王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第五話 モラスの騎士エラン

 アルマレークの竜騎士達がいなくなってすぐに、僕はテオフィルスがくれた竜騎士の鎧を脱ごうとした。

 セルジン王に僕の半分がアルマレーク人だと、言われたくなかったからだ。

 王の心が離れていくように思えて、身に着けていたくなかった。

 ところが、王が止める。

 

「それはしばらく装備していた方がいい。イリが気を変える事もありうる。何が起こるか判らないからな」

 

 屍食鬼が覆う空の境界線に、竜の後姿が遠く見えた。

 引き返してくる様子はないが、確かに用心に越した事はない。

 僕は少し困った顔をして、王を見つめた。

 知りたいのは、いつも彼の心だ。

 王は周りの近衛騎士と話をしていたが、まるで僕の心の動きを読んでいるように振り返る。

 緑色の優しい瞳に、僕が映るのを意識した。

 

「これで邪魔者は、いなくなったな」

 

 王はそう言って、僕を抱き寄せる。

 

 

 

 

 

 アルマレークの竜騎士達と別れてから半日、国王軍はトレヴダールの《聖なる泉》に到着しようとしていた。

 暗雲のように空を覆う屍食鬼の群れのせいで、地上は薄暗く、木々は立ち枯れ、点在する村も街も無人の廃墟ばかり。

 

 このトレヴダールは領主の館のすぐ側に、《聖なる泉》が存在する珍しい場所だ。

 アルマレーク共和国があるトルカンディラ山脈の端がエステラーン王国に入り込み、長年の浸食とイルーの大河によって削られた切り立った崖の先端に、トレヴダール城は建っていた。

 

 辺境の城塞でもないのに、難攻不落の山城と呼ばれ、エステラーン王国中域防衛の拠点とされた。

 その麓に《聖なる泉》が存在した。

 

 見上げる山城の向こうに、(うごめ)く屍食鬼の姿が目に入る。

 王の魔力のお陰で国王軍が屍食鬼に襲われる事はない。

 それは解ってはいても、僕の心に不安が沸き起こる。

 まるで見透かすように、横を並走していたルディーナ・モラスが、可愛い声で話かけてきた。

 

「エランがオーリン様の事を気にかけていましたよ。せっかく王の婚約者に戻れたのに、反抗ばかりしているんじゃないかって」

 

 僕はその言葉に、大いに狼狽えた。

 エランとは、しばらく会っていない。

 王と僕が再度婚約した事を、彼はどう受け止めただろう。

 僕を含めた周り中が、彼の心を踏みにじっていて、胸が痛んだ。

 

「エランは……、元気?」

 

 僕には、そう聞く事が精一杯だ。

 

「ええ、彼の上達ぶりは、群を抜いていますね。元々の素養が、幸いしているんじゃないかしら」

「エランは、武人になるのかと思っていた……」

「彼は呪いを跳ね返して、私の後を継ぐそうですよ」

 

 僕は目を見開き、ルディーナを見つめた。

 彼女は人形だと王は言っていたが、とてもそうは思えない。

 

「彼はモラス騎士の長になる。完全なる、魔法使いになりうる存在です」

 

 僕の知らないエランの未来が語られた事で、彼に置いて行かれた気がしてショックを受けた。

 

「エランが、魔法使いに? 考えた事なかった」

「《王族》を守る、一番の存在です。不自然な事ではないと思いますわ」

 

 ルディーナは安心させるように微笑む。

 

「まもなく《聖なる泉》です、オーリン様。泉の〈門番〉は暗黒に呑まれている可能性が強いですわ。どうか、十分お気をつけて」

 

 僕は頷き、国王軍の進行方向を見た。

 上空を覆う屍食鬼達とは別に、向かう先に何かが渦巻いて見える。

 暗いそれは、まるでハラルドの放つ黒い渦のように、僕の気分を打ちのめす。

 

「嫌な、場所がある」

「判りますか? 《聖なる泉》が暗黒に呑まれると、聖域は魔界域の入り口になる」

「魔界域?」

「本当に戦うべき相手は、魔王ではなく彼等なのかもしれません」

「……」

 

