判る。

 

 早馬が駆け抜けた瞬間、マシーナは近くの兵士に体当たりし、倒れた兵士の顔面を足で容赦なく蹴りつけ一撃で意識を失わせた。

 他の兵達が戦斧で切付けて来たが、素早い身のこなしでかわし相手を足払いして倒し、他の竜騎士の餌食とさせた。

 その戦斧を取り上げ、仲間の縄を切り自分も剣が使える状態になった。

 兵達の武器を取り上げ、仲間の救出に向かう。

 

 [誰も殺すな]というテオフィルスの指示は、竜騎士全員に徹底して守られた。

 兵達に死者は出ていない。

 意識を失った兵士達を全員縛り上げ、猿轡を咬ませ道から外れた暗闇に放置する。

 

 竜騎士の護送にあたった兵士達は、竜騎士達の戦闘能力を甘く見ていたのだ。

 ずば抜けた運動神経と戦闘能力の高さが無いと、竜騎士にはなれない。

 その頂点を極めているのが、精鋭マシーナ・ルーザだ。

 

[第二隊、第三隊は起点まで戻り、国王軍を引き付けろ。第一隊は若君の救出に当たる。各々、遂行!]

 

 彼の命令に竜騎士達は道を外れ、松明の届かない暗い森の中に消えた。

 第二隊と第三隊は竜の待機する起点へ、そしてマシーナ直属の部下である第一隊は、暗闇に紛れ来た道沿いにテオフィルス救出へと戻った。

 

 

 

 

 

 モラスの騎士達の守る対象であるオリアンナが、意識を失い身動き取れない状況で天幕の中にいる。

 彼等の任務は、その天幕を守る障壁を張る事だ。

 新人であるエランは、近くの騎士に嘘の理由を言って、さり気なくその任務から離脱した。

 

 先程、立ち枯れた森の片隅に、目立たないように着替えの服を置いてきた。

 モラスの騎士の赤い制服では、あまりにも目立ちすぎる。

 着替えるために森に分け入ろうとした時、ルディーナの声が彼の足を止めた。

 

「うまく立ち回るのよ」

 

 エランはギョッとして、振り返る。

 彼女の可愛らしく笑った顔が、全てを見透かすように彼に向けられていた。

 緊張に心臓は鼓動を早め、こみ上げる唾を、音を立てて飲んだ。

 

「あなたは私の後を継ぐ者よ、忘れないで」

「……はい」

 

 ルディーナの真意が掴めないまま、エランは答えた。

 魔力の流れは、今どこを向いているのだろう。

 大局の見えない自分の行動を、モラスの騎士総隊長は許すと言っているのだろうか。

 

「行きなさい、姫君を取り戻すのよ」

 

 エランは一瞬、頬を染めた。

 彼女に嘘は通じない。

 彼は頷き、踵を返した。

 オリアンナを取り戻すために……。


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