王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第八話 国王と魔王

 《聖なる泉》の領域を出る直前に、マルシオン王は急に立ち止り、僕に振り返った。

 マール姿の優しい外見も、彼の鋭角的な性質を和らげる事はない。

 

「水晶玉が二つある事は知っているか? オリアンナ姫」

「……もちろん。セルジン陛下と魔王アドランがそれぞれの所有者だって知っています」

 

 マルシオン王は鼻で笑った。

 

「正確に言えば、彼等は水晶玉に取り込まれただけだ。特に魔王アドランがいる水晶玉は、私が管理している」

「え?」

 

 僕は茫然とマルシオン王を見つめた。

 彼は皮肉に笑う。

 

「ふん、魔王を気取る輩の好きにはさせぬぞ」

「……」

 

 僕は不満を口にした。

 

「だったら、なぜ《王族狩り》を許した? あなたが〈管理者〉なら、止められたはずだ!」

 

 マルシオン王は憎しみを込めた目で僕を見ている。

 エステラーン王国の(いにしえ)の《王族》ベイデルは、マルシオン王を最後に《王族》としての地位を奪われ、生き残ったベイデルの侯爵家も、ブライデインの《王族》であるアドランによって皆殺しにされた。

 

「なぜ止めねばならぬ? ブライデインがどうなろうと、私には関係ない」

「そんな……、あなただって自分の子孫を救おうとしたじゃないのか!」

「……奴が水晶玉に入る前に、魔族に支配されたせいだ。私の存在に気が付き、ベイデルを全滅させた!」

 

 マルシオン王は今や恐ろしい程の憎悪と強烈な魔力を身に(まと)い、僕の意思を(くじ)く。

 マールの外見でマルシオン王の意思を見せつけられると、ショックが大きい事に僕は気付いた。

 察した彼は笑い、蔑むように告げる。

 

「言ったはずだ。外見等当てにはならないと」

 

 僕は悲しくなった。

 優しいマールが、心の中から完全に消えたのだ。

 

「姿を元に戻してよろしいかな? オリアンナ姫」

「……はい」

 

 あっという間に冷たい印象のマルシオン王に変わった。

 

「私は女神の意志に逆らえぬ。姫君、エステラーン王国はセルジン王が水晶玉の〈管理者〉になった時点で消滅する」

 

 つまり僕の死と同時に、王国は消滅するという事だ。

 

「そんなに早く? ……どうして?」

「水晶玉の記録を残さぬためだ。《王族》の血も消し去る」

 

 僕は真っ青になった。

 僕は元々死ぬ運命だ。

 セルジン王を水晶玉から解放した時点で、死を受け入れる覚悟はある。

 王が急に僕を妃にすると公言したのも、生きる希望を失わせないためだ。

 

 セルジン王の心の中には、今も別の女性が住みついている。

 〈ありえざる者〉オーリンの母、アミール・エスペンダ。

 王は時々、僕を見ながら遠くの誰かを思い浮かべている。

 そう感じて、僕は悲しくなる。

 

 エランの顔が浮かんだ。

 サフィーナの顔も、アレイン、エネス……、その他の《王族》の血を引く者達の顔。

 彼等全員が死んでしまう。

 絶望に打ちのめされ、僕の目から涙が流れ落ちる。

 マルシオン王は冷静な目でそれを見ていた。

 

「そなた達はまだいい。死が叶うのだからな」

 

 水晶玉と共に永遠を生きてきた彼は、冷酷に言い放つ。

 

「エランだけでも、助けて!」

 

 わがままな言葉だと判ってはいても、泣きながら僕は叫ばずにはいられなかった。

 マルシオン王は大声で笑う。

 

「他の者はどうでも良いのか? 愚かな姫君。そんな事は叶わぬ! 《王族》の血を残すのは、後々の災いになる。あきらめろ!」

「だったら、僕はブライデインへ行かない!」

 

 彼は馬鹿にするように、剣を抜く。

 

「魔法でそなたの意思を操ってやりたいが、泉の精の魔力が邪魔をするな。この魔剣ではどうだ?」

 