 魔界域……、《聖なる泉》の精も言っていた。

 そんな所に近づきたくないと僕は思う。

 

「あの中で泉の精を見つけ出し、(しるべ)を受けとる」

 

 そう口に出しただけで気が滅入り、進める馬足が落ちる。

 

「……オーリン様、お急ぎを。魔王が来ます!」

 

 上空の屍食鬼達が激しく(うごめ)くのが、地上からも確認出来た。

 何かが墜落する轟音(ごうおん)と、振動が不安を(あお)る。

 

「竜だ! 竜が墜落したぞ!」

 

 僕は青ざめた。竜騎士達はまだ近くにいるのだ。

 

「なぜ、帰らない?」

「帰れないのでしょう。おそらく、魔王の操る水晶玉の魔力に閉じ込められた」

「そんな……」

 

 竜が水晶玉の魔力の中に長く留まる事は、危険極まりない。

 

「お急ぎ下さい! オーリン様は導を手に入れる事だけを考えるのです。それがこの状況を打ち破る!」

 

 僕は半信半疑にルディーナを見つめた。

 

「泉を復活させるのです! 暗黒を寄せ付けなければ、魔王の魔力が強まる事はないはず、彼等も帰れます」

 

 僕は頷き、馬に拍車をかけてルディーナと共に前方にいるセルジン国王の元へ向かった。

 

 気が付くと上空に何騎もの竜と竜騎士が、屍食鬼と戦っていた。

 果敢に火を吐く竜に、燃え上がり墜落する屍食鬼達、だか圧倒的な数に竜がおされているのが見て取れる。

 不安が過ぎる中、王の元へ辿り着いた。

 

「セルジン!」

「アドランが来る! 早く泉へ。竜騎士に降りるように指示を出した」

 

 王の言葉の直後に、上空で発光する物体が大きな音と共に打ち上げられた。

 

「指示に気がつくと良いが……。オリアンナ、泉の精は《王族》を否定している、気をつけよ。抑制の腕輪を外すのだ」

「あ……」

 

 腕輪は竜騎士の鎧の中にある。

 僕は馬を降り、王の指示で左手の鎧が外され、腕輪をなんとか自分で外した。

 その途端、僕の周りに旋風が巻き起こり、王の長い黒髪をなびかせる。

 僕の周りに人が近づけなくなったため、自分で何とか左手の鎧を装着する。

 

 上空で竜騎士が、着陸する場所を探しているのが見て取れた。

 王は急ぎ状況を読み、指示を出す。

 

「エネス、彼等の被害状況を確認し、手当てが必要な者には薬師を向かわせよ。アレイン、トキ、〈七竜の王〉に対する指示はこれまでと変わらぬ。だが、殺すな」

 

 二人の王の臣下は礼を取る。

 僕はセルジン王が変わってきている事を感じ取った。

 以前はテオフィルスが少しでも僕を連れ去る素振りを見せれば、排除する命令を出していたのだ。

 これで彼等の命の危険は、多少軽減される。

 僕は王に微笑んだ。

 

「あの男はエステラーン王国を助ける一因を担っている。それが解っただけだ」

 

 王は僕の微笑みに、冷静にそう答えた。

 あちこちに燃え上がる屍食鬼が落ちてくる中、竜が地上すれすれに飛び去る。

 王と僕は馬に乗り、モラスの騎士がそれに続く。

 

「アルマレーク人を頼んだぞ、アレイン」

「は!」

 

 アレインは王の一行から離れ、持ち場へと帰って行く。

 上空の竜が着陸し始めた。

 

 王は《聖なる泉》へと、馬脚を急がせる。

 泉に渦巻く暗黒に、僕の恐怖は増した。

 近づくにつれ気分が悪くなり、馬にしがみ付きたくなる。

 僕の魔力に馬が影響されないのが不思議だが、自然に馬脚は乱れ遅れがちになった。

 

「相変わらず、騎乗が下手だな」

 

 聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。

 

「エラン!」

 

