王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第六話 王の婚約者?

 どうしよう……、絶対に女だってバレた。

 あんな事をするなんて……。

 

 テオフィルスと名のるアルマレーク人に、後ろから抱きしめられた感触が、まだ身体中に残っている。

 驚きと恐怖と怒りに、僕の身体は小刻みに震え、速い鼓動の音が、頭の天辺から足先にまで鳴り響いている。

 ただ無我夢中で、あの男から逃げた。

 秘密の抜け道から部屋までたどり着き、長持の底板を敷いて、誰も下から入れないように、重い板を何枚も乗せその上から服を置き、長持の蓋を閉め鍵もかけた。

 それでも、不安が付きまとう。

 あの通路からこの部屋に、魔法を使って鍵をこじ開けて、勝手に入ってくるかもしれない。

 僕をオリアンナだと、気付いたかもしれないんだ。

 自分の婚約者だって……。

 セルジン王に言うべきだと理性が訴える反面、城から自由に出入り出来るこの部屋を、手放したくない気持ちが強くなる。

 どうしたらいいんだ、僕は……。

 部屋のドアを激しく叩く音に、僕は飛び上がり、意識は現実に引き戻された。

 

「オーリン様、大丈夫ですか? 鍵をお開け下さい!」

 

 部屋の外の護衛の声が、まるで緊急事態のように騒ぎ立てる。

 僕は慌てて鏡の前へ行き、埃だらけの抜け道で転んだ汚れを叩き落とし、深呼吸をしてなんとか冷静さを取り戻す。

 この部屋の秘密を、知られたくない。

 誰にも、気づかれちゃ駄目だ。

 思い切って鍵を開けて、困っている大人達と対応するべく、平静さを取り繕いながらドアを開けた。

 部屋の前には薬師の服装の男と先程の弟子、国王軍に割り当てられた侍女と護衛二人が、僕を見て安心したように溜息を吐く。

 開口一番に薬師が、僕の具合を確認する。

 

「大丈夫ですか? 倒れているんじゃないかと、皆で心配していたんですよ」

「ごめん、着替えに手間取ったんだ。熱は下がったみたいだよ」

「……そうなんですか? 失礼」

 

 薬師が怪訝な顔をして僕の額に手を当て、首をひねった。

 

「どこの癒し手に、治してもらいました?」

 

 一瞬、アルマレーク人と会った事を見抜かれた気がして、僕は息を飲んだ。

 この薬師は鋭い。

 

「ふふ、そんな癒し手がいたら、私は職を追われますね、医師も兼ねておりますから。薬草茶が効いたのでしょう。後で美味しいスープを届けさせます。召し上がってから、もう少しお休み下さい」

 

 薬草茶を飲んだ記憶が無いが、熱にうなされている時に飲まされたのだろう。

 

「ありがとう。薬師さん、名前を聞いていい?」

「私はマール・サイレス、国王陛下の薬師を務める者です。どうぞ、お見知りおきを」

 

 優しそうに微笑む三十代半ばのマールは、整った(ひげ)が顔の輪郭を覆い、綺麗な琥珀(こはく)色の瞳で、金色の長い髪を束ねた、賢そうなのに人懐っこい好印象の男だ。

 僕は嬉しくなって、微笑みながら頷いた。

 不意に彼の後ろで待っていたミアが、頬を膨らませ僕を見ている事に気付く。

 無駄足を踏ませたんだから、怒るのは当然だよね。

 この(ひと)、なんだか可愛い。

 とても年上と思えない。

 

「ベイメさんは、いませんでしたわ。二年前に……」

「そうだよ。僕の侍女になるのなら、ベイメの事を知っておいてほしかった。良い侍女だったからね」

 

 さらっと言って、微笑んでみせる。

 ベイメは自由を優先してくれるとても良い侍女で、彼女がいなくなってから、僕は他の侍女を拒否してきた。

 ミアが自由をくれるとは思えないが、国王軍相手に「侍女はいらない!」と、我が儘を通す勇気は無い。

 

「はい! ベイメさんに負けないように、しっかりお務させて頂きますわ! オリアンナ様」

 

 ミアが明るく言って微笑み、彼女を出し抜く方法を考えながら、僕は作り笑いをした。

 

 侍女と薬師の弟子と護衛が部屋に入り、不安と緊張を抱えながら後に続こうとした時、廊下の向こうから、僕を包み込む春の日差しのような、優しい何かが近付いてきた。

 僕はその方向へ自然に身体を向け、必死に保っていた平常心が溶け出すのを感じる。

 近衛騎士を引き連れて、国王セルジンが現れたのだ。

 

「陛下……」

 

 テオフィルスが与えた影響は思ったより大きく、セルジン王と引き離される恐怖心が、僕を王の元へと走らせた。

 王は優しく微笑んで、僕を受け止める。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

 そう言って僕を抱きしめながら、トキに僕の部屋に向かう指示を無言で出す。

 先程の近衛騎士が、長持の下から聞こえた呼び出しの合図を、トキに報告したのだろう。

 僕を心配そうにチラッと見ながら、トキの後に続き部屋に入って行く。

 

「この部屋は、侍女や護衛が入ると狭く感じるだろう。私のいる貴賓室の隣に、そなたの部屋を用意させた。そちらに移るのだ」

 

 抜け道は簡単に見つかり、この部屋は閉鎖され、僕の自由は無くなる。

 少し残念な気もするけど、セルジン王に嘘は()けない。

 これで、いいんだ……。

 

 

 

 

 

 

 貴賓室の隣の広い豪華な部屋で、用意された美味しいスープが、高熱から冷めたばかりの僕の身体を満たしてくれた。

 病後だというのに、不思議なほど体力を消耗した感じがしないのは、アルマレーク人の魔法のおかげなのか?

