王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十話 部屋への入口

 可動式の重い仕切りは分厚い埃を撒き散らしながら中央で二手に別れ、それぞれ二つ折りの状態で円形の壁に移動する。

 部屋の中央に、空間が現れた。

 

「これ以上は動かないのか?」

「待って下さい、ここにも蝶番があります」

 

 僕が言う必要のないくらい、モラスの若い騎士達がまるで宝探しのように、率先して謎解きを始める。

 仕切りの反対側の壁と仕切りの間に蝶番を発見したのだ。

 

「こちらにも……」

「留め金がここにもあります。仕切りを壁に付けられるんじゃないですか?」

 

 二つ折りにされた仕切りの固定された方の柱板に、また留め金が付いて床に固定されている。

 留め金が外され、今度は最初の重量の倍はある重さの仕切りが、若い騎士達総動員で動かされた。

 仕切りの偏った重みで床が抜けるんじゃないかと、僕は心配になる。

 もう片側も同様に円形の壁に斜めにしまわれた。

 丁度、壁の棚は仕切りが収まる位置だけ空間が開けてあったのだ。

 

 広々とした空間が、三階に出現した。

 長い間動かされていない仕切りが動いた事で、埃が舞飛び、騎士達は口を押えながら四か所全ての窓を開ける。

 すると爽やかな風が、埃を外に吹き飛ばした。

 

「ああ、窓は開けないでもらいたい。霧が入り込んで大事な巻物に(かび)でも生えたら大変じゃ」

 

 セイゲル教授は騎士達が勝手に三階の間取りを変えた事に、憤りを感じているようだったが、《王族》がいる手前それを訴える事も出来ずにいたのだろう。

 窓が開けられた事で、ついに抗議の声を上げたのだ。

 

「大丈夫だよ、アンのお父さん。こんな上空に霧なんて、もう……」

 

 霧の消えている事を教授に伝えようとしたその時、窓から大量の霧がまるで生き物のように三階の部屋に侵入してくる。

 

「何だ? この霧」

「だから言ったのだ。ここの霧は厄介だから……」

「なぜ、厄介なんだ? お前の仕掛けた魔法が解けてしまうからか?」

 

 突然、それまで静観していたテオフィルスが、低い声で問質す。

 彼は窓際から僕の側へ、いつの間にか近づき、僕を後ろから引っ張り自分の元へ引き寄せる。

 

「な……、何をする!」

 

 テオフィルスの唐突な行動に僕は逃げようとしたが、腕をしっかり掴まれ逃れる事が出来ない。

 モラスの騎士も、ルディーナも、僕がテオフィルスに捕まった事に、なぜか気付きもしない。

 

「離せ!」

 

 テオフィルスは抵抗する僕を後ろから抱きしめ、身を屈めて耳元にアルマレーク語で(ささや)く。

 

[お前は一体、誰と話している?]

 

 その瞬間、僕に掛かっていた魔法が全て解けた。

 テオフィルスに抱きしめられながら、何かが綺麗さっぱり抜け落ち、身体が軽くなるのを感じる。

 

「あ……」

 

 そして僕は、驚愕した。

 今まで話していた目の前にいる相手は、足の悪い老教授ではなく、長身で艶やかな金の髪に国王と同じ緑の瞳を持つ、残酷なまでに美しい二十代の男―――魔王の影であった。

 

「魔王アドラン!」

 

 その言葉にテオフィルスは不敵に笑いながら、僕を自分の後ろへ庇うように隠した。

 

「やっぱりこいつが魔王なのか? おかしな言動なのにお前達が従うし、エステラーン人はこいつの魔法に掛かりやすいのか?」

「……これは、罠だ!」

「魔王アドランの影。俺はあんたに恨みがあるな、レクーマオピオンを襲撃された恨みが!」

 

 テオフィルスは怒りを込めて、剣を抜き放つ。

 

『ふ……、アルマレーク人。我が愚弟も、力が及ばなくなったものよ。竜の眷属ごときを、王国に入り込ませるとは』

 

 突然四か所全ての窓が前触れもなく閉まり、霧が入り込まなくなった。

 魔王は強烈な波動を放ち、そこにいた者達を霧と共に吹き飛ばす。

 霧は攻撃の盾になるように幕を作り、僕達を守った。

 

『わずらわしい愚弟の仕掛けた霧の兵達め。我が魔力に勝てると思うか!』

 

 魔王アドランの右手から大量の屍食鬼が飛び出す。

 霧の中から影の兵達が現れ、屍食鬼と戦い始める。

 モラスの騎士達はようやく魔王の魔法から解放され、ルディーナが僕の側に駆け付ける。

 

「大丈夫ですか? オーリン様」

「ルディーナさん、これは魔王が仕掛けた陛下と僕を切り離すための罠だ! だからハラルドが陛下を……」

 

 モラスの騎士達が屍食鬼達と戦い、テオフィルスも吹き飛ばされた剣を拾い参戦した。

 彼は屍食鬼達を剣で薙ぎ払いながら、真直ぐ魔王に迫る。

 魔王アドランは彼と戦いながら、まるで呼び寄せるように徐々に僕とは反対側の壁際に寄っていく。

 