 僕は振り向き、声の主を確認した。

 赤い髪は短く切られ、王から賜った銀色の額飾りが煌めき映えた。

 ニヤニヤ笑いながら、いつも通りのエランがいた。

 僕の気分の悪さが、吹き飛ぶ。

 馬を彼の馬に横付けさせようとしたが、エランは前方を指差した。

 

「早く進め、オーリン。陛下に置いて行かれるぞ!」

 

 どことなく男らしくなったと思った。

 そういえば、彼の誕生日が近い。

 

「もうすぐ成人だね、エラン。お祝いしよう」

「ああ、全部終わったら、そうしよう」

 

 エランは僕の馬を追い立てるように、ぴったり後ろに付いた。

 彼が歌うように何かを口ずさんだ途端、僕の気分の悪さが消えた。

 

「オーリン、ここの〈門番〉は暗黒に呑まれている。〈門番〉が入場を拒否しても、入場しろよ。泉の精を見つけ出すんだ」

 

 エランの周りから、黒い渦のようなものが吹き出している。

 それは気分を悪くするものではなく、むしろ僕に襲いくる暗黒の渦を、中和する役割を果たしている。

 

「エランは……、モラスの騎士なんだね」

 

 彼は微笑む。

 

「驚くだろ? 僕にこんな能力があるって。つい昨日だよ、モラスの騎士に認められたの。異例の早さだって」

 

 そう言って嬉しそうに笑い、僕も嬉しくなった。

 

「かっこいいな、僕もモラスの騎士になりたい!」

「ふふ……、何言ってるんだよ、君は王妃になるんだろ。ほら、陛下が待ってるよ」

 

 エランの言った通り、セルジン王が馬を下りて待っていた。

 僕達を見つめる王の目は優しい。

 

「オーリン、〈門番〉に対応するのだ。拒否されても、そのまま入場せよ。後は我等が引き受ける」

 

 王の前に《聖なる泉》の〈門番〉が、全身に異様な濃さの黒い渦を身に(まと)い、彫像のように立っていた。

 僕は馬を下り、王の前に顔を強張らせながら立つ。

 あの〈門番〉に近づきたくない。

 恐怖感に身体が震え、足がすくむ。

 王はそんな僕に、優しく言う。

 

「〈門番〉は任せよ。問題はその後だ、魔界域に入り込んではならぬ。泉の精を見つけ、(しるべ)を受け取る事だけを考えよ、そなたなら出来る」

「……はい」

 

 僕の周りに旋風が巻き起こり、二人の接触を阻んだ。

 それでも王が側にいるだけで、僕の心は安心感に満たされる。

 僕は微笑んだ。

 

「セルジン。僕は……、何があっても、あなたを見失わない。たとえ、離ればなれになっても……」

「何を言う。私がそなたを離すと思っているのか? さあ、行って帰って来るのだ。ここで待っているぞ!」

 

 王はエランに気遣い必要以上の会話を避け、僕に先に進むよう促した。

 

 僕の旋風に巻き込まれないぐらいの近くに、トキとその部下が配置に付く。

 ルディーナとエランが、僕の後ろについた。

 周りをモラスの騎士達が固める。

 僕は覚悟を決めて、〈門番〉に近づく。

 〈門番〉が恐ろしい大声で言った。

 

『名を告げよ』

「オリアンナ・ルーネ・ブライデイン」

『入場を拒否する!』

 

 そう言った瞬間〈門番〉は剣を抜き、トキが素早く剣で受け流す。

 僕は横を通り抜けようとしたが、〈門番〉は思いの外素早く、是が非でも僕を通そうとはしなかった。

 トキとその部下が激しく攻撃し、〈門番〉の動きを封じる。

 その隙に、僕はなんとか入り口と思える場所までたどり着く。

 

 〈門番〉が黒い渦を増幅させたように感じた、許可なく入り込もうとする者に怒っているのだ。

 モラスの騎士達が、その黒い渦の増幅を抑えていた。

 僕は振り返り、セルジン王を見た。

 王が頷く。

 黒い渦と光が混在する門へと、僕は足を向けた。


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