 それとも泉の精の魔力、〈生命の水〉のおかげ?

 僕が寝込んでいる間に、歓迎の宴が終わってしまったのが残念だった。

 食後に僕は、テオフィルスから聞いた事を、セルジン王に話した。

 

「婚約者……、その男がそう言ったのか?」

 

 円卓の対面の椅子に座っている王は、アルマレーク人が現れるのを予想していたように、穏やかに問い掛ける。

 僕は不安を隠しながら頷いた。

 抱きしめられ性別を知られたかもしれない事は言わなかった。

 魔法の(あぶみ)を試してみたいのに、外出禁止にされる可能性が高く、今以上に自由を制限されるのは嫌だからだ。

 それにアルマレークの特使が不敬罪で処罰されれば、また両国の亀裂が深まる。

 腹は立つけど、父の国人は守りたい。

 関わらないのが一番だ、相手は魔法使い、どこにでも入り込める。

 なんとかアルマレークへ帰らせる方法はないのか……。 

 セルジン王を助けるため旅立つ矢先に、余計な邪魔が入った事で、僕は苛立ちを覚えた。

 王の横に立つ白髪の四十歳ぐらいの男が、静かに進言する。

 

「我が国と姻戚関係を結ぶつもりなのでしょう。《王族》の減少を機に、国の乗っ取りを考えていても可笑しくはありません」

 

 灰色の鋭い眼光は、どことなく白い鷹を思わせる。

 

「紹介しよう、エネス・ライアスだ。ディスカール公爵であり、宰相も務めている」

「オリアンナ様、お会いできる日を楽しみにしておりました」

 

 エネスは僕に、《王族》に対する優雅な礼を取った。

 怖そうな人が、また増えた。

 僕は微笑んで、静かに頷く。

 王は僕に説明するように、静かに語り始めた。

 

「王国の乗っ取りか……。だが、子は父の国と身分に従うものだ。本来オリアンナ姫はアルマレーク人、婚約者を決められていても仕方がない」

 

 憂いを含んだ王の瞳が、僕を通して別のものを見つめている事に、どことなく反発を感じた。

 僕を見つめてほしくて、否定するように叫ぶ。

 

「僕はエステラーン人です、アルマレーク人じゃありません!」

「エドウィンが国を捨てたから、そなたはエステラーン人となった。だが、アルマレーク人は、そうは思わないだろう」

 

 僕の横に立つレント領主ハルビィンが、遠慮がちに話に割り込む。

 

「先日お話しました通り、陛下が到着される一日前に、アルマレーク人からオリアンナ姫に、謁見要請がありました。正式な使者として三人の男を、城下街に留め厳重な監視を付けております」

 

 王が頷きながら、顔を(しか)めた。

 

「その話を聞いて、私も彼等に影の監視を付けた。その影の監視をくぐり抜けて城に入り込んだその男、おそらく次期領主だろう。オリアンナ、その者は左手に、竜の指輪をはめていなかったか?」

「え? ……分かりません」

 

 まったく記憶にない。

 

「アルマレークの領主家の次期領主は妙な魔法を使う。そなたの父がそうだった。竜の指輪から、竜の影を呼び出し、《王族狩り》で危機に陥った我等を、何度も救ってくれた。だからこそ、そなたの母、我が妹のオアイ―ヴを預けたのだ。なにより、二人は惹かれ合い、引き離す事はできなかった」

 

 僕の知らない両親の話を、王から聞けるのが嬉しくて、僕はにっこりと微笑んだ。

 

「だが、そなたはアルマレーク共和国にはやれぬ! 私は、《ソムレキアの宝剣の主》である、そなたの成長を待っていた。そなたがいなければ、魔王を消滅させる事はできない」

「僕は、アルマレークなんかには行きません! 僕は陛下の婚約者です。陛下のお側にいます」

「…………」

 

 王は一瞬、面食らったように僕を見つめて、すぐに視線を外す。

 

「それが歯止めになるなら、そう思えばいい。アルマレーク人には、決して近付いてはならぬ。オリアンナ姫と知られないように、レント領主の養子オーリンである事を徹底するのだ」

 

 僕は頷きながら、嬉しさに心が弾んだ。

 陛下の婚約者って、思っていてもいいんだ。

 僕の単純な喜びを読み取った王は、腕組みをして僕を見下ろし、品定めするように上から下までじっくり眺めている。

 

「そなた、ドレスを着て、姫君として行動出来るか?」

「……ドレスですか? 無理です!」

 

 王が突然何を言い出したのか、訳も分からず僕は否定した。

 ドレスを着ていたのは遠い昔だ、着られる訳がない。

 

「彼の注意を、オーリンから逸らさなければならない。そのためにはオリアンナ姫と思える、別の人物が必要だ」

 

 エネスが考え込む。 

 

「なるほど……、架空の人物を姫君が演じる。少し危険な気もしますが、目は逸らす事が出来ますね」

「その姫君が私の婚約者であれば、いくら次期領主でも下手な手出しは出来まい」

「え?」

 

 僕は耳を疑った。

 体温が一気に上昇し、不安が吹き飛び、心が舞い上がる。

 王の婚約者に、一時とはいえ復帰できるのだ。

 

「私はその男と会ってみようと思う。そなたも彼との接見(せっけん)に立ち会うのだ」

「いいんですか? また、陛下の婚約者に戻っても……」

「架空の人物を演じるだけだが、少しはドレスを着る気になったか?」

 

 まるで心を翻弄(ほんろう)するように、王が微笑む。

 

「着ます! ドレスでも、なんでも!」


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