 マルシオン王は剣を振りかざし、僕を切りつける。

 殺される恐怖に耐えながら、僕は彼を睨み付けた。

 魔剣は呆気なく泉の精の魔力に弾き飛ばされ、音を立てて落ちた。

 彼は舌打ちする。

 

「厄介な姫君。エランは呪いをかけられ、いずれ魔界域へ落ちるのに」

「エランを助けて!」

「……」

 

 二人はしばらく睨み合う。

 やがてマルシオン王が、盛大な溜め息を付きながら折れた。

 

「判った。エランを助ければいいのだな」

 

 オリアンナはホッとして微笑む。

 

「ありがとう、マールさん」

「マルシオンだ、オリアンナ姫」

 

 面白くなさそうに、彼は音を立てて剣をしまう。

 そうして、二人は現実の戦場へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 セルジン王は魔王アドランと対峙していた。

 屍食鬼が空を覆い尽くし、地上は暗さを増す。

 王の魔力の圏内に、屍食鬼は入り込めない。

 その境界の空域にテオフィルスの率いる竜騎士隊が、屍食鬼達と戦っていた。

 上空で吹き出される炎に焼かれた屍食鬼が、燃えながら地上に堕ちてくる。

 それを回避しながら兵達は、他の屍食鬼に火矢を放つ。

 

 《聖なる泉》の〈門番〉が放つ黒い渦の影響で、王の魔力の境界が歪み、屍食鬼達が黒い渦に到達しようとしていた。

 魔界域からの黒い渦を取り込むと、屍食鬼は勢いを増し、その身体がより大きくなる。

 それは国王軍には脅威だった。

 モラスの騎士が黒い渦の拡大を食い止めていたが、溢れ出る勢いまで止める事は出来ない。

 

 負傷した竜と竜騎士は地上に降りて国王軍の加勢をし、迫りくる屍食鬼に地上から炎を浴びせる。

 燃え上がる炎と焼け焦げた者達の臭い。

 兵士達から流れ出た血の臭い。

 戦場に転がる死体を跨ぎ、足場の悪い状況での戦いに、国王軍は自ずと消耗してゆく。

 

「上空にアドランがいる」

 

 セルジン王は自身の魔力を増強する。

 すると彼の周りから白い霧が発生し、それらは上空に幕を張るように拡散した。

 その白い霧の中から、幻の兵士達が現れ、屍食鬼に向けて火矢を打ち始める。

 暗黒と白い霧が相まって、空は壮絶な模様を繰り広げた。

 

 

 

 

 

 上空の竜騎士達は霧で視界を奪われたため、テオフィルスは全員に地上に降りる指示を出す。

 何より先ほど墜落した竜と竜騎士の安否が心配だった。

 彼はイリを、墜落し負傷したレクーマの竜の側に舞い降りさせた。

 

 弱点の目を負傷した竜は、墜落の衝撃で横たわったまま動かずにいた。

 普段から、そのように訓練されている。

 暴れて乗っている竜騎士と周りに被害を出さないためだ。

 騎乗している竜騎士はベテランだった。

 視力を失いパニックになった竜を懸命になだめ、被害を出さない墜落場所まで誘導し、緩やかに墜落させた。

 

 だが衝撃は避けられない。

 竜の触手の保護は墜落の衝撃で外れ、鞍に装備された安全帯のみで衝撃に耐えなければならない。

 竜騎士は、鞍にしがみつく状態で意識を失っていた。

 被害を最小限にくい止める体勢で、ベテランの竜騎士は生きていた。

 テオフィルスはホッとして、彼を他の竜騎士に託した。

 乗っていた、もう一人を探すためだ。

 

「ルギー! 何処にいる? 返事をしろ!」

 

 それが無理な事は、彼自身が一番承知している。

 竜に振り落とされ、助かるのは奇跡に等しい。

 エステラーン王国のレント領で、イリと王太子と自分が墜落して助かったのは、〈ありえざる者〉の加護があったからだ。

 ルギーは見習い竜騎士で、竜に乗って日が浅い。

 絶望的な状態でも、安否を確認しなければならない。

 

 テオフィルスは屍食鬼と国王軍に気を付けながら、他の竜騎士と共にルギーを探す。

 少年は竜から投げ出され、醜く歪んだ枯れ木に引っ掛かった状態で発見された。

 全身傷だらけだが、辛うじて生きている。

 

 奇跡だ……。

 

 テオフィルスは安堵した。

 身の軽さが幸いしたのだ。

 ルギーはそっと木から下ろされ応急処置が施された。

 意識は戻らないが、安定した息がある。

 

 しばらくは動かせないな。

 あの王が竜騎士隊の滞在を、許可してくれるだろうか?