「オーリン様、図書館の外へ……」

 

 ルディーナが僕を守りながら逃そうとした時、戦いの混乱の中に異変が起きる。

 

 

 細長い四か所の窓が全て光を帯び、その光がまるで霧に乱反射するように、三階の部屋中を光で満たす。

 僕は眩しさに目を開けているのが難しくなり、左手で目を覆った。

 屍食鬼達は光に薄れて消え去り、四か所の窓の光は部屋の中央で凝縮し固まり、やがてそれは繊細な光で出来た螺旋階段となった。

 

 四階への階段が出来たのだ。

 

 僕は驚き、その階段を上ろうと部屋の中央へ駆け出す。

 入口の結界を破れば、セルジン王を助ける方法が見つかるかもしれない。

 

「いけません、オーリン様!」

 

 ルディーナの警告が僕を正気付かせたが、既に遅かった。

 目の前に魔王アドランが立っていたのだ。

 テオフィルスは魔王との戦いに集中するあまり、僕から引き離されていた事に気付き舌打ちした。

 魔王の長い爪が、僕の首に突き付けられる。

 僕は引きずられ光の螺旋階段を途中まで上らされた。

 

『得体の知れない《王族》よ。男であり、女である。純血でもないそなたが、なぜ天界の使者なのか? 《ソムレキアの宝剣の主》なのか? その身に聞きたいところだな』

 

 首が閉まる感覚が、僕をじわじわと苦しめた。

 

「う、あ……」

 

 あまりの苦しみに、僕の目から涙が流れる。

 魔王は抵抗出来なくなった僕の腰に手を回し、《ソムレキアの宝剣》を奪い取ろうとした。

 しかしその手は何かによって弾かれる。

 

『何?』

 

 どうしても宝剣を手にしたい魔王は、今度は魔法を使って宝剣を手に入れようとしたが、その魔法が使えない。

 

『この螺旋か? これは、過去の時空だ。今の水晶玉の魔力以外の、水晶玉の魔力が働いている?』

 

 魔王は天井を見上げた。

 

『結界か……、何を隠している?』

 

 魔王は《ソムレキアの宝剣》を手に入れられない事に憤りを覚えながら、諦めて結界を解く事にした。

 僕の首の苦しみはいつの間にか消え、半分意識が朦朧(もうろう)とする状態で螺旋階段をさらに上らされる。

 天井に手が届く位置まで来た時に、魔王が無理やり僕の手を持ち天井に付ける。

 

『さあ、結界を解くのだ。《王族》よ』

 

 僕は半分気を失いそうになりながら、魔王に抵抗を試みた。

 足を蹴り、顔を叩き、可能な限り暴れたが、何一つ効果は無かった。

 

『愚かな』

 

 魔王アドランが持つ僕の手に、激痛が走る。

 

「うあぁぁ……」

「オーリン様!」

 

 ルディーナの悲鳴が聞こえる。

 痛みが僕から抵抗する気力を奪った。

 耐えかねたテオフィルスが七竜リンクルの影を出現させ、魔王めがけて突進させる。

 ところが光の螺旋階段に触れる直前に、リンクルの影は消えた。

 テオフィルスの指輪に七竜が逃げ込む。

 彼は呆然としながら指輪を見つめた。

 

『ふん、七竜の影か。ここは水晶玉の領域だ。恐ろしい目に遭うのは竜の方だな』

 

 冷たい緑の瞳は邪悪な光を帯びて異国の若者を睨みつけ、テオフィルスは憎しみを込めて睨み返した。

 

『いずれ、思い知るがいい。さあ《王族》、結界を解け!』

 

 僕は言われるまま、気力を振り絞って一本の指の先に意識を集中させた。

 針の先を思い浮かべ、結界という幕を破る事を考える。

 すると……。

 

 

 バン!

 

 

 音と共に、何かが僕の指先で爆発した。

 僕の横に立っていた魔王が、悲鳴を上げて消え去ったのを感じる。

 それは全てを吹き飛ばす勢いで、大学図書館が破壊されたかと思った。

 

 ようやく静まり帰った頃、僕はゆっくりと目を開いた。

 図書館の建物は何事もなかったように整然とそこに存在していて、巻物一つ床に落ちてもいない。

 ただテオフィルスも、ルディーナも、モラスの騎士達も、全員が床に倒れていた。

 

 まさか……、死んでないよね、

 

 魔王アドランと屍食鬼の姿は、どこにもない。

 ルディーナの元に駆け付けようとした時、階下から大勢の人が来る音が聞こえた。

 不意にマールの言葉が頭に甦る。

 

 《陛下を生きて助け出す方法を、あなたが掴むのです。陛下より前に》

 《陛下は死を望んでいらっしゃる。生きる方法が見つかっても、握り潰す可能性があります》

 

 セルジン王より先に生きて助け出す方法を見つける、それが目の前にあるかもしれないのだ。

 僕は天井を見上げた。

 そこにはポッカリ開いた暗い入り口があり、螺旋階段は四階の部屋へとつながっている。

 まるで魅入られたように弱った身体に鞭打って、僕は螺旋階段を上った。


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