 

 是が非でも頼み込む、彼はそう決意していた。

 

 

 

 

 

 国王セルジンは黒い渦の中から、魔王アドランが現れるのを見ていた。

 黒い渦が人の形を取り、やがて色付き、完全に兄の姿が現れた。

 

『やあ、愚弟セルジン』

「相変わらずですね。アドラン兄上」

 

 国王セルジンは冷静に魔王を出迎えた。

 モラスの騎士隊は、黒い渦の包囲をより強化した。

 

『そなたはまだ、そのような者達と共にいるのか? いい加減、自分の魔力を自分のために使ったらどうだ?』

「私は昔から自分のために、水晶玉の魔力を使っていますよ、兄上」

『お前はどこまでいっても国王なのだな、面白くない』

「そのように生まれ育っております。あなたの廃太子が決まった時から」

 

 二人はしばらく睨みあった。

 

『水晶玉は私が貰う。そなたには渡さぬ』

「何度も申し上げております、兄上。両方を手に入れるのは不可能です」

 

 天界の意思が働いている事を知ってしまった今、セルジン王は兄の勢力の背後に、魔界の存在が強力に働いている事を認識した。

 

 何時から、彼等のものになった?

 

 自分が生まれた時から天界の眼を知らずに引き付け、〈ありえざる者〉と知らずに接触してしまったように、兄にも忍び寄る異質な意思との接触があったはずだ。

 

「我々は違う意思によって幼い頃から引き裂かれている……、そう思いませんか? 兄上」

『だったら、何だと言うのだ? 愚弟よ。我等はそなたが生まれ落ちた時から敵同士だ。今更相容れぬ!』

「……そうだったかもしれません。ですが、今は違うように思えます」

『どう思う?』

「我等は生まれながらにして、大概的な存在に操られているとは思いませんか?」

 

 魔王アドランは笑った。

 

『なにを、甘い事を……。だとしたら何だと言うのだ? 相反する我等が手でも組もうと言うのか?』

「お互い目を覚ます時かもしれません。自分達が何に操られているのかを確かめるべきです」

『ふふん、良いだろう。ではまずそなたの張った障壁を取り外してもらおうか』

「それは出来ない。……黙っていない相手がいます」

 

 王は振り返って、彼を見た。

 宰相エネス・ライアスが、セルジン王の後ろに控えている。

 白髪の宰相は、じっとかつての友アドランを睨み付けていた。

 

「障壁を取り外す等、言語道断。私が味わった恐怖を、兵士達に味あわせたくない!」

『やあ、裏切り者のエネス・ライアス。今でもお前の悲鳴が、耳に心地よく残っているよ』

 

 エネスは最高に不快な顔をした。

 目の前で親族を皆殺しにされ、自身も死にかけた状態でセルジン王に助けられた。

 全ての原因は、自分がアドランを裏切った事にある。

 

「陛下、彼に呼び掛けても無駄です。もはや人ではない」

「私もそうだよ、エネス。だから呼び掛けた。我等は個人の意識を持たぬ、ただの集合体になりかけている。兄上、兄上の意識は何処にありますか?」

『これが私の意志だ!』

「……違うと思います」

『黙れ!』

 

 魔王はモラスの騎士の包囲を破り、セルジン王に襲い掛かろうとした。

 王は兄の意識を迎え入れるように、両腕を広げた。

 

「陛下! 危ないっ」

 

 周りの騎士隊は王の側に駆け付けようとしたが、身体が動かない。

 王が彼等を征していた。

 魔王アドランがセルジン王に触れようとした時、何かが爆発し辺りが(ちり)にまみれ、人々は意識を失った。


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